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第三章 二人の会話
17.姉と妹
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次の日の目覚めは重かった。気持ちはもちろんだけれど、顔のむくみや頭痛だってそれに負けないくらいに、重い。
腫れ上がったまぶたのお陰でうまく目が開かず、とりあえず水で冷やすように顔を洗い、ようやく体が起き出した。台所に行って冷蔵庫を開ける。ちょうど一人分用に、きれいに盛り付けられた唐揚げが入っていた。
これ、私の卒業祝い用だったのかな。
昨日は何度かドア越しに、お母さんに呼びかけられたのを覚えている。けれどひたすら部屋にこもって泣いていた。お母さんに悪い事をしてしまった。
せっかくのご馳走を冷たいままで食べるのは嫌だったので、レンジに入れる。温めている間にテーブルに向かうと、奈緒子お姉ちゃんがテレビを見ていた。
「お母さんは?」
「お父さんと出かけたよ」
そこでお姉ちゃんはテレビから視線を外すと私をまじまじと見つめ、苦笑した。
「すごい顔だ。やっちゃったねー」
その言葉に返事も出来ず、鼻をすする。
「お母さんもお父さんも、心配していたよ」
「……ごめんなさい」
「相手は?」
「俊成君」
「なにしたのよ」
「別に。俊成君の進路聞いただけ」
「どこなの? 俊ちゃん」
「地方の大学行くって。新幹線で三時間だって」
「遠いね」
素直な感想に、つい未練がましく付け足してしまう。
「受かれば、の話だけど」
言った途端にお姉ちゃんの口元が面白そうに、くっと上がった。その表情にむっとするけど、今は突っかかる気力も無い。
レンジの電子音が聞こえたのを区切りに、あえてお姉ちゃんを無視し、ご飯をよそって食べ始める。昨日の昼と夜を抜かしただけあって、さすがにお腹が空いていた。しばらく無言で食事を続けていたけれど、その間じっと見詰められていることには気づいていた。
「それで?」
ご飯を全部食べ終えて、ようやく一息ついた頃を見はからって、お姉ちゃんが聞いてきた。
「それで、って?」
「進路聞いて、それで泣いて帰ってきたの? それだけ?」
その質問に、何も言えずに黙り込む。
途中は省略しちゃっているけれど、確かにその通りだ。昨日ずっとずっと俊成君と私のこと考えていたけれど、出来事的には進路聞いて泣いて帰ってきて、結局それだけなんだよね。
「あんまり簡単に、言わないでよ」
それでもやっぱり素直に認めるのは悔しくて、これには反抗してみた。
「ま、確かにショックだっていうのは分かるけどね。でもそこで止まっていたら、何の進展も無いじゃない」
頬杖ついて遠慮なく私を見つめ、ずけずけと言ってくる。実の姉だからこそ踏み込んでこられる領域だ。じゃなかったら、とっくに私が逆上している。
「展開ならあった」
「どう?」
「後退した」
言い切って、また自分の言葉に落ち込んだ。幼馴染特有の『幼い頃の約束』なんて切り札持ち出して詰め寄ったのに、あっさりとそれを却下されてしまったんだ。
せっかく治まっていた腫れがまた熱を持つみたいに、私の頭がぼうっと痛んだ。ああ、また私、泣いちゃうんだろうか。あともうちょっとで涙がこぼれそうになったとき、ことりと音がして目の前にお茶が置かれた。
「俊ちゃんとどんな話になったのか知らないけど、でも、後退はしていないと思うよ。あずさと俊ちゃんの仲は、簡単には壊れないでしょ」
「そんなことないよ」
壊れるのなんて一瞬だよ。そう言いたかったけれど、また自分の放った言葉で自分が傷付きそうで、言えなかった。何でこんなに弱いんだろう。
「今は、ちょっとお互いこんがらがって誤解とか噛み合っていないこととかあって、どうしようもなく感じているだけだよ」
「でも、俊成君が私に黙っていたことは事実だよ。これから最低四年間離れちゃうんだもん。決めるときに相談でも報告でも、一言あったって良かったのに。結局、俊成君にとって私、相談する価値も無い相手だったんだ」
「あずさだから、言えなかったのかもしれない」
「なんで?」
「さあ? それは俊ちゃんに直接聞くしか分からないんじゃないの」
お姉ちゃんは肩をすくめると、ゆっくりとお茶を飲んだ。しばらく沈黙が続いて、テレビの音だけが騒がしく響いている。私はぼんやりと、テレビの前で気にせず寝ているコロを見つめていた。
「あずさはさ」
お茶を何口かすすった後、お姉ちゃんが話を再開した。
「泣いて帰ってきて、それっきりにするつもり? このままケンカしたまま、俊ちゃんがどんなこと考えてこうなったのか分からない状態で、俊ちゃんを送り出すの?」
「……そんなの、分からないよ」
昨日の今日で問い詰められても、動けるはずがない。今の私の状態では、俊成君の顔見た途端に泣いてしまうか、ケンカの続きをまたやってしまうかのどっちかだ。
抗議するようにふてくされた表情でお姉ちゃんを見つめたら、苦笑されてしまった。
「今は、落ち着くのが先か。入学までまだ日にちはあるしね。それまでに、ちゃんと話し合いなよ」
素直にうん、って言えずにうつむいた。お姉ちゃんはそんな私を見てお茶を飲みきると、立ち上がる。
「じゃあ、私も出かけるから。留守番よろしく」
言い置いて、さっさと出かけてしまった。もしかして、私が部屋から出てくるの、待っていたのかな。
さすがにそれは無いだろうと思いながら、でもちょっとだけお姉ちゃんに感謝した。
腫れ上がったまぶたのお陰でうまく目が開かず、とりあえず水で冷やすように顔を洗い、ようやく体が起き出した。台所に行って冷蔵庫を開ける。ちょうど一人分用に、きれいに盛り付けられた唐揚げが入っていた。
これ、私の卒業祝い用だったのかな。
昨日は何度かドア越しに、お母さんに呼びかけられたのを覚えている。けれどひたすら部屋にこもって泣いていた。お母さんに悪い事をしてしまった。
せっかくのご馳走を冷たいままで食べるのは嫌だったので、レンジに入れる。温めている間にテーブルに向かうと、奈緒子お姉ちゃんがテレビを見ていた。
「お母さんは?」
「お父さんと出かけたよ」
そこでお姉ちゃんはテレビから視線を外すと私をまじまじと見つめ、苦笑した。
「すごい顔だ。やっちゃったねー」
その言葉に返事も出来ず、鼻をすする。
「お母さんもお父さんも、心配していたよ」
「……ごめんなさい」
「相手は?」
「俊成君」
「なにしたのよ」
「別に。俊成君の進路聞いただけ」
「どこなの? 俊ちゃん」
「地方の大学行くって。新幹線で三時間だって」
「遠いね」
素直な感想に、つい未練がましく付け足してしまう。
「受かれば、の話だけど」
言った途端にお姉ちゃんの口元が面白そうに、くっと上がった。その表情にむっとするけど、今は突っかかる気力も無い。
レンジの電子音が聞こえたのを区切りに、あえてお姉ちゃんを無視し、ご飯をよそって食べ始める。昨日の昼と夜を抜かしただけあって、さすがにお腹が空いていた。しばらく無言で食事を続けていたけれど、その間じっと見詰められていることには気づいていた。
「それで?」
ご飯を全部食べ終えて、ようやく一息ついた頃を見はからって、お姉ちゃんが聞いてきた。
「それで、って?」
「進路聞いて、それで泣いて帰ってきたの? それだけ?」
その質問に、何も言えずに黙り込む。
途中は省略しちゃっているけれど、確かにその通りだ。昨日ずっとずっと俊成君と私のこと考えていたけれど、出来事的には進路聞いて泣いて帰ってきて、結局それだけなんだよね。
「あんまり簡単に、言わないでよ」
それでもやっぱり素直に認めるのは悔しくて、これには反抗してみた。
「ま、確かにショックだっていうのは分かるけどね。でもそこで止まっていたら、何の進展も無いじゃない」
頬杖ついて遠慮なく私を見つめ、ずけずけと言ってくる。実の姉だからこそ踏み込んでこられる領域だ。じゃなかったら、とっくに私が逆上している。
「展開ならあった」
「どう?」
「後退した」
言い切って、また自分の言葉に落ち込んだ。幼馴染特有の『幼い頃の約束』なんて切り札持ち出して詰め寄ったのに、あっさりとそれを却下されてしまったんだ。
せっかく治まっていた腫れがまた熱を持つみたいに、私の頭がぼうっと痛んだ。ああ、また私、泣いちゃうんだろうか。あともうちょっとで涙がこぼれそうになったとき、ことりと音がして目の前にお茶が置かれた。
「俊ちゃんとどんな話になったのか知らないけど、でも、後退はしていないと思うよ。あずさと俊ちゃんの仲は、簡単には壊れないでしょ」
「そんなことないよ」
壊れるのなんて一瞬だよ。そう言いたかったけれど、また自分の放った言葉で自分が傷付きそうで、言えなかった。何でこんなに弱いんだろう。
「今は、ちょっとお互いこんがらがって誤解とか噛み合っていないこととかあって、どうしようもなく感じているだけだよ」
「でも、俊成君が私に黙っていたことは事実だよ。これから最低四年間離れちゃうんだもん。決めるときに相談でも報告でも、一言あったって良かったのに。結局、俊成君にとって私、相談する価値も無い相手だったんだ」
「あずさだから、言えなかったのかもしれない」
「なんで?」
「さあ? それは俊ちゃんに直接聞くしか分からないんじゃないの」
お姉ちゃんは肩をすくめると、ゆっくりとお茶を飲んだ。しばらく沈黙が続いて、テレビの音だけが騒がしく響いている。私はぼんやりと、テレビの前で気にせず寝ているコロを見つめていた。
「あずさはさ」
お茶を何口かすすった後、お姉ちゃんが話を再開した。
「泣いて帰ってきて、それっきりにするつもり? このままケンカしたまま、俊ちゃんがどんなこと考えてこうなったのか分からない状態で、俊ちゃんを送り出すの?」
「……そんなの、分からないよ」
昨日の今日で問い詰められても、動けるはずがない。今の私の状態では、俊成君の顔見た途端に泣いてしまうか、ケンカの続きをまたやってしまうかのどっちかだ。
抗議するようにふてくされた表情でお姉ちゃんを見つめたら、苦笑されてしまった。
「今は、落ち着くのが先か。入学までまだ日にちはあるしね。それまでに、ちゃんと話し合いなよ」
素直にうん、って言えずにうつむいた。お姉ちゃんはそんな私を見てお茶を飲みきると、立ち上がる。
「じゃあ、私も出かけるから。留守番よろしく」
言い置いて、さっさと出かけてしまった。もしかして、私が部屋から出てくるの、待っていたのかな。
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