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おまけ:二人の時間
俊成君の部屋で* ①
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くら澤でのご飯を終えて、私達は倉沢家へと戻っていた。俊成君の部屋に入り、ドアが閉められると同時に抱きしめられる。そしてすぐに唇が合わさり、舌と舌が絡み合った。
「んっ……」
さんざん気が住むまで、お互いの口内をむさぼり合う。最後に湿った音を立て、俊成君の唇が離れてゆく。ぼんやりとその濡れた唇を目で追っていたら、彼の指が近付いて私の唇をそっと撫で上げた。
「あず」
「ん?」
「ごめん」
その言葉に視線を上げると、彼の瞳とかち合う。
「一人で苛ついていた。あずが悪いわけでも、信頼していないわけでもなくて。……ごめん」
寄せた眉。引き締めた口元。真剣になればなるほど不機嫌そうに見える顔。俊成君を構成するパーツのひとつひとつをじっくりと見つめ、私はゆっくりと頬を寄せた。
「うん」
もう、いいよ。
言外にそんな気持ちを漂わせ、彼の首に回した腕の力をちょっとだけ強める。俊成君も応えるように、私の腰に回した腕をきゅっと強くする。そしてベッドに移動して、彼の膝で横抱きにされた。
二人で会える時間はわずかなのに、私たちはその時間を有効的に使えない。さっきみたいに行き違ってケンカをしたり、ぎくしゃくしたり。まわり道をしてばかりだ。だからこそ、こうして仲直りをする時間が大切に思えるのだけれど。
「でも、ビーフシチューの味、分からなかった」
ふと思い出して、つぶやいた。せっかく楽しみにしていたけれど、食べている最中はそれどころではなかった。そういえばカボチャのプディングも美味しそうだったのに、こちらは食べる前に終わってしまった。
直前までのキスの余韻は消えて、少しずつ頭がはっきりとしてくる。
「ごめん」
耳元でそう謝る声が聞こえるけれど、自分の心のせいか、なんだか真剣さが感じられない。注意力がどこかに行ってしまった様な声だった。
「本気で謝っている?」
疑うようにそう言うと、上目遣いで俊成君を見つめる。
「謝っている」
俊成君はおざなりにうなずいて、私の髪をすくい上げ口付けた。何度も繰り返される優しい感触。髪の毛に神経は無いはずなのに、俊成君の手が、唇が触れるたび、私の体がぴくりと反応する。
一瞬だけはっきりとしていた頭に、また靄がかかってくる。心地よさに、それ以上の文句が言えずに黙ってされるがままになっていた。俊成君は気の済むまで髪の毛をいじると、最後にぽんぽんと私の頭を撫で上げる。
「消毒完了」
「消毒?」
口に出してから、さっきまでの店内の出来事を思い出した。
「もしかして、ユキ兄に撫でられたの、嫌だった?」
他に思いつく要因がなくて聞いてみる。
「嫌がらせのつもりでやっているのが分かるから、余計にむかつく」
憮然とした表情でそう言う俊成君を、ちょっとの間無言で見つめてしまった。
男の嫉妬なんて、みっともない。
ユキ兄の言葉が、私の頭の中でぐるぐるする。
「そんなに見るなよ」
ふてくされたような声でつぶやくと抱きしめられ、それ以上俊成君の表情をうかがうことは出来なくなる。その頃になってようやく私にも照れ臭さがこみ上がり、ついへへっと声に出して笑ってしまった。
私と俊成君の世界は案外とちっぽけで、私たちを取り巻くのはすべて良く見知った人ばかりだ。来年になれば、大学を卒業したら、俊成君は就職でこちらに戻ってくる。けれど今はお互い離れての生活。だから、会った時はつい二人きりになろうとする。そこに入り込んでこられるのは、家族だったり昔からの友達だったり、身内ばかり。でもその身内にすらむっとする俊成君は、なんだか意外だった。
生まれてから二十二年。付き合い始めて三年半。お互いを知るには十分な時間だと思っていたけれど、まだまだ私の知らない俊成君がここにいる。
「心、狭いよな」
いつまでも笑い続ける私の耳に、こんな言葉が聞こえた。
「え?」
「俺の見えないところで、あずが他の男といると思うと、時々無性に腹が立ってくる。もどかしい」
そんな告白に、顔を上げる。俊成君の表情は相変わらず憮然としていたけれど、その瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。
「地元じゃない、他所の大学を選んだのは自分なのにな。自業自得なのに、こうしてかんしゃく起こしている」
一方的に不機嫌になって、その結果ユキ兄に怒られたせいか、俊成君がなんだか後ろ向きだ。私は迷いつつも、不機嫌になる直前、今日のケンカを引き起こす結果となった話題を蒸し返すことにした。
「圭吾に送ってもらったとき、今度一緒に映画観に行こうって誘われたって言ったでしょ」
「松永と、なんでか勝久もいて二人きりじゃないから行っても良いよね、って話のだろ」
言いながら、やっぱりまだ面白くなさそうな顔をしている。さっきはここからケンカが始まったんだ。でも、これで話を終わらせたらまた同じだ。
「一緒に行こうってメンバーに圭吾の彼女も入っているの。言いそびれちゃったんだけど。安心して良いよ。あと、なんだったら美佐ちゃんも呼ぼうかな、とか」
少し早口になりながら新しい情報を追加したら、俊成君がため息をついた。
「本当。心、狭い」
こつんと、彼のおでこが私の肩に乗った。
「束縛しても仕方ないのにな」
そんな俊成君を、私からきゅっと抱きしめる。
「束縛なら、とっくにされているよ」
小さく耳元でささやいて、そのまま体をもたれかけた。
「好きなんだもん。束縛されたいし、私も俊成君のこと束縛したいと思っている。俊成君と同じ。だからね、私のこと信頼して。最初は凄く不安だったけど、こうして三年半やってこれたから。だからどんな人が現れても、多分、大丈夫」
「んっ……」
さんざん気が住むまで、お互いの口内をむさぼり合う。最後に湿った音を立て、俊成君の唇が離れてゆく。ぼんやりとその濡れた唇を目で追っていたら、彼の指が近付いて私の唇をそっと撫で上げた。
「あず」
「ん?」
「ごめん」
その言葉に視線を上げると、彼の瞳とかち合う。
「一人で苛ついていた。あずが悪いわけでも、信頼していないわけでもなくて。……ごめん」
寄せた眉。引き締めた口元。真剣になればなるほど不機嫌そうに見える顔。俊成君を構成するパーツのひとつひとつをじっくりと見つめ、私はゆっくりと頬を寄せた。
「うん」
もう、いいよ。
言外にそんな気持ちを漂わせ、彼の首に回した腕の力をちょっとだけ強める。俊成君も応えるように、私の腰に回した腕をきゅっと強くする。そしてベッドに移動して、彼の膝で横抱きにされた。
二人で会える時間はわずかなのに、私たちはその時間を有効的に使えない。さっきみたいに行き違ってケンカをしたり、ぎくしゃくしたり。まわり道をしてばかりだ。だからこそ、こうして仲直りをする時間が大切に思えるのだけれど。
「でも、ビーフシチューの味、分からなかった」
ふと思い出して、つぶやいた。せっかく楽しみにしていたけれど、食べている最中はそれどころではなかった。そういえばカボチャのプディングも美味しそうだったのに、こちらは食べる前に終わってしまった。
直前までのキスの余韻は消えて、少しずつ頭がはっきりとしてくる。
「ごめん」
耳元でそう謝る声が聞こえるけれど、自分の心のせいか、なんだか真剣さが感じられない。注意力がどこかに行ってしまった様な声だった。
「本気で謝っている?」
疑うようにそう言うと、上目遣いで俊成君を見つめる。
「謝っている」
俊成君はおざなりにうなずいて、私の髪をすくい上げ口付けた。何度も繰り返される優しい感触。髪の毛に神経は無いはずなのに、俊成君の手が、唇が触れるたび、私の体がぴくりと反応する。
一瞬だけはっきりとしていた頭に、また靄がかかってくる。心地よさに、それ以上の文句が言えずに黙ってされるがままになっていた。俊成君は気の済むまで髪の毛をいじると、最後にぽんぽんと私の頭を撫で上げる。
「消毒完了」
「消毒?」
口に出してから、さっきまでの店内の出来事を思い出した。
「もしかして、ユキ兄に撫でられたの、嫌だった?」
他に思いつく要因がなくて聞いてみる。
「嫌がらせのつもりでやっているのが分かるから、余計にむかつく」
憮然とした表情でそう言う俊成君を、ちょっとの間無言で見つめてしまった。
男の嫉妬なんて、みっともない。
ユキ兄の言葉が、私の頭の中でぐるぐるする。
「そんなに見るなよ」
ふてくされたような声でつぶやくと抱きしめられ、それ以上俊成君の表情をうかがうことは出来なくなる。その頃になってようやく私にも照れ臭さがこみ上がり、ついへへっと声に出して笑ってしまった。
私と俊成君の世界は案外とちっぽけで、私たちを取り巻くのはすべて良く見知った人ばかりだ。来年になれば、大学を卒業したら、俊成君は就職でこちらに戻ってくる。けれど今はお互い離れての生活。だから、会った時はつい二人きりになろうとする。そこに入り込んでこられるのは、家族だったり昔からの友達だったり、身内ばかり。でもその身内にすらむっとする俊成君は、なんだか意外だった。
生まれてから二十二年。付き合い始めて三年半。お互いを知るには十分な時間だと思っていたけれど、まだまだ私の知らない俊成君がここにいる。
「心、狭いよな」
いつまでも笑い続ける私の耳に、こんな言葉が聞こえた。
「え?」
「俺の見えないところで、あずが他の男といると思うと、時々無性に腹が立ってくる。もどかしい」
そんな告白に、顔を上げる。俊成君の表情は相変わらず憮然としていたけれど、その瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。
「地元じゃない、他所の大学を選んだのは自分なのにな。自業自得なのに、こうしてかんしゃく起こしている」
一方的に不機嫌になって、その結果ユキ兄に怒られたせいか、俊成君がなんだか後ろ向きだ。私は迷いつつも、不機嫌になる直前、今日のケンカを引き起こす結果となった話題を蒸し返すことにした。
「圭吾に送ってもらったとき、今度一緒に映画観に行こうって誘われたって言ったでしょ」
「松永と、なんでか勝久もいて二人きりじゃないから行っても良いよね、って話のだろ」
言いながら、やっぱりまだ面白くなさそうな顔をしている。さっきはここからケンカが始まったんだ。でも、これで話を終わらせたらまた同じだ。
「一緒に行こうってメンバーに圭吾の彼女も入っているの。言いそびれちゃったんだけど。安心して良いよ。あと、なんだったら美佐ちゃんも呼ぼうかな、とか」
少し早口になりながら新しい情報を追加したら、俊成君がため息をついた。
「本当。心、狭い」
こつんと、彼のおでこが私の肩に乗った。
「束縛しても仕方ないのにな」
そんな俊成君を、私からきゅっと抱きしめる。
「束縛なら、とっくにされているよ」
小さく耳元でささやいて、そのまま体をもたれかけた。
「好きなんだもん。束縛されたいし、私も俊成君のこと束縛したいと思っている。俊成君と同じ。だからね、私のこと信頼して。最初は凄く不安だったけど、こうして三年半やってこれたから。だからどんな人が現れても、多分、大丈夫」
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