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第三章 二人の会話
16.無効の約束
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「俊成君っ」
俊成君がちょうど部室から出てくるのを見つけ、駆け寄った。
「あず」
驚いたように俊成君がこちらを振り返る。
「悪い。急に用事が出来て」
「大学。地方に行くって、本当?」
「え?」
俊成君の目が一瞬大きくなって、黙り込んだ。その表情から、なぜ私がそれを知ったのか考えていることがうかがえる。
「清瀬さんから聞いた。地方の大学に行くって、本当?」
早く答えを知りたくて、先回りをする。俊成君はそんな私をじっと見つめると、一言いった。
「本当だよ」
その瞬間、足元がばっくりと割れ、地面に吸い込まれるような気がした。この人は、何でこんな落ち着いた声をしているんだろう。
「私、その話知らなかった」
「受かれば、の話だから。明後日にならなければ分からないし」
「でも、受かれば行くんでしょ?」
「……ああ」
俊成君がうなずく、その顔を見つめていた。俊成君もこちらを見つめ、お互いに黙り込む。
嫌な沈黙だった。俊成君はもう説明すべき事をすべて言ってしまった気でいるかもしれないけれど、私はこの後何を聞いたらいいのか考えあぐねている。そしてその一方で、私は今までの俊成君の行動にようやく理由を見出していた。進路の話になると決まって揺らいだような表情を見せていたのは、このことだったんだ。
「いつ決めていたの? そこに行くって」
二週間ほど前の、おばあちゃんのお墓参りを思い出す。あの時はすべてを言わない俊成君に対し、そのうち話してくれるからとのんびり構えていた。なのに今、私はここでこうして詰め寄っている。
「三年になってから。二学期の進学模試の結果見て決めた」
あくまでも淡々と返答する俊成君の顔を見ていられず、視線を落とす。本当は、いつ決めたとかどうでもいいんだ。本当は、それをどうして私に教えてくれなかったのか、それが知りたいだけ。話すまでもないことだったのかな。結局、幼馴染ってその程度の仲だったのかな。
「……約束、したよね」
気が付くと、私はぽつりとつぶやいていた。今私の視線は足元にあるから、目の前に立っている俊成君の姿は映らない。私の心が映し出す俊成君は、おばあちゃんのお墓の前で手を合わす姿。そして小学五年生の夏の日、おばあちゃんをのぞき込むあの姿だ。
「私を守ってくれるって、約束してくれたよね」
「あず」
「おばあちゃんと約束したよね。あれはどうするの? そんな離れたら、守れないじゃない。俊成君は約束を破るつもりなのっ?」
「あず」
「あ……」
言った後、一気に血が駆け巡ったような気がした。何を、何を言っているんだろう。今まで気にしたことも無い古い約束引っ張り出して、俊成君をなじっている。何をしているんだろう、私。
「ごめんっ。今のは」
「無効だよ、あず」
「え?」
無しにしてって言うつもりだったのに、俊成君の静かな口調が、耳に響いた。
「俊成、君?」
「ばあちゃんは、もういない。約束は無効だよ、あず」
弾かれたように顔を上げ、俊成君を見つめる。真剣な表情。私の感情的な発言に怒るでも無く、真っ直ぐ向き合って宣言している。でも、その内容が無効だなんて、そんなのひどすぎる。
鼻がつんとして、こめかみがきりきりと痛み出した。視界がぼやける。喉にかたまりが出来てそれが私の心を押しつぶす。
「俊成君の……」
油断するとしゃくりあげそうになる喉元を押さえ、何とか声を出した。
「俊成君の、馬鹿っ!」
涙があふれる前にそう叫ぶと、私はくるりと後ろを振り向いて駆け出した。
「あず!」
俊成君の声がするけど、止まらない。まるで子供のケンカだ。
ぼろぼろと泣きながら校門を飛び出し、家へ帰った。着替えもせずに制服のまま布団にもぐりこみ、ずっと泣き続ける。
朝の、告白に対する意気込みがまるで嘘のようだった。告白どころじゃない。自分が信じていた幼馴染としての信頼関係だって、築けていなかったんだ。最低だ。
惨めな思いを抱えながら泣き続け、それでも俊成君の事を思い続けている自分に気が付いていた。俊成君との関係が築けていなかったのが悲しい。俊成君がいなくなってしまうのが寂しい。すべて俊成君を中心に、私の感情がきしんで悲鳴をあげている。
どうしよう。私、こんなに俊成君のこと好きだったんだ。
そう思ったら、また泣けてきた。
俊成君がちょうど部室から出てくるのを見つけ、駆け寄った。
「あず」
驚いたように俊成君がこちらを振り返る。
「悪い。急に用事が出来て」
「大学。地方に行くって、本当?」
「え?」
俊成君の目が一瞬大きくなって、黙り込んだ。その表情から、なぜ私がそれを知ったのか考えていることがうかがえる。
「清瀬さんから聞いた。地方の大学に行くって、本当?」
早く答えを知りたくて、先回りをする。俊成君はそんな私をじっと見つめると、一言いった。
「本当だよ」
その瞬間、足元がばっくりと割れ、地面に吸い込まれるような気がした。この人は、何でこんな落ち着いた声をしているんだろう。
「私、その話知らなかった」
「受かれば、の話だから。明後日にならなければ分からないし」
「でも、受かれば行くんでしょ?」
「……ああ」
俊成君がうなずく、その顔を見つめていた。俊成君もこちらを見つめ、お互いに黙り込む。
嫌な沈黙だった。俊成君はもう説明すべき事をすべて言ってしまった気でいるかもしれないけれど、私はこの後何を聞いたらいいのか考えあぐねている。そしてその一方で、私は今までの俊成君の行動にようやく理由を見出していた。進路の話になると決まって揺らいだような表情を見せていたのは、このことだったんだ。
「いつ決めていたの? そこに行くって」
二週間ほど前の、おばあちゃんのお墓参りを思い出す。あの時はすべてを言わない俊成君に対し、そのうち話してくれるからとのんびり構えていた。なのに今、私はここでこうして詰め寄っている。
「三年になってから。二学期の進学模試の結果見て決めた」
あくまでも淡々と返答する俊成君の顔を見ていられず、視線を落とす。本当は、いつ決めたとかどうでもいいんだ。本当は、それをどうして私に教えてくれなかったのか、それが知りたいだけ。話すまでもないことだったのかな。結局、幼馴染ってその程度の仲だったのかな。
「……約束、したよね」
気が付くと、私はぽつりとつぶやいていた。今私の視線は足元にあるから、目の前に立っている俊成君の姿は映らない。私の心が映し出す俊成君は、おばあちゃんのお墓の前で手を合わす姿。そして小学五年生の夏の日、おばあちゃんをのぞき込むあの姿だ。
「私を守ってくれるって、約束してくれたよね」
「あず」
「おばあちゃんと約束したよね。あれはどうするの? そんな離れたら、守れないじゃない。俊成君は約束を破るつもりなのっ?」
「あず」
「あ……」
言った後、一気に血が駆け巡ったような気がした。何を、何を言っているんだろう。今まで気にしたことも無い古い約束引っ張り出して、俊成君をなじっている。何をしているんだろう、私。
「ごめんっ。今のは」
「無効だよ、あず」
「え?」
無しにしてって言うつもりだったのに、俊成君の静かな口調が、耳に響いた。
「俊成、君?」
「ばあちゃんは、もういない。約束は無効だよ、あず」
弾かれたように顔を上げ、俊成君を見つめる。真剣な表情。私の感情的な発言に怒るでも無く、真っ直ぐ向き合って宣言している。でも、その内容が無効だなんて、そんなのひどすぎる。
鼻がつんとして、こめかみがきりきりと痛み出した。視界がぼやける。喉にかたまりが出来てそれが私の心を押しつぶす。
「俊成君の……」
油断するとしゃくりあげそうになる喉元を押さえ、何とか声を出した。
「俊成君の、馬鹿っ!」
涙があふれる前にそう叫ぶと、私はくるりと後ろを振り向いて駆け出した。
「あず!」
俊成君の声がするけど、止まらない。まるで子供のケンカだ。
ぼろぼろと泣きながら校門を飛び出し、家へ帰った。着替えもせずに制服のまま布団にもぐりこみ、ずっと泣き続ける。
朝の、告白に対する意気込みがまるで嘘のようだった。告白どころじゃない。自分が信じていた幼馴染としての信頼関係だって、築けていなかったんだ。最低だ。
惨めな思いを抱えながら泣き続け、それでも俊成君の事を思い続けている自分に気が付いていた。俊成君との関係が築けていなかったのが悲しい。俊成君がいなくなってしまうのが寂しい。すべて俊成君を中心に、私の感情がきしんで悲鳴をあげている。
どうしよう。私、こんなに俊成君のこと好きだったんだ。
そう思ったら、また泣けてきた。
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