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第二章 二人の距離
20.カキフライ食べよう
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ぐるぐると考えは渦巻いて、出口の無い暗闇の中に入り込んでいく気がした。深く深く落ちていって、もう一生そこから抜け出せないような気になったとき、ふわっと、頭に何かが乗る感触がした。
暖かい、優しい手。規則的にゆっくりと、私の頭を撫でていく。
気が付くと私の目には涙があふれていて、ぼたぼたと膝の上に落ちていた。でも、声を上げて泣くことが出来ない。目の前の人に、そこまで頼るような真似をしたくなかった。男の子だけじゃない、女の子だって厄介だ。
手は、何度も何度も私を撫で上げ繰り返された。ゆっくりゆっくり、染み込んでいく優しい気持ち。素直に泣きつくことができない私を許すように、何度でも触れてくる。そしてその度に少しずつ、私の心は落ち着いていった。
「……ごめんね。ありがとう」
どのくらい経ったんだろう。時間の感覚もすっかりなくなっていたけれど、気持ちが落ち着いたので鼻をすすってつぶやいた。俊成君はそっと手を離すけど、その場を去ろうとはしない。
「それ、小林にやられたのか?」
自分の口元を指差して、聞いてきた。
「これ?」
ついつられて口元を押さえ、鈍い痛みに顔をしかめる。そういえばこれって、何で出来たのかっていうと、えーっと、
「いや、別に大したことじゃないから!」
急に慌てて手を振って否定した。考えてみればこれって、私のファースト・キスだったんだよね。
……ファースト・キス。これがかぁ。さすがにそう考えると、気持ちがへこむ。まさかこんな形で貴重な私のファースト・キスが奪われるとは思わなかったな。
「大したことじゃないんだろ?」
なおも聞き返してくる俊成君を見上げて、びくっとした。かなり、不機嫌な顔つきしてるんですけど。
「心配、してくれている?」
ためしに聞いてみたら、即答された。
「当たり前だろ」
「へ? ……あ、ありがとう」
あまりにもさっくりといわれてしまったので、一瞬こちらの反応が遅れてしまった。でも、確かに心配はするか。ふられたって泣いて、ケガしているんだもん。今の俊成君の表情、カズ兄にそっくりだ。
「本当に大丈夫だよ。私もぐーでなぐっちゃったし。おあいこだったの」
自然に微笑が浮かんできた。正直、初めて男の子の事を怖いと思った。あんなに力込めて抵抗したのに、圭吾の体はびくともしなかった。多分その気になれば私の意志なんか関係なく、それ以上のことも出来たんだと思う。そう深く考えるとどんどんと体は震えてくるけれど、でも実際のところ圭吾は途中でやめてくれた。ごめんって、謝ってくれた。私もただされるままじゃなくて、ちゃんと抵抗できた。だから今、微笑んでいられる。
俊成君はしばらく考え込むように黙り込むと、ためらいがちに聞いてきた。
「うち、来るか?」
「え?」
「『くら澤』。今日、親父が組合の旅行でいないんだ。かわりにユキ兄が店やっている。あずだったらユキ兄が飯作ってくれるから。カキフライ、食ってく?」
カキフライ。
そういえばさっきとっさに浮かんだのがこの単語で、気が付くといろんな感情込みで訴えていたんだった。私の頭撫でている間、俊成君は真剣に考えてくれていたのかな。
あ、駄目だ。なんか涙でそう。
慌ててうつむいて、涙をぬぐう。今弱っちゃっているから、ちょっとした感情のふり幅で涙が出る。俊成君、いい人だ。
「ユキ兄、ハンバーグ作ってくれるかな?」
深呼吸して気を落ち着かせると、私は俊成君に向かって笑いかけた。
「はい?」
「カキフライ好きだけど、それだけって寂しいんだ。『くら澤』はね、ハンバーグも好きなの。上に半熟の目玉焼き乗っているじゃない? あれ崩して食べるのが好き」
俊成君はじっと私の顔を見つめると、ふいにくすりと笑ってポケットに手を突っ込んだ。
「カキフライとハンバーグの組み合わせはスペシャルだよ。結構するんだぞ」
「えー、駄目?」
「ユキ兄に直接交渉しろよ。合格祝いだって言えば何だって作ってくれると思うし」
「じゃあ、ビーフシチュー!」
「あれは時間掛かるから予約制」
「ちえー」
他愛も無い話を続けながら立ち上がる。まだまだ気持ちは落ち込んだままで、胸の奥の痛みは続いている。けれど、とりあえずこの公園から出られるほどには回復した。
カキフライ食べて、ハンバーグ食べて、うちに帰ろう。
数歩先、私が歩き出すのを待っている俊成君に向かって踏み出した。
暖かい、優しい手。規則的にゆっくりと、私の頭を撫でていく。
気が付くと私の目には涙があふれていて、ぼたぼたと膝の上に落ちていた。でも、声を上げて泣くことが出来ない。目の前の人に、そこまで頼るような真似をしたくなかった。男の子だけじゃない、女の子だって厄介だ。
手は、何度も何度も私を撫で上げ繰り返された。ゆっくりゆっくり、染み込んでいく優しい気持ち。素直に泣きつくことができない私を許すように、何度でも触れてくる。そしてその度に少しずつ、私の心は落ち着いていった。
「……ごめんね。ありがとう」
どのくらい経ったんだろう。時間の感覚もすっかりなくなっていたけれど、気持ちが落ち着いたので鼻をすすってつぶやいた。俊成君はそっと手を離すけど、その場を去ろうとはしない。
「それ、小林にやられたのか?」
自分の口元を指差して、聞いてきた。
「これ?」
ついつられて口元を押さえ、鈍い痛みに顔をしかめる。そういえばこれって、何で出来たのかっていうと、えーっと、
「いや、別に大したことじゃないから!」
急に慌てて手を振って否定した。考えてみればこれって、私のファースト・キスだったんだよね。
……ファースト・キス。これがかぁ。さすがにそう考えると、気持ちがへこむ。まさかこんな形で貴重な私のファースト・キスが奪われるとは思わなかったな。
「大したことじゃないんだろ?」
なおも聞き返してくる俊成君を見上げて、びくっとした。かなり、不機嫌な顔つきしてるんですけど。
「心配、してくれている?」
ためしに聞いてみたら、即答された。
「当たり前だろ」
「へ? ……あ、ありがとう」
あまりにもさっくりといわれてしまったので、一瞬こちらの反応が遅れてしまった。でも、確かに心配はするか。ふられたって泣いて、ケガしているんだもん。今の俊成君の表情、カズ兄にそっくりだ。
「本当に大丈夫だよ。私もぐーでなぐっちゃったし。おあいこだったの」
自然に微笑が浮かんできた。正直、初めて男の子の事を怖いと思った。あんなに力込めて抵抗したのに、圭吾の体はびくともしなかった。多分その気になれば私の意志なんか関係なく、それ以上のことも出来たんだと思う。そう深く考えるとどんどんと体は震えてくるけれど、でも実際のところ圭吾は途中でやめてくれた。ごめんって、謝ってくれた。私もただされるままじゃなくて、ちゃんと抵抗できた。だから今、微笑んでいられる。
俊成君はしばらく考え込むように黙り込むと、ためらいがちに聞いてきた。
「うち、来るか?」
「え?」
「『くら澤』。今日、親父が組合の旅行でいないんだ。かわりにユキ兄が店やっている。あずだったらユキ兄が飯作ってくれるから。カキフライ、食ってく?」
カキフライ。
そういえばさっきとっさに浮かんだのがこの単語で、気が付くといろんな感情込みで訴えていたんだった。私の頭撫でている間、俊成君は真剣に考えてくれていたのかな。
あ、駄目だ。なんか涙でそう。
慌ててうつむいて、涙をぬぐう。今弱っちゃっているから、ちょっとした感情のふり幅で涙が出る。俊成君、いい人だ。
「ユキ兄、ハンバーグ作ってくれるかな?」
深呼吸して気を落ち着かせると、私は俊成君に向かって笑いかけた。
「はい?」
「カキフライ好きだけど、それだけって寂しいんだ。『くら澤』はね、ハンバーグも好きなの。上に半熟の目玉焼き乗っているじゃない? あれ崩して食べるのが好き」
俊成君はじっと私の顔を見つめると、ふいにくすりと笑ってポケットに手を突っ込んだ。
「カキフライとハンバーグの組み合わせはスペシャルだよ。結構するんだぞ」
「えー、駄目?」
「ユキ兄に直接交渉しろよ。合格祝いだって言えば何だって作ってくれると思うし」
「じゃあ、ビーフシチュー!」
「あれは時間掛かるから予約制」
「ちえー」
他愛も無い話を続けながら立ち上がる。まだまだ気持ちは落ち込んだままで、胸の奥の痛みは続いている。けれど、とりあえずこの公園から出られるほどには回復した。
カキフライ食べて、ハンバーグ食べて、うちに帰ろう。
数歩先、私が歩き出すのを待っている俊成君に向かって踏み出した。
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