【R18】二人の会話 ─幼馴染みとの今までとこれからについて─

櫻屋かんな

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第一章 二人の関係

1.最初のはじまり

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「ただいまー!」

 保育園から帰ってかばんを置くと、自転車籠から荷物を出しているお母さんの横を通り抜け、私は家の前の通りを駆け抜けた。

「あずさ、どこ行くの!」

 毎日のことなのに、いつも決まって慌てたように叫ぶお母さん。

「 俊成としなり君のうち!」

 私も負けずに叫び返すと、さらに早く駆けてゆく。倉沢くらさわ 俊成としなり君は、私の家の角を曲がった突き当たりに住んでいる。『トモカセギ』でいつも遅れてお迎えに来るうちのお母さんより、俊成君のおばあちゃんのほうがお迎えは早い。それに俊成君の通う保育園のほうが私の通う保育園より場所が近いんだ。

 早くしなくちゃ。今日は水曜日だから、俊成君のおうちでテレビを見る日なんだ。

「あれ? あずさ。」

 木造の二階建て、倉沢家の玄関にたどり着くと、ちょうどそこから出て行こうとした学生服のお兄さんに出会った。

「カズお兄ちゃん! 塾なの?」

 和弘かずひろお兄ちゃんは中学三年生。倉沢家の一番上のお兄ちゃん。俊成君や私とは十も歳が離れているんだ。

「受験生だから。って、言ってもあずさには分からないか。あと十年したらあずさも俊成もこうなるんだぞ」

 優しい口調。でもやっぱり私には良く分からないや。とりあえず私はお兄ちゃんの後姿に大きく手を振って、見送ることにした。

「いってらっしゃーいっ!」

 カズお兄ちゃんは振り返らなかったけれど、代わりに肩越しに手を振ってくれた。

 と、ここでゆっくりなんてしていられない。早くテレビ観なくちゃ。

「おじゃまします!」

 焦るあまりに脱ぎ散らかした靴を慌てて揃え、私は勝手知ったる俊成君のおうちのリビングへ走りこむ。

「はい、こんにちは。あずさちゃん」
「こんにちは、おばあちゃん」

 挨拶をしてテレビに視線を動かすと、今夜8時放送予定のサスペンス劇場コマーシャルが流れていた。

「始まっちゃった?」

 ソファーに埋もれるようにして座っている俊成君に話しかける。

「まだ最初の歌だけ」

 そう言うと、俊成君は私を見上げにっこりと微笑んだ。柔らかな、優しい笑顔。俊成君は男の子だけれど、女の子の私でも真似できないようなとっても良い笑顔を見せる。私は俊成君のこの表情が大好きで、俊成君に微笑まれるとそれだけでいつも嬉しくなってしまった。

「あずちゃん、今日は遅かったんだね」
「お母さんがお迎え来るのが遅れたの。あと、スーパーでおつかいしてたから」

 そう言いながら、俊成君の横に座る。

 ふかふかで革張りのソファー。大人が三人座れる大きさだけあって、一人で座るのは広くてちょっと落ち着かない。でも、俊成君と一緒だと大人一人分のくぼみにちょうど収まって、座り心地がいいんだ。

 私がこのいつもの定位置で一息つくと、いいタイミングで番組が始まった。
 

 ◇◇◇◇◇


「今日もアキラ君、カッコ良かったよねー」

 二十分後、私はため息を付きながら伸びをした。男の子向けのロボットアニメ。だけど主人公のアキラ君は強くて格好よくて、女の子の間でも人気なの。絵里ちゃんがお昼寝の時間にアキラ君が好きって教えてくれたけど、私なんて第一話から好きになったんだから。絵里ちゃんよりも先よ。

「あずさちゃん、ジュース飲む?」

 台所から、おばあちゃんの声がした。

「うん。飲む」

 返事をして隣にいる俊成君をのぞき込む。

「俊成君は?」
「飲む」

 そして二人いっせいに立ち上がり、台所へ駆けてゆく。

「うわっ、なんだよお前ら」

 てっきりおばあちゃんだけだと思っていたのに冷蔵庫の前にはユキお兄ちゃんがいて、今にも牛乳を紙パックから直接飲もうとしているところだった。

「ユキお兄ちゃん、お行儀悪い」
「良いんだよ。これは俺のなの」
良幸よしゆき、なにやってるの」
「あー、もう」

 おばあちゃんに見つかって仕方なく牛乳をコップに注ぐと、ユキお兄ちゃんは私の頭を軽く小突いてソファーに座った。

 良幸お兄ちゃんは倉沢家の二番めのお兄ちゃん。中学一年生だからやっぱりうんと歳が上。俊成君のおうちはこの二人のお兄ちゃんたちとあとおじさんとおばさん、そしておばあちゃんの合計六人で暮らしている。私の家はお父さんとお母さん、それにお姉ちゃんと私の四人だから、えーっと、二人俊成君ちのほうが多いのか。

「そう言えばあずちゃん、運動会の話知っている?」

 おばあちゃんにオレンジジュースを注いでもらって、台所の椅子に腰掛ける。私がコップの半分ほどを一気に飲むのを見つめながら、俊成君が聞いてきた。

「運動会の話?」

 なんだろう。お遊戯の練習を明日から始めるって聞いたけれど。でも、違う保育園に通っている俊成君にその話をしても関係ないし。

「僕の保育園とあずちゃんの保育園ね、一緒に運動会することになったんだよ。今日、先生が教えてくれたんだ」
「ええー、本当?」
「うん、本当」

 コップを慌ててテーブルに置くと、私は俊成君の手をつかんだ。

「俊成君と一緒に運動会できるって、凄いね! 俊成君なにやるの? かけっこする? お遊戯は? うちはね、明日からお遊戯の練習するんだよ!」
「僕達のところは先週から練習始めたよ。あのね、玉入れもするんだけどね、それは僕達の人数のほうがあずちゃん達の人数より少ないから、一緒に混ぜてもらってするんだって」
「じゃあさ、じゃあさ、俊成君と一緒の組になるのかな?」
「分かんない。でも僕、あずちゃんと一緒の組にして下さいって先生にお願いしてみる」
「私もする! そしたらさ、両方からお願いしてるんだからさ、先生もお願い聞いてくれるよ」
「うん」

 私の断言に俊成君は嬉しそうに微笑んで、その顔を見て私も余計に嬉しくなった。

 俊成君と私は同じ病院で産まれたから、赤ちゃんの頃から一緒にいた。お母さん達は私達が産まれる前に同じ『ハハオヤガッキュウ』っていうのに行っていて、それで仲良くなったんだって。なのに保育園は別々で、俊成君とは一緒に通園したことが無い。運動会、一緒にやるんだ。なんだか凄い楽しみ。

「来年になったら同じ小学校に通えるから、そうしたら運動会みたいに、毎日一緒に通えるよね」

 ようやくジュースを飲み始めて、俊成君がつぶやいた。そうか、来年になったら同じ小学校かぁ。

「早く春にならないかな」
「うん、楽しみ」

 二人で顔を見合わせて笑ったら、ソファーから呆れたような声が聞こえた。

「お前ら本当に仲がいいよな」
「うん」

 素直にうなずくと、ユキお兄ちゃんはもはや何も言わず、テレビのチャンネルを変えだした。

「それであずさちゃん、今日は夕飯どうするの? ここで食べる?」

 おばあちゃんの問いかけにはっとして、私は慌てて立ち上がる。

「今日はね、おうちのご飯、餃子なの。だからお家でご飯食べる。そろそろ帰らなくちゃ」
「明日は?」

 つられて俊成君も立ち上がり、首をかしげて聞いてきた。

「明日はね、『くら澤』でご飯食べるよ。お姉ちゃんのお誕生日なんだ」
「おや、うちでかい?」
「うん。さっきお使いの途中でおばちゃんに会って、お母さん予約したよ」
「ありがとうね」

 おばあちゃんがにこにこ笑いながら言ったので、私もどんどん嬉しくなってしまった。

「あのね、『くら澤』はね、ハンバーグが大好きなの。上に目玉焼きが乗っているやつ。お箸で崩すと黄身がとろって出てくるの」

 俊成君のお父さんとお母さんは商店街で洋食屋さんをやっている。『くら澤』という名前のそこは私たち家族の大のお気に入りで、何かあると必ずそこでご飯を食べた。明日は奈緒子お姉ちゃんのお誕生日だけれど、来月はお父さんのお誕生日があるからまた行ける。

「じゃあ、明日はあずちゃんに会えないの?」

 ちょっと寂しそうな表情で俊成君が言うから、私は慌てて首を振った。

「きっとお父さん帰ってくるの遅いから、保育園から帰ってもすぐには『くら澤』に行けないよ。だから明日もまた来るね」
「うん。きっとだよ」
「うん!」

 私はジュースを飲み干すと、「ごちそうさま」と「おじゃましました」をいっぺんに言って、家へ帰った。

 私の保育園時代はこんな感じで、毎日俊成君と一緒にいるのが当たり前だった。世界はとっても単純で、二人の仲はこのままずっと続くのだと思っていた。

 でも年齢が上がれば、二人の世界が広がれば、交流も変わってしまう──。


 翌年、晴れて同じ小学校に入学はしたものの、私と俊成君のクラスは違ってしまった。私が一組で、俊成君が三組。一学年に三クラスだけなので、気持ち的には端と端だ。

 入学式の後、桜の下で二人揃って写真を撮ったけれど、二人だけで写るのはこれが最初で最後となってしまった。

 入学式の次の日からの通学は、地域で作る班登校になっている。この班はブロックごとに別れていて、あんなに近い俊成君のおうちと我が家は違うブロックということで、別々の登校となった。

 この集団登校は新入学生が慣れるまでの期間限定で一月ほど続いたけれど、それが終わる頃には私はすっかり新しい友達とも馴染んでいた。登下校は同じクラスで近所に住む真由美ちゃんと一緒にして、気が付けば毎日通っていた俊成君のおうちにも、向かうことはなくなっていた。

 子供の頃の視野は狭い。私は自分が俊成君から離れていったことにも気が付かず、ただ毎日を精一杯、新しく出来た自分の世界で暮らしていた。


 私があらためて俊成君という存在を意識したのは、それから一年後、小学二年生になってからのことだった。



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