絶滅危惧種オメガと異世界アルファ

さこ

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食堂の雑談

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 テレビはいつのまにかスタジオに切り替わり、進行役らしいキャスターの女性に加えて二人、眼鏡の白衣の男と白髪交じりの恰幅の良い男が映っている。

『では近年の頻繁に起こる異常気象の原因も、根っこは同じということでしょうか?  本日は令和大学総合科学研究所の中曽根教授とバース協会医療センターの大谷先生に来て頂いております』
『根っ子の問題、すなわちアルファがいないから異常気象も増える。突飛に聞こえるかもしれんがね、関連性があるちゅうことはちゃあんとわかってきてます。現在、世界各地で起きてる全ての異常の原因はアルファ不足が起因していると断じても言い過ぎじゃないよ。そう考えるとオメガの責任ちゅうのもでかくな──』
『いや言い過ぎでしょう。発言にはもう少し気をつけて下さいよ教授。迫害の歴史を繰り返すおつもりですか』
『はあわかったわかった。協会のドクターは小うるさくてかなわんな。ほんならそっちの現場はどうなんよ』
『医療上の問題も更に深刻になりつつありますね。以前なら完治が当たり前だった癌の治療が満足に受けられなくなってきていますし、新生児の死亡率も増加の一途を辿っています』
『まあ、それもこれもこれから起こる問題の氷山の一角に過ぎんだろなあ。今後だってもっとロストテクノロジーとなる案件は確実に増えていくだろうしな。何しろ、技術の維持と発展に必要な人材が居ない。アルファが、いない』
 番組の内容は確かオメガの絶滅がテーマだった気がするが、何やら壮大な話題になってきた。
『仰るとおりです。私たちはアルファの遺産を、彼らが培ってきた高度な技術を満足に使いこなす事すら出来ないでいます。これからの未来、文明の衰退は避けられない事はわかっているんです。我々人類はアルファの不在という事態に一体どう向き合っていくべきなのか──』


「ところでお前はなんでオメガだってバレたんだ?」
 テレビから流れてくる話題が話題のせいか、仲嶋が唐突で無邪気な質問をしてくる。
「バレたって……言い方な」
 無邪気だけれど、悪意はある。
「だって不思議じゃん。まさか自分からカミングアウトはしてないだろ? 今の時代、隠れオメガも多いって聞くもんな。ベータじゃないって知られて生きるのは面倒だろう」
「いや、えー? ……仲嶋、いまの俺の優等生なインタビューを見てたよな。それを面倒のひと言でね」
「面倒だろ?」
「ソウダネ。俺も隠れられるなら隠れてたけど」
「じゃあ俺の言い方で合ってるじゃん。なんでバレたんだ?」
「……身体的特徴かな」
 ぼかした答えにすぐに相槌が返る。
「あァ美人だからね。お前傾国レベルだから仕方ないけど」
「妙な納得の仕方をすんな! 違うから!」
「はあ? 俺はおかしくないだろ。お前が金髪碧眼とかのわかりやすいタイプの美形ならわかるよ? ベータにもいるよ。けど違うだろが」
「は……はぁ?」
 訳のわからない言いがかりで反撃してきた。
「だってお前日本人だぜ!?」
「そうだけど」勢いに気圧されておもわず半身を後ろに引く。「だから何」
「だから、どう見ても日本人な癖にどう見ても美人なお前が異常なんだよ。わかる? お前を見て俺はオメガってのをはじめて理解したね。オメガのスペックおかしいわ。民族が民族の特徴を備えつつも究極の造形美を体現するのが傾国じゃなきゃなんなんだ!?」
「いやごめん。なんで仲嶋そこまでテンション上げてるんだ」
 言うとスッとテンションを戻す。
「で? 外見からじゃなきゃどうしてバレたんだ?」
 しつこい。
「身体的特徴だって言ったろ」
 繰り返すと仲嶋はふっと意地悪く笑う。まずい。
 弱った虫の羽をむしるガキの顔だこれ。
「隠すとよけいに追及したくなるんだけどなぁ?」
「生理が来たんだよ」
「──へ」
 面倒なので正直に答えると仲嶋は動きを止めた。
 口を開いて、また閉じる。
 どうするんだろうと眺めてると目を逸らされた。
「……絶句するくらいなら聞くなよ馬鹿」だから言いたくなかったのに、微妙な空気に腹が立ってきた。「ばーか!」
「あー悪かった。俺が悪かったです。ごめんなさい」
 両手を挙げて降参のポーズを取る。
 この引き際の良さ、逆に腹立つな。まあいい。
「けどそれもうお前、オメガは全部女の子でいいじゃん? なんで男なんだ? もうそれ女の子だろ」
 引いてなかった。
「なんでも何も、オメガイコール女じゃない。男と女があるんだっての。男の機能めっちゃあるっつーの。納得いかないなら証拠見せるか?」
「いらんよ。野郎の証を見せられて喜ぶ趣味はない」
 断固とした拒否に吹き出す。
「仲嶋、意外と真っ当だよね」
「はあ? 俺は一般庶民ですし? けどそれならお前、子ども産めって言われないのか? ほら、例のオメガも保護してる団体さんにさあ。……正式名称なんだっけ?」
 本当に名前を忘れたのか、単に口にしたくないだけなのか、明らかに面白がってる仲嶋はこっちに言わせようとしてる。
「アルファとオメガを守る為のバース協会日本支部」
 ぶはっ、と吹き出された。
「そう、その恥ずかしい名前」
「アルファ協会が俺に跡継ぎをつくれと要請してくることは無いな」フォークを回す。「あそこはあくまで本人の自主性を重視する方針だし」
 なにかが気に障ったのか仲嶋は不快そうな顔。
「その略称もどうかと思うがな……」
「ん? 単純に協会でも通じるけど」
 何故ならば、およそ協会と名の付くモノの内、いちばん大きな組織だからだ。
「……そーだな。知ってるね。誰でも」
「含みがあるなあ」
 アルファ協会の活動は多岐にわたる。オメガ支援もその一環だ。
 構成員は世界中にいるし、支持層も富裕層から庶民までの老若男女という幅広さが特徴だ。政界に対しても強い影響力を持つ反面、毛嫌いしている人間も多い。
「それと、誤解してるみたいだから言っとくけど俺は子供産めないからな」
「は? いきなり前提覆すなよ。男でも産めるのがオメガだろ」
「相手がアルファじゃない限り妊娠までいかないもん」
「へー。なんで?」
「聞くか?」
「……聞きません」
 触れてはいけない部分と悟ったらしい。
「だから俺は雌にはならないんだよ。今はアルファがいないからな」その気もないけど。「だいたいわざわざ男に産ませる意味ないだろ。オメガが産んだって結局子供はベータになるんだし……ってことは仲嶋だって知ってるよな?」
 自信なさげになってしまったのは、世間のオメガに対する誤解の多さからだ。最近ヒットしたアルファとオメガのドラマのせいか、余計誤解が広まっている気がする。
「いや。知らなかったけど、普通に考えれば解るな。バース性が素直に遺伝するならオメガだってアルファだってもっと増えてる」案外冷静に判断する友人がいまだ楽しそうなので嫌な予感がする。「良かったなあ。お前がアルファを産めてたら大変だったろうな。絶対、信者連中に囲われてたぜ? そんで孕むまで毎晩励まされ」
「信者言うな。怖いこと言うな」
 下ネタは嫌いだから話の方向をさりげなく変えているってのに戻してきやがる。
「ハイハイ、ごめんな」不機嫌が伝わったのか今度は仲嶋は肩をすくめて素直に引く。「心配しなくたって、今はどーやったってベータが増えるだけさ」
「それは」
 答えに詰まったら不意にぐりぐりと頭を撫でられた。


「ねえ。今テレビに出てたオメガさ」
 出し抜けに女性の声が響いた。
「雇ってるの、うちの会社なんでしょ?」
 ──口火を切ったのはどうやら俺たちの背後の席に陣取っている女性のグループだ。
「そーそ。昨年、急に中途採用で来た。羨ましいよね。オメガってだけでどんな業種にでも転職できるんだから」
「それ庶務の子が言ってたね。いくつもの社を渡り歩いてるんだって?」
「どういうことよ。他をクビになったような奴を雇ったの? うちが?」
「オメガは貴重ですから」
「なにそれ」
「だって見てよ、今や、我が社の広告塔」
「やめてよ。顔出し無しの広告塔なんてあり得ないし」
「どうしてそんなの採用したのかな」
「そりゃ、オメガと言えば決まってるでしょ」
「うわ」
「色仕掛けとか洒落にならないんだけど」
「上もなに考えてるんだか。オメガなんて雇ってイメージアップになると思ってんのかね? 格が下がるだけなのに」
「ほんとそれ。なんでいるの。私、生理的に無理なんだけど。存在自体が下品だよ」
「会社としては社会貢献の建前と、レッドリストを保有してるって事実が欲しいんでしょ。国から助成金も出るし? あとオメガの迷信あるじゃん」
「なにそれ」
「知らない? 招き猫とか座敷童みたいなの。雇った企業は業績が上がるんだって。縁起が良いらしいよ」
「あるかっつーの。オメガの呪いなら有名だけど」
「だよね。オメガと言えば呪いだよ。あれこそ迷信って言われる方がおかしいよね? 絶対怪しいのに」
「あんた達、どっちも非科学的よ今の時代に。オメガなんてただの人じゃない」
「えぇ? ……ただの人なら害はないけど」
 クスクスとわらう。聞かせる為のこれ見よがしな会話。


「……おっかね」
 ぽそっと仲嶋がつぶやく。
 あちらに聞こえないように囁くあたり、ちょっと負けてる。
「怖がらなくても害はないよ」
 慰めるつもりで言ったのに、ああそ、と返る相槌は呆れてる。
 テレビの音声が耳に届く。

『お優しいドクターはオメガの保護ばかりを訴えるけんどな、順番が違うじゃろが。過去のオメガ狩りを忘れちゃならん。あれはアルファが減ったからこそ起こっちょったんだ。まずアルファを守るべきだろが』
『それこそ順番が違いますよ。アルファが減った元凶をオメガだと決めつけて起こった悲劇がオメガ狩りなのです。その結果どうなったか。アルファは姿を消した。我々は同じ轍を踏むわけにはいきません。我々に出来るのはまずはオメガの保護ですよ』
『ふん。卵が先か、鶏が先かちゅうことか?』
『あのー……質問です。オメガを増やしていくといった対策って私などにはよく理解できないのですが。勿論、文明の維持にアルファの存在が不可欠なのはわかります。けどオメガまで守る意味はあるのですか?』
『知らんがな。あいつら消えても困りゃせんじゃろが。けど今までのやり方じゃあ埒が明かんちゅうんで最近は保護するようになったんじゃろ』
『そうですね。オメガの減少によって何故アルファまでもがいなくなってしまったのか、確かなことは何ひとつわかっていません。効果などないのかもしれない。それでもオメガを保護する充分な理由にはなります』
『儂からすりゃオメガを増やせればアルファが増えるなんて考えは楽観的すぎるわ』
『少しでも望みがあるなら可能性を試さないわけにはいかないのです。他に有効な策がありますか? 無いでしょうに。それにオメガはアルファと番になることでアルファを産む確率が高いこともわかってます』

「……なあ」と黙って画面を見ていた仲嶋が眉間にしわを寄せて言う。「あのえらいセンセイ、オメガはアルファを産めるって言ってなかったか? おまえさっき違うこと言ったよな。嘘つきか?」
「俺だって初耳だし」
「え。どっちが正解だよ」
「え? さあ?」
 見つめあって首をかしげる。
 過去の断絶でアルファとオメガに関しては失われたデータが多い。昔は当たり前だったのに今は誰も知らない、なんて事がざらにあるらしい。
 そもそもバースには謎が多かったところにきてオメガの存在は昔から恥とされていたから資料としてもまともに残っていない。
「さあ、って自分の身体だろ」
「仲嶋だって自分の身体でも知らないものは知らないよね」
「そりゃ、そうだが……ええ? それでいいのか?」
「まあ、どうせアルファいないんだから同じじゃん?」
「当事者……軽いな」

『──逆に普通の人がオメガに子供を産ませたとしても、生まれてくるのはオメガじゃないんですね』
『残念ながらベータとオメガの混血ではベータ同士の組み合わせと同じです。産まれる子の確率は変わりませんよ。特殊バースを授かる確率はほぼゼロですね』

「そこ普通の人じゃなくベータと言う場面だろが」
 仲嶋がモニターに突っ込みを入れている。

『そうなんですかー。安心しました。なんだか不思議ですね。やはり劣る遺伝子との組み合わせでは優秀な遺伝子の方が残るということなんでしょうか』

 ナポリタンのケチャップが飛んでないか、シャツを引っ張って確認していると悪態が耳に届いた。
「あの女キャスターはアホか?」
 ぼそっと言う。
「仲嶋は全方面に喧嘩を売るよなあ」
「笑顔で言うな」
 だって笑ってしまう。
「つかさあ」と、仲嶋が嫌な笑い方をする。「アルファならそこら辺にいるじゃん」
「あー……確かにいっぱいいるね」
 おもわず遠い目になる。

 たくさんいるのは、まがいものだ。
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