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第三章 二人の会話
5.久し振りの再会
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「来週から俊成君は受験勉強どうするの?」
清瀬さんの熱心な朝の挨拶運動が今後どうなるのか気になって、聞いてみた。
「基本は家。でも、学校の補講も侮れないって話だし。結構、通うんじゃないか」
ということは、清瀬さんの努力も継続されるわけか。
「あずは? もう指定日以外は来ないんだろ?」
「私はバイト。もう昼のシフト入れちゃってるよ」
「駅前のパン屋だっけ」
「うん。おばさん、よく買いに来る」
「あそこのコロッケパン、ユキ兄が好きなんだよな」
「あれユキ兄分だったんだ。いつも買うから誰が食べるのかなって、一度おばさんに聞こうと思っていたんだ」
笑いながら話して、なんだかちょっとほっとしていた。彼女の存在とか卒業とか、俊成君をめぐる状況は色々あるのに、こうして二人なんてことない話をしていると落ち着いてくる。
まるで台風の目だ。俊成君の隣はすっぽりと静かで、穏やかで、心地よい。
◇◇◇◇◇
翌週、二月に入り、私のアルバイト中心の生活はスタートした。
駅前のパン屋は昔からお惣菜パンで有名で、私も小さい頃からここのスパゲティーパンが好きだった。ケチャップ味のナポリタンが挟んであるの。よく考えてみると炭水化物同士の組み合わせで栄養的にはどうなんだけれど、でも美味しいんだ。
ご主人夫婦がパンを作って、それを売るのが私達アルバイト。お店自体は小さくて、だから売り子は二人が基本なんだけれど、とにかく忙しい。入ってみて分かったけれど、お昼のシフトは近所の会社員や学生がランチやおやつに買いに来るので、息つく間もないくらいだった。
「宮崎さん、もうあがってもいいわよ」
「はーい」
三時になって声を掛けられて、私はようやく解放された。
「はい、ご苦労様」
そう言っていつものように奥さんが、作りたてのパンを一つ手渡してくれる。時給以外のお駄賃だとかで、毎回これを貰うたびに嬉しくなった。
「今日はコロッケパンね。揚げたてよ」
「ありがとうございます」
ほかほかのコロッケパンを貰って店を出る。先日俊成君から話を聞いたせいか、ユキ兄の事を思い出してしまった。今はもう『くら澤』の二代目になったけど、その前はホテルの厨房にいたんだよね。なんか美味しいもの食べているイメージだけれども、その頃もコロッケパン買っていたのかな。
のんびりとそんな事を考えながら商店街を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。
「あずさ?」
振り返って思わず動きが止まってしまう。
「圭吾……」
三年ぶりの圭吾だった。声を掛けた本人も驚いている表情で、二人して立ち止まってしまう。しばらく見つめあっていたけれど、横を通り抜ける人に押され、はっとした。
「久しぶり」
とりあえずそう言って、微笑んだ。
「うん。元気?」
圭吾も微笑み返してくれる。その柔らかい表情に、今度こそ笑顔で返事をした。
「元気だよ」
バイトが終わって家に帰るところだと説明をしたら、圭吾は送ると言ってくれた。
「公園までな」
「なんか、懐かしいね」
くすくすと笑いながら、歩き出す。再会の直後は固まってしまったけれど、こうして一旦話し出すととても自然に会話が出来た。なんだろう。余計な気負いとか無くなったせいなのかな。
「圭吾は春からどうなるの?」
「大学行くよ。推薦取れたから。今は教習所通い」
「じゃあ今日は?」
「たまたまこっちの駅に用があってさ、帰ろうとしたらあずさがいてびっくりした」
圭吾が目を細めてこちらを見る。その視線がこそばゆくて、私は近況報告の話題を続けた。
「サッカーは続けていたの?」
「続けているよ。大学もそれで推薦取った」
「ええ? それって凄いことだよね。」
「んー、どうだろな。好きだからやっていることだし」
さらりと言ってのける圭吾に驚いて、ついまじまじとその横顔を見つめてしまう。高校ならいざ知らず、大学でスポーツ推薦って凄いことなんじゃないのかな? 非体育会系なのでどの程度凄いのかレベルまではよく分からないけれど。というか、そもそも大学行ってまで部活続けるって発想自体、私にとっては凄いことだし。
そういえば昔から整った顔立ちをしていたけれど、そこにさらに精悍さが加わって、ずいぶん男っぽくなっていた。これもサッカーをずっと続けているせいなんだろうか。
「公園、寄ってく? 缶コーヒーおごるよ。」
馬鹿みたいに圭吾の顔を見つめていたら、くすりと笑って聞かれてしまった。
「あ、ありがと」
つい見とれてしまっていた自分を誤魔化すように中途半端に微笑んで、公園のベンチに座る。今日は天気がよくて暖かいから、こうして外で話をしていてもそんなには苦にはならない。つい一、二週間前までは、三時過ぎればもう夕方が始まりかけていたのに、気が付けば心持ち日も長くなっていた。
清瀬さんの熱心な朝の挨拶運動が今後どうなるのか気になって、聞いてみた。
「基本は家。でも、学校の補講も侮れないって話だし。結構、通うんじゃないか」
ということは、清瀬さんの努力も継続されるわけか。
「あずは? もう指定日以外は来ないんだろ?」
「私はバイト。もう昼のシフト入れちゃってるよ」
「駅前のパン屋だっけ」
「うん。おばさん、よく買いに来る」
「あそこのコロッケパン、ユキ兄が好きなんだよな」
「あれユキ兄分だったんだ。いつも買うから誰が食べるのかなって、一度おばさんに聞こうと思っていたんだ」
笑いながら話して、なんだかちょっとほっとしていた。彼女の存在とか卒業とか、俊成君をめぐる状況は色々あるのに、こうして二人なんてことない話をしていると落ち着いてくる。
まるで台風の目だ。俊成君の隣はすっぽりと静かで、穏やかで、心地よい。
◇◇◇◇◇
翌週、二月に入り、私のアルバイト中心の生活はスタートした。
駅前のパン屋は昔からお惣菜パンで有名で、私も小さい頃からここのスパゲティーパンが好きだった。ケチャップ味のナポリタンが挟んであるの。よく考えてみると炭水化物同士の組み合わせで栄養的にはどうなんだけれど、でも美味しいんだ。
ご主人夫婦がパンを作って、それを売るのが私達アルバイト。お店自体は小さくて、だから売り子は二人が基本なんだけれど、とにかく忙しい。入ってみて分かったけれど、お昼のシフトは近所の会社員や学生がランチやおやつに買いに来るので、息つく間もないくらいだった。
「宮崎さん、もうあがってもいいわよ」
「はーい」
三時になって声を掛けられて、私はようやく解放された。
「はい、ご苦労様」
そう言っていつものように奥さんが、作りたてのパンを一つ手渡してくれる。時給以外のお駄賃だとかで、毎回これを貰うたびに嬉しくなった。
「今日はコロッケパンね。揚げたてよ」
「ありがとうございます」
ほかほかのコロッケパンを貰って店を出る。先日俊成君から話を聞いたせいか、ユキ兄の事を思い出してしまった。今はもう『くら澤』の二代目になったけど、その前はホテルの厨房にいたんだよね。なんか美味しいもの食べているイメージだけれども、その頃もコロッケパン買っていたのかな。
のんびりとそんな事を考えながら商店街を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。
「あずさ?」
振り返って思わず動きが止まってしまう。
「圭吾……」
三年ぶりの圭吾だった。声を掛けた本人も驚いている表情で、二人して立ち止まってしまう。しばらく見つめあっていたけれど、横を通り抜ける人に押され、はっとした。
「久しぶり」
とりあえずそう言って、微笑んだ。
「うん。元気?」
圭吾も微笑み返してくれる。その柔らかい表情に、今度こそ笑顔で返事をした。
「元気だよ」
バイトが終わって家に帰るところだと説明をしたら、圭吾は送ると言ってくれた。
「公園までな」
「なんか、懐かしいね」
くすくすと笑いながら、歩き出す。再会の直後は固まってしまったけれど、こうして一旦話し出すととても自然に会話が出来た。なんだろう。余計な気負いとか無くなったせいなのかな。
「圭吾は春からどうなるの?」
「大学行くよ。推薦取れたから。今は教習所通い」
「じゃあ今日は?」
「たまたまこっちの駅に用があってさ、帰ろうとしたらあずさがいてびっくりした」
圭吾が目を細めてこちらを見る。その視線がこそばゆくて、私は近況報告の話題を続けた。
「サッカーは続けていたの?」
「続けているよ。大学もそれで推薦取った」
「ええ? それって凄いことだよね。」
「んー、どうだろな。好きだからやっていることだし」
さらりと言ってのける圭吾に驚いて、ついまじまじとその横顔を見つめてしまう。高校ならいざ知らず、大学でスポーツ推薦って凄いことなんじゃないのかな? 非体育会系なのでどの程度凄いのかレベルまではよく分からないけれど。というか、そもそも大学行ってまで部活続けるって発想自体、私にとっては凄いことだし。
そういえば昔から整った顔立ちをしていたけれど、そこにさらに精悍さが加わって、ずいぶん男っぽくなっていた。これもサッカーをずっと続けているせいなんだろうか。
「公園、寄ってく? 缶コーヒーおごるよ。」
馬鹿みたいに圭吾の顔を見つめていたら、くすりと笑って聞かれてしまった。
「あ、ありがと」
つい見とれてしまっていた自分を誤魔化すように中途半端に微笑んで、公園のベンチに座る。今日は天気がよくて暖かいから、こうして外で話をしていてもそんなには苦にはならない。つい一、二週間前までは、三時過ぎればもう夕方が始まりかけていたのに、気が付けば心持ち日も長くなっていた。
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