異世界オメガ

さこ

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24 ひとりのベータの回顧

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アテンションプリーズ。アテンションプリーズ
過去話ですが胸糞悪いです。
残酷嫌いな方は読み飛ばし下さい。
あでもここまで読んで下さり有り難うございます!
これからもよろしくお付き合い下さい。
───────────────



 彼は物心ついた頃には自分がアルファだと知って・・・いた。

 人には生まれた時から格差が存在する。
 彼は初等部に入学する頃まで自分の名をよく知らなかったし『ベータ』は使用人を指す言葉だと思っていた。
 彼は使用人から「アルファの坊ちゃん」と呼ばれていた。使用人の親子の姿が羨ましくて、乳母に名前を呼んでと強請ねだったら「下々の者は尊い者の名を呼んではいけないのです」と諭された。
 学校生活が始まって勘違いに気がついた。ベータは『普通』という意味だった。けど大した間違いではないから気に留めなかった。彼の周囲は大人も子供も皆格下で、皆ベータだったから。彼はベータの同級生も使用人と同じに扱った。

 生まれた時から決まっている人の「格」には3種類ある。
 いちばん素晴らしく優れているのはアルファ。
 数だけは多く、平凡なのがベータ。
 ハズレはオメガでいちばん下等で卑しい。

 現代はアルファはすごく数が減ってしまい、絶滅したのではと懸念される程に稀少だ。彼はそれについて考えるのが好きで、自分は選ばれた存在だと思うと誇らしかった。
 母親もアルファだったけど、彼女は息子に興味を示さなかった。父親は殆ど家に帰ってこなかった。彼を育てたのはベータの乳母だ。
 彼は勉強は好きではなく、初等部も学年が上がると成績が落ちた。自分の覚えが悪いのはベータに育てられたせいだと思った。それで彼は苛々すると乳母に当たり散らかした。すると他の大人達も追随して彼女を冷遇したのでそのうち乳母はいなくなった。
 鬱憤のはけ口が無くなってしまった彼は犬猫を飼う事にした。すぐに死んでしまうので次々と新しくした。

 アルファを多く選出してきた家門の次代として、当たり前だった栄光に影が差したのはその頃かもしれない。

 学校生活は面倒で、同級生達は使用人と違って彼の言いなりにはならなかった。子供は自由で我が儘だ。
 細かい事情は忘れたが、彼との諍いに子供の親が出てきて学校に苦情を訴えた事がある。学校から連絡が来た父親に事情を聞かれ、彼は抗議した。
 どうしてなのか。アルファは群れの中心なのに、どうして思い通りにならないのか? すると父親は黙り、じきに不愉快な相手は転校していった。
 それで彼も同級生も、理解した。彼が不快を示せば、その相手はいなくなる。親は職を追われ、街に住めなくなる。アルファに逆らうベータはなんて馬鹿なんだろう。ベータが馬鹿なのは仕方がないのか。

 初等部を卒業する頃には身体も大きくなり『名誉アルファ』という称号を知った。
 本当はアルファではないけれど、アルファのふりをするベータの事を指す。

 時々、彼は取り巻きから聞かれた。
「坊ちゃんはバース検査はなさらないのですか?」
 彼はいつもこう答える。
「お前は馬鹿だな。アルファはバース検査なんてしない。いま残っているアルファでバース検査した奴なんて、ひとりもいないんだよ」
 彼にその質問をした者は、皆じきに大怪我をして街から出て行った。そのうち彼に同じ問いをする者はいなくなった。

 彼はもう、世の中にはアルファなんて存在しないのだとちゃんと理解していた。神は死んだのだ。


 中学に入って進級し、次の進路を決めなければと皆が焦り始めていた頃、オメガを初めて見た。
 いっとう下等な人間。アルファを堕落させる、いきもの。
 随分美しくて、嬉しくなった。そんなだからアレは人を堕落させるのか。

 彼がはじめて殺した人間はオメガだ。

 犯して殺す行為も悪くはなかったけれど、彼が最も好んだのは直接手を出さず、大衆を操る方法だ。

 オメガ狩りは彼が率先して流行らせていた遊びだった。

 時代にはその時代独特の思考がある。後から考えれば信じられない、そういう全体の思考。
 何故か急激に数を減らしていくアルファと、先の見えない昏い未来への不安。どこでボタンを掛け間違えたのか、いびつな世界。
 ベータだけの世界に変化しようとしていた。未知の未来が到来しようかという過渡期だった。集合としてのベータは同じベータに支配される事に懐疑的だったし、個人としてのベータも自らが責任を取る事にはちっとも乗り気じゃなかった。
 だからこそ名誉アルファなんてものが台頭した。
 皆が鬱屈していた。捌け口が必要だった。

 統率者たるアルファの不在で舵の取れなくなっていた集合の思考は暴走し、取るべき責任を転嫁した。アルファが減った原因は何だ? 誰のせいだ? 呪いじゃないか。 いるだろう?

 ──オメガは悪魔だ。

 不満を受け入れる贄として、オメガは最適だった。

 惜しむらくは、あまり数が居ない事。
 世間では問題にもなっていなかった事だが、オメガはアルファが減るずっと前から数を減らしてた。こちらの原因は解っている。迫害。ただアルファと違い、オメガは厳しく管理されていたから彼が見つけるのは難しくなかった。

 偶然を装ってオメガと知り合い、距離を詰める。充分に懐かせてから、用意した『場』に誘い込んで処刑を始める。それが彼の狩りのルーティン。いつもいる取り巻きは信用してないから使わない。対象と話すところを他者に見られてはいけないし、時間と手間はかかるけれどスリルを味わえた。
 彼は扇動する。
 悪魔がここにいる! こそこそ隠れやがって。今の生活が苦しくなったのは誰のせいだ!?
 彼は怒りを煽る。こいつを堂々とのさばらせておいて良いのか? 俺達もこの淫乱に惑わされたらもっと恐ろしい事になる。
 ──こんなので上手くいった。
 元々が破裂寸前に膨らんだ風船だった。人々はあっけなく煽られる。正気を失ったベータ達の狂騒を眺めなから、彼は嬉しくて涙が出た。これだけの大衆を動かすことができる。彼は、この時ばかりは本物のアルファになれたのだと実感が持てた。ああ俺は今、最高に輝いている。
 狩りの最後は彼がそっとトドメを刺す。手段は薬の注射だったり心臓へのナイフだったり。けど集団というのは加減を知らず、最初の暴力で死んでしまうオメガも多くてがっかりする。

 狩りが終わると彼は現実に立ち返る。もう昔のように坊ちゃんでいられないのは気付いていた。じわじわと数を減らす使用人に、家財。この家は没落していくのだなと他人事のように思った。
 飽き性の彼だが、オメガ狩りだけはずっと興味を持ち続け、秘密の遊びは年に数回から数年に1度、就職する頃まで繰り返された。
 頻度がそれほど高くなかったのは彼には捕まらないように考えて堪える知性があったからだし、頻繁に狩れない程にオメガが減ってしまったからだ。

 転機が来たのは彼がアルファを初めて見た時だった。

 アルファはとうに絶滅したと信じていた彼は『本物』が残っているだなんて夢にも思ってなかった。
 だっていうのに彼にはわかった。運命を感じた。

 ──久々のオメガ狩りだった。
 絶滅危惧種に指定されるだけあって、当時オメガはもう本当に少なく、生き残っているオメガは慎重だった。

 オメガは人の庇護を誘うような風貌をしている。愛らしく小顔で小柄。背が低い彼でも見下ろせるのは好ましかった。

 けどそのオメガは変わっていた。──身体のつくりはいかにもオメガらしく細いけれど、背は彼より高かった。弱々しい儚げさは感じず、ふてぶてしくしたたか。オメガでも男だからなのか。
 当時は世間の風当たりの強さのおかげで殆どのオメガは表に出ず隠れて過ごしていたし、愛に飢えていて騙されやすかった。
 けどこのオメガはベータに偽装して普通に暮らしていたし、彼が親切にしてやっても靡かない。淫乱の癖してお高くとまりやがって。心の中で罵りながらも焦っていた。長期戦になるのは良くない。諦めて次を探すか……また数年待つのか。勿体ない。選択を迫られていた頃、チャンスが到来した。

 その日のオメガは終始ぼうっとしていた。話しかけても普段の軽快な対応は無く、反応が薄い。それでいて何かに気を取られているような、そわそわした様子。いつもの警戒心は何処に消えたのか。彼はピンと来た。発情期だ。急遽計画を実行を移す。見知らぬ場所に向かってふらふら歩くオメガを尾行する。
 本当は狩りに参加しそうな人間の多くいる場に誘導するのがベストなのだけれど、まあいいか。最初の一発は彼が背後から襲撃した。
 暴力に慣れてない人は誰でも殴られれば怯えて身が竦む。だが、面白い事にオメガは反撃した。
 ──ずっと哀れな結果になっただけだったが。
 襲われた! 助けてくれ! そう叫べば人が集まる。勿論最初は誰でも可愛い方を庇おうとする。彼は訴える。こいつはオメガで発情期だ。気をつけろ!
 1人がオメガに触れようとしていた手を離す。
 2人目が焦って蹴り、3人目が怒りを込めて殴る。鈍い興奮に火が付くとあっと言う間だ。騒ぎの中心にいるのはオメガだという噂が広まり、いつしか集団リンチが始まっていた。誰が何をしてるのか、もう煽った彼にすら止める事は出来ない。
 理性を失い統制が利かなくなった連中に彼はうんざりする。もっとじっくり愉しみたかったのに、あれでは死んでしまう。長い準備期間をかけた末の呆気ない結末を残念に思っていると、死にかけたオメガがただ一点を見つめてる事に気が付いた。視線の先が気になる。
 彼は見た。──身体に電撃が走った気がした。

 そこにアルファがいた。

 まだ学生だった。遠目に確認出来たのは幼さを残した横顔。アルファはこの騒ぎを一瞬だけ見て眉をしかめて通り過ぎた。
 けど、その一瞥いちべつで暴行を加えていた集団が激変した。
 アルファに睨まれた事すら理解してない癖に、恐慌状態に陥ったのだ。ぎゃあぎゃあ口々に喚いて散り散りに逃げ去る。
 残されたのは動かなくなったオメガ。

 何人か殺してみて知った事だが、死にかけのオメガは時折フェロモンを放出する。それでか一度立ち去ったアルファが引き返してきた。
 でもオメガはアルファが戻ってくる前にびくびく痙攣して息を引き取った。
 手遅れになったアルファは立ち竦んで死体を見つめる。
 そのアルファを彼は一心に見つめる。……凄い。本物のアルファだ。アルファの関心はオメガの『死』だけに向けられていて、彼がいる事には気付いていない。
 アルファはオメガを震える腕で抱き起こす。
 ぽかりと空洞のようになったオメガの目を見つめる昏い、空虚な目。

 カスだと思った。
 ──この圧倒的な王気と比べたら偽物の自分なんてカスだ。ああ、知らなかった。本物のアルファは存在するだけで君臨するものなのか。彼は、まがい物とも言えない屑だった。アルファは『人生で最も最低な日』を具現したような魂が抜けた酷い表情をしてる。なのに、なのに、この日『人生で最も輝いている』彼が虫螻に見える。
 光に誘われる蛾の如くふらふらアルファに引き寄せられる。危険だ。わかってるのに足が止まらない。いっそアルファの怒りに触れて死ぬのも良いか。それは甘美な想像だった。しかし、
 至近距離まで来ても全く反応しない。アルファはオメガの抜け殻となった身体を凝視している。手足は曲がっているし、顔はボコボコで生前の美しさの面影も無く、汚い。なのにそっと髪を撫でる。腕に抱き込む。そうしてればいつか生き返るとでも信じてるかのように。
 彼は理解する。
 俺は死んだオメガの足元にも及ばないのか。肩を落とす。
 結局、アルファは彼が去るまで彼の存在に気付かなかった。時間を忘れたように、獣みたいにオメガの死体を抱きしめていた。
 彼にはわかる。あのオメガは嬲られながら、死ぬまであのアルファをさがしてた。
 双方を間近で見た彼だからこそ、わかった。

 ──あれは運命の番の対面だった。

 彼は、アルファの運命の相手を殺したのだ。

 なのにまったく、歯牙にもかけられなかった。とんでもない屈辱だ。でもそれで良かった。それが良かった。打ちひしがれる一方で、圧倒的な差に彼は興奮した。
 アルファに心酔した彼はようやく、自分をベータだと認める事にした。

 彼はその後、誰も殺さなかった。

 世間の風潮がオメガを保護する方向に切り替わり、彼も田舎で就職した。退屈な日常が訪れ、もう若い頃のようなやんちゃをする事はないだろうと過去を忘れかけていた頃、異世界からアルファが顕現した。

 世間は驚愕していたが、彼は違った。深く納得した。改革の中心にいたのはあのアルファだ。やはりアレは別格の存在だったのだ。新たなアルファ達には興味があったが、彼が自分から近付く事はなかった。また無視されるのが怖かったのだ。そんな己の思考に、自分は本当は傷ついていたんだなと知る。あのアルファのように──母親のように、己の存在をどうでも良い、視界にすら入れられない石ころのように扱われるのは堪えられない。


 そしてまた時が経ち、ベータが召喚されたという噂を聞いた。

 召喚ではアルファかオメガ、どちらかが来るようになっている。仕組みは一般に知らされてはいないが、それは周知の事実だ。なのに手違いでベータが召喚された。
 勿論、世間が求めているのはアルファだ。今ではより強いアルファを求めて各国各機関で独自の研究が進められている。オメガは求められてはいないが、アルファを繋ぎとめる餌になると歓迎される。
 ただのベータだなんて、ハズレでしかない。
 ハズレか。彼は暗い愉しみを見つける。可哀想に。知り合いのひとりもなく、世界で誰からも求められていない、いらない存在。

 彼は考える。
 なら、もらっても構わないだろう?

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