絶滅危惧種オメガと異世界アルファ

さこ

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乱入

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 思考は唐突にぶち切られた。
 いま俺はとても重要な告白を聞いた筈だが、それが一瞬で脇に押しやられる事態に陥っている。

 瞬くような光と爆音がして──場違いにも思い出したのは花火だ。

 地下なのにふわりと春のような風が吹く。どうして春と思ったのかって、花の香に包まれたからで。よく知った匂い。それに気を取られて対処が遅れた。音の聞こえた方向、頭上に視線を向ける。

 天井が降ってくるのが見えた。

「なにこれ……」
 事態を理解できなくてその光景を呆然と眺めてしまう。

 避ける事なんて思いつかない。……まあどうせ俺の運動能力では避けられないだろうし。
 冷静に分析してる余裕なんて無いんだけど、恐怖にストッパーが掛かってるんだろう。まるでスローモーションのよう。こういうの、なんて言うんだっけ。
 ああわかった──走馬灯。死ぬ前に見るやつだ。チッと嫌そうな舌打ちが、轟音の中なのに不思議と耳の傍に届いた。
 ガラガラと、岩なのか土砂なのか壁が降り積もる音は思ったよりも軽く聞こえた。

 同時にフロアの照明が全て消え、視界は暗闇に落ちる。しばらくして非常電灯の明かりがつく。

 生きてるな。

 さっぱり意味がわからない。なんで生きてるのか。そもそも何が起こったのか。自分に覆い被さっている体温にとてつもない違和感──コレ俺のじゃないんだけど。という、ごくごく根源の本能の抗議。子供の我が儘のような脳の主張を無理矢理納める。別のアルファの匂いなのだ。該当する人物は一人しかいない。
爲永ためながさん」
 呼びかける。返事は無い。
 えーとこれ、そういう事だよな? 我ながら自分の出した結論に自信がないけれど。

 咄嗟に爲永にかばわれたのだ。

 オメガ嫌いなんじゃ……ってわけでもないんだったか? 直前の会話を思い出して溜息をつく。
 ほんと──難儀な人だな。
 返事がないのは気を失ってるからだろうか。
 手を突いて立ち上がろうとして、
 ざっと音を立てて血の気が引いていく。

 びちゃりと手に付いた──接する地面に拡がっていく、ぬるい水たまりの感触。次第に濃くなっていく血の匂い。

まどか
 俺がびくっとしたのは仕方ない。地下深く、ぐったりした爲永と自分の二人以外に誰もいない筈なのに違う声が聞こえたんだから。普通にホラーかと思う。
 すぐに解ったけど──暗闇の中でもはっきりとその姿が浮かんで見える。
「どうしようナイト」
 どうしてここにいるのかを考える前に助けを求めた。
「大丈夫だ」
 無造作に爲永を押し退けて俺を抱き抱える。久々の、半日ぶりの匂いにすごくほっとするそうじゃない。焦る。
「違うナイト、俺じゃなくて、爲永さんが怪我してる」
 モアサナイトは不快そうに爲永を見下ろす。
「円に感謝するんだな」
「は……え? 俺に?」
 逆じゃないか?
 意識があるのかどうかも怪しい怪我人相手にナイトは何を言ってるんだ。感謝しなきゃいけないのは俺の方なんだけど。
 ──咄嗟の行動でまさか庇われるとは思わなかった。
 むしろ俺を盾にする方が爲永さんらしいのに。
「コイツは円を庇ったから助かったんだ」
「……え?」
 意味を図りかねてぼうっとする俺にモアサナイトは場違いに穏やかな微笑みをみせる。
「僕が君を危険にさらす筈がないんだよ」
 えっと。
「でも天井が降ってきたのはナイトのせいだよね? タイミング的に」
 見つめると、少し気まずそうに視線を逸らす。
「少し、ズレたんだ」
「ずれた」
「僕は地下の空間とは少しばかり相性が悪くてね。この手の場所に転移しようとすると目測からずれる事がたまにある」
「偶に……。確率的には?」
「八割かな」
「八割は成功するんだ」
「……成功が二割だけど」
「……」
「けど!」 と取り繕うように俺と視線をあわぜる。「怪我はないだろう? 円の周囲には防御魔法をかけたから。完璧に!」
 防御魔法──あの春の風かな。言われてみれば俺に怪我はなく、見れば自分の周囲だけは不自然に惨状を逃れている。
 要するに……俺は庇われなくても無傷だったってこと? 脱力する。
「なんでそんなに容赦ないの」
「容赦?」
「それ俺を助けなければ爲永さんの命は無かったってことじゃん!」
 俺の突っ込みにモアサナイトは顔をしかめる。
「気に入らないな」
「……なんで?」
「だって円に密着してこいつは助かったんだろう?」
「そこかよ」
「……まさかそれでわざと円を庇ったのか?」
「ないよ!? ナイトが壁の中に転移してきてあまつさえその壁ぶち砕いて落ちてくるとか! 誰も予測できないよ!? これトルマリンさんでも予想外だったんじゃない!?」
「まあ、そうだね。壁の中の転移なんて普通は死ぬから僕以外はやらないだろうし……さすが円、よくわかってるな」
「ああもう」 先に言うべき台詞を思い出す。「……助けに来てくれてありがとう」
 だって二割なのに。危険なのに。手段も選ばず来てくれた。
 さらっとやってきたように見えて、ものすごい無茶してる。ああそうか──それが爲永との違い。

 モアサナイトは俺を助けるのに絶対に迷わない。

「どういたしまして。じゃあ帰ろうか」
「ちょっ、ちょっと待って、爲永さんは助けてくれないの?」
 モアサナイトが首を傾げる。
「トドメを指さない優しさはあるよ」
「ナイト、そういう事を良い笑顔で言っちゃ駄目」
「放っておいても構わないさ。アルファだから案外しぶとい。それにこいつは」
「もういい」
「え、円?」
 無理矢理モアサナイトの腕から抜け出す。腕力では到底敵わないけど、自由に動けた。俺が本気の時はモアサナイトは邪魔をしない。
 悠長に遊んでる時間はない。放っておいたら目の前の男は死ぬ──どうしてか、それだけはわかる。

 爲永の傍にしゃがみ込む。ナイトから離れると結構な暗闇で、自分の手元すらよく見えない。おかげでグロテスクな様が見えないのは救いだけれど。
「……円?」
 それ・・ を意識してやってみたことはなかった。恐る恐る手をかざす。全くなにも起きない。ぐぐぐ、と思い切り力んでみる──変化無し。ヤバ。恥ずかしいだけじゃん。焦ってくる。
 息を吸って吐いて深呼吸。

 そっと爲永の肩を抱くと背後で息を呑む気配がした。傷口はどこだろ。やり方なんて知らない。けれど、多分出来るのだ。いや絶対に出来る。──それは確信じゃなく、思い込みだ。でも大丈夫。こういうのはまず信じることが肝心なんだから。だから大丈夫。俺の番が傍にいるのだから。──そうだ。ナイトがいる。今の俺に出来ない事は何も無い。
 もう一度。
 爲永の肌に右手を滑らす。ふと何かにひっかかる。物理的じゃなく、気持ち悪い感触に手が止まる。そこに意識を向ける。

 ずるり、と──自分の中のが抜けていく感じ──ビンゴ。繋がった。

 なにがどう繋がったのか、説明はできないけれど繋がった。吸引力のある掃除機の前にいるような、自分が穴のあいた風船になったような気分。うん。コレ──
 面白いぐらいごっそりと力が奪われていくな。短時間でぐいぐい身体が重くなっていく。
 ふだん気にも止めない重力をすごく意識する。若干寒気がするのに脂汗が額を伝った。床に突っ伏さないように、相当努力しなければいけなかった。
「円、その辺で止めて」
 狼狽した声に罪悪感がわく。心配させてるけど。
「……もうちょっと」
 力を吸われた分だけ、相手が回復している手応えを感じるのだから止められない。

 限界まで力を注いでから、とんでもないことに気が付いた。
 ──止め方がわからない。

 えっと……あれ? 身体を離せば良いんだろうけど、指を一本上げるのにも苦労するのにどうやって身体を離すんだ? 動けないな。反省……限界までっていうのは失敗だった。ナイトの言うことを聞いておけば良かった。密かに焦っている間にもずるずると力が奪われ続け、視界がまっくらになる。あ。これ貧血。
 それでも力の流出は止まらない。耳鳴りが強くなって──
 うう……格好悪い。ついに身体を支えられなくなってがくっと顔から地面にぶつかる寸前、支えていた筈の腕に支えられた。

「動くな」 爲永が言う。動けませんが?「……つがいを殺されたくはないだろう?」

「……。命を助けてくれた相手を人質にして脅すのが君たちの恩の返し方なのかな?」

 ああ、ナイトに向けて言ったのか。いや待って。駄目じゃん。気持ちよくブラックアウトしそうだった意識を慌てて引き戻す。アルファの直接対決って。悠長に寝てられない。

 爲永はすっかり元気そうで何より。
 力が入らなくて皮肉も言えやしない。思うように身体を動かせないのがもどかしい。
「少しでも動いてみろ。左腕でも秒あればオメガの首を折るぐらいは出来る」
 俺を抱えたまま、爲永が右腕を持ち上げる。
 拳銃?
 モアサナイトを狙って。──それは駄目だ。
 腕を、銃を掴む。力は弱々しかったはずだけれど、俺が動いたことの方に驚いたのか、爲永は腕を振り払うのも忘れて俺を見る。
「待って爲永さん」
「誰が待」
「それじゃ駄目でしょうが」
 俺、いま勢いだけで喋ってるから人の台詞を遮ってたかもごめん。
 会話のキャッチボールする余裕は無いんだ。
「ここで自棄やけになったら駄目だろ。交渉しないと。目的があるんだろ?」
「……お前は」
 やっぱり眠い。
「だから俺に任せて」
 今度こそ意識が落ちる寸前、すごい勢いで視界が回った。抱きしめられる。ああ、この匂い。──奪い返してくれたのか。
「ねえ、ナイト」
「円」
「喧嘩禁止だからな」
「……」
 すごく情けない顔する。フォローしてあげたいけれど、もうダメめちゃくちゃ眠い。せめて、せいいっぱい抱きつく。
 おやすみなさい。

 あきらめたような溜息が聞こえた。

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