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第一章 二人の関係
6.お見舞い
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コロの噛み付き事件をきっかけに、私はようやく一つの決意をした。
俊成君に謝ろう。コロのことだけじゃなく。
考えてみれば、小学校に上がって俊成君と話さなくなったのも、一方的に気まずい思いを抱えていたのも、全部私のせいなんだ。本当はそんなこと、前から分かっていたことだけれど。
とはいえ、五年間の目を逸らしていた期間は重く私にのしかかる。あんな事件を起こしてしまったにもかかわらず、私はなかなか俊成君に会いに、彼の家に行くことが出来なかった。歩いて一分もかからない場所にあるのに、何でこんなに遠くに感じるんだろう。
こんなうじうじとした状況が数日続く中、思いもかけないところからふいに転機が訪れた。
「おばあちゃん、倒れたの?」
「暑気あたりだとかでね」
リビングのテーブルにほおづえをつき、お母さんとお姉ちゃんがお稲荷さんを作っているのをぼんやり見ていたときだった。
コロを引き取りに田舎に行くので夏休みをとったけれど、まだ日数が余っているとかでお母さんは夏休みの第二弾をとっていた。このお稲荷さんは「休日とか時間のあるときに作る料理」ということらしい。久しぶりのお稲荷さんだと思って見ていたら、俊成君のおばあちゃんの話になったんだ。
「倉沢さんのおばあちゃんも、もうかなりのお年でしょ。最近寝込むことが多くて心配よね」
心配そうな口調で話しているのに手は絶対休めず、あっという間にお稲荷さんが出来上がっていく。隣でご飯を詰め込みすぎ、揚げを破いて失敗しているお姉ちゃんとは対照的だ。主婦って凄いなと思って見ていたら、お母さんからにらまれてしまった。
「ちょっとあずさも手伝いなさい」
すかさずお姉ちゃんからも声を掛けられた。
「私と代わる?」
どうもかなり嫌になっているらしい。私はそんな二人を交互に見つめると、押し黙る。
おばあちゃんが、倒れた。
ようやく決意をして、立ち上がった。
「私、俊成君のとこ行ってくるね」
どんなに勇気を出して行こうと思っても、なかなか足がすくんで行けなかった俊成君の家。でも、おばあちゃんのお見舞いもかねてだったら、今だったら行ける気がした。
「……そう。それだったら」
お母さんは手早くお皿にお稲荷さんを盛ってゆくと、それを私に渡した。
「謝りに行くのに、手ぶらじゃ悪いでしょ」
受け取ったお皿にはお稲荷さんがぎっしりと詰まっていて、私はしばらく無言でそれを眺めてしまった。
このお稲荷さんをうまく渡すことが出来たなら、俊成君と昔のように話すことが出来るのかな。
そう考えたら、少し胸がどきどきした。
◇◇◇◇◇
倉沢家はこのあたりでは古くに建てられた家で、木造の二階建てになっている。造りも我が家と違って和風だ。
引き戸の玄関の前に立つと、私は通りすがりの人に見られても気が付かれないほど小さく、深呼吸をした。保育園のときはあれほど大きな顔で毎日出入りしていたのにな。今はなんてよそよそしく感じられるんだろう。
そっと戸に手を掛けて横に引くと、戸はカラカラと音を立てて開いた。鍵はかかっていなかったけれど、その代わり家の中で来客を知らせるチャイムが鳴る。開けたは良いけれど中に入るのはためらわれ、そこから顔を突き出して遠慮がちに呼んでみた。
「すみません。ごめんくださーい」
「どうぞ」
家の奥からした声は、俊成君だった。私はビクリとして動きを止める。やっぱりいくら仲直りを期待しているとはいえ、そんなすぐに普通の態度で家に上がることなんて出来ない。
このままお稲荷さんを置いて帰ってしまおうかと、足が動きかける。でも、俊成君にごめんなさいの一言もなく帰ってしまうのって、やっぱりとても卑怯だ。
緊張のためか手のひらの汗で滑るお皿を持ち直して、一回大きく息を吸い込むと、玄関の中に入り込む。帰るのはこのお稲荷さんを渡して俊成君に謝って、それからにしよう。
自分にとって、これが最後のチャンスのような気がしていた。今ここで俊成君に謝らなくては、会って話をしなくては、もう一生彼を無視した態度をとり続けなくてはいけないんじゃないかと思っていた。こんな半端な気まずさはもう嫌だ。
口を固く結んだ私は、俊成君が現れるのをじっと待っていた。玄関を閉めずにいるせいか廊下から風が抜け、私の前髪を揺さぶっていく。
しばらく玄関で待っていたのに、いつまで経っても俊成君の現れる気配がしない。私はもう一度声をかけてみることにした。
「すみませーん」
「いいよ、上がってきて」
俊成君の声は台所をはさんで向こう側、おばあちゃんの部屋から聞こえていた。他にカズお兄ちゃんとかユキお兄ちゃんとか、誰もいないのかな。俊成君がおばあちゃんを看ているんだろうか。
私はまた小さく深呼吸すると玄関の戸を閉め、家に上がった。
俊成君に謝ろう。コロのことだけじゃなく。
考えてみれば、小学校に上がって俊成君と話さなくなったのも、一方的に気まずい思いを抱えていたのも、全部私のせいなんだ。本当はそんなこと、前から分かっていたことだけれど。
とはいえ、五年間の目を逸らしていた期間は重く私にのしかかる。あんな事件を起こしてしまったにもかかわらず、私はなかなか俊成君に会いに、彼の家に行くことが出来なかった。歩いて一分もかからない場所にあるのに、何でこんなに遠くに感じるんだろう。
こんなうじうじとした状況が数日続く中、思いもかけないところからふいに転機が訪れた。
「おばあちゃん、倒れたの?」
「暑気あたりだとかでね」
リビングのテーブルにほおづえをつき、お母さんとお姉ちゃんがお稲荷さんを作っているのをぼんやり見ていたときだった。
コロを引き取りに田舎に行くので夏休みをとったけれど、まだ日数が余っているとかでお母さんは夏休みの第二弾をとっていた。このお稲荷さんは「休日とか時間のあるときに作る料理」ということらしい。久しぶりのお稲荷さんだと思って見ていたら、俊成君のおばあちゃんの話になったんだ。
「倉沢さんのおばあちゃんも、もうかなりのお年でしょ。最近寝込むことが多くて心配よね」
心配そうな口調で話しているのに手は絶対休めず、あっという間にお稲荷さんが出来上がっていく。隣でご飯を詰め込みすぎ、揚げを破いて失敗しているお姉ちゃんとは対照的だ。主婦って凄いなと思って見ていたら、お母さんからにらまれてしまった。
「ちょっとあずさも手伝いなさい」
すかさずお姉ちゃんからも声を掛けられた。
「私と代わる?」
どうもかなり嫌になっているらしい。私はそんな二人を交互に見つめると、押し黙る。
おばあちゃんが、倒れた。
ようやく決意をして、立ち上がった。
「私、俊成君のとこ行ってくるね」
どんなに勇気を出して行こうと思っても、なかなか足がすくんで行けなかった俊成君の家。でも、おばあちゃんのお見舞いもかねてだったら、今だったら行ける気がした。
「……そう。それだったら」
お母さんは手早くお皿にお稲荷さんを盛ってゆくと、それを私に渡した。
「謝りに行くのに、手ぶらじゃ悪いでしょ」
受け取ったお皿にはお稲荷さんがぎっしりと詰まっていて、私はしばらく無言でそれを眺めてしまった。
このお稲荷さんをうまく渡すことが出来たなら、俊成君と昔のように話すことが出来るのかな。
そう考えたら、少し胸がどきどきした。
◇◇◇◇◇
倉沢家はこのあたりでは古くに建てられた家で、木造の二階建てになっている。造りも我が家と違って和風だ。
引き戸の玄関の前に立つと、私は通りすがりの人に見られても気が付かれないほど小さく、深呼吸をした。保育園のときはあれほど大きな顔で毎日出入りしていたのにな。今はなんてよそよそしく感じられるんだろう。
そっと戸に手を掛けて横に引くと、戸はカラカラと音を立てて開いた。鍵はかかっていなかったけれど、その代わり家の中で来客を知らせるチャイムが鳴る。開けたは良いけれど中に入るのはためらわれ、そこから顔を突き出して遠慮がちに呼んでみた。
「すみません。ごめんくださーい」
「どうぞ」
家の奥からした声は、俊成君だった。私はビクリとして動きを止める。やっぱりいくら仲直りを期待しているとはいえ、そんなすぐに普通の態度で家に上がることなんて出来ない。
このままお稲荷さんを置いて帰ってしまおうかと、足が動きかける。でも、俊成君にごめんなさいの一言もなく帰ってしまうのって、やっぱりとても卑怯だ。
緊張のためか手のひらの汗で滑るお皿を持ち直して、一回大きく息を吸い込むと、玄関の中に入り込む。帰るのはこのお稲荷さんを渡して俊成君に謝って、それからにしよう。
自分にとって、これが最後のチャンスのような気がしていた。今ここで俊成君に謝らなくては、会って話をしなくては、もう一生彼を無視した態度をとり続けなくてはいけないんじゃないかと思っていた。こんな半端な気まずさはもう嫌だ。
口を固く結んだ私は、俊成君が現れるのをじっと待っていた。玄関を閉めずにいるせいか廊下から風が抜け、私の前髪を揺さぶっていく。
しばらく玄関で待っていたのに、いつまで経っても俊成君の現れる気配がしない。私はもう一度声をかけてみることにした。
「すみませーん」
「いいよ、上がってきて」
俊成君の声は台所をはさんで向こう側、おばあちゃんの部屋から聞こえていた。他にカズお兄ちゃんとかユキお兄ちゃんとか、誰もいないのかな。俊成君がおばあちゃんを看ているんだろうか。
私はまた小さく深呼吸すると玄関の戸を閉め、家に上がった。
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