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第一章 二人の関係
8.おばあちゃんとの約束
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私は? あのときどうだったっけ?
意地悪な四年生の行動にいきり立って、いつまでも相手を目で追っていた。確かにあれは、睨みつけていたのと変わらない。そしてそれを止めたのは俊成君だ。あのときの俊成君の態度は確かに私を突き放したように思えたけれど、それはみんなの見ている前でひどい目にあったからだろうって勝手に納得していた。直前まで俊成君のことを忘れ果てていた自分が原因で、みんなの目の前で転ばされ軽蔑の言葉をあびせられたんだ。冷たくされても仕方ないし、私はもう俊成君とは昔のように話しかけることは出来ないと思ってしまった。
でも俊成君の今の言葉には自分が上級生にされたことも、ましてや私が勝手に想像していた彼の気持ちは含まれていなかった。私が上級生を睨んでいたから、だから止めた、って。それをうまく言えなくて、だから私に背を向けた、って。
あのとき俊成君に止められないで、いつまでも睨みつけていてそれが原因でまた相手の怒りが再発していたら、私はどうなっていたんだろう。想像して、三年前の出来事にはじめてぞっとした。
あのとき俊成君が冷たく突き放してくれたから、私は逆にあの場から解放されることが出来たんだ。あの意地悪な上級生から。私の知らない俊成君の友達から。
まるで先日のコロのときみたい。
まだ記憶に新しい噛み付かれた瞬間の場面を思い出し、目を伏せる。あのときも、俊成君だったからあれで済んだんだ。
「ご」
ごめんなさい。ってまた言いそうになって慌てて口をつぐむ。
私がそう思うのと同じくらい、ううん、それよりも真剣なくらいの勢いで俊成君は私に同じ言葉を言ったんだ。だから、私が言う言葉はこれじゃない。
ゆっくりと息を吐き顔を上げると、私は俊成君に負けないくらいの真剣さで彼の瞳を見つめた。
「一人なんかじゃなかったよ。俊成君がいた。ありがとう。あのときのことも、この間のときも」
言い切って、途端になんだか恥ずかしくなって、私は眉に力が入った状態のままで照れ笑いをしてしまった。ああこれ、絶対変な顔だ。
「ごめん。なんか変だよね」
慌てて言い足したら、俊成君の目が大きく見開かれて一気に笑顔に変わった。保育園のときと同じ表情。成長して変わっていくものもあるけれど、変わらないものだって俊成君の中に残っている。
何年ぶりかにまともに俊成君の顔を見たような気がして、私はようやくほっとした。
「……あずさちゃん。来ていたの?」
自分の心が落ち着くのと同時に、枕元から声がした。
「おばあちゃん」
そのときようやく、私はもう一人の存在を思い出した。あまりに静かに眠っているので、つい忘れてしまっていた。
「おばあちゃん、大丈夫?」
夏バテでふせっているせいなのか、久しぶりに会ったおばあちゃんはさらに年を重ねて小さく弱々しく見えた。私は悲しくなってしまい、おばあちゃんの顔をじっと見つめる。
「あずさちゃんも、大きくなったね。背も伸びたでしょう。俊成もどんどんと成長してゆく。おばあちゃんが年取っていくはずだ」
おばあちゃんは私の質問には答えず、その代わり優しく私を見つめ返してそう言った。細い腕をゆっくりと持ち上げて、私の頭をそっと撫でる。
「俊成」
「ん?」
「あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね」
「……うん。分かった」
おばあちゃんがどんなつもりでそう言ったのかなんて分からない。でも俊成君は嫌な顔をせず冗談で返そうともせず、まじめな表情でうなずいた。私は黙ったまま、おばあちゃんの顔をのぞきこむだけだった。
遠くで、セミの声がしていた。
この後、おばあちゃんはあっという間に回復して、普段と変わらない状態に戻った。そして私と俊成君に関してはというと、こちらもあんまり前と変わらない。仲直りをしたからといって、さすがに突然保育園の頃の状態に戻るわけでもないし。
でも学校であったとき、近所ですれ違ったとき、もう目を逸らすことはしなくなった。二人は友達だから。生まれたときから一緒にいた、大切な幼馴染だから。そう二人が分かっていれば、別に今までと変わらなくても構わないんじゃないのかな。それが、ようやく分かったんだ。
遠くから、近くから、俊成君を見かけるとふいにカンナの花を思い出すことがある。すっとした立ち姿の朱色の花。生まれたときから当たり前のように傍にいる二人だったけれど、あの夏の日にはじめて二人の関係が出来上がったんだと思う。カンナは私にとって大切な思い出を呼び起こす花となった。
そして二人、こうして続いてゆくのだと思っていた。
意地悪な四年生の行動にいきり立って、いつまでも相手を目で追っていた。確かにあれは、睨みつけていたのと変わらない。そしてそれを止めたのは俊成君だ。あのときの俊成君の態度は確かに私を突き放したように思えたけれど、それはみんなの見ている前でひどい目にあったからだろうって勝手に納得していた。直前まで俊成君のことを忘れ果てていた自分が原因で、みんなの目の前で転ばされ軽蔑の言葉をあびせられたんだ。冷たくされても仕方ないし、私はもう俊成君とは昔のように話しかけることは出来ないと思ってしまった。
でも俊成君の今の言葉には自分が上級生にされたことも、ましてや私が勝手に想像していた彼の気持ちは含まれていなかった。私が上級生を睨んでいたから、だから止めた、って。それをうまく言えなくて、だから私に背を向けた、って。
あのとき俊成君に止められないで、いつまでも睨みつけていてそれが原因でまた相手の怒りが再発していたら、私はどうなっていたんだろう。想像して、三年前の出来事にはじめてぞっとした。
あのとき俊成君が冷たく突き放してくれたから、私は逆にあの場から解放されることが出来たんだ。あの意地悪な上級生から。私の知らない俊成君の友達から。
まるで先日のコロのときみたい。
まだ記憶に新しい噛み付かれた瞬間の場面を思い出し、目を伏せる。あのときも、俊成君だったからあれで済んだんだ。
「ご」
ごめんなさい。ってまた言いそうになって慌てて口をつぐむ。
私がそう思うのと同じくらい、ううん、それよりも真剣なくらいの勢いで俊成君は私に同じ言葉を言ったんだ。だから、私が言う言葉はこれじゃない。
ゆっくりと息を吐き顔を上げると、私は俊成君に負けないくらいの真剣さで彼の瞳を見つめた。
「一人なんかじゃなかったよ。俊成君がいた。ありがとう。あのときのことも、この間のときも」
言い切って、途端になんだか恥ずかしくなって、私は眉に力が入った状態のままで照れ笑いをしてしまった。ああこれ、絶対変な顔だ。
「ごめん。なんか変だよね」
慌てて言い足したら、俊成君の目が大きく見開かれて一気に笑顔に変わった。保育園のときと同じ表情。成長して変わっていくものもあるけれど、変わらないものだって俊成君の中に残っている。
何年ぶりかにまともに俊成君の顔を見たような気がして、私はようやくほっとした。
「……あずさちゃん。来ていたの?」
自分の心が落ち着くのと同時に、枕元から声がした。
「おばあちゃん」
そのときようやく、私はもう一人の存在を思い出した。あまりに静かに眠っているので、つい忘れてしまっていた。
「おばあちゃん、大丈夫?」
夏バテでふせっているせいなのか、久しぶりに会ったおばあちゃんはさらに年を重ねて小さく弱々しく見えた。私は悲しくなってしまい、おばあちゃんの顔をじっと見つめる。
「あずさちゃんも、大きくなったね。背も伸びたでしょう。俊成もどんどんと成長してゆく。おばあちゃんが年取っていくはずだ」
おばあちゃんは私の質問には答えず、その代わり優しく私を見つめ返してそう言った。細い腕をゆっくりと持ち上げて、私の頭をそっと撫でる。
「俊成」
「ん?」
「あずさちゃんはいい子だよ。お前があずさちゃんを守るんだ。いいね」
「……うん。分かった」
おばあちゃんがどんなつもりでそう言ったのかなんて分からない。でも俊成君は嫌な顔をせず冗談で返そうともせず、まじめな表情でうなずいた。私は黙ったまま、おばあちゃんの顔をのぞきこむだけだった。
遠くで、セミの声がしていた。
この後、おばあちゃんはあっという間に回復して、普段と変わらない状態に戻った。そして私と俊成君に関してはというと、こちらもあんまり前と変わらない。仲直りをしたからといって、さすがに突然保育園の頃の状態に戻るわけでもないし。
でも学校であったとき、近所ですれ違ったとき、もう目を逸らすことはしなくなった。二人は友達だから。生まれたときから一緒にいた、大切な幼馴染だから。そう二人が分かっていれば、別に今までと変わらなくても構わないんじゃないのかな。それが、ようやく分かったんだ。
遠くから、近くから、俊成君を見かけるとふいにカンナの花を思い出すことがある。すっとした立ち姿の朱色の花。生まれたときから当たり前のように傍にいる二人だったけれど、あの夏の日にはじめて二人の関係が出来上がったんだと思う。カンナは私にとって大切な思い出を呼び起こす花となった。
そして二人、こうして続いてゆくのだと思っていた。
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