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第三章 二人の会話
33.四人で会おうよ
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ベンチからぼんやりとあたりの景色を見ていたら、桜の木が目に入った。まだ明けていない早朝の空気の中、ところどころに白い花が浮かんでいる。
「桜、咲いたね」
「三分咲きかな」
確かに今年一番の開花宣言は数日前に出ていたけれど、北上してここら辺にくるにはまだ日があった。これでも早い方なのかもしれない。
「せっかくなら、桜の木の下で写真取りたかったね」
唯一のツーショット写真、小学校入学式後のあの桜の写真を思い出し、つぶやいた。
「カズ兄が言っていたけど、あっちではゴールデンウィークになってもまだ桜残っているところもあるって。観に来ればいいよ」
「うん。……でも、今年はこっちに戻ってくるでしょ?」
もたれていた体を離し、思わず俊成君を見つめてしまう。例年の話をしているだけだって分かっているのに、つい不安になってしまった。そんな私の表情におされ、俊成君がまばたきをする。
「大丈夫。戻ってくる。勝久と太田にも会う約束させられたし」
言いながら、俊成君の表情がなんだか苦くなっていった。多分今、俊成君の頭の中では、二日前の情景が浮かんでいるんだろう。久しぶりにというか、卒業式以降初めて美佐ちゃんと勝久君の四人で会ったんだ。そのときの事を思い出し、私は笑い出してしまった。
◇◇◇◇◇◇
「ふぅーん」
二日前、待ち合わせ場所に現れた私と俊成君を見て、そう切り出したのは美佐ちゃんだった。
「ふぅん。良かったじゃない」
あごをちょっと上げて、細めた目と、組んだ腕。だから美佐ちゃん、美人がそんな態度取ると、迫力増して怖いんだってば。
「お陰さまで」
隣でぽつりと言い返すその声に、びくりとする。俊成君、このタイミングでその台詞は、決して友好的じゃない気がするんだけれど。
ひとり焦りながら二人の顔を交互に見つめていると、こらえ切れないといった様子で吹きだす人がいた。勝久君だ。
「ほら、あずさが怯えているぞ」
言われた途端、美佐ちゃんの腕が伸びて私の腕をがっちり掴む。
「あずさを泣かせたんだから、そうそう許すなんて出来ないでしょ」
「み、美佐ちゃん」
それは恥ずかしいから、止めてーっ。
思わず真っ赤になってうつむいてしまった。卒業式の日、泣いてしまったのはひとりで勝手に盛り上がってしまったからで、何でそうなったのかといえば私が最後まできちんと俊成君の話を聞かなかったからで、なんで途中で逃げ出しちゃったかというとひとりで勝手に盛り上がっちゃったからで、ああもう、ループしているよ。
一気に今までの事が思い出されて、焦ってしまう。自分の感情をかき乱し続けている人と、それをなぐさめ見守ってくれていた人が同時にいるんだ。これで平然としている方がどうかしている。
「分かっているよ」
ふわっと頭に手の重みが乗って、俊成君の声が耳に響いた。驚いて顔を上げると、俊成君が真っ直ぐ美佐ちゃんを見つめている。
「とりあえず、もう泣かせるような真似はしない」
きっぱりと言い切る態度に、一瞬何の話をしているんだか分からなくなってしまった。そしてようやく自分の事を言われているのに気が付いて、思い切りうろたえる。まさかこんなところでそんな宣言をされるとは思っても見なかった。ただでさえ赤くなっていた顔が、さらに熱を帯びてしまう。
けど、宣言された方の美佐ちゃんはといえば、口がぽっかり開いて、こう言っただけだ。
「あ、そう」
その反応は、なんなの美佐ちゃん。
二人があんまりにも淡々としているから、その間でおたおたしている自分が取り残されたようになってしまった。仕方無しにまた二人を交互に眺めていたら、またしても勝久君に吹きだされてしまう。
「やっぱ、あずさで正解だよ」
「なにが?」
分からなくて聞いたのに、勝久君は笑い続けるだけだ。
「けど、こうまで俊の態度が違うと、歴代の彼女たちに失礼って気もするけどな」
その言葉にどう反応していいんだか分からなくて、救いを求めるように美佐ちゃんを見つめた。
「確かにね」
勝久君の言葉にうなずくと、美佐ちゃんは息を吐き出す。そうしてから私たちに向かって微笑んだ。
「ま、いいんじゃない。おさまるところにおさまったってことで」
その優しい表情にほっとして、それから訳も無く嬉しくなった。最近の美佐ちゃんを思い出すと、同じ笑顔でも私を安心させるためのものだったりして、もうちょっと違う感じのものだった。こんな笑顔、久しぶりだ。
「ありがとう」
素直な気持ちでそう言ったら、そろって二人にじっと見詰められてしまった。
「な、なに?」
「あずさ、可愛くなったね」
「へぇっ?」
思いもかけない言葉に、つい声がひっくり返ってしまう。
「俊で正解だったんだよ」
うんうんってうなずいて勝久君がつぶやくから、とっさに隣に立つ本人を見つめてしまった。
「もういいだろ。行こう」
俊成君はふいに顔をそらし、ひとり歩き出す。
「照れてる」
ぼそっと勝久君が指摘したけれど、もう俊成君は反応しないことに決めたらしい。私も笑いながら後に続く。美佐ちゃんは俊成君に対してすっかり意地悪モードになってしまったらしく、そんな後姿に声をかけた。
「倉沢、ゴールデンウィークには帰ってくるんでしょ? また会うからね、四人で」
嫌とは言わせないからね。って台詞が聞こえてきそうなくらい、きっぱりとした言い方だった。何か言い返すかな? そう思ったけれど、俊成君は案外あっさりと返事をする。
「分かった」
短い答えだけれど、嫌がってはいないみたい。こっそりと美佐ちゃん勝久君と目配せして、もう一度笑いあった。
◇◇◇◇◇◇◇
「誰か来た」
「え?」
つい思い出にひたっていたら、俊成君の声で現実に引き戻された。
「コロ、戻っておいで」
慌ててコロを呼び寄せる。ある程度走り回って満足したのか、素直にコロはやってきて、私の前で立ち止まった。
「良い子だ」
頭を撫でてリードをつける。隣で俊成君が腕時計を見て時間を確認していた。
「そろそろ行く?」
「うん」
うなずいて、俊成君が立ち上がる。私たちは駅に向かって歩き出した。
「桜、咲いたね」
「三分咲きかな」
確かに今年一番の開花宣言は数日前に出ていたけれど、北上してここら辺にくるにはまだ日があった。これでも早い方なのかもしれない。
「せっかくなら、桜の木の下で写真取りたかったね」
唯一のツーショット写真、小学校入学式後のあの桜の写真を思い出し、つぶやいた。
「カズ兄が言っていたけど、あっちではゴールデンウィークになってもまだ桜残っているところもあるって。観に来ればいいよ」
「うん。……でも、今年はこっちに戻ってくるでしょ?」
もたれていた体を離し、思わず俊成君を見つめてしまう。例年の話をしているだけだって分かっているのに、つい不安になってしまった。そんな私の表情におされ、俊成君がまばたきをする。
「大丈夫。戻ってくる。勝久と太田にも会う約束させられたし」
言いながら、俊成君の表情がなんだか苦くなっていった。多分今、俊成君の頭の中では、二日前の情景が浮かんでいるんだろう。久しぶりにというか、卒業式以降初めて美佐ちゃんと勝久君の四人で会ったんだ。そのときの事を思い出し、私は笑い出してしまった。
◇◇◇◇◇◇
「ふぅーん」
二日前、待ち合わせ場所に現れた私と俊成君を見て、そう切り出したのは美佐ちゃんだった。
「ふぅん。良かったじゃない」
あごをちょっと上げて、細めた目と、組んだ腕。だから美佐ちゃん、美人がそんな態度取ると、迫力増して怖いんだってば。
「お陰さまで」
隣でぽつりと言い返すその声に、びくりとする。俊成君、このタイミングでその台詞は、決して友好的じゃない気がするんだけれど。
ひとり焦りながら二人の顔を交互に見つめていると、こらえ切れないといった様子で吹きだす人がいた。勝久君だ。
「ほら、あずさが怯えているぞ」
言われた途端、美佐ちゃんの腕が伸びて私の腕をがっちり掴む。
「あずさを泣かせたんだから、そうそう許すなんて出来ないでしょ」
「み、美佐ちゃん」
それは恥ずかしいから、止めてーっ。
思わず真っ赤になってうつむいてしまった。卒業式の日、泣いてしまったのはひとりで勝手に盛り上がってしまったからで、何でそうなったのかといえば私が最後まできちんと俊成君の話を聞かなかったからで、なんで途中で逃げ出しちゃったかというとひとりで勝手に盛り上がっちゃったからで、ああもう、ループしているよ。
一気に今までの事が思い出されて、焦ってしまう。自分の感情をかき乱し続けている人と、それをなぐさめ見守ってくれていた人が同時にいるんだ。これで平然としている方がどうかしている。
「分かっているよ」
ふわっと頭に手の重みが乗って、俊成君の声が耳に響いた。驚いて顔を上げると、俊成君が真っ直ぐ美佐ちゃんを見つめている。
「とりあえず、もう泣かせるような真似はしない」
きっぱりと言い切る態度に、一瞬何の話をしているんだか分からなくなってしまった。そしてようやく自分の事を言われているのに気が付いて、思い切りうろたえる。まさかこんなところでそんな宣言をされるとは思っても見なかった。ただでさえ赤くなっていた顔が、さらに熱を帯びてしまう。
けど、宣言された方の美佐ちゃんはといえば、口がぽっかり開いて、こう言っただけだ。
「あ、そう」
その反応は、なんなの美佐ちゃん。
二人があんまりにも淡々としているから、その間でおたおたしている自分が取り残されたようになってしまった。仕方無しにまた二人を交互に眺めていたら、またしても勝久君に吹きだされてしまう。
「やっぱ、あずさで正解だよ」
「なにが?」
分からなくて聞いたのに、勝久君は笑い続けるだけだ。
「けど、こうまで俊の態度が違うと、歴代の彼女たちに失礼って気もするけどな」
その言葉にどう反応していいんだか分からなくて、救いを求めるように美佐ちゃんを見つめた。
「確かにね」
勝久君の言葉にうなずくと、美佐ちゃんは息を吐き出す。そうしてから私たちに向かって微笑んだ。
「ま、いいんじゃない。おさまるところにおさまったってことで」
その優しい表情にほっとして、それから訳も無く嬉しくなった。最近の美佐ちゃんを思い出すと、同じ笑顔でも私を安心させるためのものだったりして、もうちょっと違う感じのものだった。こんな笑顔、久しぶりだ。
「ありがとう」
素直な気持ちでそう言ったら、そろって二人にじっと見詰められてしまった。
「な、なに?」
「あずさ、可愛くなったね」
「へぇっ?」
思いもかけない言葉に、つい声がひっくり返ってしまう。
「俊で正解だったんだよ」
うんうんってうなずいて勝久君がつぶやくから、とっさに隣に立つ本人を見つめてしまった。
「もういいだろ。行こう」
俊成君はふいに顔をそらし、ひとり歩き出す。
「照れてる」
ぼそっと勝久君が指摘したけれど、もう俊成君は反応しないことに決めたらしい。私も笑いながら後に続く。美佐ちゃんは俊成君に対してすっかり意地悪モードになってしまったらしく、そんな後姿に声をかけた。
「倉沢、ゴールデンウィークには帰ってくるんでしょ? また会うからね、四人で」
嫌とは言わせないからね。って台詞が聞こえてきそうなくらい、きっぱりとした言い方だった。何か言い返すかな? そう思ったけれど、俊成君は案外あっさりと返事をする。
「分かった」
短い答えだけれど、嫌がってはいないみたい。こっそりと美佐ちゃん勝久君と目配せして、もう一度笑いあった。
◇◇◇◇◇◇◇
「誰か来た」
「え?」
つい思い出にひたっていたら、俊成君の声で現実に引き戻された。
「コロ、戻っておいで」
慌ててコロを呼び寄せる。ある程度走り回って満足したのか、素直にコロはやってきて、私の前で立ち止まった。
「良い子だ」
頭を撫でてリードをつける。隣で俊成君が腕時計を見て時間を確認していた。
「そろそろ行く?」
「うん」
うなずいて、俊成君が立ち上がる。私たちは駅に向かって歩き出した。
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