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第三章 二人の会話
10.宣戦布告
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ぼんやりとしている間に毎日が過ぎて、気が付くと三月になっていた。今日は久しぶりの学校。とはいえ明日がもう卒業式で、今日はそのための打ち合わせ会みたいなものだった。
「美佐ちゃん、帰る?」
ホームルームが終わってざわめく教室の中、斜め後ろを振り返って聞いてみる。
「あずさは?」
「このまま真っ直ぐ帰るのも、なんか寂しいかな? って」
そういってうかがう様に見つめたら、美佐ちゃんの口元がにやりと笑った。
「確かに。どこか寄っていく?」
「うんっ」
やった。美佐ちゃん、確保成功。
必ず誰かと帰らなくちゃ嫌とかそんな気持ちはないけれど、やっぱり久しぶりの登校。しかもそれも明日でおしまいで、なおかつ今はまだ午前中。こんなに条件が揃っていると、やっぱり一人で帰りたくはなくなってしまう。
「どこ寄る?」
「私、駅の近くの雑貨屋さんに行きたいな。多分もう二度と行かなくなっちゃうし」
「じゃ、そこ行って、帰りにお昼して帰ろうよ」
「うんっ」
「それ、俺混ざっても、いい?」
横からの声に振り向くと、勝久君が立っていた。
「あ、ごめん。美佐ちゃんと一緒に帰るはずだった?」
「いや、それは無いから」
慌てて美佐ちゃんを見つめると、思い切り否定された。
「勝久、最後の部活顔出しでしょ? どうしたの」
「いや、これも部活動の一環というかさ」
中途半端に言葉を切ると、勝久君は困ったような顔で私を見た。
「悪いけどさ、あずさと話がしたいっていう奴がいるんだ。出来れば屋上にこれから行ってもらえると嬉しいんだけどな」
「話がしたい?」
驚いて繰り返すと、すかさず美佐ちゃんが突っ込んでくれた。
「誰よ、それ」
「ハルカ」
「ハルカ? 一番バッターじゃない。上級生呼び出しするの? しかも勝久、なんで後輩のパシリなんてやってるのよ?」
心底呆れたような美佐ちゃんの声に、勝久君はははと笑って人の良さそうな顔をこちらに向けた。
「可愛い後輩に頼まれると、弱いんだよ。それに俺、あずさは一度ハルカと話をしたほうが良いと思っていたし」
「私が、清瀬さんと?」
その言葉の意図がつかめず、またもや繰り返してしまった。勝久君はそんな私に向かって手を合わせる。
「俺と美佐希はここで待っているから。なにかあったら呼び出してよ。ね?」
助けを求めようと美佐ちゃんを見てみるけれど、意外にも美佐ちゃんは黙ったきりこちらを眺めていた。
「美佐ちゃん……」
「先輩を使って呼び出すっていうのは気に喰わないけど、でも、確かにいい機会かもね」
ちょっと待ってよ、美佐ちゃんーっ。
いくら下級生とはいえ、呼び出しなんて不穏なこと、私からすればかなりとんでもないことだ。それなのに頼るべき人たちが揃ってこれなんだから、逃げようが無い。
「なにかあったら、すぐ来てよ」
思い切り不安そうな顔でそういうと、二人は交互に私の肩を叩いた。
「大丈夫。勝久を通して呼び出しているんだもん。殴り合いにはならないはずだから」
その言葉に余計に不安になって勝久君を見つめたら、にっこり笑って言われてしまった。
「大丈夫だよ。ハルカは気は強いけど、暴力に訴えるタイプじゃないからさ」
ええっと、これから私はただ話をしにいくだけなんだよね。
なんだかさらに不安になってきた。
緊張しながら屋上の扉を開けると、清瀬さんはこちらに背を向け、金網越しに下校する生徒を眺めていた。風に乗って、笑い声や話し声が切れ切れにこちらまで響いてくる。三年生のホームルームは中途半端な時間で終わったけれど、一、二年生も学年末テストだったんだ。下校の時間が重なったようで、結構騒がしい。
ガタン、と扉の閉まる音に彼女は振り返ると、私の姿を確認して頭を下げた。
「呼び出してしまって、ごめんなさい」
そのしおらしい姿に少しだけほっとする。冗談で言ったのだろうけれど、あの二人の話でいつ殴りかかられるのかと身構えてしまっていた。
「用って、なに?」
取っ組み合いのケンカにはならなくても、そうそう友好的な話にもならないだろう。十分警戒しながらの問いかけだったので、愛想はどうしても振りまけない。
清瀬さんはそんな私をしばらくじっと見つめると、きっぱりとした口調で言い切った。
「私、明日、倉沢先輩に告白します」
そしてまた、私の反応を確かめるように見つめられた。
「……どうぞ」
どうやら私が何か言うのを待っているようなので、とりあえずそう言ってみる。清瀬さんはそんな私の態度に不満だったようで、軽く眉をひそめ、金網に寄りかかった。
「倉沢先輩、今まで女の子に告白されて断ったことが無いって聞きました。本当ですか?」
「うん。それは本当」
谷口さんから始まって、歴代の彼女の顔を思い出した。次が高校入ってからで、俊成君と同じクラスの女の子だった。あの娘とは一年くらい続いたっけ。二年になってクラス替えを機に別れたっぽくて、そこから夏までは大人しかった。けれどそれ以降かな、気が付くと相手が替わっていった。結局、高校生活で彼女の数は四人ほど。決して少なくは無いけれど、節操無いと言い切れる数なのかちょっと判断に困ってしまう。
ついぼんやりとしてしまったら、カシャンと音をたて、彼女が金網から離れて一歩近付いた。
「私、独占欲強いんです」
あ、この眼。
なんだか妙に冷静になって、思い出していた。一番最初に出会ったときの、感情をむき出しにした眼だ。
「告白して付き合うようになったら、倉沢先輩には他の女の子のことなんて見て欲しくないんです。だから、宮崎先輩に先に宣言しておこうと思って」
清瀬さんはそこで言葉を切ると、真っ直ぐに私を見つめ言い放った。
「もう二度と倉沢先輩と会うのは止めてもらえませんか」
「はい?」
「美佐ちゃん、帰る?」
ホームルームが終わってざわめく教室の中、斜め後ろを振り返って聞いてみる。
「あずさは?」
「このまま真っ直ぐ帰るのも、なんか寂しいかな? って」
そういってうかがう様に見つめたら、美佐ちゃんの口元がにやりと笑った。
「確かに。どこか寄っていく?」
「うんっ」
やった。美佐ちゃん、確保成功。
必ず誰かと帰らなくちゃ嫌とかそんな気持ちはないけれど、やっぱり久しぶりの登校。しかもそれも明日でおしまいで、なおかつ今はまだ午前中。こんなに条件が揃っていると、やっぱり一人で帰りたくはなくなってしまう。
「どこ寄る?」
「私、駅の近くの雑貨屋さんに行きたいな。多分もう二度と行かなくなっちゃうし」
「じゃ、そこ行って、帰りにお昼して帰ろうよ」
「うんっ」
「それ、俺混ざっても、いい?」
横からの声に振り向くと、勝久君が立っていた。
「あ、ごめん。美佐ちゃんと一緒に帰るはずだった?」
「いや、それは無いから」
慌てて美佐ちゃんを見つめると、思い切り否定された。
「勝久、最後の部活顔出しでしょ? どうしたの」
「いや、これも部活動の一環というかさ」
中途半端に言葉を切ると、勝久君は困ったような顔で私を見た。
「悪いけどさ、あずさと話がしたいっていう奴がいるんだ。出来れば屋上にこれから行ってもらえると嬉しいんだけどな」
「話がしたい?」
驚いて繰り返すと、すかさず美佐ちゃんが突っ込んでくれた。
「誰よ、それ」
「ハルカ」
「ハルカ? 一番バッターじゃない。上級生呼び出しするの? しかも勝久、なんで後輩のパシリなんてやってるのよ?」
心底呆れたような美佐ちゃんの声に、勝久君はははと笑って人の良さそうな顔をこちらに向けた。
「可愛い後輩に頼まれると、弱いんだよ。それに俺、あずさは一度ハルカと話をしたほうが良いと思っていたし」
「私が、清瀬さんと?」
その言葉の意図がつかめず、またもや繰り返してしまった。勝久君はそんな私に向かって手を合わせる。
「俺と美佐希はここで待っているから。なにかあったら呼び出してよ。ね?」
助けを求めようと美佐ちゃんを見てみるけれど、意外にも美佐ちゃんは黙ったきりこちらを眺めていた。
「美佐ちゃん……」
「先輩を使って呼び出すっていうのは気に喰わないけど、でも、確かにいい機会かもね」
ちょっと待ってよ、美佐ちゃんーっ。
いくら下級生とはいえ、呼び出しなんて不穏なこと、私からすればかなりとんでもないことだ。それなのに頼るべき人たちが揃ってこれなんだから、逃げようが無い。
「なにかあったら、すぐ来てよ」
思い切り不安そうな顔でそういうと、二人は交互に私の肩を叩いた。
「大丈夫。勝久を通して呼び出しているんだもん。殴り合いにはならないはずだから」
その言葉に余計に不安になって勝久君を見つめたら、にっこり笑って言われてしまった。
「大丈夫だよ。ハルカは気は強いけど、暴力に訴えるタイプじゃないからさ」
ええっと、これから私はただ話をしにいくだけなんだよね。
なんだかさらに不安になってきた。
緊張しながら屋上の扉を開けると、清瀬さんはこちらに背を向け、金網越しに下校する生徒を眺めていた。風に乗って、笑い声や話し声が切れ切れにこちらまで響いてくる。三年生のホームルームは中途半端な時間で終わったけれど、一、二年生も学年末テストだったんだ。下校の時間が重なったようで、結構騒がしい。
ガタン、と扉の閉まる音に彼女は振り返ると、私の姿を確認して頭を下げた。
「呼び出してしまって、ごめんなさい」
そのしおらしい姿に少しだけほっとする。冗談で言ったのだろうけれど、あの二人の話でいつ殴りかかられるのかと身構えてしまっていた。
「用って、なに?」
取っ組み合いのケンカにはならなくても、そうそう友好的な話にもならないだろう。十分警戒しながらの問いかけだったので、愛想はどうしても振りまけない。
清瀬さんはそんな私をしばらくじっと見つめると、きっぱりとした口調で言い切った。
「私、明日、倉沢先輩に告白します」
そしてまた、私の反応を確かめるように見つめられた。
「……どうぞ」
どうやら私が何か言うのを待っているようなので、とりあえずそう言ってみる。清瀬さんはそんな私の態度に不満だったようで、軽く眉をひそめ、金網に寄りかかった。
「倉沢先輩、今まで女の子に告白されて断ったことが無いって聞きました。本当ですか?」
「うん。それは本当」
谷口さんから始まって、歴代の彼女の顔を思い出した。次が高校入ってからで、俊成君と同じクラスの女の子だった。あの娘とは一年くらい続いたっけ。二年になってクラス替えを機に別れたっぽくて、そこから夏までは大人しかった。けれどそれ以降かな、気が付くと相手が替わっていった。結局、高校生活で彼女の数は四人ほど。決して少なくは無いけれど、節操無いと言い切れる数なのかちょっと判断に困ってしまう。
ついぼんやりとしてしまったら、カシャンと音をたて、彼女が金網から離れて一歩近付いた。
「私、独占欲強いんです」
あ、この眼。
なんだか妙に冷静になって、思い出していた。一番最初に出会ったときの、感情をむき出しにした眼だ。
「告白して付き合うようになったら、倉沢先輩には他の女の子のことなんて見て欲しくないんです。だから、宮崎先輩に先に宣言しておこうと思って」
清瀬さんはそこで言葉を切ると、真っ直ぐに私を見つめ言い放った。
「もう二度と倉沢先輩と会うのは止めてもらえませんか」
「はい?」
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