【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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第三章 二人の会話

23.新しい約束

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「ごめん」

 間の抜けた謝りを口にする。それ以上何か言うことが怖かった。答えを急いて失敗してしまうような、そんなことはしたくなかった。

「あずを責める訳じゃないんだ。それ言ったら、俺のほうが色々と好き勝手やっていたわけだし。」

 緊張で強張ってしまう私を見て、俊成君は安心させるようにふっと微笑んだ。

「そばにいるって自分から約束しておきながら、それがどういうことなんだか分かっていなかった。幼馴染だもんな、俺たち。一生近所付き合いしていれば、それだってそばにいるってことになる。そういう付き合いでもいいのかなって自分を納得させていた。だから、進学模試の結果見てあそこに決めたときも、大学の四年間くらい離れていても大丈夫だと思った。距離は遠くなるけど、それで二人の関係が変わるとも思えないって。でも、違った。分かっていなかったんだ、俺」

 言葉を選ぶように丁寧にゆっくりとそこまでを言うと、俊成君は寄りかかっていた手すりを離れ、一歩私に近づいた。

「そばにいたいって思う気持ちは、どこから来ているんだろう。他の子と付き合ってもたいして面白くも無いのは、何でだろう。あずから離れるって決めてから、今まで考えないようにしていたこと、考えるようになっていた」

 俊成君は私の前まで来ると腰をかがめ、ブランコに座る私と目線を同じにして、じっとこちらをのぞき込んだ。

「俺、あずの気持ちをまだ聞いていない。でも新しい約束をしたいんだ。四年間待っていて欲しい。俺、四年経ったらあずを迎えに行くから」

 真剣な表情。真剣な声。私は何も言えずにしばらく押し黙る。でも、どうしても確かめたいことがあって、ブランコの鎖を握り締めながらゆっくりと口を開いた。

「それは、幼馴染として?」

 たずねる声が震えている。怖くて、俊成君の言葉を素直に受け止めることが出来ずにいる。期待が空回りしないよう、心を守ろうとしている自分がいた。

 俊成君はそんな私の目を真っ直ぐ見つめたまま、即答する。

「違う。あずが好きだから。だから迎えに行く」
「でも、四年も経てば、気持ちも変わるかもしれないよ。俊成君は不安じゃないの」
「不安だけど、でも多分あずだから、離れてゆける。距離が離れていても、独りじゃないって思えるんだ。ずっとそばにいる。駄目か?」

 静かな口調のくせに、強く、深く、俊成君の言葉は私の心に直接響く。私は俊成君から目を逸らさず、しばらく見つめた後一言つぶやいた。

「俊成君は、意地悪だ」

 その途端、両目から涙がこぼれてしまった。

 私が、私のほうから、俊成君のもとを離れるなんてあり得ない。いつまでも待っている。俊成君が私の事を思ってくれるように。

 まばたきもせずに涙もぬぐわず、ただあふれるままにして俊成君を見つめていた。俊成君はそんな私を見つめ返すと、黙って私の肩に手をかける。きつく結んだ口元。怖いくらい真剣な表情。身動きもせずにそのまま見ていると、彼の顔が近付いて一瞬後に唇が触れ合った。

 あまりにとっさの出来事で、何が自分の身に起こったのか良く分からなかった。俊成君も、自分がそんな事をするとは思わなかったらしい。はっと我に返ると、私が状況を飲み込む一歩手前でぽんと抱きしめて、自分の顔を見せないように隠してしまった。

「と、俊成君っ」

 一気にバランスが崩れ、ブランコが揺れる。たまらずに俊成君に向かって重心を傾けると、すくい上げるように抱きかかえられ、立ち上がらされた。

「ごめん」

 そう言う俊成君の鼓動が早くて、私を抱きしめる腕がきつくてちょっと苦しい。そんな動揺している俊成君を感じているうち、じんわりと幸福感で満たされていった。

「俊成君。待っているから。ずっとずっと、待っているから」

 俊成君はそれには答えず、そっと力を抜いてあらためて私を抱きしめた。大きく包まれるような感覚に、私も素直に体を預ける。座る人のいなくなったブランコが抗議するようにキイキイと音を立て、それはそのうちゆっくりになって止まって消えた。

 ずっとこのまま、ただ黙って抱きしめ続けてもらいたい。

 セーターに埋もれ、温もりを受けながらそう願う。けれど少し考えて、俊成君の鼓動に耳を当てて私は言った。

「これから、いっぱい話をしよう」

 俊成君が自分の気持ちを話してくれたから。私も自分の気持ちを話さなくちゃかなって思った。

「私たち、同じところでぐるぐる回っていた気がする。俊成君の考えていること、思っていること、私は全然分かっていなかったから。不安だったの。だから、これから聞かせて」
「……分かった」

 耳元で、吐息と共に返事が聞こえた。

 俊成君の声だ。俊成君が私の事を抱きしめて、私の話を聞いてくれる。

 嬉しくって、また泣いてしまいたくなったから、私は慌てて鼻をすすった。

「俊成君、ずっとそばにいてね」
「うん」

 簡単なただのうなずきなのに、私にはもうそれで十分だった。

 長いようで短い幼馴染の期間が、こうして幕を閉じた。


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