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第二章 二人の距離
15.独りじゃないよ
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「別にいいよ。付き合ってくれって言われてうなずいたけど、別に俺自身どうこうしたいとかなかったし、こんなんで本当に面白いのかなとか思っていたし、正直言ってもう別れるって言われたときにはほっとしたし」
めずらしく畳み掛けるように一気にそこまで話すと、俊成君は一瞬黙り込み、考えるように湯飲み茶碗を見つめた。
「……けど」
「けど?」
「こっちに勝手に夢ばっかり持ってさ、うまく行かないからって文句言うの、ずるいよな」
くちびる尖らせて、への字にして、あからさまにむっとして。
その表情があまりにも最近の俊成君とはかけ離れた幼い感じで、私の口元はしだいにむずむずしてきた。その雰囲気を察したのか、俊成君が上目遣いににらんでくる。
「あず、笑うなよ」
「駄目。やっぱおかしい」
こらえきれずに笑い出してしまった。だって、クリスマスとクリスマス・イブを間違えて、ケンカしておしまいって、あまりにもお約束な別れっぷりだよ。
「なんか、ギャグみたいだよね」
「うるさい」
「受験生なのに二日連チャンで遊ぼうとするから、バチが当たったんだよ」
「うるさい」
反論する俊成君の口調が怒ってなくて拗ね加減で、だから私は無邪気に笑い続けることが出来た。そのうち俊成君もつられたらしく、「あーあ」とつぶやきながら笑い出す。
ひとしきり笑い終えると二人とも力尽きたように黙り込み、それでも口元に笑いを残したままぼんやりとしていた。テレビはつけていないから、黙ってしまえば家の中は静かになる。それでも俊成君との会話以外、他に音は欲しいと思わない。のんびりとした雰囲気の中、私は自分のご飯を食べ終えた。
「……なんかさ」
いつの間に先にご飯を終えていた俊成君が、湯飲み茶碗を手で転がしながら家の中をゆっくりと見渡して、話し出す。
「うちはもともと店やっているから親の帰りが遅くって、俺一人だけが年はなれていたし、ばあちゃんに育てられていたんだよな。ばあちゃんが入院とかしょっちゅうするようになってから、俺、一人で家にいる事のほうが多かった。結構それにも慣れて、だから、ばあちゃん死んでもあんまり生活とか変わんないとか思っていたんだけど。……でもさ、今はいなくてもいつか家に帰ってくるって思っているのと、もう二度と帰ってこないんだっていうのと、同じいないでも、違うんだ」
静かな口調。でも、そこに込められた気持ちの深さに気付いて、私は何も言うことが出来ない。
「やっぱり、……寂しいよな」
ずるずると椅子から落ちるように姿勢を崩すと、俊成君はゆっくりとうつむき、息を吐いた。正面の私からは彼の頭頂部しか見えなくて、ただ嗚咽にもならないような中途半端なため息だけが二人の間で響いている。
「寂しいね」
それだけつぶやいて、私はハンドタオルを頬に当てる。俊成君の姿を見ているうちに、すっかりおさまっていたはずの涙があふれてきた。
おばあちゃんが亡くなって寂しい気持ちは変わらないのに、変な意地でもって泣いている姿や取り乱した姿を見せようとしない。男の子って本当に、厄介だ。
それでも、そんな俊成君を呆れたり馬鹿にしたりする気にはなれなくて、ただひたすら顔を見せない彼の姿を見つめていた。そしてあの夏の日の、おばあちゃんの優しい手を思い出す。
あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね。
おばあちゃんがこの言葉にどれほどの意味を持たせていたのか、分からない。初めてこの台詞を聞いたとき思ったのは、俊成君とまた友達に戻れたんだなってことだった。そして今この言葉を聞いて思うのは、おばあちゃんが私を気遣うその優しさ。あのときのおばあちゃんの優しさを私は知っている。あのときの、手のぬくもりを覚えている。
私はそっと俊成君に手を伸ばした。テーブル越しの手はそのままでは届かないから、自然に私は立ち上がり、彼の頭頂部をそっと撫でる。俊成君は一瞬だけ肩をびくりと震わせたけれど、そのあとはされるがままになっていた。さらさらとした髪の毛を指ですくうように撫で上げて、感触の気持ち良さに何度も繰り返す。
あの時感じた優しさを、ほんの少しでも俊成君に伝えたい。人前で泣く姿を見せられないなら、代わりに私が泣いてあげるから。おばあちゃんの代わりに、私が撫でてあげるから。
俊成君は、独りじゃないよ。
「……ごめんな。ありがとう」
しばらくして落ち着いたのか、俊成君が小さく言った。
「うん」
うなずいて手を止めるけれど、その頃になってだんだんと気恥ずかしくなってくる。冷静になって考えてみれば、同じ年の男の子の頭を撫でるというのも変な話だよね、とか。でも自分の気分としては、おばあちゃんの代わりにっていう意味もあったわけだし。
なんだか心の中で色々と言葉をこねくり回して、でもそんな言い訳を口に出せるはずもなく、とりあえず私はテーブルの上を片付ける。
「使ったお皿、どうする?」
「いい。そこ置いといて」
「わかった。……じゃあ、私帰るから」
「うん」
それまでずっとうつむいたままの俊成君が顔を上げないうち、私は素早く玄関に向かった。この場合、撫でた方も恥ずかしいけれど、撫でられた方はもっと恥ずかしいに決まっている。俊成君が今どんな表情をしているか知らないけれど、とりあえず気恥ずかしい状態でお互いの目が合うのは避けたかった。
「じゃあ、受験頑張ろうね」
そう言いおいて、外に出る。暖房ですっかり温まっていた体に冷気が一気に押し寄せて、私は小さく身震いした。
息が白い。
二、三歩進んで足を止めて、俊成君ちの庭のある辺りをぼんやり見つめた。
去年の夏、カンナの花は咲いていたんだろうか。
深く深く、息を吐いた。
めずらしく畳み掛けるように一気にそこまで話すと、俊成君は一瞬黙り込み、考えるように湯飲み茶碗を見つめた。
「……けど」
「けど?」
「こっちに勝手に夢ばっかり持ってさ、うまく行かないからって文句言うの、ずるいよな」
くちびる尖らせて、への字にして、あからさまにむっとして。
その表情があまりにも最近の俊成君とはかけ離れた幼い感じで、私の口元はしだいにむずむずしてきた。その雰囲気を察したのか、俊成君が上目遣いににらんでくる。
「あず、笑うなよ」
「駄目。やっぱおかしい」
こらえきれずに笑い出してしまった。だって、クリスマスとクリスマス・イブを間違えて、ケンカしておしまいって、あまりにもお約束な別れっぷりだよ。
「なんか、ギャグみたいだよね」
「うるさい」
「受験生なのに二日連チャンで遊ぼうとするから、バチが当たったんだよ」
「うるさい」
反論する俊成君の口調が怒ってなくて拗ね加減で、だから私は無邪気に笑い続けることが出来た。そのうち俊成君もつられたらしく、「あーあ」とつぶやきながら笑い出す。
ひとしきり笑い終えると二人とも力尽きたように黙り込み、それでも口元に笑いを残したままぼんやりとしていた。テレビはつけていないから、黙ってしまえば家の中は静かになる。それでも俊成君との会話以外、他に音は欲しいと思わない。のんびりとした雰囲気の中、私は自分のご飯を食べ終えた。
「……なんかさ」
いつの間に先にご飯を終えていた俊成君が、湯飲み茶碗を手で転がしながら家の中をゆっくりと見渡して、話し出す。
「うちはもともと店やっているから親の帰りが遅くって、俺一人だけが年はなれていたし、ばあちゃんに育てられていたんだよな。ばあちゃんが入院とかしょっちゅうするようになってから、俺、一人で家にいる事のほうが多かった。結構それにも慣れて、だから、ばあちゃん死んでもあんまり生活とか変わんないとか思っていたんだけど。……でもさ、今はいなくてもいつか家に帰ってくるって思っているのと、もう二度と帰ってこないんだっていうのと、同じいないでも、違うんだ」
静かな口調。でも、そこに込められた気持ちの深さに気付いて、私は何も言うことが出来ない。
「やっぱり、……寂しいよな」
ずるずると椅子から落ちるように姿勢を崩すと、俊成君はゆっくりとうつむき、息を吐いた。正面の私からは彼の頭頂部しか見えなくて、ただ嗚咽にもならないような中途半端なため息だけが二人の間で響いている。
「寂しいね」
それだけつぶやいて、私はハンドタオルを頬に当てる。俊成君の姿を見ているうちに、すっかりおさまっていたはずの涙があふれてきた。
おばあちゃんが亡くなって寂しい気持ちは変わらないのに、変な意地でもって泣いている姿や取り乱した姿を見せようとしない。男の子って本当に、厄介だ。
それでも、そんな俊成君を呆れたり馬鹿にしたりする気にはなれなくて、ただひたすら顔を見せない彼の姿を見つめていた。そしてあの夏の日の、おばあちゃんの優しい手を思い出す。
あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね。
おばあちゃんがこの言葉にどれほどの意味を持たせていたのか、分からない。初めてこの台詞を聞いたとき思ったのは、俊成君とまた友達に戻れたんだなってことだった。そして今この言葉を聞いて思うのは、おばあちゃんが私を気遣うその優しさ。あのときのおばあちゃんの優しさを私は知っている。あのときの、手のぬくもりを覚えている。
私はそっと俊成君に手を伸ばした。テーブル越しの手はそのままでは届かないから、自然に私は立ち上がり、彼の頭頂部をそっと撫でる。俊成君は一瞬だけ肩をびくりと震わせたけれど、そのあとはされるがままになっていた。さらさらとした髪の毛を指ですくうように撫で上げて、感触の気持ち良さに何度も繰り返す。
あの時感じた優しさを、ほんの少しでも俊成君に伝えたい。人前で泣く姿を見せられないなら、代わりに私が泣いてあげるから。おばあちゃんの代わりに、私が撫でてあげるから。
俊成君は、独りじゃないよ。
「……ごめんな。ありがとう」
しばらくして落ち着いたのか、俊成君が小さく言った。
「うん」
うなずいて手を止めるけれど、その頃になってだんだんと気恥ずかしくなってくる。冷静になって考えてみれば、同じ年の男の子の頭を撫でるというのも変な話だよね、とか。でも自分の気分としては、おばあちゃんの代わりにっていう意味もあったわけだし。
なんだか心の中で色々と言葉をこねくり回して、でもそんな言い訳を口に出せるはずもなく、とりあえず私はテーブルの上を片付ける。
「使ったお皿、どうする?」
「いい。そこ置いといて」
「わかった。……じゃあ、私帰るから」
「うん」
それまでずっとうつむいたままの俊成君が顔を上げないうち、私は素早く玄関に向かった。この場合、撫でた方も恥ずかしいけれど、撫でられた方はもっと恥ずかしいに決まっている。俊成君が今どんな表情をしているか知らないけれど、とりあえず気恥ずかしい状態でお互いの目が合うのは避けたかった。
「じゃあ、受験頑張ろうね」
そう言いおいて、外に出る。暖房ですっかり温まっていた体に冷気が一気に押し寄せて、私は小さく身震いした。
息が白い。
二、三歩進んで足を止めて、俊成君ちの庭のある辺りをぼんやり見つめた。
去年の夏、カンナの花は咲いていたんだろうか。
深く深く、息を吐いた。
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