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第三章 二人の会話
11.それぞれの距離感
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意味が分からなくて思わず聞き返した。これって普通、浮気しているだんなさんの相手とかに言う台詞なんじゃないのかな。
「二度とって言われても……」
家が近所で生活圏が重なっていて親同士が仲良くて、それで二度と会うなと言われたって、どうしたら良いんだか困ってしまう。
けど、どちらにしても彼女はわたしの説明なんて聞く気が無かったようだ。中途半端に口を開いた私にお構いなく、清瀬さんは疑問を口にした。
「宮崎さんは、倉沢先輩のことが好きじゃないんですか?」
「え?」
そのあまりにもストレートな言い方に、固まってしまう。
「好きだって思ったことないんですか? って、聞いているんです」
出来の悪い子供に繰り返し尋ねるみたいな、そんな聞き方だった。
「……嫌いなわけ、無いじゃない」
放った声が低いのに気が付いた。なんだろう、むかむかする。この目の前の女の子に対して、ひどくむっとしている自分がいる。でもそれは清瀬さんも同じのようで、私の言葉に苛付いたように言い返してきた。
「嫌いじゃないって、好きとは違いますよね。私、倉沢先輩のことが好きなんです。宮崎さんよりもずっと強い気持ちで。だから、宮崎さんに倉沢先輩の傍にいてもらいたくないんです」
「倉沢と私の間を決めるのは、あなたじゃないでしょ?」
私にしては珍しく、きつい言い方だった。身内や親しい人たちならともかく、まともに口きくのがはじめての後輩にこんな言い方をするんだ。結構私の頭も血が上っている。
「私じゃないって、じゃあだから我慢しろって言うんですか。私は嫌。好きな人のそばに他の誰かいるなんて、そんなの許せない」
「別に二股かけているとか、そういう話じゃないでしょ。家が近所なら普通に出会うよ」
「家が近所で、幼馴染だから仲が良くて」
ふいに清瀬さんの声が暗く沈んだ。はっとして彼女を見つめると、何か感情を押さえ込むようにこぶしを握り締め、こちらをきっと睨みつけていた。
「幼馴染ってカードは、そんなに使えるものなんですか? 幼馴染だったら、たとえ相手に彼女がいても、そんなのお構い無しに一緒にいても良いものなの? 二人は幼馴染だからって、それだけで私が倉沢先輩と宮崎さんが楽しくしゃべっているのを横で見ていなくちゃいけないの? 幼馴染って、そんなに偉いものなんですか?」
「清瀬さん……」
「私のほうが誰よりも好きなのに。私のほうが宮崎さんよりも、ずっとずっと倉沢先輩が好きなのにっ」
彼女の剣幕におされ、私は何も言えずに黙り込んでしまった。清瀬さんはしばらくそんな私を睨んでいたけれど、息を吐き出し気持ちを落ち着かせると、一言「失礼します」とつぶやき、私の横を去っていった。
誰よりも、好きなのに。
清瀬さんの、悲鳴のような台詞が耳に残る。
胸が、痛い。
ナイフで切り裂かれるような、そんな鋭い痛みなんかじゃなく、もっと鈍く重い痛み。最悪なことにそれはじわじわと広がっていく。
「あずさ、お帰りー。どうだった?」
教室に戻ると、美佐ちゃんと勝久君が待っていた。
「明日、告白するんだって。彼女」
席に座ると、自然に大きなため息が出た。大きな、大きなため息。けれどそんなものでは胸の痛みは和らいではくれない。
「二度と俊成君に会うなって、言われた」
「うっわ、告白する前から彼女気取りだ」
ちょっと呆れた様子で美佐ちゃんがつぶやいたけれど、それに対して笑うことが出来なかった。だって、
「同じことだよ。どうせ明日告白されたら、俊成君は断らないんだろうし」
なんだか顔を上げていられなくなって、言った後にうつむいてしまった。
「すごい言われようだけど、俊だって好みはあると思うぞ。必ずしも断らないとは言い切れないんじゃないか?」
頭上で勝久君のフォローする声が聞こえたけれど、それに反応する気にはなれない。
「いいの? そんなこと言って。ハルカちゃん、可愛い後輩なんでしょ」
「後輩と彼女とは別」
話が続いているなと思っていたら、ふいに勝久君が問いかけてきた。
「だってあずさ、今まで俊の付き合ってきた女の子と接触したことないだろ?」
「え?」
意味が分からず顔を上げた。
「俊、彼女が出来るといつも俺たちから離れていっただろ。あれってあずさのこと詮索されるのが嫌だったからだよ」
「……私が、邪魔だったってこと?」
「じゃなくて、その反対。たとえ付き合っている彼女でも、あずさとの間に立ち入ってもらいたくないっていうのが俊の考え。郁恵って、俊が一年の時に付き合っていたのと別れたのも、それが原因。あの頃を覚えている?」
勝久君は一気に説明すると、当時を思い出させるように言葉を切った。
一年生のとき、そういえばあの頃はまだ、俊成君に彼女が出来ても彼の毎日の行動に変化はなかった。当たり前のように一緒に毎朝登校して、休み時間とか私たちのクラスに顔出したりして。
「郁恵にしてみればさ、俺とあずさがくっついてそれに俊が混ざっているイメージだったのに、俺が美佐希と付き合いだしただろ。予想が外れて、あらためてあずさの存在を意識するようになったらしいんだわ。で、俊は詰め寄る郁恵にむっとして、それ以来ギクシャクするようになっちゃって駄目になったというわけ」
「私、知らなかったよ、それ」
それって、私が俊成君と彼女との仲を間接的に壊したようなものじゃないんだろうか。
今更ながら申し訳ない気持ちになって、うろたえてしまった。けれど勝久君は慌てたように手を振って、それを否定する。
「俊の場合、あずさとか俺とか、自分の友人関係がまずあって次に彼女が来るんだよな。優先順位が普通とは逆なんだよ。だから決してあずさのせいって訳じゃないんだ。俊もその件で学習したらしくって、それから距離置くようになっただろ? 彼女が出来るたびに、下手に勘ぐられないように、あずさや俺たちから離れていった」
「そんな……」
つぶやいたけれど、後の言葉が続かなくて黙り込む。
「二度とって言われても……」
家が近所で生活圏が重なっていて親同士が仲良くて、それで二度と会うなと言われたって、どうしたら良いんだか困ってしまう。
けど、どちらにしても彼女はわたしの説明なんて聞く気が無かったようだ。中途半端に口を開いた私にお構いなく、清瀬さんは疑問を口にした。
「宮崎さんは、倉沢先輩のことが好きじゃないんですか?」
「え?」
そのあまりにもストレートな言い方に、固まってしまう。
「好きだって思ったことないんですか? って、聞いているんです」
出来の悪い子供に繰り返し尋ねるみたいな、そんな聞き方だった。
「……嫌いなわけ、無いじゃない」
放った声が低いのに気が付いた。なんだろう、むかむかする。この目の前の女の子に対して、ひどくむっとしている自分がいる。でもそれは清瀬さんも同じのようで、私の言葉に苛付いたように言い返してきた。
「嫌いじゃないって、好きとは違いますよね。私、倉沢先輩のことが好きなんです。宮崎さんよりもずっと強い気持ちで。だから、宮崎さんに倉沢先輩の傍にいてもらいたくないんです」
「倉沢と私の間を決めるのは、あなたじゃないでしょ?」
私にしては珍しく、きつい言い方だった。身内や親しい人たちならともかく、まともに口きくのがはじめての後輩にこんな言い方をするんだ。結構私の頭も血が上っている。
「私じゃないって、じゃあだから我慢しろって言うんですか。私は嫌。好きな人のそばに他の誰かいるなんて、そんなの許せない」
「別に二股かけているとか、そういう話じゃないでしょ。家が近所なら普通に出会うよ」
「家が近所で、幼馴染だから仲が良くて」
ふいに清瀬さんの声が暗く沈んだ。はっとして彼女を見つめると、何か感情を押さえ込むようにこぶしを握り締め、こちらをきっと睨みつけていた。
「幼馴染ってカードは、そんなに使えるものなんですか? 幼馴染だったら、たとえ相手に彼女がいても、そんなのお構い無しに一緒にいても良いものなの? 二人は幼馴染だからって、それだけで私が倉沢先輩と宮崎さんが楽しくしゃべっているのを横で見ていなくちゃいけないの? 幼馴染って、そんなに偉いものなんですか?」
「清瀬さん……」
「私のほうが誰よりも好きなのに。私のほうが宮崎さんよりも、ずっとずっと倉沢先輩が好きなのにっ」
彼女の剣幕におされ、私は何も言えずに黙り込んでしまった。清瀬さんはしばらくそんな私を睨んでいたけれど、息を吐き出し気持ちを落ち着かせると、一言「失礼します」とつぶやき、私の横を去っていった。
誰よりも、好きなのに。
清瀬さんの、悲鳴のような台詞が耳に残る。
胸が、痛い。
ナイフで切り裂かれるような、そんな鋭い痛みなんかじゃなく、もっと鈍く重い痛み。最悪なことにそれはじわじわと広がっていく。
「あずさ、お帰りー。どうだった?」
教室に戻ると、美佐ちゃんと勝久君が待っていた。
「明日、告白するんだって。彼女」
席に座ると、自然に大きなため息が出た。大きな、大きなため息。けれどそんなものでは胸の痛みは和らいではくれない。
「二度と俊成君に会うなって、言われた」
「うっわ、告白する前から彼女気取りだ」
ちょっと呆れた様子で美佐ちゃんがつぶやいたけれど、それに対して笑うことが出来なかった。だって、
「同じことだよ。どうせ明日告白されたら、俊成君は断らないんだろうし」
なんだか顔を上げていられなくなって、言った後にうつむいてしまった。
「すごい言われようだけど、俊だって好みはあると思うぞ。必ずしも断らないとは言い切れないんじゃないか?」
頭上で勝久君のフォローする声が聞こえたけれど、それに反応する気にはなれない。
「いいの? そんなこと言って。ハルカちゃん、可愛い後輩なんでしょ」
「後輩と彼女とは別」
話が続いているなと思っていたら、ふいに勝久君が問いかけてきた。
「だってあずさ、今まで俊の付き合ってきた女の子と接触したことないだろ?」
「え?」
意味が分からず顔を上げた。
「俊、彼女が出来るといつも俺たちから離れていっただろ。あれってあずさのこと詮索されるのが嫌だったからだよ」
「……私が、邪魔だったってこと?」
「じゃなくて、その反対。たとえ付き合っている彼女でも、あずさとの間に立ち入ってもらいたくないっていうのが俊の考え。郁恵って、俊が一年の時に付き合っていたのと別れたのも、それが原因。あの頃を覚えている?」
勝久君は一気に説明すると、当時を思い出させるように言葉を切った。
一年生のとき、そういえばあの頃はまだ、俊成君に彼女が出来ても彼の毎日の行動に変化はなかった。当たり前のように一緒に毎朝登校して、休み時間とか私たちのクラスに顔出したりして。
「郁恵にしてみればさ、俺とあずさがくっついてそれに俊が混ざっているイメージだったのに、俺が美佐希と付き合いだしただろ。予想が外れて、あらためてあずさの存在を意識するようになったらしいんだわ。で、俊は詰め寄る郁恵にむっとして、それ以来ギクシャクするようになっちゃって駄目になったというわけ」
「私、知らなかったよ、それ」
それって、私が俊成君と彼女との仲を間接的に壊したようなものじゃないんだろうか。
今更ながら申し訳ない気持ちになって、うろたえてしまった。けれど勝久君は慌てたように手を振って、それを否定する。
「俊の場合、あずさとか俺とか、自分の友人関係がまずあって次に彼女が来るんだよな。優先順位が普通とは逆なんだよ。だから決してあずさのせいって訳じゃないんだ。俊もその件で学習したらしくって、それから距離置くようになっただろ? 彼女が出来るたびに、下手に勘ぐられないように、あずさや俺たちから離れていった」
「そんな……」
つぶやいたけれど、後の言葉が続かなくて黙り込む。
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