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第三章 二人の会話
24.帰りたくない
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幸せだって実感すると、何でさらにもっと次の幸せを欲しくなってしまうんだろう。
俊成君に抱きしめられ、ただ体を預けているだけだったけれど、少し経って落ち着くとそれだけでは寂しくなった。そろそろと背中に腕を回し、私も抱きしめ返す。俊成君が身じろいで、また私を抱きしめる腕の力がきゅっと強くなった。
私のしたことに反応してくれる。単純なことなんだけれど、でも嬉しい。とはいえこのままでいたら、そのうちお互いがぎゅうぎゅうと締め上げることになっちゃうよ。
気持ちが落ち着いたせいなのかな。そんな馬鹿な事を考えて、思わずくすくすと笑い出してしまった。
「なに?」
俊成君の声が耳元で聞こえて、どきりとする。まだこの状況に慣れていなくて、声とか吐息とか、そんな些細なものにびくついてしまう。
「なんでもない」
そう言いながら、目の前の肩におでこをぐりぐりとこすりつけた。
私、この人に抱きしめられているんだ。
実感して幸せな気分になるから、甘えたくなる。密やかに、俊成君が笑う気配がした。
「あず」
呼びかけられてゆっくりと顔を上げた。キスをされてからずっと、顔を上げることが出来なかった。ひどく照れくさいけれど、俊成君の顔を見たかったから我慢する。けれど見上げたそのすぐ目の前に顔があって、想像していたよりも近い距離に思わず動揺してしまった。
俊成君も一瞬大きく目を見開いたけれど、すぐに柔らかい表情になって私を見つめる。
……あー。なんか、駄目かも、私。
照れくささのゲージがあっという間に最大までいってしまい、こらえきれずに目を伏せた。でもその途端、俊成君の顔がさらに近付いて、唇と唇が重ね合わさる。
「と、俊成君っ」
さっきよりも時間が長くて、明らかに意思を感じさせるその行為に、思い切りうろたえた。でも仕掛けてきた本人は余裕で、いたずらが成功して楽しくなっているといわんばかりの表情だ。
「不意打ちは卑怯だよ」
悔しくて、軽く睨み付けながらそう言ったら、こらえきれないように吹きだされた。自分ばっかり私を翻弄して、ずるい。
恥ずかしさの反動もあってあからさまにむっとした表情をしていたら、まだ笑いを残したままの俊成君がふいに私の目を真っ直ぐ見つめ、短く言った。
「まだ、あずと一緒にいたい」
微笑みながら言っているのに、私をのぞき込むその目は真剣だ。真剣に、なんだろう、求めている目。
瞬時に俊成君が欲しがるものを理解して、私の鼓動が高まった。さっきまで、俊成君とまともに話すことさえ出来ないって思っていた。今ここに至るまでの展開が速すぎて、どこか追いついていけない自分がいる。
でも、
耳たぶまで真っ赤になっている自分を意識しながら、心の中でうなずいた。
でも俊成君だったら、いい。
私を包むこの温もりから離れたくなくて、どうしても落としがちになる視線を上げ、勇気を奮って目の前の人を見つめ返した。
「私も、……一緒にいたい。帰りたくない」
俊成君みたいに微笑みたくてきちんとやってみたはずなのに、変に力が抜けてる部分と緊張している部分が入り混じり、へらっとした笑いになってしまう。
私、変じゃないですか? 慌てて自分に突っ込みを入れるけど、もはやそんな程度じゃきかないくらいに恥ずかしい。照れたお陰でただでさえ赤くなってる鼻とか耳たぶとか末端神経に一気に血が巡って、しもやけみたいにじんとしびれる感じがした。
どう考えても可愛くない顔しか出来ていないはずなのに、俊成君は目を細めて私をしばらく見つめると、またぎゅっと抱きしめて耳元でささやく。
「うちに行こう」
「……うん」
手をつないで、指と指を絡めて、私たちは無言で倉沢家に向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
我が家の前を素通りし、倉沢家へ辿り着くと、玄関が少し開いていた。三和土を見ると靴が散乱し、下足箱の上にさっき私が持ってきたカボチャの煮つけが無造作に置かれている。
「これ」
一通り見渡してから問いかけると、俊成君がふいっと目を逸らしてしまう。
「慌てていたんだよ」
ちょっとぶっきらぼうなその言い方に、思わず小さく笑ってしまった。
とりあえず靴を揃えて家に上がると、盛鉢を台所へもっていった。俊成君は玄関の鍵を閉めている。その金属音に、妙にびくついてしまった。緊張してきているんだ、私。
俊成君は戸締りを済ませると、私を呼んで自分の部屋へと案内した。二階の階段上がってすぐ左。中に入ると電気ストーブがつきっぱなしで、暖かかった。
冷たい外から暖かい中へ。思わず息をつくと、パタンとドアの閉まる音がした。
俊成君に抱きしめられ、ただ体を預けているだけだったけれど、少し経って落ち着くとそれだけでは寂しくなった。そろそろと背中に腕を回し、私も抱きしめ返す。俊成君が身じろいで、また私を抱きしめる腕の力がきゅっと強くなった。
私のしたことに反応してくれる。単純なことなんだけれど、でも嬉しい。とはいえこのままでいたら、そのうちお互いがぎゅうぎゅうと締め上げることになっちゃうよ。
気持ちが落ち着いたせいなのかな。そんな馬鹿な事を考えて、思わずくすくすと笑い出してしまった。
「なに?」
俊成君の声が耳元で聞こえて、どきりとする。まだこの状況に慣れていなくて、声とか吐息とか、そんな些細なものにびくついてしまう。
「なんでもない」
そう言いながら、目の前の肩におでこをぐりぐりとこすりつけた。
私、この人に抱きしめられているんだ。
実感して幸せな気分になるから、甘えたくなる。密やかに、俊成君が笑う気配がした。
「あず」
呼びかけられてゆっくりと顔を上げた。キスをされてからずっと、顔を上げることが出来なかった。ひどく照れくさいけれど、俊成君の顔を見たかったから我慢する。けれど見上げたそのすぐ目の前に顔があって、想像していたよりも近い距離に思わず動揺してしまった。
俊成君も一瞬大きく目を見開いたけれど、すぐに柔らかい表情になって私を見つめる。
……あー。なんか、駄目かも、私。
照れくささのゲージがあっという間に最大までいってしまい、こらえきれずに目を伏せた。でもその途端、俊成君の顔がさらに近付いて、唇と唇が重ね合わさる。
「と、俊成君っ」
さっきよりも時間が長くて、明らかに意思を感じさせるその行為に、思い切りうろたえた。でも仕掛けてきた本人は余裕で、いたずらが成功して楽しくなっているといわんばかりの表情だ。
「不意打ちは卑怯だよ」
悔しくて、軽く睨み付けながらそう言ったら、こらえきれないように吹きだされた。自分ばっかり私を翻弄して、ずるい。
恥ずかしさの反動もあってあからさまにむっとした表情をしていたら、まだ笑いを残したままの俊成君がふいに私の目を真っ直ぐ見つめ、短く言った。
「まだ、あずと一緒にいたい」
微笑みながら言っているのに、私をのぞき込むその目は真剣だ。真剣に、なんだろう、求めている目。
瞬時に俊成君が欲しがるものを理解して、私の鼓動が高まった。さっきまで、俊成君とまともに話すことさえ出来ないって思っていた。今ここに至るまでの展開が速すぎて、どこか追いついていけない自分がいる。
でも、
耳たぶまで真っ赤になっている自分を意識しながら、心の中でうなずいた。
でも俊成君だったら、いい。
私を包むこの温もりから離れたくなくて、どうしても落としがちになる視線を上げ、勇気を奮って目の前の人を見つめ返した。
「私も、……一緒にいたい。帰りたくない」
俊成君みたいに微笑みたくてきちんとやってみたはずなのに、変に力が抜けてる部分と緊張している部分が入り混じり、へらっとした笑いになってしまう。
私、変じゃないですか? 慌てて自分に突っ込みを入れるけど、もはやそんな程度じゃきかないくらいに恥ずかしい。照れたお陰でただでさえ赤くなってる鼻とか耳たぶとか末端神経に一気に血が巡って、しもやけみたいにじんとしびれる感じがした。
どう考えても可愛くない顔しか出来ていないはずなのに、俊成君は目を細めて私をしばらく見つめると、またぎゅっと抱きしめて耳元でささやく。
「うちに行こう」
「……うん」
手をつないで、指と指を絡めて、私たちは無言で倉沢家に向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
我が家の前を素通りし、倉沢家へ辿り着くと、玄関が少し開いていた。三和土を見ると靴が散乱し、下足箱の上にさっき私が持ってきたカボチャの煮つけが無造作に置かれている。
「これ」
一通り見渡してから問いかけると、俊成君がふいっと目を逸らしてしまう。
「慌てていたんだよ」
ちょっとぶっきらぼうなその言い方に、思わず小さく笑ってしまった。
とりあえず靴を揃えて家に上がると、盛鉢を台所へもっていった。俊成君は玄関の鍵を閉めている。その金属音に、妙にびくついてしまった。緊張してきているんだ、私。
俊成君は戸締りを済ませると、私を呼んで自分の部屋へと案内した。二階の階段上がってすぐ左。中に入ると電気ストーブがつきっぱなしで、暖かかった。
冷たい外から暖かい中へ。思わず息をつくと、パタンとドアの閉まる音がした。
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