異世界オメガ

さこ

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14 はじめてのオメガ

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 組んだ指の先でトントンとリズムを取りながら相手をめつける糸目。対峙する室長はポケットに手を突っ込んで締まり無く立っている。
 室長が口を開く。
「まあ聞け。そこの藤崎君──彼はね」 肘で隼百を指す。「外の世界が怖いらしい。この部屋から、外がね」
「……はあ?」

 話題の中心──当の隼百はどこか他人の話を聞いてるような顔で首を傾げてる。

「監視カメラに映りたくない。中央と関わりたくないと言う。だから現状、彼の異世界はこのモニターで埋められた狭い警備室の中が全てだ」

「……言いたい事は山とありますが、まずはひとつだけ。私は中央の人間ですけど? 協会からの、出向社員ですけど。貴女それはわかってますよね?」
「何をとぼけてるんだか。君は公認のスパイだろうに」
「誰がスパイだ。公認ならスパイって言わねんだよ。つか、意味がわからねえ」 ──仲嶋の言葉遣いがどんどんぞんざいになってきてる。「外の世界のなにが怖い?」

 定時過ぎたからかな? 慇懃な言葉遣いは仕事モード、今は定時過ぎてプライベートだから素なんだろうか。

「さてね。何を怖がっていると思う?」
 楽しげに聞く室長と、
「俺はあんたが面白がってる事しかわからんわ」
 楽しくなさそうな糸目。

「面白いだけじゃあないよ。守るって言っちゃったんだもん」
「もんとか言うなおばさん。面白がってるのは否定しないんじゃねえか」
「勿論、面白いに決まってる。人と会う機会の少ない私がこうして関わったって事はそれはもう縁だよね。私は相対した召喚者の希望は聞くようにしている。だから貸してやってよ。目眩ましだろうが、この子の気休めになれば良い」
「だーかーら、んなフンワリ曖昧な目的の為に貸すと思うか? そもそも、だ。この世界にひとりも知り合いもいない奴を変装させたって、いっこも意味なくないか? ないよな藤崎様」
「へあ?」

 ──召喚されてからこっち、当人置いてけぼりで話が進んでいく、って事が多い。最早それが慣れっこになっていて見物に回ってたから完全に油断してた。急に話を振られても何も答えを用意してない。

「何も考えてなさそうだぞ? 大丈夫かこいつ」
「あはははは確かになにも考えてなかったっぷ」
 半笑いで答えた隼百の、顎が指で掴まれぐいと持ち上げられた。
 顔を覗き込んでくる糸目が、怪訝そうに言う。
「影が薄い」
「……」

「ああ言いたいことはわかる」 頷く室長。「その子、そもそも自分自身に対しての関心が薄いんだよねえ。主張ってものが無い。だからこういう自分を話題にされてる時ですら、ただ観察してる。それでも一度だけ強く主張した事があったんだよ。『陰蔽しないか?』って。自分の存在を無かった事にしないか? って。それも本人が言ってたように、隠れたいってのが真意ならまだ良かったんだけどさあ」
「違うのか?」
「え。違わないですけど?」
「自分はすぐ死ぬんだから捨て置けって事らしい。なんていうか、自分をソコに残そうとする気概ってのが薄いよね。放っておくと消えそう……逆に気になるじゃないか」
「あぁ……召喚者ってのはガツガツしてる奴が多いからな。異色っちゃー異色か」 と自分の顎を撫でる仲嶋。「ベータだからじゃねえの?」
「ベータの特性がそんなんか? 自分よく知ってるだろ」
「……。考えちまったじゃねえか。ベータには決まった特性なんざねえよ。多様性があるのがベータだ」
「じゃあベータだからってのは無いよね」
「揚げ足とんな」 ぼやいてから、急に仲嶋はふっ、と笑って室長を見上げる。──そうしてよく見てみれば、仲嶋よりも女性の室長の方が背が高いのだ。「最初の頃に召喚された癖に、番ではなく召喚行為そのものに魅せられて以来、魔方陣にしか興味を示さなかった剣崎サンが始めて向き合った人間がベータってところは面白いけどな?」
「なんだかねえ。その子は元凶の匂いがするんだ」
「元凶? なんだそれ」
「まあ、それは良い。とにかく貸してよ。藤崎君が変装したからってなにも減らないし誰も困らないよね」
「俺が困るだろが」
「なんで私がここに君を呼んだと思ってるんだ」
「協会に知られず密談できるからだろ……別の場所には筒抜けだけどな?」
「知ってるよー。愛されてるよねえ。うちだったら安全だし同時に監視も出来るからお仕事するのを許可されてるんだもんねえ?」
「……」 仲嶋は苦虫を噛み潰したような顔。「あんたも早く伴侶みつければ? 召喚された奴がいつまでも番も呼ばず研究漬けなのは外聞良くねえぞ」
「私はまだいいさ」

「「……やっぱり」」
 と──隼百と来己の台詞が被る。


「室長さんてアルファなんだ?」
「仲嶋さんはオメガですか?」


 ──内容は被ってなかった。

「え、オメガ」
 さっきから不自然に黙り込んでしまった来己の事は隼百も気付いてたし、気になっていた。
 でも何を考えているのかと思えば、まさか、そんな突飛な発想に至っているとは。
 そっと仲嶋を仰ぎ見てみる。
「……」
 改めて見ても、そこにいるのは中肉中背。糸目で眼鏡の地味なサラリーマンだ。
 腕を組んで無言を貫いている。
「でもオメガってあの、綺麗だって……」
 ……どう見ても普通の人だけど?

「変装してるんでしょ」
 来己は仲嶋から視線を逸らさずに答える。
「あ、なるほど? でも仲嶋さんには奥さんいるって、あ。別にオメガに奥さんがいたって構わないんだった変な事言ってゴメン」
「……家で待っているのは本当に奥さんなんですか?」
 来己が仲嶋を凝視したまま聞く。
「……」
「え、やっぱり犬ってこと?」
「先輩違います」

「……忠告しておくが」 溜息をひとつ、ようやく仲嶋が口を開いた。糸目だからイマイチ表情は読めない。でも声はすごく面倒そうだ。「アルファってのはオメガを囲いたがる生き物なんだわ。自分の雌を他の雄から隠したいっていう身勝手な本能を抱えている」
「それで変装させられているんですか? 本当、身勝手ですね。それってパートナーを信頼していないってことじゃないですか? 僕だったら自由に」
「待て待て待て。まだオメガを一度も見たこともない若いアルファだからその辺の機微がわからないのは仕方ないって俺は思うけど。俺は安全だと思うけどな!?」 ……なんで繰り返し強調してんだ? ……どこかに向かって叫んでる? 「とにかく──気付いても追及しないのがマナーです」
「気になります」
 食い気味の来己だ。
「……帰っていいかな?」
「え。変装グッズは置いてってよ」
「お子さんもあなたが産んだんですか? ママです?」
「え。仲嶋さんママなの?」
「ねえ変装グッズは置いてってよママ」
「だー! うるせえ! 俺はてめえらのママじゃねえ!」

『……まま』
 ──と。
 別の声が割り込んだ。どこか舌足らずな高い声。
「こは!?」
 叫んだのは仲嶋。

 並んでいるモニターが全てがひとつの映像に切り替わっている。
 そこには涙目の子供が映されていた。


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