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第二章 二人の距離
14.近況報告
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おばあちゃんを葬儀場に運び終え、通常に戻った俊成君の家は、一見すると保育園や小学校のころにお邪魔したあのときとあまり変わらないようだった。でも玄関の下駄箱に無造作に立てかけられたゴルフクラブとか、多分和弘お兄ちゃんの革靴だとか、なんだかそういうちょっとした小物類でやっぱり昔と違う雰囲気をかもし出している。
「お茶、淹れるよ」
なんとなく落ち着かない気持ちのまま仕出し料理をダイニングテーブルに広げていたら、俊成君がそういってお湯を沸かした。家が料理屋さんだからなのかな、こういう何気ないところのサービスがいい。椅子に座ってお茶を淹れている俊成君を見ているうち、私はようやく一つのことに気がついた。
別に、私だけが倉沢家にお邪魔しなくったって、奈緒子お姉ちゃんだって来ればよかったんじゃないの?
ああでもお姉ちゃん、この家に上がったことはなかったんだっけ。
「じゃあ仕方ないか」
つい独り言をつぶやいたら、俊成君がこちらを振り返った。
「ごめんな」
「え? あ、違うよ。そんなんじゃなくて」
慌てて否定したらよけいに強調したみたいになって、それに気付いて中途半端に言葉を切る。去年の十一月の、『くら澤』に行かないと決心した辺りから、なんとなく俊成君に対して負い目のようなものを持っている自分がいる。意識して距離を置くという行為に対して、罪悪感というのか、トラウマを感じているからなんだ。でもそれを俊成君に悟られるのだけは、絶対に嫌だった。
なんだかそんな事を一瞬にしてぐるぐると考えていたせいか、自然に頼りない顔になっていた。俊成君はあえて何も言わずに、私にお茶を出してくれる。
「熱いよ」
「ん」
一口すすって、小さくいただきますを言ってから料理を食べ始めた。向かい合わせに座る俊成君。自分の家だからかな、先ほどまでの葬儀場にいるときに比べ、なんだかほっとしているみたいだ。
「疲れた?」
「まあな。でも、仕方ないよ。それに先に俺だけ帰らせてもらったから、兄貴たちより楽してる」
「でも受験生だし。俊成君、試験はいつ?」
「一週間後。あずは?」
「私は八日後か。ね、そこって本命?」
「いや、滑り止め。一応公立狙いだから」
会話を続けながら心のどこかで、なんでこんなに普通の会話をしているんだろうって思っていた。おばあちゃんが亡くなって、近所の葬儀場ではまだお通夜が続いていて、それなのに私と俊成君、ご飯を食べながら受験の話を続けている。
「私も併願なんだ。公立って、どこ?」
「りょうわ」
「稜和高校? えー、私もだよ。あそこ結構遠いから、受ける人少ないって聞いていたのに」
「三組の佐々木も受けるって。」
「佐々木勝久君? バスケ部の」
「勝久のこと、知ってるんだ」
「小林君とも仲がいいからね、なんとなく」
「ああ、そっか」
そこで納得すると、俊成君は会話をやめてご飯を食べることに専念し始めた。私はなんとなく収まりが悪い気分を抱え、次の話題を見つけようとする。
「俊成君の方はどうなの? 谷口さんとは」
自分の彼氏の話で終わったんだから、次は俊成君の彼女の番だよね。そんな軽い気持ちで聞いたのに、俊成君はなんだか嫌な事を聞かれたように顔をしかめた。
「終わった」
「終わった? いつ? ふったの? ふられたの?」
立て続けの質問に俊成君は答えようとせず、お茶を飲もうとしてそのお茶がもうなくなっていることに気が付いて、余計に眉を寄せる。
「お代わり、私が淹れるよ」
慌てて立ち上がり、やかんを火にかけた。しばらく沈黙が続くけど、ここで急いても仕方ない。俊成君の分のついでに自分の湯飲みにもお茶を淹れ、しばらく落ち着くとあらためて話を再開させた。
「で、ふったの? ふられたの?」
「ふられた」
「えー、いつ?」
「クリスマスの日」
「クリスマスに?」
そんな一大イベントの日にふられるなんて、一体どんな出来事があったんだろう。大きく目を見開いて俊成君の顔をまじまじと見つめたら、ようやく俊成君も話す気になったのか、少しふてくされたような表情で語りだした。
「クリスマスに映画観に行こうって言われたから、その日は空けて、前日に勝久と遊んでいたんだ。そしたらふられた。」
「へ? どういう意味?」
「だから、クリスマスに予定を空けていたんだよ。十二月二十五日。」
「十二月二十五日……?」
繰り返してあれ?って思った。その前日に男同士、友達と遊びにって、
「あの、俊成君。もしかして本当はクリスマス・イブに会うはずだったっていうオチとか……」
「それ。思いっきり責められて、で、結局ふられた」
少しから最大限にふてくされたような表情になって、俊成君が語り終える。
「あー」
なんといって慰めたらいいのか分からなくて、とりあえず声だけ出してみた。
「お茶、淹れるよ」
なんとなく落ち着かない気持ちのまま仕出し料理をダイニングテーブルに広げていたら、俊成君がそういってお湯を沸かした。家が料理屋さんだからなのかな、こういう何気ないところのサービスがいい。椅子に座ってお茶を淹れている俊成君を見ているうち、私はようやく一つのことに気がついた。
別に、私だけが倉沢家にお邪魔しなくったって、奈緒子お姉ちゃんだって来ればよかったんじゃないの?
ああでもお姉ちゃん、この家に上がったことはなかったんだっけ。
「じゃあ仕方ないか」
つい独り言をつぶやいたら、俊成君がこちらを振り返った。
「ごめんな」
「え? あ、違うよ。そんなんじゃなくて」
慌てて否定したらよけいに強調したみたいになって、それに気付いて中途半端に言葉を切る。去年の十一月の、『くら澤』に行かないと決心した辺りから、なんとなく俊成君に対して負い目のようなものを持っている自分がいる。意識して距離を置くという行為に対して、罪悪感というのか、トラウマを感じているからなんだ。でもそれを俊成君に悟られるのだけは、絶対に嫌だった。
なんだかそんな事を一瞬にしてぐるぐると考えていたせいか、自然に頼りない顔になっていた。俊成君はあえて何も言わずに、私にお茶を出してくれる。
「熱いよ」
「ん」
一口すすって、小さくいただきますを言ってから料理を食べ始めた。向かい合わせに座る俊成君。自分の家だからかな、先ほどまでの葬儀場にいるときに比べ、なんだかほっとしているみたいだ。
「疲れた?」
「まあな。でも、仕方ないよ。それに先に俺だけ帰らせてもらったから、兄貴たちより楽してる」
「でも受験生だし。俊成君、試験はいつ?」
「一週間後。あずは?」
「私は八日後か。ね、そこって本命?」
「いや、滑り止め。一応公立狙いだから」
会話を続けながら心のどこかで、なんでこんなに普通の会話をしているんだろうって思っていた。おばあちゃんが亡くなって、近所の葬儀場ではまだお通夜が続いていて、それなのに私と俊成君、ご飯を食べながら受験の話を続けている。
「私も併願なんだ。公立って、どこ?」
「りょうわ」
「稜和高校? えー、私もだよ。あそこ結構遠いから、受ける人少ないって聞いていたのに」
「三組の佐々木も受けるって。」
「佐々木勝久君? バスケ部の」
「勝久のこと、知ってるんだ」
「小林君とも仲がいいからね、なんとなく」
「ああ、そっか」
そこで納得すると、俊成君は会話をやめてご飯を食べることに専念し始めた。私はなんとなく収まりが悪い気分を抱え、次の話題を見つけようとする。
「俊成君の方はどうなの? 谷口さんとは」
自分の彼氏の話で終わったんだから、次は俊成君の彼女の番だよね。そんな軽い気持ちで聞いたのに、俊成君はなんだか嫌な事を聞かれたように顔をしかめた。
「終わった」
「終わった? いつ? ふったの? ふられたの?」
立て続けの質問に俊成君は答えようとせず、お茶を飲もうとしてそのお茶がもうなくなっていることに気が付いて、余計に眉を寄せる。
「お代わり、私が淹れるよ」
慌てて立ち上がり、やかんを火にかけた。しばらく沈黙が続くけど、ここで急いても仕方ない。俊成君の分のついでに自分の湯飲みにもお茶を淹れ、しばらく落ち着くとあらためて話を再開させた。
「で、ふったの? ふられたの?」
「ふられた」
「えー、いつ?」
「クリスマスの日」
「クリスマスに?」
そんな一大イベントの日にふられるなんて、一体どんな出来事があったんだろう。大きく目を見開いて俊成君の顔をまじまじと見つめたら、ようやく俊成君も話す気になったのか、少しふてくされたような表情で語りだした。
「クリスマスに映画観に行こうって言われたから、その日は空けて、前日に勝久と遊んでいたんだ。そしたらふられた。」
「へ? どういう意味?」
「だから、クリスマスに予定を空けていたんだよ。十二月二十五日。」
「十二月二十五日……?」
繰り返してあれ?って思った。その前日に男同士、友達と遊びにって、
「あの、俊成君。もしかして本当はクリスマス・イブに会うはずだったっていうオチとか……」
「それ。思いっきり責められて、で、結局ふられた」
少しから最大限にふてくされたような表情になって、俊成君が語り終える。
「あー」
なんといって慰めたらいいのか分からなくて、とりあえず声だけ出してみた。
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