【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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第三章 二人の会話

12.思う心

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    俊成君は彼女が出来ると、いつも私たちからさりげなく離れていった。それは今まで、付き合っている女の子に対して示している誠意なんだと思っていた。示されていたのは、私たちの方だったの?

「なんでだろう。なんで、そんなことするんだろう」

 独り言みたいにつぶやいたのに、勝久君は丁寧にそれに答えてくれる。

「あずさに、嫌な思いさせたくないって言っていたよ」

 その言葉にびくりとして、思わず勝久君を見つめてしまった。

 ごめんね。あずに嫌な思いさせたから。

 遠い昔、おばあちゃんの部屋で仲直りをしたときの事を思い出した。あの夏の日、カンナを見ながらお互いにあやまった。俊成君は昔から、私に気付かれないようにそっと私を思いやる。

 まるですぐ隣に俊成君が立っているような感覚がして、胸の痛みがずうんと重くなっていった。

「だからさ、それだけ自分が気を使っている相手に対して勝手に踏み込んで、二度と会ってくれるな宣言をしたハルカは、後輩としては可愛くても彼女にしたらどうかと思うんだよね、俺的には」

 柔らかい微笑でそういった勝久君の横で、美佐ちゃんが呆れたようにつぶやいた。

「そこまで分かっているくせに。その話し合いのセッティングしたのは、勝久じゃないの」

 ……確かに。

 あやうく自分だけの考えに引きこもりそうになったのに、二人の話に現実に戻った。そういえば圭吾と会ったのを俊成君に報告したのも、勝久君だっけ。

「勝久君は、なにを考えているの?」

 なんとなく上目遣いに、うかがうような表情になってしまう。けれど勝久君はそんな私をはぐらかすように、またもや人の良さそうな笑顔を見せた。

「当事者よりもさ、周りで見ているほうがよく見えるときってあるだろ。多分、今、そんなところ」

 それはどういう意味なのか、重ねて聞こうと口を開きかけたら、美佐ちゃんが逆に私に質問してきた。

「あずさは一番バッター、ハルカを見てどう思うの?」
「どうって」

 質問の意図がつかめず繰り返す。

「ハルカって、生意気だし勝久をパシリに使おうとするし色々と難はあるけれど、やっていることははっきりしているのよね」
「はっきり?」
「うん。倉沢のことが好きだって、その一点のみで動いているでしょ。気持ちが真っ直ぐしている」

 苦笑しながら説明する美佐ちゃんの、でも瞳の色は柔らかくって、結構清瀬さんのことは気に入っているのが感じられた。

「あずさを呼び出したのだって、作戦的には失敗だけれど、いいところを突いているよね。倉沢が何を大切にしているのか分かっているんだもん」

 そこで言葉を切ると、美佐ちゃんは私を見つめてもう一度問いかけた。

「ハルカは倉沢が好き。じゃあ、あずさは?」

 じゃあ、私は?

 ぽんと投げかけられた疑問は私の中で跳ね回り、心の中を引っ掻き回した。

「わ、私は、元々家が近所で、幼馴染で」

 慌てて答えようとして、焦りまくる。美佐ちゃんは何も言わずにただ私を見つめ、微笑むだけだ。

 好きだって思ったことないんですか?

 焦れば焦るほどまとまらなくなっている言葉の先、清瀬さんの問いかけがふいに思い出され、私は黙り込んでしまった。

「私は……」

 好きだって思ったことないんですか?

 俊成君を、好き?

 本気で好きになれる相手って、倉沢以外にいるのかな。

「でも、私たち、ただの幼馴染なのに」

 戸惑いは最大限に膨らんで、まるで救いを求めるように美佐ちゃんを見つめた。

「じゃあ、あずさが幼馴染にこだわるのは、なんで?」

 静かに響く、美佐ちゃんの声。

「こだわって? こだわってなんていない」

 首を振って答えるけれど、振り終わった瞬間に、そんな自分の姿が頑なに見えることに気が付いた。

「怖いの? あずさ。」

 何を? 何に対して?

 聞き返したかったけれど、それは出来なかった。だって、私は答えを知っている。私が怖いのは、俊成君の気持ちだ。

 幼馴染だから、そばにいられる。幼馴染だから、いつまでも一緒に。

 でも、幼馴染じゃなくなったら、ただの友達とか彼女とかそんな存在になったら、いつか飽きられてしまうかもしれない。いつか俊成君は離れていってしまうかもしれない。

 それが、……怖い。

「一番バッターのハルカは、明日は倉沢にぶつかろうとしているよ。あずさはどうする? このまま敬遠してマウンドから降りる?」
「美佐ちゃん」
「どうしたいのかちゃんと考えなね、あずさ。私たち、明日で卒業するんだもの」

 美佐ちゃんはもう一度私に微笑むと、隣で机の上に腰掛けている勝久君を見上げ、視線を合わせた。

 普段は正反対の性格をしている二人なのに、時々ふっと同じ表情をする。今まさにその瞬間で、そういう時、二人はいつも柔らかくて優しい表情をしていた。

 二人、一緒にいる。

 目の前の友人達を見つめているうち、焦っていたお陰で忘れかけていた胸の奥の鈍い痛みが、またうずきだした。

 本当はとうに気付いていたのかもしれない。

 私が抱いている俊成君への気持ちは、単純な幼馴染に対する友情ってだけでは足りなくなっていることに。


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