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第三章 二人の会話
8.冬の花
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「園芸が趣味って、恥ずかしい?」
「違う。その他、なんか言ってなかった?」
「なにを?」
分からずに聞き返したら、俊成君が私の事を見つめてきた。真剣な顔。でも、なんだろう。どこか悩むように視線が揺れている。
「俊成君……?」
あまりにじっと見つめられるので、なんだかこちらの居心地の方が悪くなってきた。俊成君を正面から見つめるなんて、皆無に等しい事をしているせいだ。意外と瞳の色が茶色いんだなと思った途端、なぜか自分の鼓動が早まった。まずい、なんか、顔がほてる。
「ごめん、なんでもない」
たえられなくなってこちらから視線を外そうとした瞬間、俊成君がそう言って動き出した。
「ごめん、なんでもない」
たえられなくなってこちらから視線を外そうとした瞬間、俊成君がそう言って動き出した。
助かった。って、でも何で私そう思うんだろう。
自分に突っ込みを入れたら、余計に顔がほてってきた。
花を買ってお店を出て、おばあちゃんのお墓に向かう間中、私たちはなんとなく無言のままだった。特別気まずいというわけでもないんだけれど、俊成君はあれ以降何か考え事をしているようで、自分から話すことはない。私も考えなくてはいけない事を思い出し、そっちに気を取られていた。
ちゃんと考えろよ。
そういって歩き出す圭吾を思い出す。
私が本気で好きになる人。その人だけを見つめて、その人のことしか考えられなくなって。私が圭吾にそうならなかったのは、俊成君がいるからだと圭吾は判断した。でも私だけじゃない。俊成君だって毎回女の子の気持ちを受け止めきれず、結局いつも別れている。多分俊成君も、そういう本気が出せない人なんだろう。
だからこそ余計に、私たち二人の間に恋愛って要素は入れなくていいと思うんだ。お互い、幼馴染として大切に思っている。それで十分だよ。清瀬さんの存在とか美佐ちゃんや圭吾の言葉にあおられて、今は妙に俊成君を意識してしまっているけど、多分春になって新しい生活が始まれば元に戻る。卒業して、学校が離れてもそれは変わらないはず。あらためて恋愛感情に走らなくても良いんじゃないのかな。
「着いた」
俊成君の言葉にはっとして、顔を上げた。
倉沢家のお墓はつい先日がおばあちゃんの命日だったせいか、両脇に生けられた花がしおれもせずに残っている。俊成君は肩にかけていたリュックを地面に置くと、手桶を取りに水場まで行った。私はちょっと悩んでから、自分達の買ってきた仏花とまだ残っている花を一緒にする。駄目そうなのは外して束を作り直したら、なかなか豪華な感じになった。
簡単に掃除をした後、墓石に水をかけ、俊成君がお線香に火をつけた。
「風が吹くと百円ライターごときじゃ、つかないんだよな」
ぼやきに応えるように、風上に立ってみる。
「変わらない?」
「でもさっきよりは、ましかな」
黙々と作業を続ける俊成君に、思いついて聞いてみた。
「でもなんで、墓参りしようってことになったの?」
確かにおばさんとの世間話で、行きたいなとはつぶやいた。けど、まさかこんな早くに誘われるとは思っていなかったんだ。俊成君はちらりと横目でこちらを見ると、つまらなさそうに肩をすくめた。
「受験生なら神様と仏様とばあちゃんに拝んで来いって、家を叩き出された。息子の実力を根本的に信用していないんだよ、あの母は」
「ってことは、この後って?」
「氷川さんにも賽銭投げに行くぞ」
その言葉に笑ってしまった。さすがに息子三人を産み育て、なおかつ店を切り盛りしているだけあって、おばさんは威勢がいい。息子を家から叩き出すくらい、訳も無いんだろうな。
「いいけどね。たまには外に出ないと煮詰まってくるし」
独り言みたいにつぶやくその言葉に、何も返答できずにいた。そういえば私立の入学試験はもう始まっている。国公立志望とはいえ、俊成君だって何校か受けているんだろう。
「俊成君、どこ受けてるの?」
以前、この手の質問をして答えを聞きそびれていた。俊成君は一瞬眉を寄せて考え込むけど、すぐに私を真っ直ぐに見つめた。
「さっき、園芸が趣味って言っただろ」
「え?うん」
真剣な表情で先ほどの話を蒸し返してきたので戸惑ってしまう。なに話すんだろう、俊成君。
「あれ、結構当たっているんだ。そのまま園芸ではないけれど、環境整備とか緑地化とかそういうのに興味があって。だから大学もそっち方面を受けている」
「そうなんだ」
はじめて聞く話に驚きつつも、なんだか俊成君らしくて納得した。
「受かると良いね」
「……うん」
素直な気持ちで言ったのに、なぜか俊成君の表情は浮かなかった。まだ何か言いたそうに私を見つめ、でも結局何も言わずに手元のお線香に視線を戻す。
「はい。あずの分」
「ありがとう」
受け取って、お墓に捧げる。俊成君が何を言いたかったのかは分からなかったけれど、こちらからは聞くのは止めようと思った。あんなに迷う顔しているってことは、本当に話したいことなら多分いつかは話してくれるだろうし。そのかわり、おばあちゃんに向かって心の中で語りかける。
おばあちゃん、俊成君を合格させてくださいね。
手を合わせて祈ってから、隣に立つ俊成君を見上げた。北風の吹く曇天と墓石の列の中、お墓に供えた花と俊成君だけが暖かい色彩をまとっている。
「よし。ばあちゃんと仏様、終了」
気が済んだのか、俊成君からさっきまでのあやふやな表情は消えていた。
「じゃ、次は神様か」
私もなんとなくほっとして歩き出す。墓地を抜け、神社の裏手に通じる庭園に差し掛かると、俊成君がふと思いついたように前方の石碑に向かって進んでいった。
「違う。その他、なんか言ってなかった?」
「なにを?」
分からずに聞き返したら、俊成君が私の事を見つめてきた。真剣な顔。でも、なんだろう。どこか悩むように視線が揺れている。
「俊成君……?」
あまりにじっと見つめられるので、なんだかこちらの居心地の方が悪くなってきた。俊成君を正面から見つめるなんて、皆無に等しい事をしているせいだ。意外と瞳の色が茶色いんだなと思った途端、なぜか自分の鼓動が早まった。まずい、なんか、顔がほてる。
「ごめん、なんでもない」
たえられなくなってこちらから視線を外そうとした瞬間、俊成君がそう言って動き出した。
「ごめん、なんでもない」
たえられなくなってこちらから視線を外そうとした瞬間、俊成君がそう言って動き出した。
助かった。って、でも何で私そう思うんだろう。
自分に突っ込みを入れたら、余計に顔がほてってきた。
花を買ってお店を出て、おばあちゃんのお墓に向かう間中、私たちはなんとなく無言のままだった。特別気まずいというわけでもないんだけれど、俊成君はあれ以降何か考え事をしているようで、自分から話すことはない。私も考えなくてはいけない事を思い出し、そっちに気を取られていた。
ちゃんと考えろよ。
そういって歩き出す圭吾を思い出す。
私が本気で好きになる人。その人だけを見つめて、その人のことしか考えられなくなって。私が圭吾にそうならなかったのは、俊成君がいるからだと圭吾は判断した。でも私だけじゃない。俊成君だって毎回女の子の気持ちを受け止めきれず、結局いつも別れている。多分俊成君も、そういう本気が出せない人なんだろう。
だからこそ余計に、私たち二人の間に恋愛って要素は入れなくていいと思うんだ。お互い、幼馴染として大切に思っている。それで十分だよ。清瀬さんの存在とか美佐ちゃんや圭吾の言葉にあおられて、今は妙に俊成君を意識してしまっているけど、多分春になって新しい生活が始まれば元に戻る。卒業して、学校が離れてもそれは変わらないはず。あらためて恋愛感情に走らなくても良いんじゃないのかな。
「着いた」
俊成君の言葉にはっとして、顔を上げた。
倉沢家のお墓はつい先日がおばあちゃんの命日だったせいか、両脇に生けられた花がしおれもせずに残っている。俊成君は肩にかけていたリュックを地面に置くと、手桶を取りに水場まで行った。私はちょっと悩んでから、自分達の買ってきた仏花とまだ残っている花を一緒にする。駄目そうなのは外して束を作り直したら、なかなか豪華な感じになった。
簡単に掃除をした後、墓石に水をかけ、俊成君がお線香に火をつけた。
「風が吹くと百円ライターごときじゃ、つかないんだよな」
ぼやきに応えるように、風上に立ってみる。
「変わらない?」
「でもさっきよりは、ましかな」
黙々と作業を続ける俊成君に、思いついて聞いてみた。
「でもなんで、墓参りしようってことになったの?」
確かにおばさんとの世間話で、行きたいなとはつぶやいた。けど、まさかこんな早くに誘われるとは思っていなかったんだ。俊成君はちらりと横目でこちらを見ると、つまらなさそうに肩をすくめた。
「受験生なら神様と仏様とばあちゃんに拝んで来いって、家を叩き出された。息子の実力を根本的に信用していないんだよ、あの母は」
「ってことは、この後って?」
「氷川さんにも賽銭投げに行くぞ」
その言葉に笑ってしまった。さすがに息子三人を産み育て、なおかつ店を切り盛りしているだけあって、おばさんは威勢がいい。息子を家から叩き出すくらい、訳も無いんだろうな。
「いいけどね。たまには外に出ないと煮詰まってくるし」
独り言みたいにつぶやくその言葉に、何も返答できずにいた。そういえば私立の入学試験はもう始まっている。国公立志望とはいえ、俊成君だって何校か受けているんだろう。
「俊成君、どこ受けてるの?」
以前、この手の質問をして答えを聞きそびれていた。俊成君は一瞬眉を寄せて考え込むけど、すぐに私を真っ直ぐに見つめた。
「さっき、園芸が趣味って言っただろ」
「え?うん」
真剣な表情で先ほどの話を蒸し返してきたので戸惑ってしまう。なに話すんだろう、俊成君。
「あれ、結構当たっているんだ。そのまま園芸ではないけれど、環境整備とか緑地化とかそういうのに興味があって。だから大学もそっち方面を受けている」
「そうなんだ」
はじめて聞く話に驚きつつも、なんだか俊成君らしくて納得した。
「受かると良いね」
「……うん」
素直な気持ちで言ったのに、なぜか俊成君の表情は浮かなかった。まだ何か言いたそうに私を見つめ、でも結局何も言わずに手元のお線香に視線を戻す。
「はい。あずの分」
「ありがとう」
受け取って、お墓に捧げる。俊成君が何を言いたかったのかは分からなかったけれど、こちらからは聞くのは止めようと思った。あんなに迷う顔しているってことは、本当に話したいことなら多分いつかは話してくれるだろうし。そのかわり、おばあちゃんに向かって心の中で語りかける。
おばあちゃん、俊成君を合格させてくださいね。
手を合わせて祈ってから、隣に立つ俊成君を見上げた。北風の吹く曇天と墓石の列の中、お墓に供えた花と俊成君だけが暖かい色彩をまとっている。
「よし。ばあちゃんと仏様、終了」
気が済んだのか、俊成君からさっきまでのあやふやな表情は消えていた。
「じゃ、次は神様か」
私もなんとなくほっとして歩き出す。墓地を抜け、神社の裏手に通じる庭園に差し掛かると、俊成君がふと思いついたように前方の石碑に向かって進んでいった。
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