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第三章 二人の会話
14.卒業式が終わったら
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卒業式が始まった。
小学校、中学校の時は事前に何度もリハーサルがあって、合唱の練習をしたりおじぎの角度合わせたり、結構面倒くさかった記憶がある。けれど高校の卒業式はリハーサルも無く、説明を昨日一回だけ聞いた程度だ。合唱も、たまにしか歌わないから歌詞もうろ覚えの校歌をなんとなく歌うだけで終わり。卒業証書の授与も、一人一人なんかじゃなくて、学級委員が代表で受け取ってゆく。簡単なものだった。
それでも校長先生の話とかPTA会長の話なんかは簡略にできないみたいで、こういうのだけはやけに時間がかかっている。ため息とかささやき声とか、しだいに辛抱しきれず緊張感が緩んでくる体育館の中、私は前方にいるだろう俊成君の方をぼんやり眺めていた。
初めて、自分から俊成君の所へ行くと言った。だから待っていてとも言った。
私から行くと言ったのは、もし万が一、俊成君を呼び出して場所を移動しているときに、俊成君と清瀬さんが出会ってしまったら嫌だったから。清瀬さんは『言った者勝ち』の法則を利用して、俊成君に告白しようとしている。私がこれからすることは、明らかにそれを妨害することだった。
ごめんなさい。
後ろめたさとか罪悪感とか、そんなもの抱え込んで胸の中で清瀬さんに謝る。でも、私の決意は変わらない。
私にとって俊成君の幼馴染であり続けることは、とても心地よいことだった。俊成君と月日をかけて少しずつ築き上げてきた信頼関係は、揺るぎない。この関係があるから、幼馴染だから、私は俊成君と一緒にいられる。大切にしてもらえる。でも、私たち二人が築いていったのはあくまでも信頼関係であって、恋愛じゃないんだ。
私はそばにいる事の意味をいつの間にか、はき違えていたのかもしれない。
誰よりも好きなのに。って、清瀬さんの言葉が辛かった。好きだったら、自分以外の人をそばに置いていて欲しくないって思う気持ち、当たり前だ。清瀬さんはとても当たり前の気持ちを私に告げた。とてもストレートで、素直な言葉。
好き。って、ただそれだけのシンプルな感情。私が気付かない振りをして、ずっと誤魔化していた気持ち。でも、もう気が付いてしまったんだ。私の中にある気持ち。
「あずさ、式終わったよ」
声をかけられて、慌てて立ち上がる。
私はこのあと、俊成君に告白をする。
◇◇◇◇◇
教室に戻ると担任から最後の挨拶があって、そこからようやく一人ずつに卒業証書が渡された。式も簡単だったけど、クラスでのお別れも結構あっさりしていた。一部の、感傷に浸って泣いているような子達は普段から感情が豊かな子達で、後のみんなは笑いながら和やかに話している。まるでお祭りの後の余韻を楽しんでいる気分。寂しいんだけれど、まだ今までを振り返る気にはなれない。この後のカラオケがあるっていうのも影響しているのかもしれない。まだ本当の最後は終わっていないから、だから余裕でいられる。
高校生活最後のホームルームが終わったのを確認すると、私は速攻で立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
美佐ちゃんに声をかける。
「お店の場所は分かっているよね」
「うん」
「なにかあったら連絡して。待っているから」
「うん」
多分私、緊張して顔がこわばって、変な表情になっているはずだ。それなのに美佐ちゃんも勝久君も、私を見て優しく微笑んでいる。
ありがとうね、美佐ちゃん、勝久君。
カバンをぎゅっと握り締めて、私は早足で俊成君の教室に向かった。
私がこれからしようとしていることは、一番バッターの座を奪い、俊成君に告白をすること。清瀬さんには申し訳ないけれど、でも『言った者勝ち』ってだけで彼女が選ばれるのは嫌だった。彼女を選ぶ前に、私の気持ちを聞いてもらいたいんだ。
ずっとそばにいたかったから、幼馴染って関係に満足しているふりをした。それ以上の関係を目指そうとして今の関係が壊れてしまうのが怖くって、自分の気持ちすらだましていた。けれど、そんな関係にこだわってしがみついて、立ち止まっているだけではいけないって気が付いた。もっともっと一緒にいたい。私を見ていて欲しい。『言った者勝ち』の法則が誰に対しても有効なら、私は清瀬さんから一番バッターの座を奪うことを厭わない。
「倉沢、いる?」
ざわつく教室をのぞき込むと、私は手前に座る男の子に声をかけた。
「あれ? 宮崎めずらしいな。お迎え?」
何気なく声をかけたのに、男の子は一年のときのクラスメイトで、私と俊成君の関係を知っていた。
「うん。用があって。いる?」
「出て行ったよ。なんか後輩に呼び止められていた。バスケ部のマネージャーとか言っていたけど」
のんびりとしたその口調に、私の顔が蒼ざめた。
嘘。なんで俊成君、清瀬さんと行っちゃうの。
「どこっ? どっちに行ったの?」
「え? あー、ごめん。そこまでは……」
私の剣幕に押されたようで、彼は焦ったように頭をかいた。
「ごめんね。ありがとう」
悪いことしちゃったなとちらっと思ったけれど、でも私が出来たのは謝ることだけだった。それすら言い捨てるようにして、校舎の中を走り出す。
小学校、中学校の時は事前に何度もリハーサルがあって、合唱の練習をしたりおじぎの角度合わせたり、結構面倒くさかった記憶がある。けれど高校の卒業式はリハーサルも無く、説明を昨日一回だけ聞いた程度だ。合唱も、たまにしか歌わないから歌詞もうろ覚えの校歌をなんとなく歌うだけで終わり。卒業証書の授与も、一人一人なんかじゃなくて、学級委員が代表で受け取ってゆく。簡単なものだった。
それでも校長先生の話とかPTA会長の話なんかは簡略にできないみたいで、こういうのだけはやけに時間がかかっている。ため息とかささやき声とか、しだいに辛抱しきれず緊張感が緩んでくる体育館の中、私は前方にいるだろう俊成君の方をぼんやり眺めていた。
初めて、自分から俊成君の所へ行くと言った。だから待っていてとも言った。
私から行くと言ったのは、もし万が一、俊成君を呼び出して場所を移動しているときに、俊成君と清瀬さんが出会ってしまったら嫌だったから。清瀬さんは『言った者勝ち』の法則を利用して、俊成君に告白しようとしている。私がこれからすることは、明らかにそれを妨害することだった。
ごめんなさい。
後ろめたさとか罪悪感とか、そんなもの抱え込んで胸の中で清瀬さんに謝る。でも、私の決意は変わらない。
私にとって俊成君の幼馴染であり続けることは、とても心地よいことだった。俊成君と月日をかけて少しずつ築き上げてきた信頼関係は、揺るぎない。この関係があるから、幼馴染だから、私は俊成君と一緒にいられる。大切にしてもらえる。でも、私たち二人が築いていったのはあくまでも信頼関係であって、恋愛じゃないんだ。
私はそばにいる事の意味をいつの間にか、はき違えていたのかもしれない。
誰よりも好きなのに。って、清瀬さんの言葉が辛かった。好きだったら、自分以外の人をそばに置いていて欲しくないって思う気持ち、当たり前だ。清瀬さんはとても当たり前の気持ちを私に告げた。とてもストレートで、素直な言葉。
好き。って、ただそれだけのシンプルな感情。私が気付かない振りをして、ずっと誤魔化していた気持ち。でも、もう気が付いてしまったんだ。私の中にある気持ち。
「あずさ、式終わったよ」
声をかけられて、慌てて立ち上がる。
私はこのあと、俊成君に告白をする。
◇◇◇◇◇
教室に戻ると担任から最後の挨拶があって、そこからようやく一人ずつに卒業証書が渡された。式も簡単だったけど、クラスでのお別れも結構あっさりしていた。一部の、感傷に浸って泣いているような子達は普段から感情が豊かな子達で、後のみんなは笑いながら和やかに話している。まるでお祭りの後の余韻を楽しんでいる気分。寂しいんだけれど、まだ今までを振り返る気にはなれない。この後のカラオケがあるっていうのも影響しているのかもしれない。まだ本当の最後は終わっていないから、だから余裕でいられる。
高校生活最後のホームルームが終わったのを確認すると、私は速攻で立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
美佐ちゃんに声をかける。
「お店の場所は分かっているよね」
「うん」
「なにかあったら連絡して。待っているから」
「うん」
多分私、緊張して顔がこわばって、変な表情になっているはずだ。それなのに美佐ちゃんも勝久君も、私を見て優しく微笑んでいる。
ありがとうね、美佐ちゃん、勝久君。
カバンをぎゅっと握り締めて、私は早足で俊成君の教室に向かった。
私がこれからしようとしていることは、一番バッターの座を奪い、俊成君に告白をすること。清瀬さんには申し訳ないけれど、でも『言った者勝ち』ってだけで彼女が選ばれるのは嫌だった。彼女を選ぶ前に、私の気持ちを聞いてもらいたいんだ。
ずっとそばにいたかったから、幼馴染って関係に満足しているふりをした。それ以上の関係を目指そうとして今の関係が壊れてしまうのが怖くって、自分の気持ちすらだましていた。けれど、そんな関係にこだわってしがみついて、立ち止まっているだけではいけないって気が付いた。もっともっと一緒にいたい。私を見ていて欲しい。『言った者勝ち』の法則が誰に対しても有効なら、私は清瀬さんから一番バッターの座を奪うことを厭わない。
「倉沢、いる?」
ざわつく教室をのぞき込むと、私は手前に座る男の子に声をかけた。
「あれ? 宮崎めずらしいな。お迎え?」
何気なく声をかけたのに、男の子は一年のときのクラスメイトで、私と俊成君の関係を知っていた。
「うん。用があって。いる?」
「出て行ったよ。なんか後輩に呼び止められていた。バスケ部のマネージャーとか言っていたけど」
のんびりとしたその口調に、私の顔が蒼ざめた。
嘘。なんで俊成君、清瀬さんと行っちゃうの。
「どこっ? どっちに行ったの?」
「え? あー、ごめん。そこまでは……」
私の剣幕に押されたようで、彼は焦ったように頭をかいた。
「ごめんね。ありがとう」
悪いことしちゃったなとちらっと思ったけれど、でも私が出来たのは謝ることだけだった。それすら言い捨てるようにして、校舎の中を走り出す。
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