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プロローグ

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 この現代、俺たちは緩やかな滅亡に向かっているのだという。


 大災害が起こったわけではない。
 世界大戦が勃発したわけでもない。

 もちろん原因はいくつかあったけれど、当初、それらが気に止められる事はなく。
 これは不味いのではないか? と世間が慌てはじめた時にはすでに手遅れ。
 数が減りすぎて、もはや滅亡を食い止める事は難しいというレベルになっていた。
 それは特別なことではないのだ。地球上の歴史から見てみれば。
 今まで繁栄しては消えていった生物の末路だってだいたい似たようなものなんだろう。
 そう、よくあることだ。

 近い将来、俺たちは滅びて地球上からいなくなる。



『これから絶滅する種族の当事者として、あなたはこの事をどう感じていますか?』
『申し訳ないのですが、実感はあまり無いんです。絶滅というとイメージ的には世紀末というのか、退廃的で悲惨なように思われるんですけど僕達は全然、そんなことないですし』

 インタビューに応える自分の映像にはモザイクがかかっている。
 見ていて楽しいものじゃないけれど、食堂のテレビは社員の共用品だ。中途入社の新人などにチャンネルの選択権はない。

『今あなたは僕達とおっしゃいましたが仲間はいませんよね。ひとりきりは寂しくはないですか?』
『幸いな事に、自分が一人だと感じたことはありません。協会や周りの方たちはよくして下さいますし、大切に守られていますから。皆さんの助けを借りて僕達は生きていられるのだと思っています』
『ああそうですよね、キミは今の時代に生まれて良かったですね』──呼び方があなた、からキミに変わってる。『国からも保護されて何不自由なく暮らせている今のオメガは数十年前の先人と比べるとほんとうに幸せなんですよ』
『はい。とても幸せです』

「アレ」定食のうどんを啜りながら顔を上げたのは同僚の友人、仲嶋だ。「いかがわしいよな」
「失礼な」俺はナポリタンをフォークに巻きつける。「まあ自分でも思ったけど」
「あ。やっぱりあのテレビに出てるのはお前なのか」
「俺ってわからないで言ったんだ?」
「いや誰もわからんて。オメガの個人情報を保護する為の配慮か……にしてもなんで全身モザイクなんだ? 隠すならせめて目元だよな」
 仰る通り。画面の中の俺はすごく怪しい。
 身体の中でモザイクがかかってない部分は服だけ、という奇妙な絵面はどんな犯罪者よりもインパクトが強いんじゃないかと思う。
「昼の番組だからじゃないか?」
 とりあえず聞かれた事に答えてみると仲嶋は首をかしげた。
「お前が何を言ってるのかわからない」
「昼のテレビは子供も見るからだよ」
「ハァ? 真っ昼間からテレビを見るのは暇な主婦に決まってるだろ」
「そういう偏見に満ちた発言は一瞬で主婦を敵に回すからやめておいた方がいいと思うよ」
「良いんだよ、俺は面と向かっては言わないから」
「器ちっさい」
「うっせ。で、子供が見るから何だって?」
「だから、オメガを子供に見せるのは教育に良くないんだろ」
「誰が決めてるんだ?」
「俺に聞かれても。お偉いさんじゃないか?」巻いたスパゲティを解いてまた巻く。「あとスポンサーとか、視聴者とか? ……それか全部?」
「怖! 平然と言われる方が引くわ」ぶるっと身体を震わせてからズゾゾゾゾと豪快にうどんをすする。「しっかし毎回変わり映えしないインタビューだよな。飽きないのか? 何回同じ事聞かれてるんだよ。俺は飽きた」
「さあ? 何十回だろう。俺も飽きたけどオメガは保護されてるからいろいろと面倒なんだよ」
「保護?」
「不用意な質問はしないようにって決まりがあるんだよ」
「保護対象の当人がうんざりしてるじゃないかよ」
「そりゃね。絶滅の感想とか聞かれても正直、わからないし」

 ──絶滅するのは生まれる前から決まってたことだし。
 ──はじめからそうなっているものを受け入れるも何もないし。

「ハ。ドライだねぇ」仲嶋は意地悪く笑う。「オメガを守ろうと必死に活動してる奴らが気の毒だね。実際の当事者はこれだもんなあ」
「本当だよね」
「受け流すなよ面白くない奴だな」
「仲嶋キゲン悪いんだもん。突っかかってくるのをいちいちマトモに相手にするほど親切じゃないんだ」
「ケチ」
 文句を垂れつつ仲嶋は漬物かじってご飯を掻き込む。
「すごく炭水化物定食だよね」
「うるせえよ。お前は食い物で遊んでないでさっさと食え」
「んー……」
 ぐるぐる巻いては解いてたのをやっと口に入れて咀嚼する。ソースが甘い。
 仲嶋はモソモソ食べる俺の姿に首をかしげる。
「オメガって皆こんなんなのかね」
 俺も首をかしげる。
「知らない。どうなんだろうね?」

 自分がドライなのか普通なのか。それを比較する仲間はいない。

 保護対象という身分のお陰で生活には困ったことがないし、同じ理由で将来への不安もない。
 必死に個体数を管理して種の絶滅を食い止めようと活動してくれている協会に対してはありがたいと思いつつも鬱陶しい。

 別に絶滅するのは人類ではないんだし。


 ──それに、いなくなるのが本当に俺たちだけなら、誰も困らないのだし。
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