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第二章 二人の距離
11.お付き合い
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「ひたすら相手のペースに巻き込まれている感じ、かな。はたで見ていて、ああ小林君、あずさのこと押し切ったんだなって分かるというか」
「押し切る……」
「意地悪な見方すればさ、あずさがわざと引いた感じに見せて、小林君を前面にたたせているんだって考える事だってできるじゃない? でも、あの心底入れあげちゃった表情の小林君見ちゃうと、誰も何も言えなくなるよね。彼に憧れていたり好きだったりしていた子達もあきらめる気になるっていうか。それがあずさが平和でいられる理由よ」
「そうなんだ」
嫌味とかいじめとかの危機感が無かったせいか、真由美に説明されたというのにただぼんやりとうなずくことしか出来なかった。私が圭吾の何気ないしぐさとか行動のひとつひとつにただあたふたしているのって、平和だから出来ていることなんだろうか。
「まあ、あずさが巻き込まれているのも、その割にのほほんとしているのも、どれもこれも小林君が原因って事で。……それよりさ、この間の数学の小テスト、あれどうだった?」
真由美の話題はあっという間に変わっていき、私達は浮き立った気分から一気に地下に潜るような気分になった。でも、テスト自体は地下ではなくて、地上の世界の出来事か。受験生って、やだなぁ。
◇◇◇◇◇
ちょっと沈みこんだ気分が浮上したのは、放課後のことだった。
「お昼休み、なんの話だったの?」
帰り道、さっきの出来事を思い出して圭吾に聞いてみる。
「サッカー。昨日やっていただろ? 日本代表の試合」
「やっぱりサッカーだったんだ」
あまりにも分かりやすい予想だったことが楽しくて、くすくすと笑ってしまった。圭吾はサッカーの話を振られたのが嬉しいらしく、ぱっと顔を輝かせて昨日の試合の解説を始める。
私達のデートは毎日のこの帰り道。圭吾が月水金曜日、私が火木曜日とお互いの塾の日にちがばらばらで、だから放課後いつまでも一緒にはいられない。圭吾の家は学校を挟んで私とは正反対の方向にあったけれど、毎回うちの近所の公園まで送ってくれた。高校生くらいになればもっと週末に会ったりとかいろんなことが出来るんだろうけれど、中学生のお付き合いはこのくらいが精一杯だ。
「そうだ。今週末、地元の球技場でサッカーの試合があるんだ。ああいうのってやっぱり実際の試合見ないと面白くないし、テレビじゃ分からないことってあるから、あずさも行こうぜ」
いい事を思いついたという表情で、圭吾が誘った。
「週末って、土曜日?」
「うん。土曜日の十三時に始まるから、その前には会場入りして」
私は頭の中で予定を思い浮かべながら、うなずいた。
「夕方までに帰れるなら大丈夫だよ」
「なにかあるのか?」
「お父さんのね、誕生日」
「へぇ。祝うんだ」
驚いたように圭吾がつぶやいて、私はつい苦笑してしまった。
「うちの伝統行事なの。昔は家族一人一人きちんと毎回やっていたんだけど、いつの間にかお父さんのときだけみんなでご飯食べに行くってなってね」
そういえばこの話、真由美にもしたら驚かれたな。お父さんの誕生日なんて、祝ったこと無いって。ここ最近、お父さんと口もきいていないとも言っていた。
「普段そんなに話しているつもり無いんだけど、仲いいのかな。うちの家族」
世間の基準がよく分からなくて、素朴な疑問を口にした。でもこの手の話を同年代の、特に男の子にしても、きちんとした答えが帰ってくるはずも無い。
「どうなんだろうな。とりあえず、うちは何もしないけど。で、どこか行くんだ?」
「うん。っていっても『くら澤』だけど。ホテルのディナーとかって訳じゃないよ」
「倉沢?」
聞き返されて、あれ? って思った。同じ発音のはずなのに、ニュアンスが違うみたいだ。でもすぐにその原因がわかって納得した。『くら澤』で通じるのは同じ小学校出身だったり、商店街のお店を良く知っている子達限定だった。つい、圭吾も知っているつもりで話したけれど、いきなりお店の名前を言っても普通は分からないよね。
「くらさわっていっても、お店のほうね。駅前の商店街にある洋食屋さん」
「じゃあ一組の倉沢とは?」
引き続き質問してくる圭吾の声が、心もち硬い。
「倉沢のおうちがやっているけど……」
雰囲気が急に冷えてきたようで、私は不安になって圭吾を見つめた。
「止めなよ」
「え?」
「別に行くことないだろ? 親の誕生日に夕食会なんて」
「そんな……」
思いもかけないことを言われて、困ってしまった。なんで突然そんなこと言い出すんだろう。
「家族で誕生会って、やっぱり変?」
「変ではないけど」
そこで言葉を区切ると、圭吾はこちらをちらりと見て短く言った。
「俺が嫌」
「え?」
意味が分からず聞き返す。けど圭吾はそれ以上を言おうとはせず、目線を落として静かに深くため息をついた。
「圭吾」
「ごめん。今のは流して。とりあえずサッカーは行こう。待ち合わせの時間とか決めなきゃな」
普通に話をしようとするのだけれど、言葉の端はしに苛立ちがうかがえる。今までがなごやかだった分どうしてよいか分からなくて、自然に私の受け答えも固くなってしまった。『くら澤』に行くって、それだけでこんな雰囲気になってしまうなんて、……どうしよう。
「押し切る……」
「意地悪な見方すればさ、あずさがわざと引いた感じに見せて、小林君を前面にたたせているんだって考える事だってできるじゃない? でも、あの心底入れあげちゃった表情の小林君見ちゃうと、誰も何も言えなくなるよね。彼に憧れていたり好きだったりしていた子達もあきらめる気になるっていうか。それがあずさが平和でいられる理由よ」
「そうなんだ」
嫌味とかいじめとかの危機感が無かったせいか、真由美に説明されたというのにただぼんやりとうなずくことしか出来なかった。私が圭吾の何気ないしぐさとか行動のひとつひとつにただあたふたしているのって、平和だから出来ていることなんだろうか。
「まあ、あずさが巻き込まれているのも、その割にのほほんとしているのも、どれもこれも小林君が原因って事で。……それよりさ、この間の数学の小テスト、あれどうだった?」
真由美の話題はあっという間に変わっていき、私達は浮き立った気分から一気に地下に潜るような気分になった。でも、テスト自体は地下ではなくて、地上の世界の出来事か。受験生って、やだなぁ。
◇◇◇◇◇
ちょっと沈みこんだ気分が浮上したのは、放課後のことだった。
「お昼休み、なんの話だったの?」
帰り道、さっきの出来事を思い出して圭吾に聞いてみる。
「サッカー。昨日やっていただろ? 日本代表の試合」
「やっぱりサッカーだったんだ」
あまりにも分かりやすい予想だったことが楽しくて、くすくすと笑ってしまった。圭吾はサッカーの話を振られたのが嬉しいらしく、ぱっと顔を輝かせて昨日の試合の解説を始める。
私達のデートは毎日のこの帰り道。圭吾が月水金曜日、私が火木曜日とお互いの塾の日にちがばらばらで、だから放課後いつまでも一緒にはいられない。圭吾の家は学校を挟んで私とは正反対の方向にあったけれど、毎回うちの近所の公園まで送ってくれた。高校生くらいになればもっと週末に会ったりとかいろんなことが出来るんだろうけれど、中学生のお付き合いはこのくらいが精一杯だ。
「そうだ。今週末、地元の球技場でサッカーの試合があるんだ。ああいうのってやっぱり実際の試合見ないと面白くないし、テレビじゃ分からないことってあるから、あずさも行こうぜ」
いい事を思いついたという表情で、圭吾が誘った。
「週末って、土曜日?」
「うん。土曜日の十三時に始まるから、その前には会場入りして」
私は頭の中で予定を思い浮かべながら、うなずいた。
「夕方までに帰れるなら大丈夫だよ」
「なにかあるのか?」
「お父さんのね、誕生日」
「へぇ。祝うんだ」
驚いたように圭吾がつぶやいて、私はつい苦笑してしまった。
「うちの伝統行事なの。昔は家族一人一人きちんと毎回やっていたんだけど、いつの間にかお父さんのときだけみんなでご飯食べに行くってなってね」
そういえばこの話、真由美にもしたら驚かれたな。お父さんの誕生日なんて、祝ったこと無いって。ここ最近、お父さんと口もきいていないとも言っていた。
「普段そんなに話しているつもり無いんだけど、仲いいのかな。うちの家族」
世間の基準がよく分からなくて、素朴な疑問を口にした。でもこの手の話を同年代の、特に男の子にしても、きちんとした答えが帰ってくるはずも無い。
「どうなんだろうな。とりあえず、うちは何もしないけど。で、どこか行くんだ?」
「うん。っていっても『くら澤』だけど。ホテルのディナーとかって訳じゃないよ」
「倉沢?」
聞き返されて、あれ? って思った。同じ発音のはずなのに、ニュアンスが違うみたいだ。でもすぐにその原因がわかって納得した。『くら澤』で通じるのは同じ小学校出身だったり、商店街のお店を良く知っている子達限定だった。つい、圭吾も知っているつもりで話したけれど、いきなりお店の名前を言っても普通は分からないよね。
「くらさわっていっても、お店のほうね。駅前の商店街にある洋食屋さん」
「じゃあ一組の倉沢とは?」
引き続き質問してくる圭吾の声が、心もち硬い。
「倉沢のおうちがやっているけど……」
雰囲気が急に冷えてきたようで、私は不安になって圭吾を見つめた。
「止めなよ」
「え?」
「別に行くことないだろ? 親の誕生日に夕食会なんて」
「そんな……」
思いもかけないことを言われて、困ってしまった。なんで突然そんなこと言い出すんだろう。
「家族で誕生会って、やっぱり変?」
「変ではないけど」
そこで言葉を区切ると、圭吾はこちらをちらりと見て短く言った。
「俺が嫌」
「え?」
意味が分からず聞き返す。けど圭吾はそれ以上を言おうとはせず、目線を落として静かに深くため息をついた。
「圭吾」
「ごめん。今のは流して。とりあえずサッカーは行こう。待ち合わせの時間とか決めなきゃな」
普通に話をしようとするのだけれど、言葉の端はしに苛立ちがうかがえる。今までがなごやかだった分どうしてよいか分からなくて、自然に私の受け答えも固くなってしまった。『くら澤』に行くって、それだけでこんな雰囲気になってしまうなんて、……どうしよう。
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