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攻防2
しおりを挟む思えばエレベーターに乗った時点から怪しかった。
階数ボタンを押す為にカードが必要なのはともかく、カードを通した事で表示された数字はB#。
B1、B2、B3までは最初から表示されていたけど、シャープって……。何階なんだよ。
そしてボタンを押してから箱は延延と下降し続けている。いつまで経っても着かない。
……薄々解っていたけど、うん。普通の地下じゃないなここ。下降し始めて何分経つのか、密室でこの面子は空気が重い。会話が無いのが気詰まりです。
「シャープって地下何階なんですか?」
「……」
「やっぱりここは秘密基地でしょうか」
「うるせえ」
「爲永さんって青筋ばかり立ててたら眉間に皺が刻まれたままになりませんか? 勿体ないですよね」
「……遠慮が無くなってきてねえか。オメガ意外と神経太いな」
「あぁ、それよく言われます」
見た目詐欺だとか割と失礼めな評価はよくいただく。
はあ、とこれ見よがしに溜息をつかれた。
「それより爲永さん、なんで普通に立てるんですか。早く病院に行ってくださいよ」
「行くか。オマエ手当しただろうか」
「あんなの応急処置にもなってないですよ! そのままで終わるつもりですかアホですか!?」
爲永のこめかみにぎゅっと青筋が浮く。こわー。
「……身の程をわきまえろよオメガ」
「到着しましたよ。ご案内します」
エレベーター、やっと着いたみたい。
目の前に見えるのは小さめのホールだ。
その先は直線に廊下が伸びている。廊下の両側に等間隔に扉がついている。
「金針……どっちの味方だ」今度は秘書サンにも文句を言っている。ほんとブレないなぁ。と思って見てたらまたこっちを睨んできた。「何が言いたい」
「爲永さんって全方向に喧嘩売ってますね」
スケールは違うけど、割と俺の周りに多いタイプなんだよ。最初に抱いていた彼への畏怖が減ってるのは事実だ。
もっと言うと親近感が増してます。
そして返事は無い。
「なんで病院行かないんですか」
「……」
俺のコトはまた無視すると決めたらしい。……今更だな。
「無視されるのは良いんですけど、そうピンピンしてて良い怪我じゃないので早くなんとかしてくださいよ。……アルファは強いようで脆いんです」
返事がないので勝手に言葉を続ける。
「それにこんな秘密基地みたいな地下に来るって、思ったんですけど」
「……」
「やっぱり何かから逃げてますよね爲永さん」
「こちらでよろしいでしょうか?」追い詰める前にタイミング良く秘書サンに声をかけられた。「滞在される部屋はこの辺りが適当かと存じます」
……。ふと微笑ってしまったところを秘書サンに目撃されてあわてて俯いて顔を隠す。
爲永さんはどっちの味方だと聞いていたけど、この人、ちゃんと爲永さんの有利になるようにしか動いてない。俺に協力して見えたのは彼の怪我を気にかけているからだ。
いい部下がいるんだなあ。こういうのは和む。
秘書サンが提示したのは廊下途中の無骨な扉だった。
ドアを開けて、中に見えたのはビジネスホテルのような部屋。興味津々で覗いてみるが……案外ふつうだ。
なんて思ってたらぐっと背中を押されて蹈鞴を踏む。と、バタンと扉が閉って外から鍵をかけられた。
この間、無言。
「え……」
前触れも無く閉じ込められた。
今やったの絶対、爲永だ。
……。
なるほど。うるさい、ということですね。これ以上ない意思表示ですけどね。
ったく。
備え付けのソファーにどすんと腰を下ろす。
当てずっぽうの指摘は意外と図星だったのかもしれない。
それにしても逃げてるだなんて煽ってみたけど……協会のトップが逃げるほどの相手なんて存在するんだろうか?
俺の疑問は大げさでも何でもない。
世界中に支部を持つアルファ協会は治外法権であり、ぶっちゃけ保有する財力も武力もどこの国家よりも上だ。
その中で本物のアルファである爲永はいま世界の最高権力者と言っても過言じゃない。ゲームで言うなら世界を支配した後のラスボスだ。
彼が敵わない相手を見つける方が難しいのだ。
……つか本当に、なんでそんな人が一介のオメガを一緒に連れてきたんだろう?
俺のことが好きだから
とかならまだわかりやすい理由になるんだけど、確実に嫌われてるしなあ。
わからん。
◇ ◇ ◇
目を覚まして、自分が眠っていた事に気が付く。
……ソファに凭れたままうつらうつらしてた。
「んー……」
……怠惰だな。
何もない部屋に閉じ込められて、出来ることは無かったにしても一瞬で寝るとか我ながら図太い。そして、眠った後なのにまだ眠い。なんでだろう……疲れた。水の中で運動した後のような怠さが残ってる。
夢も見られなかったのは、ざんねんだな。
うん? ……夢なんて嫌いだったのに? ああでも、俺、王子様の夢を見たかったんだ。だって会いたいし。
寝起きの自分の思考にはっとして愕然とする。俺の趣味……。王子様が良いのか俺!? いつから少女趣味になったん──バンッという破裂音にびくっとする。
扉を蹴破る勢いで入ってきたのは爲永だ。
「……びっくりしたー」
ドアの音か。すごい殺気と共に入ってくるから討ち入りかと、
「──なにをした」
が、半端ない眼力で恫喝される。
……状況は悪いってのは変わらないかも。
「とりあえずなんの話か教えてください」
のけぞりつつ両手を挙げて迫る爲永を押しとどめる。
どうして元気なんだよこの人。
と、爲永が目の前で着てるスーツを鬱陶しそうに脱ぎ捨て、ぐいっとシャツをたくし上げる。
見せられた脇腹には瘡蓋になった傷口があった。
「……」
「……」
かさぶた?
傷口が若干、塞がっているように見える。縫ってもいないのに?
「……アルファって怪我の回復も早いんですか?」
「んなわけあるか。おかしいだろうが」
「たしかに不思議ですね。どうやったんですか?」
爲永のこめかみに青筋が浮く。
「他人事のように」
「え。他人事ですよ。俺が怪我したんじゃないし」
話すうち、どんどん相手の眉間の皺が深くなっていく。
「治療したのはオマエだろが。俺に何をしやがった!?」
「だから、あんなの手当てのうちに入ってないって言ってるじゃないですか」
爲永は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「無自覚か」
「俺のせいだって言うんですか?」ムカっとして爲永の脇腹に掌を当てた。強めに押す。「ほら。触ってもなにも起こりませ──んにゃ!?」
へたーと力が抜けていくと同時にてのひらが凄く熱くなる。なに──? 硬直してしまい、手を離すことも思いつかず、力が抜けていくままに身を任せてしまう。なにか、力がてのひらから向こうに流れていく感じが。最初、勢い良く流れていった力は徐々にゆっくりになり、やがて、止まった。
……終わったのか?
おそるおそる手を離して見る。
瘡蓋も消えていた。
……えーと?
爲永が舌打ちする。
「化け物が」
「……」
いや。さっき車の中で応急処置をした時にはこんな風にならなかったし。ていうかそれ、自分を治療してくれたと思った相手にする態度か?
と返事をしようとして、声が出ない。急激に襲ってきた強烈な眠気に、ふいーっと意識を失った。
◇ ◇ ◇
気絶してた時間は多分短くて、長椅子に降ろされた重力の重みで目が覚めた。
「人質が。平和な顔して」
吐き捨てる爲永。
けど俺はと言えば爲永さんに姫抱っこされていたという衝撃に戸惑い狸寝入りから醒められない。
「部屋に置いてこなくても良かったんですか?」
秘書サンの声。
「喋らないなら傍に置いても構わない」溜息の気配。「つか本来ならコレから目を離すわけにもいかねーんだよ」
「……あぁ」
「……何が言いたい」
「何も。傷は本当に大丈夫なんですか?」
「痛みも消えたな。問題ない。──ってのが問題なんだがな」
「確かに、厄介ですよね」
「オイ……イチイチ含みがあるな」
「彼に関わらなければ貴方は怪我を負わなかったし、彼がいなければ貴方は危なかった……彼の具合は?」
「顔色は悪くない。疲れだろ」
足音が離れてく。
薄目を開けて見てみると、ふたり共、背中を向けていた。
そこは開けたホールのような空間で扇形に詰め込まれた複数の機材と埋め込みの何十ものモニターが並んでいた。
「補足したか?」
爲永が誰もいないその空間に声を投げる。──と、黒だったモニター画面に一斉に明かりが付いた。
『──未だ捜索中です。現在警察と自衛隊から出された人員に銜え、周辺一帯の防犯カメラの映像も合わせて照合しています。探索範囲拡大しますか?』
「映像だけ範囲を拡げとけ。都の防犯カメラ、定点カメラ全てで監視。支部の人間を使え。追えない分はこっちに回せ……あァ、SNSも探っとけよ。公務員はそのまま隕石の処理で良い」
『被害が出ています。先の邸宅からは興味深い映像が残されていますが確認しますか』
わあ……。
俺を入れたら3人しかいない場所に複数の音声が飛び交っている。
……多画面モニターで株取引するデイトレーダーの人外バージョンていうか。
どこの司令塔だよ。
本来なら複数の人数で運営するような設備をたったひとりで動かしてしまうあたりがアルファがアルファである所以なのだろうけど。秘密基地感が余計に増してるこのルーム。
爲永と秘書サンは屈んでひとつの端末の映像を確認している。
「これな……あのニセアルファは自業自得だろ」
「……そもそも嗾けたのは代表では」
「しっかしえげつない映像だな。けど何でこいつは殺されてない?」
「私には解りかねます」
「フン。殺ってくれた方が大義名分ができて討伐が楽だったんだが」
「では、敵を作りたくないという事では? あちらにとって此処は見知らぬ土地です。ならば交渉の余地も」
「無いな。番を奪われたアルファは、相手を決して許さない」
「……代表」
ブツ、と通信が割り込む。
『アルファ、またそんな所に籠もってらっしゃるんですか? 出てきてください。地下は拠点にするには危険です。侵入された後が厄介です。移動を進言します』
「なぜ侵入される前提で話す」
「あちらが私たちに出来ないことができるのは事実ですよ」
口を挟む秘書サン。
「構わん。このまま遂行する。地の利はこちらにあるしな……フッ」思わず嗤ってしまったという風の爲永さん。笑うと怖いのはデフォルトなんですか?「それに、いまだに剣で戦う時代遅れの騎士ごときが現代の科学に敵うとでも?」
『目標補足』
『目立ってます!! 宙に浮いている人間がいるって投稿が複数』
「結局SNSですか」
「……隠れる気は無いってか。それか馬鹿か? まあいい──早急に火力を用意しろ。足りなければ米軍を動かせ」
「は」
壁に背を預け、腕を組んで命令する爲永さん、ラスボス感満載。
「殺しはするなよ。捕らえて枷をつけるのが目的だ」
先刻から交わされるやり取りには不穏さしかない。状況が飲み込めないながらも不安が湧いてくる。……一体このひとは誰を探して、何を成すつもりなんだろう。
不意に爲永が俺に視線を向けて、目が合った。相手は無感動に瞳を眇める。
「待ってろ。今に地下に隠された姫を助けにナイトが来る」
目が覚めたのはバレてたらしい。謎な台詞だ。
けど、
「……ナイト?」
つぶやくと爲永は不快そうに口元を歪める。
「なにを笑ってやがる」
「え?」言われてみれば微笑んでる。「……夢を思い出したからかな」
ふう、と息を吐いて目を瞑る。
失礼かなと思いつつ、まだ力が入らないので起き上がれない。
あ。しまった。目を閉じるとすごく眠気が来る。
「夢で会ったのか?」
うつらうつらしてるところに爲永の声。
誰に? とも聞いてこないのが不思議だ。爲永さんなのに怒ってないし。これもまた、夢なのかもしれない。
「……なんで夢であんなに幸福になれたのかわからないんですよね」寝言ならどうせ誰も聞いてない。「また夢を見られたら良いな……会えたらうれしい」
「……」
「オマエが嫌いだ」
「うん? 知ってます」知ってるけど。「ねえ。世界を手に入れたラスボスのくせに爲永さんが満たされていないのはなんでですか?」
爲永は深い溜息。
「オメガは全部こうなのか? 調子が狂う」
目を開くと思いの外、顔が間近にあった。無意識に伸ばした手をぺっと振り払われる。
「調子に乗るな。俺に触るな」
「あ、はい、そーですね」
どうして手を伸ばしたかな、俺。だって、つい。──辛そうだったから。
自分の行動も不可解だ。
現実と夢の境目で、もうどっちがどっちなんだか。
また怒らせたようで、大ぶりな動作で離れて行く後ろ姿。
「……嫌ってるわけじゃないんですよ。あの人はオメガを見ていたくないだけです」
秘書サンのフォローが意味不明だ。
それ、違いがあるんだろうか。
考えて、限界が来た。
ふたたび深い眠りに落ちる。
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