【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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第一章 二人の関係

3.気まずい別れ

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「俺、お前のほうに聞いてんだけど。トシナリ君」

 鼻で笑いながら話すその言い方に警戒心が沸き起こる。でも、こんな意地悪な上級生にどう対処してよいかなんて分からない。私と俊成君は立ち止まると、無言のまま彼を見た。

「なんかこれからサッカーするみたいだけどさ、あそこ、すでに俺達が場所取りしていたんだよな。お前ら邪魔だから別の場所行ってやってくんない?」
「場所取り?」

 俊成君たちが来る前から公園にいた私は、思わず言葉を繰り返してしまった。この人の言っていることはウソだ。だって私、四年生の人たちなんか一人も見ていなかったもの。

 確認したくて三組の男の子たちがいた方を見やると、彼らはすでに他の四年生たちに取り囲まれ、じりじりとこちらに向かって追いやられているところだった。

「あそこは、……二年生の場所よ」

 後からやってきたのに力で自分達の場所を奪い取ろうとする上級生に、思わずかっときてしまう。なんでこんな納得いかないこと、平気でごり押ししようとするんだろう。けれど次の瞬間、大西の顔を見てびくりとした。

「なに? お前」

 すっと細まる目。不快感をあらわにしたその表情。

 今更ながら、「下級生をいじめて泣かすから気を付けろ」というお姉ちゃんの忠告が思い出された。

「あ……」

 一気に後悔が押し寄せる。この後どんな意地悪をされるんだろう。怖さに足がすくんでいると、私の腕をつかみ体を後ろに引いて、俊成君が前に出た。

「本当に場所取りしていたか、分からないよ」

 温厚な性格で私に対して怒った表情など見せたことの無い俊成君が、大西のことを睨みつける。

「ふぅん」

 大西は短くつぶやくと、俊成君の胸ぐらを思い切り突き飛ばした。たまらず俊成君が大きく転ぶ。

「俊成君!」
「大西!」

 私が慌てて俊成君に駆け寄ったのと同じくらいの勢いで、四年生が向こうから走ってきた。

「それ以上やると、また公園使えなくなるだろ!」

 そんな友達の忠告に舌打ちすると、大西は倒れている俊成君の鼻先を掠めるように大きく地面を蹴り上げた。砂埃が舞い散って、俊成君が顔を背ける。

「ほら、早くどけよ」

 大西はそこで言葉を切ると、周りをうかがうように素早く辺りを見回す。そして追い出された分四年生よりも先に辿り着いた二年三組の男の子たちを発見し、彼らに聞こえるように言い切った。

「仲間と離れて二人でこそこそしゃべっているような奴、サッカーなんかじゃなくてままごとで十分だろ?」
「なっ」

 なにそれっ。

 さすがにそれ以上の声は出なかったけれど、あまりの言い様に私の手はきつく握り締められた。大西はみんなの前で俊成君を馬鹿にすることに成功し気持ちがおさまったようで、ゆっくりと他の四年生の元に歩いていく。悔しくてその後姿をいつまでも目で追っていたら、俊成君の声がした。

「もう、行きなよ」
「え?」

 その短い言葉にあわてて振り返ると、俊成君は私から背を向けて自分の膝についている砂を払い落としていた。さっきまでとは違う、まるで私を拒絶するような動作。どうしてよいか分からず立ち尽くしていると、三組の男の子たちと目が合った。

「あ……」

 みんなは、今の出来事をどう思ったんだろう。
 一気に怒りの熱が、冷めていった。

 確かに大西の言うとおり、俊成君は私のことを「あずちゃん」って親しげに呼んで、こそこそなんかじゃなかったけれどみんなから離れて話をしていた。私が最初に俊成君に話しかけたとき、不思議そうに私たちを見ている男の子だっていた。あんなふうに馬鹿にされて、でも言われても仕方ないよって俊成君の友達が思ったらどうしよう。本当は俊成君は私をかばってくれたのに。私がひどい目に遭わないように前に立って、だからこそああやって突き飛ばされてみんなの前でひどい言葉を言われたのに。もし俊成君が友達に誤解されたら、それは私が原因だ。

 ああ、そうか。

 このとき初めて理解した。

 私が俊成君に話しかけたから、こんなことになっちゃったんだ。俊成君も私も、保育園のときとはもう違うのに。

 小学校に上がってからもずっと変わりなくお互いの家を行き来していたのなら、もしくは同じ組でいたのなら、こんな風に考えることはなかったのかもしれない。でも私は本当に今まで俊成君のことを忘れていた。そんな私がまわりも見ずに突然話しかけたから、だから俊成君が嫌な目に遭ってしまったんだ。

 背中を向けた俊成君になんて言って良いか分からずに、しばらくその後姿を黙って見つめてしまう。

「……ごめんね」

 ごめんね、俊成君。

 そして私はくるりと振り返り、東側の入り口に向かって駆け出した。ちょうど入り口には真由美ちゃんが着いていて、私を探して辺りを見回しているところだった。

「真由美ちゃん!」
「あ、あずさちゃん。ごめんね。遅れちゃった」
「行こ!」
「え?」
「早く、真由美ちゃんのおうちに行こうっ。早くしないと日が暮れちゃうよ」
「あ、うん」

 戸惑う真由美ちゃんの腕を引っ張ると、大急ぎで公園を後にした。


 あれ以来、私は俊成君とうまく話すことが出来なくなった。

 公園や学校でばったり出会うこともあったけれど、挨拶をすることが出来なくて、わざと目を逸らして知らん振りした。そして目を逸らす度、自分の中に罪悪感が生まれ、余計に俊成君の顔を見ることが出来なくなってしまう。

 俊成君はそんな私に何か言いたそうにじっと見つめてくるのだけれど、でもやっぱり彼も話しかけにくそうで、結局お互いに知らん振りしてしまっていた。

 保育園の頃の記憶は鮮明で、俊成君と一緒にいるのが当たり前だった感覚はまだ自分の中に残っている。それなのに、仲直りするタイミングは失われ、気まずさだけが積み重なる。

 こんな思いをするくらいだったら、へたに俊成君と幼馴染じゃなかったら良かったのにな。


 そしてそんなよどんだ気持ちを抱えたまま月日を重ね、私達は小学五年生になった。
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