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しおりを挟む「はい、残念アウトだよ。1ポイント消化しちゃったね?」
「……」
ちょっと考えてみて欲しい。
唐突な美形のどアップの迫力を。
「どうかしたのかな隼百君? 思いっきり不審な顔してるけど?」
悪戯っぽく笑む、雄の色気漂う見知らぬ美形。男はこちらの反応を伺っている。
その興味深そうな眼には覚えがあった。
目は少し垂れ目だけど全然細くないし、瞳の色も髪の色も明るいし、背も高く体格は逞しい。
あの胡散臭い日本人顔の面影は全く無い。けれど、
「……仲嶋さんの旦那さん、ですよね」
寝起きでしゃがれた声が出た。でも通じたようで相手は驚いたように片眉を上げる。
「よくわかったね。君には初めて見せる素顔なのに」
……成る程? オレが正体わかんないと思ってたのにこの登場するのか。胡乱な表情を押さえつつ、隼百は答える。
「消去法で」
アルファで、かつ知り合い。それで顔を知らない人、となれば他に居ないだけだ。
面白そうに微笑む旦那。
「君は本当に眼が良い」
「……それより、これ、どういう状況です?」
ここは隼百の一人暮らしのアパートだ。
アルファさんのドタキャン騒動から一ヶ月。朝晩は涼しくなってきたかな? と思わなくもない初秋。
目が覚めたら、しゃがんだアルファに見下ろされていた。
吃驚するじゃないか。
旦那は隼百の問いには答えず、残念な子を見る目で言う。
「どうして君はこの状況で俺と普通に会話が出来るのかな? 警戒心を元の世界にでも捨ててきた? 隼百君はもう少し用心しないと危ういよね。色々と」
「ね……」
「ね?」
「寝起きに説教されてる理不尽のがデカイです」
「落ち着いてるよねえ」
「だいたい用心ってどうやるんですか」
人外相手に。
いや、一応人なんだけど、チートだよねこの人。
そもそも中年男の一人暮らし。
金目の物があるわけでも無いし、鍵だけかければ充分な対策だと隼百は思う。
戸締まり無視して登場する方が非常識だろ。
隼百の不満を見透かしたように、目を細める旦那。
「まず、安普請がいけないよね。君の住処、本当はもっと上のランクが提供されてたでしょ。何で拒否するかな」
「分不相応なんで。一戸建て貰っても困ります」
「大丈夫だって言い張るなら、不審者を見た時はまず叫ぶなり逃げるなり行動を起こす事だね。とにかく助けを呼ぶ。咄嗟に反撃するってのも有りだと思うよ? まあ逃げられないし俺には敵わないけど」
「眠いです」
「寝直さないで。時間が無いんだ」
ゆったりと微笑みながら言う割に、そこからの展開は早かった。
アルファに上体を起こされて立たされる。強引だなあ……と瞬きをして次に目を開けた時にはもう移動してた。
?
……?
違和感を認識する間もなく部屋の外に出てる。靴は。裸足なのに地面の感触は無い。
「夢かな?」
「勿論、夢じゃないよ」
「あこれ。ちょっと身体が浮いてるんですね」
いい加減、不可思議にも順応が早くなってきた隼百だ。
爪先を地面に付けようとしても、ふあんと風船を踏んだみたいに跳ね返る。どうやってんだろ。
「足が汚れるからね」 解説になってない解説をくれた旦那が続ける。「さっきは君、その部屋で暴漢に襲われたんだよ」
寝耳に水の思わず発言に立ち尽くす。
記憶にありませんが?
「オレはピンピンしてますよ」 言った途端に蹌踉けて軽く支えられた。「……寝起きなんで」
って言うかね、立ち止まってる間にも景色が動くもんだから平衡感覚がバグを起こしたんだけどね。動く歩道? エスカレーターみたいな。
「隼百君は強がりだよねえ」 頭上から振ってきた台詞に視線を上げれば旦那が呆れた顔してる。「ピンピンしてるとは口が裂けても言えない状態だろうに。君が今、調子良いと感じているのはアイテムで一時的に回復したからだ」
「あー成る程……だから……」 と納得して、嫌な汗が出てくる。「またオレ、貴重なポーション使ったんですか」
「あのね。まず気にするのが俺に貴重品を使わせたってところかい? おかしいからね。確かに隼百君と会う度にポーション使ってるけど、それは君が見る度に弱っていくからだし、突っ込むべきはそこじゃない」
「じゃあどこです」
隼百の問いにアルファは一瞬遠い目をする。
ん?
「……この短い期間に君、何度死線を彷徨って死んでるのかな。これから何度死ぬつもりなんだろうね」
「あはは。死線を彷徨って死ぬって、その言い方じゃオレは結局、生きてない事になりますよ」 笑い飛ばす隼百だが、相手は至極真面目な顔してる。「……え」
「さて。ここでクイズです」 シリアスから唐突に脳天気な声を出すからびくっとする。「俺はどうして番を守る防犯グッズを腕時計で造ったのでしょうか?」
「さっぱりです」
考える気が無い隼百に構わず、旦那はひとさし指を立てる。
「いつでも身につけてもらえるし、単純に彼に似合うからっていうのも大きいんだけどね」 しれっと惚気を差し込みつつ解説をする。「いざという時の保険が欲しかったんだ」
「保険、ですか」
──ふしぎだ。
ひとつわかる。目の前の男は番を守るためにあらゆる手を尽くしてる。
そこまでする。って、どういう気持ちなんだろう? とても、とても遠い他人事だからわからない。
溺愛してるんだなあ。と感心はするけれど。
隼百には旦那も嫁も同じ糸目の男が思い浮かんでしまうので率直に気持ち悪い。
いや本性が糸目じゃなくて目の前の姿の方なのはわかるんだけど。
などと余所事を考えていたので次の台詞を聞き逃した。
「この腕時計の肝は時を巻き戻せる点なんだよ。5分だけ。それ以上延ばすとなると他の干渉が巨大になるから難しくなるけどまあ、5分もあれば突発的な事故死を無効化するのには充分だよね」
?
ボーッとした頭で首を傾げる。
時計を巻き戻すのは普通じゃ?
……戻すのは時間?
「……っ、はあっ!?」
「ざっくり説明するとね、それは装着者周囲の空間を常に5分間保存しているんだ。だから非常時に5分前と差し替える事が出来る。バックアップを取って死亡を不確定にさせるって理屈だね」
「……いやバックアップて……ええ?」
台詞の意味が飲み込めない。
そして旦那は隼百を翻弄して実に愉しそうだ。
「うん。理屈を考えるの面倒だよね。じゃあ結果だけ。装着者の君が死んだりもう一つの危機的状況に瀕すると、その5分前にこっちにアラートが鳴る仕組みなんだ。──君がトラックに跳ねられた時は通行止めを立ててトラックを近づけないようにしたし、君が落下した看板の下敷きになった時は看板が落ちないよう補強した。子供に巻き込まれて波消しブロックの隙間に埋まった時は、先に砂を取り除いておいた。轢死2回、圧死、窒息死、溺死と……首が千切れるのは何死だっけ? まあ詳しくは知りたくないよね。そんな感じで過去の事故6回は先回で原因を消して無かった事にしてたんだよ。埒が明かないから警告した7度目が、前回の屋上」
一気に捲し立てられた後には沈黙が落ちる。
たっぷり考える間を与えられている、と肌身で感じながら隼百は言う。
「嘘だよな?」
すると美形はにっこりと笑う。
「……隼百君、前に君が7回死にかけたって俺が教えた事、覚えてるよね? その時おかしいって思っただろう? 死にかけた記憶なんて無いのにって」
「もっ」
「も?」
「勿論ですよ」
「あれ? どうして目を逸らすんだい?」
「……う」
言われた言葉はちゃんと覚えてる。けど話半分に聞き流してた。
時間が巻き戻ってたなら自覚が無いのは仕方ないじゃんか……と寝起きの頭で考えて……待て? と我に返る。
軽い乗りに騙されて軽く考えるんじゃねえよ。
「なあ……これ、相当凄い魔法じゃないのか?」
思わず敬語を忘れた問いに、
「そうだねえ。歴史を変えた異世界召喚と同じぐらいには?」
軽い口調で重い答えが返った。
「なんで死にかけのオレに、そんなのを……」
するとアルファは静かに微笑む。
「モニターだと思って気楽に構えて?」
無理ですが?
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