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第三章 二人の会話
6.好きになる人
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「あずさはどうなんだ?」
はい、と缶コーヒーを私に手渡し、圭吾が横に座る。
「私も進学だよ。推薦取れて、今はバイト三昧」
「倉沢は?」
「今、受験の真っ最中だけど」
素直に答えると、圭吾はちょっと考え込むような、困ったような表情で私を見つめた。
「勝久に聞いたんだけど、倉沢と付き合っていないんだって?」
「へ?」
またもや間抜けな顔をして、圭吾を見つめ返してしまった。
「なんでだ?」
「なんで、って言われても……」
答えようも無い事を聞かれてしまい、本気で困ってしまう。その一方で、そういえばこの人とは俊成君が原因で別れたんだっけ、とぼんやり思い返していた。
「圭吾、まだ誤解しているの?」
「誤解はしていないよ、あの時も今も。あずさと倉沢は幼馴染。けど、それだけじゃないだろ」
それだけじゃないって、どういうことなんだろう。
「私は俊成君とは、……幼馴染だよ。ずっと、このまま」
缶コーヒーを手のひらで転がしながら、私はぽつりとつぶやいた。生まれたときから一緒にいて、傍にいるのが当たり前の存在だと思っていた。でもその関係だって振り返れば、壊れかけたり修復したり、そうやって少しずつ時間を重ねて作っていったものなんだ。だから私にとって幼馴染という関係は、とても大切なもの。
「それじゃあ、駄目なのかな」
うつむいたまま黙り込んでしまった。
「それでいいのなら、駄目じゃないけど。でも、俺があずさと別れた意味、もう少し考えた方がいいと思う」
「え?」
とっさに顔を上げたら思いもかけず圭吾の顔は目前にあって、視線が私を射た。
「気持ちって、止められないものだから。あの頃の俺は、あずさにもっと踏み込みたかったんだ。そしてあずさには俺だけを見てもらいたかった。でもそれを強制することは出来なくて、結局俺のほうがかんしゃく起こして終わらせてしまったんだけど」
そこで言葉を切ると、圭吾が一瞬だけ昔を思い出すように顔をゆがめる。けれどまたすぐに目線を合わせ、私に疑問を投げかけた。
「あずさがそんなふうにさ、本気で好きになれる相手って倉沢以外にいるのかな」
「圭吾……」
戸惑ってそっと呼びかける。圭吾はゆっくりと立ち上がった。
「今日会えて、良かった。あずさには酷いことしてしまったから、ずっと気になっていたんだ。これは俺からのアドバイス。ちゃんと考えろよ」
きっぱりとした口調でそう言うと、圭吾はコーヒーを飲み干して、ゴミ箱へ放り込む。
「それじゃ、もう帰るから」
「圭吾」
ためらいがちに声をかけると、圭吾はこちらを振り返った。
「また、会える? ……友達として」
気が付くと、私は自分の缶コーヒーを握り締めていた。緊張する。圭吾がなんて答えるか分からなかったけれど、今の自分の気持ちは伝えておきたかった。圭吾の彼女では結局いられなかったけれど、でも友達でいたいんだ。本当に。
圭吾は一瞬驚いたように目を見開いて、そして大きく笑顔に変わった。
「今度、勝久も誘って遊びに行こうぜ。倉沢は、抜きで」
その茶化した言い方にほっとして、思わず笑いが漏れてしまう。
「うん。分かった」
「またな」
「また」
小さく手を振ると、圭吾はもう一度にっこり笑ってから背を向けた。どんどんと歩み去って、後姿が小さくなる。私はその姿が見えなくなるまで、ずっとベンチに座って見つめていた。
ありがとう、圭吾。
大きく息を吐いて、ようやくコーヒーを飲み始めた。三年という月日を経て、友達でいてくれることを選択してくれた圭吾。そんな彼からの疑問は、軽く流すことが出来ない重みがある。
私が俊成君以外に、本気になれる相手。
幼馴染は自分にとって大切な存在だけれど、でも恋人とは違うって分かっている。私にだっていつかそんな人は現れるんだと思っている。でも具体的にどんな人と出会いたいかを考えると、そこでぱたりと止まってしまう。
私が好きになる人は、一体どんな人なんだろう。
ひどく他人事のように思えた。
はい、と缶コーヒーを私に手渡し、圭吾が横に座る。
「私も進学だよ。推薦取れて、今はバイト三昧」
「倉沢は?」
「今、受験の真っ最中だけど」
素直に答えると、圭吾はちょっと考え込むような、困ったような表情で私を見つめた。
「勝久に聞いたんだけど、倉沢と付き合っていないんだって?」
「へ?」
またもや間抜けな顔をして、圭吾を見つめ返してしまった。
「なんでだ?」
「なんで、って言われても……」
答えようも無い事を聞かれてしまい、本気で困ってしまう。その一方で、そういえばこの人とは俊成君が原因で別れたんだっけ、とぼんやり思い返していた。
「圭吾、まだ誤解しているの?」
「誤解はしていないよ、あの時も今も。あずさと倉沢は幼馴染。けど、それだけじゃないだろ」
それだけじゃないって、どういうことなんだろう。
「私は俊成君とは、……幼馴染だよ。ずっと、このまま」
缶コーヒーを手のひらで転がしながら、私はぽつりとつぶやいた。生まれたときから一緒にいて、傍にいるのが当たり前の存在だと思っていた。でもその関係だって振り返れば、壊れかけたり修復したり、そうやって少しずつ時間を重ねて作っていったものなんだ。だから私にとって幼馴染という関係は、とても大切なもの。
「それじゃあ、駄目なのかな」
うつむいたまま黙り込んでしまった。
「それでいいのなら、駄目じゃないけど。でも、俺があずさと別れた意味、もう少し考えた方がいいと思う」
「え?」
とっさに顔を上げたら思いもかけず圭吾の顔は目前にあって、視線が私を射た。
「気持ちって、止められないものだから。あの頃の俺は、あずさにもっと踏み込みたかったんだ。そしてあずさには俺だけを見てもらいたかった。でもそれを強制することは出来なくて、結局俺のほうがかんしゃく起こして終わらせてしまったんだけど」
そこで言葉を切ると、圭吾が一瞬だけ昔を思い出すように顔をゆがめる。けれどまたすぐに目線を合わせ、私に疑問を投げかけた。
「あずさがそんなふうにさ、本気で好きになれる相手って倉沢以外にいるのかな」
「圭吾……」
戸惑ってそっと呼びかける。圭吾はゆっくりと立ち上がった。
「今日会えて、良かった。あずさには酷いことしてしまったから、ずっと気になっていたんだ。これは俺からのアドバイス。ちゃんと考えろよ」
きっぱりとした口調でそう言うと、圭吾はコーヒーを飲み干して、ゴミ箱へ放り込む。
「それじゃ、もう帰るから」
「圭吾」
ためらいがちに声をかけると、圭吾はこちらを振り返った。
「また、会える? ……友達として」
気が付くと、私は自分の缶コーヒーを握り締めていた。緊張する。圭吾がなんて答えるか分からなかったけれど、今の自分の気持ちは伝えておきたかった。圭吾の彼女では結局いられなかったけれど、でも友達でいたいんだ。本当に。
圭吾は一瞬驚いたように目を見開いて、そして大きく笑顔に変わった。
「今度、勝久も誘って遊びに行こうぜ。倉沢は、抜きで」
その茶化した言い方にほっとして、思わず笑いが漏れてしまう。
「うん。分かった」
「またな」
「また」
小さく手を振ると、圭吾はもう一度にっこり笑ってから背を向けた。どんどんと歩み去って、後姿が小さくなる。私はその姿が見えなくなるまで、ずっとベンチに座って見つめていた。
ありがとう、圭吾。
大きく息を吐いて、ようやくコーヒーを飲み始めた。三年という月日を経て、友達でいてくれることを選択してくれた圭吾。そんな彼からの疑問は、軽く流すことが出来ない重みがある。
私が俊成君以外に、本気になれる相手。
幼馴染は自分にとって大切な存在だけれど、でも恋人とは違うって分かっている。私にだっていつかそんな人は現れるんだと思っている。でも具体的にどんな人と出会いたいかを考えると、そこでぱたりと止まってしまう。
私が好きになる人は、一体どんな人なんだろう。
ひどく他人事のように思えた。
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