【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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おまけ:二人の時間

倉沢家にて②

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「二人で分けなさいって、チョコとクッキーくれたのに、トシちゃんが独り占めにしちゃったの。おばあちゃんが怒ってもうあげないって言って、だからトシちゃんにクッキーあげたの」

 なんだか良く分からない説明だったが、それぞれの手に持つ菓子袋で流れが読めた。独り占めしようと我がままを言った俊成に祖母が怒り、菓子袋を取り上げあずさに渡したが、あずさが同情して二つのうちの一つ、クッキーの袋を俊成に渡したらしい。

 普段はおっとりとした性格の弟だったが、それでも虫の居所が悪いときもある。長男の和弘ならここでにっこり微笑んで、お菓子を均等に分けることもしただろう。だが二番目のお兄ちゃん、良幸はそこまで弟に対して優しくはなかった。

「ふぅーん。ばあちゃんに怒られて、拗ねているんだ」

 にやりと笑って弟を見下ろす。

「違うもん」
「じゃあなんでクッキーくれないんだよ」
「やだ。あげない」

 お菓子の袋をぎゅっと握り締め、俊成がうつむく。あずさはこのユキお兄ちゃんの意地悪にどうしてよいか分からず、困ったように二人の顔を見つめるだけだ。良幸はあずさに向き直ると、俊成に当てつけるように優しい声音で言った。

「あず。じゃあ、あっちの部屋に行って二人でチョコ食おうぜ」
「トシちゃんは?」
「独り占めしたがるような奴は、一人で食ってれば良いんだよ」

 ここに祖母なり母なり家族の者がいたら、八つも年の離れた弟になにひどい事を言っているんだと怒られそうな台詞だ。だがたとえ八つ年が離れていようと、こういう時の拗ねた弟は鬱陶しいし、いじめたくもなる。

「ほらあず、行こう」

 そう言いながらちらりと横目で俊成を眺めると、うつむいた俊成の頬が紅潮していた。

 そろそろ泣くかな?

 さすがにこれ以上、幼児の心をもてあそぶわけにも行かない。引き際を悟り、良幸が軽く息を吐き出す。

「仕方ないなー。あず、あっちの部屋は止めだ。ここで」
「あずって言うな」

 ぽつりとくぐもった声が聞こえ、意味が分からず言葉が止まった。

「あずさちゃんのことあずちゃんって言うのは、僕だけだ」
「へ?」

 てっきり仲間はずれをされた寂しさで泣き出すのかと思ったのに、予想外のところで怒られて、良幸は呆気に取られてしまう。

「ユキ兄ちゃんがあずって言うな!」

 そう叫ぶと、堪え切れなくなったように俊成が泣き出した。つまりは仲間外れにされる寂しさよりも、兄に幼馴染を独り占めされる不安の方が、俊成の中では大きかったということらしい。

 その思いもかけない発想に戸惑って黙っていたら、なおも弟は涙のたまった目で兄を睨み付けた。

「あずさちゃんのことあずちゃんって言うのは、僕だけだ」

 繰り返される宣言。その真剣な弟の姿に、良幸は苦笑するしかない。

「わかったよ。これからはあずさのことをあずって言うのは、トシだけだ」

 安心させるようにそう言うと、気が緩んだのか、俊成はさらにまた泣き出した。

「泣いちゃ駄目だよ、トシちゃん」

 そんな言葉と共に、俊成の頭にあずさの小さな手がふわりと乗る。

「あのね、それならね、あずさも考えるから」
「あず、さ?」

 良い子、良い子と撫でながら、あずさも俊成に負けずに真剣な表情になった。

「トシちゃんのこと、これからはトシナリ君って言う」
「は?」

 それでは余計に他人行儀になるのでは? と良幸の心に疑問が広がったが、口に出さずに言葉を飲み込む。大真面目なあずさに、気押されてしまっていた。

「みんなトシちゃんって言うから、あずさだけトシナリ君って言うの。だから、トシナリ君だけあずって言っていいよ。これでおあいこ」
「うん」

 いつの間に泣き止んでいた俊成が顔を上げ、にっこりと微笑んだ。あずさも負けずに笑顔になる。トシとトシナリ君では言い難さが断然違う。あえて難しい方を選んだのは、あずさなりの心意気だったのかもしれない。

 まあ、いいんだけどさ。

 良幸は妙な疎外感を感じながら、目の前の四歳児達を眺めていた。

 
 ──そしてそれから十八年後。

 良幸の視線の先に、不機嫌な顔をした男女が座っていた。二十二歳になった俊成とあずさだ。



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