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第三章 二人の会話
13.登校最終日
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翌日。卒業式本番の日になった。俊成君はいつもと変わらず私を迎えに来て、朝の登校が始まった。
「行くぞ」
「……ん」
通いなれた道を、二人並んで歩いていく。半歩だけ先を行く俊成君。でも、一人で歩くときよりも歩調はゆるやかで、さりげなく私に合わせてくれている。これがいつもの二人の速度。
電車に乗るとごく自然に、俊成君は私とは反対側にある吊革につかまった。いつもの動作。だから見上げると、彼の横顔は腕に邪魔されることなく近くにある。
愛想はないけれど、その分精悍さを感じる顔つき。瞳が意外と茶色いのを知ったのは最近のこと。そうっと横顔を見つめたら、思ったよりもまつげが長いのも今更ながら気が付いた。
どきどきする。
気付かれないようにそっと息を吐いて、私も視線を窓の外に移す。電車が揺れるたびに二人の制服が触れ合って、その距離の近さを意識した。
私の隣で立っている人。私の隣で笑う人。話す人。見つめる人。いつもいつでも、私のそばにいて欲しい人。
窓ガラスに俊成君が映って、見つめることが出来ずに目を伏せた。幼馴染だからと繰り返し自分の心に言い聞かせて、今まで何も感じないようにしていた。けれどひとたび、こうして意識をしてしまうと気持ちがどんどんあふれてゆく。
次の駅で勝久君が乗ってきて、そして学校のある駅に着くと、ちょうど反対の電車から美佐ちゃんが降りてくるところだった。
「美佐希!」
勝久君が呼び止めて、一緒に学校へと歩き出す。
「最終日にこの四人で登校っていうのも、なんからしいよね」
ふふって笑いながら美佐ちゃんが言った。
「太田だけ別方向だったしな」
俊成君の言葉に、勝久君が拗ねたような口調で反論する。
「けど同じ時間帯に登校しているんだから、駅で待ち合わせってことも出来たんだぜ」
「いや。そんなわざわざすることないから」
きっぱりと言い切る美佐ちゃんに、俊成君が軽く吹きだす。勝久君は余計に拗ねたように鼻をすすった。私はそんな光景を見ながら笑っているけど、心のどこかは別の考えに気が取られてぼんやりしていた。
「あーずーさ、今日行くんだろ?」
急に目の前で手をひらひらと振られ、慌てて顔を上げる。
「どこに?」
聞き返したら、美佐ちゃんが思い出させるように答えてくれた。
「カラオケ。うちのクラスの打ち上げ、行くでしょ?」
「え? あ、うん」
そういえばそんな話だったと思い返して、慌ててうなずく。
「打ち上げやるんだ」
俊成君がつぶやくと、勝久君がにやりと笑った。
「お前んとこのクラスと違って、うちは団結力あるからな。まあ全員って訳じゃないけど、結構集まるぜ。羨ましいだろ」
「っていうか、お前、バスケ部の打ち上げも企画していただろ。そっちはどうするんだよ」
「大丈夫、時間は重ならないよ。うちのクラスのが卒業式終わってすぐで、バスケ部のが夕方からだからさ。だてに幹事はやってないぜ」
「……もしかして、両方とも幹事やってるのか?」
勝久君本人にではなく、俊成君は美佐ちゃんにたずねる。美佐ちゃんは肩をすくめるとうなずいた。
「大学受かったから、浮かれてるのよ」
「ああ、確かに」
俊成君も呆れたように肩をすくめたけれど、勝久君は気にせず得意そうな表情をしている。和やかな空気。でも私はいつものように話に参加することが出来ずに、うかがうように辺りをそっと見回した。もう校門をくぐったというのに、清瀬さんが現れない。
下足箱まで行くと、私は俊成君の上着をそっと掴んだ。
「どうした?」
「話、あるの。卒業式終わったらすぐそっちに行くから、待っていて」
顔を上げることが出来なくて、視線がどうしても落ちていって、俊成君の肩に向かって話していた。鼓動が早すぎて、心臓が口から出そうだ。普段何も考えずに一緒にいた分、あらためて会いに行くと宣言するだけでも緊張する。カバンを握り締める手のひらが、汗で湿っていた。
「すぐに行くから、それまで絶対に待っていてね」
他の子が来ても、清瀬さんが来ても、ついて行ったりしないでね。
言外にお願いを潜ませて、繰り返す。
「分かった」
俊成君は返事すると、すっと私から離れていった。家を出てからここまで、ずっとふさがっていた私の隣に空きが生まれ、冷たい空気が入り込む。寒さと心細さを感じて震えたら、美佐ちゃんがそこに立った。
「頑張れ」
その言葉に顔を上げると、二人と目があった。昨日は即答できなかった私の決意。もう二人は何も聞かないけれど、これから私がしようとしている事を分かってくれている。
「……うん」
小さくうなずくと、教室に向かった。
◇◇◇◇◇◇
「行くぞ」
「……ん」
通いなれた道を、二人並んで歩いていく。半歩だけ先を行く俊成君。でも、一人で歩くときよりも歩調はゆるやかで、さりげなく私に合わせてくれている。これがいつもの二人の速度。
電車に乗るとごく自然に、俊成君は私とは反対側にある吊革につかまった。いつもの動作。だから見上げると、彼の横顔は腕に邪魔されることなく近くにある。
愛想はないけれど、その分精悍さを感じる顔つき。瞳が意外と茶色いのを知ったのは最近のこと。そうっと横顔を見つめたら、思ったよりもまつげが長いのも今更ながら気が付いた。
どきどきする。
気付かれないようにそっと息を吐いて、私も視線を窓の外に移す。電車が揺れるたびに二人の制服が触れ合って、その距離の近さを意識した。
私の隣で立っている人。私の隣で笑う人。話す人。見つめる人。いつもいつでも、私のそばにいて欲しい人。
窓ガラスに俊成君が映って、見つめることが出来ずに目を伏せた。幼馴染だからと繰り返し自分の心に言い聞かせて、今まで何も感じないようにしていた。けれどひとたび、こうして意識をしてしまうと気持ちがどんどんあふれてゆく。
次の駅で勝久君が乗ってきて、そして学校のある駅に着くと、ちょうど反対の電車から美佐ちゃんが降りてくるところだった。
「美佐希!」
勝久君が呼び止めて、一緒に学校へと歩き出す。
「最終日にこの四人で登校っていうのも、なんからしいよね」
ふふって笑いながら美佐ちゃんが言った。
「太田だけ別方向だったしな」
俊成君の言葉に、勝久君が拗ねたような口調で反論する。
「けど同じ時間帯に登校しているんだから、駅で待ち合わせってことも出来たんだぜ」
「いや。そんなわざわざすることないから」
きっぱりと言い切る美佐ちゃんに、俊成君が軽く吹きだす。勝久君は余計に拗ねたように鼻をすすった。私はそんな光景を見ながら笑っているけど、心のどこかは別の考えに気が取られてぼんやりしていた。
「あーずーさ、今日行くんだろ?」
急に目の前で手をひらひらと振られ、慌てて顔を上げる。
「どこに?」
聞き返したら、美佐ちゃんが思い出させるように答えてくれた。
「カラオケ。うちのクラスの打ち上げ、行くでしょ?」
「え? あ、うん」
そういえばそんな話だったと思い返して、慌ててうなずく。
「打ち上げやるんだ」
俊成君がつぶやくと、勝久君がにやりと笑った。
「お前んとこのクラスと違って、うちは団結力あるからな。まあ全員って訳じゃないけど、結構集まるぜ。羨ましいだろ」
「っていうか、お前、バスケ部の打ち上げも企画していただろ。そっちはどうするんだよ」
「大丈夫、時間は重ならないよ。うちのクラスのが卒業式終わってすぐで、バスケ部のが夕方からだからさ。だてに幹事はやってないぜ」
「……もしかして、両方とも幹事やってるのか?」
勝久君本人にではなく、俊成君は美佐ちゃんにたずねる。美佐ちゃんは肩をすくめるとうなずいた。
「大学受かったから、浮かれてるのよ」
「ああ、確かに」
俊成君も呆れたように肩をすくめたけれど、勝久君は気にせず得意そうな表情をしている。和やかな空気。でも私はいつものように話に参加することが出来ずに、うかがうように辺りをそっと見回した。もう校門をくぐったというのに、清瀬さんが現れない。
下足箱まで行くと、私は俊成君の上着をそっと掴んだ。
「どうした?」
「話、あるの。卒業式終わったらすぐそっちに行くから、待っていて」
顔を上げることが出来なくて、視線がどうしても落ちていって、俊成君の肩に向かって話していた。鼓動が早すぎて、心臓が口から出そうだ。普段何も考えずに一緒にいた分、あらためて会いに行くと宣言するだけでも緊張する。カバンを握り締める手のひらが、汗で湿っていた。
「すぐに行くから、それまで絶対に待っていてね」
他の子が来ても、清瀬さんが来ても、ついて行ったりしないでね。
言外にお願いを潜ませて、繰り返す。
「分かった」
俊成君は返事すると、すっと私から離れていった。家を出てからここまで、ずっとふさがっていた私の隣に空きが生まれ、冷たい空気が入り込む。寒さと心細さを感じて震えたら、美佐ちゃんがそこに立った。
「頑張れ」
その言葉に顔を上げると、二人と目があった。昨日は即答できなかった私の決意。もう二人は何も聞かないけれど、これから私がしようとしている事を分かってくれている。
「……うん」
小さくうなずくと、教室に向かった。
◇◇◇◇◇◇
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