【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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第二章 二人の距離

13.おばあちゃん

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 翌年の一月。倉沢家の、俊成君のおばあちゃんが亡くなった。

 夕方の六時過ぎに電話がなって、受けたお母さんは短く返事をすると、倉沢家へ走って行った。それが訃報だった。

 実はおばあちゃんの具合はずっと悪くって、秋のお祭りのとき以来、お正月に数日家に帰ったけれどそれ以外は入院し続けていた。だから、みんな覚悟していたんだと思う。私だってお母さんからある程度のことは聞かされていた。けれど、でも、やっぱり、病院から倉沢家に戻って、布団の中で眠るように亡くなっているおばあちゃんの姿を見るのは辛かった。


 お通夜は二日後、近所の葬儀場で行われた。流石に商店街で洋食屋を営んでいるせいか、弔問客が多い。今まで見た事の無い倉沢家の親戚達が頭を下げている中、奈緒子お姉ちゃんと私は突き進み、みようみまねでお焼香をした。今まであんなにおばあちゃんとしゃべったり笑ったりしていたのに、いざ亡くなってしまうと、自分たちの役割がただの近所に住む子供たちになってしまうのがひどく寂しい。祭壇の左右に振り分けられた遺族席の端っこで、倉沢家最後の孫である俊成君はただ視線を床に落とし、規則的に頭を下げる動作を繰り返していた。

「奈緒子ちゃん、あずさちゃん。今日は来てくれてありがとうね」

 お通夜の式が終わったあと、ふるまいの席で所在無く座っていると、俊成君のおばさんが話しかけてくれた。お母さんは手伝いに借り出され、お父さんはすっかり近所の人たちと盛り上がっている。お姉ちゃんと私だけが中途半端な感じで座っていたのを、おばさんが気にしてくれたようだった。

「おばさん……」

 この度はご愁傷様でした。

 定型文は浮かんでくるけれど、果たしてそんな言葉を私達が使っていいのかためらわれ、中途半端に言葉を濁す。

「おばあちゃん、二人の事を可愛がっていたから、実の孫みたいに思っていたから、今日来てくれて本当に嬉しかったわ」

 そんなおばさんの言葉にお姉ちゃんは鼻をすすり上げ、私はハンドタオルに顔をうずめる。身近な人の死って、これが初めてだからなのかな。涙が簡単に出てしまう。おばさんはそんな私を見つめると、そっと肩に手をかけた。

「とくにあずさちゃんはね、俊成と仲良くしてくれているから、おばあちゃん、最後まで気にしていて。最後にね、俊成の手を取って、あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね、って……」

 おばさんの目尻に涙がたまり、こぼれ落ちた。私は顔を上げることが出来なくなり、きつく目を閉じる。頭の中、ぽっかりと浮かぶのは、いつか夏の日におばあちゃんの部屋から俊成君と二人で見ていたカンナの朱だ。

 あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね。

 あのときの、私の頭をゆっくりと撫でてくれたおばあちゃんの、手のやさしさを覚えている。

「おばあちゃん……」

 小さくつぶやくと、また涙があふれ出た。

「あずさ」

 お姉ちゃんに心配そうに呼びかけられ、私はごしごしと涙をぬぐった。

「ごめんなさいね。おばさんがこんな話するから」

 おばさんは謝ると、近くを通りかかった和弘お兄ちゃんを手招きした。

「和弘、あずさちゃんたちもう帰るけれど、俊成もそろそろ帰らせたらどうかしら」
「大人ばかりだしね。夜伽は俺達やるし、トシは勉強あるからいいんじゃないか。ああ、奈緒子ちゃん、あずさ。今日はありがとうな」

 出席者にお酌をして回っていたらしい。ビールを片手に和弘お兄ちゃんが優しく微笑んだ。

「あずさもトシと同じく受験生だもんな。ここ、落ち着かないだろう? おじさんたちには言っておくから、トシと一緒に帰ってやってくれないかな」

 そう言うと私たちのいた席をさっと見て、良幸お兄ちゃんに呼びかける。

「ユキ、悪いけどここらへんの料理とか、適当に包んでくれるか? 二人に持って帰ってもらって」
「いいよ」

 長男の指示に次男の良幸お兄ちゃんは素直にうなずき、どこからか持ち出した保存容器に手早く料理を詰めだした。奈緒子お姉ちゃんはそんな二人の兄弟の姿を見つめ、疑問を口にする。

「俊ちゃんは、食べたの?」
「いや、あいつもあんまり」
「じゃああずさ、俊ちゃんと食べなよ。こういう日に一人は寂しいから」

 お姉ちゃんに真っ直ぐに見つめられ、私は反論も出来ずに黙っていた。まずい。この表情、お姉ちゃんが妹に『命令』するときの顔だ。

「あずさ、もし良かったらそうしてくれるかな?」

 負けずにカズ兄もお願いしてきた。こっちは弟思いの兄の顔だ。

「べつに一人でも大丈夫だよ」

 横から声がしたので振り返ったら、俊成君が立っていた。それぞれの兄と姉の親切に、困ったような表情をしている。そんな俊成君を見ていたら、私は自然に言葉が出ていた。

「ご飯、一緒に食べよう。俊成君」

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