21 / 73
第二章 二人の距離
13.おばあちゃん
しおりを挟む
翌年の一月。倉沢家の、俊成君のおばあちゃんが亡くなった。
夕方の六時過ぎに電話がなって、受けたお母さんは短く返事をすると、倉沢家へ走って行った。それが訃報だった。
実はおばあちゃんの具合はずっと悪くって、秋のお祭りのとき以来、お正月に数日家に帰ったけれどそれ以外は入院し続けていた。だから、みんな覚悟していたんだと思う。私だってお母さんからある程度のことは聞かされていた。けれど、でも、やっぱり、病院から倉沢家に戻って、布団の中で眠るように亡くなっているおばあちゃんの姿を見るのは辛かった。
お通夜は二日後、近所の葬儀場で行われた。流石に商店街で洋食屋を営んでいるせいか、弔問客が多い。今まで見た事の無い倉沢家の親戚達が頭を下げている中、奈緒子お姉ちゃんと私は突き進み、みようみまねでお焼香をした。今まであんなにおばあちゃんとしゃべったり笑ったりしていたのに、いざ亡くなってしまうと、自分たちの役割がただの近所に住む子供たちになってしまうのがひどく寂しい。祭壇の左右に振り分けられた遺族席の端っこで、倉沢家最後の孫である俊成君はただ視線を床に落とし、規則的に頭を下げる動作を繰り返していた。
「奈緒子ちゃん、あずさちゃん。今日は来てくれてありがとうね」
お通夜の式が終わったあと、ふるまいの席で所在無く座っていると、俊成君のおばさんが話しかけてくれた。お母さんは手伝いに借り出され、お父さんはすっかり近所の人たちと盛り上がっている。お姉ちゃんと私だけが中途半端な感じで座っていたのを、おばさんが気にしてくれたようだった。
「おばさん……」
この度はご愁傷様でした。
定型文は浮かんでくるけれど、果たしてそんな言葉を私達が使っていいのかためらわれ、中途半端に言葉を濁す。
「おばあちゃん、二人の事を可愛がっていたから、実の孫みたいに思っていたから、今日来てくれて本当に嬉しかったわ」
そんなおばさんの言葉にお姉ちゃんは鼻をすすり上げ、私はハンドタオルに顔をうずめる。身近な人の死って、これが初めてだからなのかな。涙が簡単に出てしまう。おばさんはそんな私を見つめると、そっと肩に手をかけた。
「とくにあずさちゃんはね、俊成と仲良くしてくれているから、おばあちゃん、最後まで気にしていて。最後にね、俊成の手を取って、あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね、って……」
おばさんの目尻に涙がたまり、こぼれ落ちた。私は顔を上げることが出来なくなり、きつく目を閉じる。頭の中、ぽっかりと浮かぶのは、いつか夏の日におばあちゃんの部屋から俊成君と二人で見ていたカンナの朱だ。
あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね。
あのときの、私の頭をゆっくりと撫でてくれたおばあちゃんの、手のやさしさを覚えている。
「おばあちゃん……」
小さくつぶやくと、また涙があふれ出た。
「あずさ」
お姉ちゃんに心配そうに呼びかけられ、私はごしごしと涙をぬぐった。
「ごめんなさいね。おばさんがこんな話するから」
おばさんは謝ると、近くを通りかかった和弘お兄ちゃんを手招きした。
「和弘、あずさちゃんたちもう帰るけれど、俊成もそろそろ帰らせたらどうかしら」
「大人ばかりだしね。夜伽は俺達やるし、トシは勉強あるからいいんじゃないか。ああ、奈緒子ちゃん、あずさ。今日はありがとうな」
出席者にお酌をして回っていたらしい。ビールを片手に和弘お兄ちゃんが優しく微笑んだ。
「あずさもトシと同じく受験生だもんな。ここ、落ち着かないだろう? おじさんたちには言っておくから、トシと一緒に帰ってやってくれないかな」
そう言うと私たちのいた席をさっと見て、良幸お兄ちゃんに呼びかける。
「ユキ、悪いけどここらへんの料理とか、適当に包んでくれるか? 二人に持って帰ってもらって」
「いいよ」
長男の指示に次男の良幸お兄ちゃんは素直にうなずき、どこからか持ち出した保存容器に手早く料理を詰めだした。奈緒子お姉ちゃんはそんな二人の兄弟の姿を見つめ、疑問を口にする。
「俊ちゃんは、食べたの?」
「いや、あいつもあんまり」
「じゃああずさ、俊ちゃんと食べなよ。こういう日に一人は寂しいから」
お姉ちゃんに真っ直ぐに見つめられ、私は反論も出来ずに黙っていた。まずい。この表情、お姉ちゃんが妹に『命令』するときの顔だ。
「あずさ、もし良かったらそうしてくれるかな?」
負けずにカズ兄もお願いしてきた。こっちは弟思いの兄の顔だ。
「べつに一人でも大丈夫だよ」
横から声がしたので振り返ったら、俊成君が立っていた。それぞれの兄と姉の親切に、困ったような表情をしている。そんな俊成君を見ていたら、私は自然に言葉が出ていた。
「ご飯、一緒に食べよう。俊成君」
夕方の六時過ぎに電話がなって、受けたお母さんは短く返事をすると、倉沢家へ走って行った。それが訃報だった。
実はおばあちゃんの具合はずっと悪くって、秋のお祭りのとき以来、お正月に数日家に帰ったけれどそれ以外は入院し続けていた。だから、みんな覚悟していたんだと思う。私だってお母さんからある程度のことは聞かされていた。けれど、でも、やっぱり、病院から倉沢家に戻って、布団の中で眠るように亡くなっているおばあちゃんの姿を見るのは辛かった。
お通夜は二日後、近所の葬儀場で行われた。流石に商店街で洋食屋を営んでいるせいか、弔問客が多い。今まで見た事の無い倉沢家の親戚達が頭を下げている中、奈緒子お姉ちゃんと私は突き進み、みようみまねでお焼香をした。今まであんなにおばあちゃんとしゃべったり笑ったりしていたのに、いざ亡くなってしまうと、自分たちの役割がただの近所に住む子供たちになってしまうのがひどく寂しい。祭壇の左右に振り分けられた遺族席の端っこで、倉沢家最後の孫である俊成君はただ視線を床に落とし、規則的に頭を下げる動作を繰り返していた。
「奈緒子ちゃん、あずさちゃん。今日は来てくれてありがとうね」
お通夜の式が終わったあと、ふるまいの席で所在無く座っていると、俊成君のおばさんが話しかけてくれた。お母さんは手伝いに借り出され、お父さんはすっかり近所の人たちと盛り上がっている。お姉ちゃんと私だけが中途半端な感じで座っていたのを、おばさんが気にしてくれたようだった。
「おばさん……」
この度はご愁傷様でした。
定型文は浮かんでくるけれど、果たしてそんな言葉を私達が使っていいのかためらわれ、中途半端に言葉を濁す。
「おばあちゃん、二人の事を可愛がっていたから、実の孫みたいに思っていたから、今日来てくれて本当に嬉しかったわ」
そんなおばさんの言葉にお姉ちゃんは鼻をすすり上げ、私はハンドタオルに顔をうずめる。身近な人の死って、これが初めてだからなのかな。涙が簡単に出てしまう。おばさんはそんな私を見つめると、そっと肩に手をかけた。
「とくにあずさちゃんはね、俊成と仲良くしてくれているから、おばあちゃん、最後まで気にしていて。最後にね、俊成の手を取って、あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね、って……」
おばさんの目尻に涙がたまり、こぼれ落ちた。私は顔を上げることが出来なくなり、きつく目を閉じる。頭の中、ぽっかりと浮かぶのは、いつか夏の日におばあちゃんの部屋から俊成君と二人で見ていたカンナの朱だ。
あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね。
あのときの、私の頭をゆっくりと撫でてくれたおばあちゃんの、手のやさしさを覚えている。
「おばあちゃん……」
小さくつぶやくと、また涙があふれ出た。
「あずさ」
お姉ちゃんに心配そうに呼びかけられ、私はごしごしと涙をぬぐった。
「ごめんなさいね。おばさんがこんな話するから」
おばさんは謝ると、近くを通りかかった和弘お兄ちゃんを手招きした。
「和弘、あずさちゃんたちもう帰るけれど、俊成もそろそろ帰らせたらどうかしら」
「大人ばかりだしね。夜伽は俺達やるし、トシは勉強あるからいいんじゃないか。ああ、奈緒子ちゃん、あずさ。今日はありがとうな」
出席者にお酌をして回っていたらしい。ビールを片手に和弘お兄ちゃんが優しく微笑んだ。
「あずさもトシと同じく受験生だもんな。ここ、落ち着かないだろう? おじさんたちには言っておくから、トシと一緒に帰ってやってくれないかな」
そう言うと私たちのいた席をさっと見て、良幸お兄ちゃんに呼びかける。
「ユキ、悪いけどここらへんの料理とか、適当に包んでくれるか? 二人に持って帰ってもらって」
「いいよ」
長男の指示に次男の良幸お兄ちゃんは素直にうなずき、どこからか持ち出した保存容器に手早く料理を詰めだした。奈緒子お姉ちゃんはそんな二人の兄弟の姿を見つめ、疑問を口にする。
「俊ちゃんは、食べたの?」
「いや、あいつもあんまり」
「じゃああずさ、俊ちゃんと食べなよ。こういう日に一人は寂しいから」
お姉ちゃんに真っ直ぐに見つめられ、私は反論も出来ずに黙っていた。まずい。この表情、お姉ちゃんが妹に『命令』するときの顔だ。
「あずさ、もし良かったらそうしてくれるかな?」
負けずにカズ兄もお願いしてきた。こっちは弟思いの兄の顔だ。
「べつに一人でも大丈夫だよ」
横から声がしたので振り返ったら、俊成君が立っていた。それぞれの兄と姉の親切に、困ったような表情をしている。そんな俊成君を見ていたら、私は自然に言葉が出ていた。
「ご飯、一緒に食べよう。俊成君」
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
葉月 まい
恋愛
ー大好きな人とは、住む世界が違うー
たとえ好きになっても
気持ちを打ち明けるわけにはいかない
それは相手を想うからこそ…
純粋な二人の恋物語
永遠に続く六日間が、今、はじまる…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる