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第三章 二人の会話
1.いつもの朝
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一分一秒を争う朝の時間。テレビから流れるお天気予報をBGMに、私は焦りながら歯を磨いていた。
「あずさー、そろそろ急がないと俊ちゃん来ちゃうわよー」
「わかってるっ」
のんびりとしたお母さんの声。その余裕に逆にあおられて叫び返すと、口をゆすいで鏡を見る。リップをぬって、よし、準備オッケー。
小さくうなずくと、まるでそれを待っていたかのようにチャイムが鳴った。
「おはよう。いつも悪いわね」
お母さんの声が玄関からするけれど、相手の声は低いせいか聞こえない。私はカバンを掴むと玄関へと向かっていった。
「お待たせっ」
靴を履いて外に出る。そこでようやくゆとりが出来て、目の前に立っている幼馴染の姿を見つめた。
「行くぞ」
淡々とそう言って、先に歩き出す俊成君。
「うん」
私もすぐに追いついて、隣に並んで歩き出した。
気が付けば高校生活も二年と十ヶ月弱。私達はあともう少しで卒業をしようとしている。
◇◇◇◇◇◇
「寒いね」
マフラーに顔をうずめ、きれいに晴れ渡った空を見上げた。そういえばさっきの天気予報、今年になって二度目の寒波が来ているって言っていたっけ。
「あそこ」
俊成君は私のつぶやきに返事をする代わりに、ふと前方の家を見つめ指差した。
「梅が咲いている」
「あ、ほんとだ」
垣根からのぞいている梅の木は白い花をほころばせ、その横を通るときかすかに清らかな香が匂ったような気がした。
「毎年ここの梅が咲くと、まだ全然冬なのに春が来たって気がするんだよね」
なんだか訳もなく嬉しくなって、微笑んでしまう。
「いつの間に咲いたんだろうな」
通り過ぎていった梅の木をさらに振り返り、俊成君はつぶやいた。その不審そうな表情に、私は最近の彼の生活を思い出す。
「そうか。俊成君、それどころじゃなかったもんね。私はあの木がつぼみ付けていたの知っていたよ」
ちょっと自慢げにいったら、すかさず反撃された。
「花が咲いたのは俺に先に発見されたけどな」
「むかつく」
負けずに言い返したら、面白そうに笑われてしまった。
高校三年生。今は受験の真っ最中。俊成君は一昨日昨日と大学入学共通テストを受けていたんだ。毎日通っている道だけど、さすがに人様の庭木にまで目は行かないよね。
「で、どうだったの? テスト」
「まあ、そんな感じ」
「そんなって、どんな感じか分かりません」
わざと煽るように言いながら、俊成君のいつもと変わらない表情にほっとする。この調子なら大丈夫だったみたい。
同じ高校には進んだものの、小学校中学校に引き続きやっぱりクラスは別だった。私の希望進学先は私立の文系。俊成君は国公立の理数系だから、クラスが違うのも当たり前か。ちなみに私は推薦が取れたので、去年の段階で大学が決まっていた。同じ高校三年生でも、立場が全然違う。
「勝久君は?」
同じ中学校出身、今ではすっかり仲良くなった佐々木勝久君について聞いてみた。
「本人に聞いてみなよ。あいつも今日は学校来るはずだから」
「じゃあいつもの電車に乗るね」
「奴が遅刻してなきゃな」
「微妙だなぁ、それ」
苦笑しつつ駅に向かう。思えば三年前の高校入学式当日、どうせ行き先一緒なんだからという理由で俊成君が私を迎えに来て、乗り込んだ電車の一つ先の駅で勝久君と合流した。あれ以来、私達三人の集団登校は続いている。でももう、そんな生活も終わっちゃうのか。
「おはよう」
「おー」
いかにも寝起きのテンション上がっていませんという表情で、勝久君が電車に乗ってきた。毎朝同じ電車、同じ車両で合流するとはいえ、さすがにラッシュアワーでのんびりと話をするわけにもいかない。混んだ車内ではあっという間に人にもまれ、勝久君と私達の間は離れてしまった。うまくいくと三人揃って一箇所に固まるときもあるんだけどな。今日はいつにも増して混んでいるみたい。
ブレーキの揺れで慌てて吊革につかまったら、すぐ横にいる俊成君の肩に後頭部がぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「ん」
「今日混んでるね」
「電車遅れたのかもな」
なんてことは無い話をしながらぼんやりと窓の外を見た。あと一月ちょっとするともう卒業。俊成君と勝久君は受験の真っ最中だからそんなこと考えている余裕無いだろうけど、私にはたっぷりと時間がある。最近ちょっとしたことですぐに感傷に浸るようになってしまっていて、自分でも情緒不安定だなって思っていた。
卒業、しちゃうんだよな。私達。
「で、勝久君は? どうだったの」
電車から降りて学校へと向かう途中、話題はやっぱり受験についてだった。
「駄目。やばいわ、俺」
「でも元々私立狙いだろ?」
「まあね。第一志望落ちても、最終的に受かったところでいいかとか考えたりしてさ。でも、そんな事言ってるから駄目なんだよな」
台詞だけ聞くと結構弱気なんだけれど、表情に深刻さはうかがえない。勝久君の特徴はこの飄々とした性格だ。
勝久君は不思議な人で、いつでも人と人の間に立って、その場をのんびりと穏やかな雰囲気にさせてしまう。中学時代、あれほどかたくなに苗字で呼び合っていた私と俊成君だけど、高校に入って勝久君から「それじゃ俺が宮崎さんのこと名前で呼べないだろ?」といわれた。その一言であっさりと戻ってしまったのがいい例だ。こんな彼だからこそ中学の頃、全然タイプの違う俊成君とも圭吾とも仲良くやっていけたんだろうな、とこっそり思っている。
「あずさー、そろそろ急がないと俊ちゃん来ちゃうわよー」
「わかってるっ」
のんびりとしたお母さんの声。その余裕に逆にあおられて叫び返すと、口をゆすいで鏡を見る。リップをぬって、よし、準備オッケー。
小さくうなずくと、まるでそれを待っていたかのようにチャイムが鳴った。
「おはよう。いつも悪いわね」
お母さんの声が玄関からするけれど、相手の声は低いせいか聞こえない。私はカバンを掴むと玄関へと向かっていった。
「お待たせっ」
靴を履いて外に出る。そこでようやくゆとりが出来て、目の前に立っている幼馴染の姿を見つめた。
「行くぞ」
淡々とそう言って、先に歩き出す俊成君。
「うん」
私もすぐに追いついて、隣に並んで歩き出した。
気が付けば高校生活も二年と十ヶ月弱。私達はあともう少しで卒業をしようとしている。
◇◇◇◇◇◇
「寒いね」
マフラーに顔をうずめ、きれいに晴れ渡った空を見上げた。そういえばさっきの天気予報、今年になって二度目の寒波が来ているって言っていたっけ。
「あそこ」
俊成君は私のつぶやきに返事をする代わりに、ふと前方の家を見つめ指差した。
「梅が咲いている」
「あ、ほんとだ」
垣根からのぞいている梅の木は白い花をほころばせ、その横を通るときかすかに清らかな香が匂ったような気がした。
「毎年ここの梅が咲くと、まだ全然冬なのに春が来たって気がするんだよね」
なんだか訳もなく嬉しくなって、微笑んでしまう。
「いつの間に咲いたんだろうな」
通り過ぎていった梅の木をさらに振り返り、俊成君はつぶやいた。その不審そうな表情に、私は最近の彼の生活を思い出す。
「そうか。俊成君、それどころじゃなかったもんね。私はあの木がつぼみ付けていたの知っていたよ」
ちょっと自慢げにいったら、すかさず反撃された。
「花が咲いたのは俺に先に発見されたけどな」
「むかつく」
負けずに言い返したら、面白そうに笑われてしまった。
高校三年生。今は受験の真っ最中。俊成君は一昨日昨日と大学入学共通テストを受けていたんだ。毎日通っている道だけど、さすがに人様の庭木にまで目は行かないよね。
「で、どうだったの? テスト」
「まあ、そんな感じ」
「そんなって、どんな感じか分かりません」
わざと煽るように言いながら、俊成君のいつもと変わらない表情にほっとする。この調子なら大丈夫だったみたい。
同じ高校には進んだものの、小学校中学校に引き続きやっぱりクラスは別だった。私の希望進学先は私立の文系。俊成君は国公立の理数系だから、クラスが違うのも当たり前か。ちなみに私は推薦が取れたので、去年の段階で大学が決まっていた。同じ高校三年生でも、立場が全然違う。
「勝久君は?」
同じ中学校出身、今ではすっかり仲良くなった佐々木勝久君について聞いてみた。
「本人に聞いてみなよ。あいつも今日は学校来るはずだから」
「じゃあいつもの電車に乗るね」
「奴が遅刻してなきゃな」
「微妙だなぁ、それ」
苦笑しつつ駅に向かう。思えば三年前の高校入学式当日、どうせ行き先一緒なんだからという理由で俊成君が私を迎えに来て、乗り込んだ電車の一つ先の駅で勝久君と合流した。あれ以来、私達三人の集団登校は続いている。でももう、そんな生活も終わっちゃうのか。
「おはよう」
「おー」
いかにも寝起きのテンション上がっていませんという表情で、勝久君が電車に乗ってきた。毎朝同じ電車、同じ車両で合流するとはいえ、さすがにラッシュアワーでのんびりと話をするわけにもいかない。混んだ車内ではあっという間に人にもまれ、勝久君と私達の間は離れてしまった。うまくいくと三人揃って一箇所に固まるときもあるんだけどな。今日はいつにも増して混んでいるみたい。
ブレーキの揺れで慌てて吊革につかまったら、すぐ横にいる俊成君の肩に後頭部がぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「ん」
「今日混んでるね」
「電車遅れたのかもな」
なんてことは無い話をしながらぼんやりと窓の外を見た。あと一月ちょっとするともう卒業。俊成君と勝久君は受験の真っ最中だからそんなこと考えている余裕無いだろうけど、私にはたっぷりと時間がある。最近ちょっとしたことですぐに感傷に浸るようになってしまっていて、自分でも情緒不安定だなって思っていた。
卒業、しちゃうんだよな。私達。
「で、勝久君は? どうだったの」
電車から降りて学校へと向かう途中、話題はやっぱり受験についてだった。
「駄目。やばいわ、俺」
「でも元々私立狙いだろ?」
「まあね。第一志望落ちても、最終的に受かったところでいいかとか考えたりしてさ。でも、そんな事言ってるから駄目なんだよな」
台詞だけ聞くと結構弱気なんだけれど、表情に深刻さはうかがえない。勝久君の特徴はこの飄々とした性格だ。
勝久君は不思議な人で、いつでも人と人の間に立って、その場をのんびりと穏やかな雰囲気にさせてしまう。中学時代、あれほどかたくなに苗字で呼び合っていた私と俊成君だけど、高校に入って勝久君から「それじゃ俺が宮崎さんのこと名前で呼べないだろ?」といわれた。その一言であっさりと戻ってしまったのがいい例だ。こんな彼だからこそ中学の頃、全然タイプの違う俊成君とも圭吾とも仲良くやっていけたんだろうな、とこっそり思っている。
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