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第三章 二人の会話
19.会いたい人
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「……それで、本当に今日はどうする?」
ひとしきり笑って落ち着いた頃、美佐ちゃんがあらためて聞いてきた。このまま一人で落ち込んでいても暗くなるだけだとは分かっているけれど、まだ人に会うほど気力が回復していない。どう言えばいいんだろう。言葉を捜しながら、返事をした。
「ありがとう。でもね、今日はちょっと一人で落ち着きたいって思っているんだ。昨日、自分にしては結構頑張ったせいか、その反動っていうか……」
「一人で、大丈夫?」
その声がとても心配そうで、思いやられているのを感じて胸が詰まった。
「いつも私、美佐ちゃんに助けられているね」
「そんなこと無いって。あずさは、強いよ」
「そうかな」
美佐ちゃんの励ましを聞きながら、片手を宙に向かって差し出した。
「そうだと、いいな」
ぐっと手を握ってみるけれど、すぐに力尽きてぱたりと下ろした。
その後、美佐ちゃんとは次に会う日の約束をして電話を切った。でも程なくして勝久君からも連絡が入る。どうやら美佐ちゃんにたっぷりと脅されたらしい。
さすがにこの時期だったら、俊成君の進学先を私も知っているはず。そう勝久君は判断していたらしく、だから美佐ちゃんから話を聞いてかなり慌てていた。
俊成君にもどういうことなのか電話をしたらしいけれど、でもその結果を私には教えてくれなかった。二人のことは二人で解決するのが一番でしょ、っていうのが勝久君の意見。優しいから何でもしてくれるように思える勝久君だけれど、こういうところは結構シビアだ。
でも勝久君と美佐ちゃん、二人と話せてよかったな。
勝久君との電話を切った後、ぼんやりと携帯を見つめながらそう思った。高校は卒業したけれど、こうして二人と電話をしていつものように話しをして、なんだか卒業したって感じがしない。明日になったら俊成君が迎えに来てくれて、一緒の電車に乗って。そんな今までの毎日が、何事もなく続くような感覚におちいってしまう。気が付くと、メッセージアプリの履歴を目で追っている自分がいた。
朝の登校は、俊成君が部活の朝練だったり彼女が出来たりで、私と一緒ではない日も結構多かった。それに対してこちらに毎回報告が来るというのも変な話なので、約束の時間を過ぎたら今日は来ないということにして、私も一人で登校していた。だから、俊成君から私に連絡することってまず無かったんだ。もちろんお互いにアプリで繋がっていたし、四人でグループも作っていたけれど、私も個人的に彼にメッセージを送ったことって数えるくらいしかないし。
数回だけの愛想の無い連絡事項の画面を、いつまでも眺めている。今まで下手すると一月くらい会わないことだってあったのに。しかも昨日、私のほうからなじって逃げ出した。なのにもう、寂しくなっている。あるはずの無い俊成君からの連絡を、心のどこかで待っている。
俊成君に、会いたいなぁ。
自分から会いに行く勇気は無いくせに、恋しい気持ちだけはつのっていた。
◇◇◇◇
翌日、駄目押しの俊成君の合格発表の知らせをもってきたのは、お母さんだった。
「帰りがけに百合さんに会っちゃって。俊ちゃん、受かったんですって」
百合さんというのは俊成君のお母さんのことだ。これ以上ない確実な情報に私は一瞬息を止めた。
「わざわざ大学まで見に行ったそうよ。今どき珍しいわよね。あ、お米は? といでくれた?」
「うん」
忙しく夕飯の支度に取り掛かるお母さんの後姿を、テーブルに肘付きながらぼんやりと眺めてみる。
「でも、寂しくなっちゃうわよね。最初が良幸君でしょ。お店継ぐ代わりに家を出るって言って一人暮らし始めて、次がお兄ちゃんの和弘君。転勤でいなくなったと思ったら、今度は俊ちゃんまでだもの。良幸君とはお店に行けば会えるけど、でもやっぱり寂しいわ」
「お母さん」
「なに?」
「俊成君、もう帰ってきたの?」
「まだみたいよ。でもそろそろじゃない? 今日はお赤飯作るって百合さん言っていたから。朝発表見に行って、夕飯までには戻れるんだものね。日本も狭くなったわよ。あ、ほら、そこにいるならお皿とってちょうだい」
「じゃ、退く」
「あずさっ」
だって日本は狭くなったって言うんだもん。
口をとがらせて不機嫌さを隠そうともしないで、私は少し拗ねていた。距離なんかの問題じゃない。いなくなってしまう、その事実の方が問題なんだ。隣町だって、新幹線で三時間だって、ジャングルの奥地だって、私にとっては同じこと。
「そこの戸棚の青いお皿、取ってちょうだい」
「はーい」
仕方なくのろのろと食器棚に手を伸ばし、青い盛鉢を取り出した。
「あずさ」
「ん?」
「あんたはどうするの?」
ごく自然に問いかけられて、意味が分からず聞き返す。
「って?」
「俊ちゃん、遠くに行っちゃうのよ。いいの? 百合さんも、あずさのこと気にしていたし。俊成はなんにも言ってくれないけれど、あずさちゃんとはどうなっているのかしら、って」
「はぁ?」
まったく予想もしていなかったこの問いかけに私の手が一瞬止まり、危うく盛鉢を落とすところだった。
えーっと、ちょっと待ってね。これは一体どういう意味を含んでいるって、考えればいいのかな?
ひとしきり笑って落ち着いた頃、美佐ちゃんがあらためて聞いてきた。このまま一人で落ち込んでいても暗くなるだけだとは分かっているけれど、まだ人に会うほど気力が回復していない。どう言えばいいんだろう。言葉を捜しながら、返事をした。
「ありがとう。でもね、今日はちょっと一人で落ち着きたいって思っているんだ。昨日、自分にしては結構頑張ったせいか、その反動っていうか……」
「一人で、大丈夫?」
その声がとても心配そうで、思いやられているのを感じて胸が詰まった。
「いつも私、美佐ちゃんに助けられているね」
「そんなこと無いって。あずさは、強いよ」
「そうかな」
美佐ちゃんの励ましを聞きながら、片手を宙に向かって差し出した。
「そうだと、いいな」
ぐっと手を握ってみるけれど、すぐに力尽きてぱたりと下ろした。
その後、美佐ちゃんとは次に会う日の約束をして電話を切った。でも程なくして勝久君からも連絡が入る。どうやら美佐ちゃんにたっぷりと脅されたらしい。
さすがにこの時期だったら、俊成君の進学先を私も知っているはず。そう勝久君は判断していたらしく、だから美佐ちゃんから話を聞いてかなり慌てていた。
俊成君にもどういうことなのか電話をしたらしいけれど、でもその結果を私には教えてくれなかった。二人のことは二人で解決するのが一番でしょ、っていうのが勝久君の意見。優しいから何でもしてくれるように思える勝久君だけれど、こういうところは結構シビアだ。
でも勝久君と美佐ちゃん、二人と話せてよかったな。
勝久君との電話を切った後、ぼんやりと携帯を見つめながらそう思った。高校は卒業したけれど、こうして二人と電話をしていつものように話しをして、なんだか卒業したって感じがしない。明日になったら俊成君が迎えに来てくれて、一緒の電車に乗って。そんな今までの毎日が、何事もなく続くような感覚におちいってしまう。気が付くと、メッセージアプリの履歴を目で追っている自分がいた。
朝の登校は、俊成君が部活の朝練だったり彼女が出来たりで、私と一緒ではない日も結構多かった。それに対してこちらに毎回報告が来るというのも変な話なので、約束の時間を過ぎたら今日は来ないということにして、私も一人で登校していた。だから、俊成君から私に連絡することってまず無かったんだ。もちろんお互いにアプリで繋がっていたし、四人でグループも作っていたけれど、私も個人的に彼にメッセージを送ったことって数えるくらいしかないし。
数回だけの愛想の無い連絡事項の画面を、いつまでも眺めている。今まで下手すると一月くらい会わないことだってあったのに。しかも昨日、私のほうからなじって逃げ出した。なのにもう、寂しくなっている。あるはずの無い俊成君からの連絡を、心のどこかで待っている。
俊成君に、会いたいなぁ。
自分から会いに行く勇気は無いくせに、恋しい気持ちだけはつのっていた。
◇◇◇◇
翌日、駄目押しの俊成君の合格発表の知らせをもってきたのは、お母さんだった。
「帰りがけに百合さんに会っちゃって。俊ちゃん、受かったんですって」
百合さんというのは俊成君のお母さんのことだ。これ以上ない確実な情報に私は一瞬息を止めた。
「わざわざ大学まで見に行ったそうよ。今どき珍しいわよね。あ、お米は? といでくれた?」
「うん」
忙しく夕飯の支度に取り掛かるお母さんの後姿を、テーブルに肘付きながらぼんやりと眺めてみる。
「でも、寂しくなっちゃうわよね。最初が良幸君でしょ。お店継ぐ代わりに家を出るって言って一人暮らし始めて、次がお兄ちゃんの和弘君。転勤でいなくなったと思ったら、今度は俊ちゃんまでだもの。良幸君とはお店に行けば会えるけど、でもやっぱり寂しいわ」
「お母さん」
「なに?」
「俊成君、もう帰ってきたの?」
「まだみたいよ。でもそろそろじゃない? 今日はお赤飯作るって百合さん言っていたから。朝発表見に行って、夕飯までには戻れるんだものね。日本も狭くなったわよ。あ、ほら、そこにいるならお皿とってちょうだい」
「じゃ、退く」
「あずさっ」
だって日本は狭くなったって言うんだもん。
口をとがらせて不機嫌さを隠そうともしないで、私は少し拗ねていた。距離なんかの問題じゃない。いなくなってしまう、その事実の方が問題なんだ。隣町だって、新幹線で三時間だって、ジャングルの奥地だって、私にとっては同じこと。
「そこの戸棚の青いお皿、取ってちょうだい」
「はーい」
仕方なくのろのろと食器棚に手を伸ばし、青い盛鉢を取り出した。
「あずさ」
「ん?」
「あんたはどうするの?」
ごく自然に問いかけられて、意味が分からず聞き返す。
「って?」
「俊ちゃん、遠くに行っちゃうのよ。いいの? 百合さんも、あずさのこと気にしていたし。俊成はなんにも言ってくれないけれど、あずさちゃんとはどうなっているのかしら、って」
「はぁ?」
まったく予想もしていなかったこの問いかけに私の手が一瞬止まり、危うく盛鉢を落とすところだった。
えーっと、ちょっと待ってね。これは一体どういう意味を含んでいるって、考えればいいのかな?
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