【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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第三章 二人の会話

32.出発の朝

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 早朝五時。前夜、セットしてあった目覚まし時計はきっちりと鳴り響き、私は寝ぼけたまま音を止めた。さすがにこの時間はまだ薄暗いけれど、でも朝の光はぼんやりと差し込み始めている。

 大急ぎで顔を洗って着替えて時間を確認すると、五時半ちょうど。そろそろかなって思いながら玄関まで行くと、まるで見計らったかのように控えめなノックの音が聞こえた。

「すごい。時間ぴったりだ」

 ドアを開け、おはようも言わずにつぶやいた。目の前に立つのは、俊成君。

「こんな時間にチャイムは鳴らせないだろ」

 もっともな意見にそれもそうかとうなずいて外に出ようとしたら、コロに大きくワンと吠えられてしまった。

「散歩に連れて行けって言ってる」
「連れてけよ。いいよ。俺もコロと一緒がいい」

 そういって、がしがしとコロを撫でる。なんだかそこには男の友情が出来上がっていた。

 あの夜から約三週間。今日は俊成君が出発する日だ。

 コロを連れて外に出て、しばらく無言で二人と一匹、歩いていた。俊成君の背中にはリュック。片手に紙袋は持っているけれど、これから旅立つにしては身軽すぎる。

 兄弟が同じ地方で生活始めるのに、別れて暮らす必要は無い。おじさんの意見から、俊成君はカズ兄と同居することになった。地方の特権、低めの家賃で広めの部屋という生活を楽しんでいたカズ兄にはちょっと可哀想かなと思うんだけれど、そんなことはなかったみたい。受験するって宣言された時点で、カズ兄は部屋の片付けを始めていたらしい。心配性で弟思いのお兄ちゃんを持つと、こういうとき下は楽だ。お陰で家探しとか引越しとかで時間を取られること無く、こうしてぎりぎりまで俊成君はこっちに残っていられた。

「その紙袋って、なに?」

 我慢し切れなくて、聞いてしまう。

「母さんとユキ兄作、我が家の惣菜。カズ兄に手土産だって」
「いいなー」

 大体予想はついていたので、間を置くことなく呟いてしまった。『くら澤』の味はおじさんが作ったものだけれど、おばさんの作るお惣菜だって家庭的で美味しいんだ。ユキ兄のお惣菜の味はホテルにいたせいなのか、繊細な感じ。普段の性格と味付けのギャップがあって面白い。

 ついついじっと紙袋を見つめていたら、隣でくすりと笑う声がした。

「やらないよ」
「欲しいって、言ってないもん」

 食い意地が張っているのを指摘されたみたいで、思わずむきになってしまった。しかもさらに追い討ちをかけるように嫌味を言ってしまう。

「なんかこれから子供がお使いに行くみたいだよね」

 うわ。可愛くない。

 自分で放った言葉に軽く落ち込む。なんでこんなときに、こんな憎まれ口叩いちゃうんだろう。

 うかがうように俊成君をそっと見つめたら、何も言わずにぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。その反応にほっとする。俊成君と私の距離がちょっと近付いて、彼の腕と私の肩が触れた。



 公園まで差し掛かると、コロは当たり前のように中に向かっていこうとした。毎朝の散歩の時間よりちょっと早いけれど、歩くコースはいつもの道だ。

「散歩じゃないよ、コロ」
「時間あるから、大丈夫だよ」

 そういって、俊成君は先に公園へ入っていく。犬の散歩もなんとなく時間帯があって、この公園の場合、朝は六時くらいからいつもの犬と飼い主さんたちが現れてくる。まだ六時前、そして休日のこの時間はぽっかりと空いていて、私たち以外は誰もいなかった。

 ベンチに腰掛け、コロからリードを外す。尻尾をぶんぶんと振って一緒に走ろうと誘うコロの頭を撫で、語りかけた。

「ボールもってくれば良かったね」

 ボールの言葉にコロはぴくりと反応したから、つい笑いながら尻尾の付け根を軽く叩いた。

「ごめん。一人でかけっこだ」

 それを合図に走り出す。コロがぐるぐると公園を走る姿を目で追いながら、私はゆっくり俊成君にもたれかかった。手がそっと伸ばされて、自然に二人の指が絡み合う。

 ただの幼馴染から関係が変わり、その後何度か俊成君を受け入れた。初めてのときはなんだかよく分からなかったりただ痛かった感覚も、馴染むうちに気持ちよさに変わっていく。人の体って、不思議だ。

 けれど、やっぱりこうして触れ合うのはどきどきする。どきどきして、心臓を掴まれた様になって、顔をあわせることが出来なくなって目線が落ちる。それでも今までと違うのは、どきどきするのと同じくらいに安心もするってこと。触れ合った肌と肌からお互いの気持ちが滲み出すみたいに伝わって、幸せになる。

 セックスって言葉、とても生々しいのに機能しか捉えてない感じで、自分たちの行為にそれを当てはめるのはまだ戸惑いがあった。エッチって言葉もなんだか妙に甘ったるくて違う気がするし。そう考えていたら、肌を重ねるって言葉が一番しっくり来るなって思った。なんか、時代劇とか演歌とかに出てきそうな言葉だけれど。

「今だったら、カラオケで演歌熱唱出来そうな気がするんだ、私」
「なんだよ、それ」

 訳が分からないといった口調で、俊成君がつぶやいた。私はくすくすと笑って、さらにもたれかかる。つないだ指に力が込められて、きゅって握られた。やっぱり、幸せ。

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