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11 営業さん
しおりを挟む「指定場所を聞き間違えたのかと思いましたけど!? こんなの営業を呼びつける場所じゃないでしょうに何考えてるんですかね? 喫煙所のがまだ理解できるってか俺、定時近くに至急案件をぶっ込んでくるのは止めてくれってあれだけ頼んでんのにまった……ああ?」 猛然と抗議しながら入ってきたのは眼鏡の糸目だ。スーツの上着を脱いで腕にかけたワイシャツ姿。警備室の有り様にぽかんとしてる。即座に我に返った。「何を企んでいる?」
「用なんて決まってる。仕事だよ」
糸目に睨み付けられて平然と返す室長だ。
「仕事以外で貴女と会うわけないでしょうが。そうではなく、警備室なんぞに私を呼び出した理由、応接室の備品を運び入れた大がかりな模様替えの理由、この部屋にいる面子はどういう人選なのか、些か私の疑問が限界突破しているので伺っているのです」
──まだこの室内に残っているのは室長と隼百。それと来己も何故か居座っている。他の所員達は各々の業務に散っていった。
「全て一言で説明出来るな。仕事だ」
「……ああ、ワザとはぐらかしてますね。説明する気が無いのは解りました」
糸目のセールスマンはやさぐれた様子で乱暴にネクタイを抜いてまた整える。
「それは良かった、相変わらず君は物わかりが良い」
「いけしゃあしゃあと……」
中々苦労しているらしい営業さんに隼百は同情する。
ただ……意外だ。さっき画面越しに見た時はもっと存在感が無かった気がする。後で思い出そうとしても糸目しか浮かばない程度の影の薄さだったが……ひとえに一緒にいた来己が印象的すぎたのか。
室長と相対している今は、なかなかに行儀が悪い雰囲気を醸し出しており不機嫌オーラ丸出しでスーツを羽織ってる。
そういえばこの人、猛獣遣いみたいな人だった。
「いいじゃないか仕事は好きだろ? 社畜」
「オイ」
「さて藤崎君」 雑に話を締めくくった室長が隼百を振り返る。「彼は外部機関から送られて来ている出向アドバイザーだ。一応これも中央の人間だぞ。ほら怖くないだろう?」
「こわ、い?」
眉間に皺を寄せて呟くアドバイザーさん。
怖いより可哀想です。とは声に出さずに口籠もる。
「藤崎隼百君、異世界人からの客人である君はこの世界の仕組みを最低限でも理解しておいた方が良い。彼の話は知っておいて損は無いよ。多少重複する部分もあるし退屈だろうが我慢して聞いてくれ」
説明口調が白々しい。営業さんに子細を説明しないのは敢えてなのか、室長の場合忘れてる線もあるからわからない。突っ込んで良いのか悪いのか……判断がつかない隼百と来己はとりあえず口を噤んだ。
「……後藤様とは先ほど面談しましたね。ではこちらの藤崎様が本日2人目の異世界からのお客様ですか」 隼百に背筋伸ばして向き直る眼鏡スーツのセールスマン。スーツを着直し、かっちり武装した装いが目に眩しいが、所員の服装がだらしなさ過ぎただけだ。隼百の素肌に白衣も大概おかしいのだけれど、営業さんは何も指摘してこない。触れたくないのかもしれない。「改めまして私、アルファ協会ディーバプロジェクト人事課の仲嶋と申します。私は貴殿の当面の衣食住の生活支援、最終的には貴殿がこの地に落ち着かれるまでの就労アドバイザーとして貴殿のお世話をさせて頂きます」
名刺を渡すだけの行為に流れるような美しい所作。それを隼百は両手で受け取る。
「……頂戴致します。私は藤崎隼百と申します。生憎休職中の身でして、返す名刺も無い失礼をお許し下さい」
「失礼など、とんでもございません。こんな異界にまで名刺を持ってくる方はそういらっしゃいませんよ」
サラリーマンの作法は境界を越えてもあまり変わらないらしい。見事に上辺同士のやり取りを、高校生の来己はなんだか呆れた表情で眺めてる。
「ディーバプロジェクトとは?」
「またの名を運命の番プロジェクトと呼びます。まずはおめでとうございます藤崎様。貴方には運命がいます」
「はあ。うんめい」
「こちらでは異世界からアルファとオメガを召喚し、あの運命の番と出逢わせております」
あやしいセールスマンは言う。
「……あの運命の番?」
「ええ。あの運命の番です。運命が成立するカップルは稀少です。宇宙の中で砂漠の砂粒一粒をみつけるのと同じ程に困難。では御座いますが、ここでは確実に引き当てる事が可能なのです──別世界からの召喚ならば」
「あの」
「素晴らしいでしょう? 現在大変多くのお客様からご満足の声を戴いておりますよ。その上、異世界からの客人は未知の知識をもたらしてくれる。あらゆる異世界の利点を吸収し、アルファ召喚でより良い世界の発展と繁栄を呼ぶ。──これが当協会の事業であり、理念です」
「ちょっと意味がわからないです」
「信じられませんか? 藤崎様がオメガならば番は最強最良のアルファでしょう。藤崎様がアルファなら、御目出度う御座います。貴方は至高のアルファとして成り上がれる」
「優秀な営業だね」 と茶々を入れたのは室長だ。「藤崎君が一見してアルファかオメガかわからないのをうまく誤魔化したよね」
綺麗に無視する仲嶋さん。
「召喚で運命の番を引き合わせる原理は実に面白いですよ。どういうものかわかりますか? ……ランダム召喚なんです。極限に媒体を減らした環境での召喚は自分に縁のある者を引き寄せる。だから運命が来る、という理屈でして」
「あの、」
「ええ、何も仰らなくても言いたいことはわかります。本来アルファの方々は番探しに熱心ではありません。アルファにとっては番の優先度は高くないですから。労せずとも優秀なアルファと番いたい相手はいくらでも寄ってきますし、実際に複数の番を持つアルファも多い。ですが藤崎様は御存じですか? アルファは満足する番を娶られる確率も低いという事実を。それこそが鍵なのです。能力値が高いアルファ程、自身も気付かない孤独を抱えているものです。その孤独が番によって癒やせるとしたら、どうでしょう?」 タメを作って、「至高のアルファの誕生です」
α波は寝るときに出るリラックスのやつで、放射線はγだったか。隼百が余所事をつらつらと考えている間にもトークが進む。
「藤崎様、あなたには運命が存在するのです。あなたが境界を超えた事、それこそが根拠であり、証拠です。そしてこの世界に辿り着いた異世界人は皆様、満足する仕事を見つけております。運命の番と巡り逢う縁に乗るという事は、同時に大きな可能性が得られる事に繋がるのです。運命と逢える確率は天文学的に低い確率──ですが、我が社は異世界からそれらを引き当てる」
都合が悪い事実を隠している時には人の口数は多くなるものだ。ただ彼の場合は嘘をついているというよりは、シンプルに焦っているみたいだ。
だって、糸目はチラチラと腕の時計を確認している。
そういえば今は何時なんだろう?
「ご安心ください藤崎様。何百件もの運命を取り扱った実績のある当社において、今まで界渡りで来られた全ての方に満足頂けたと自負しております。元の世界を捨てる価値がある、と。運命に出逢えばわかりますよ」
自信満々に言い切る糸目。
終わったかな?
と思ったので隼百は口を開く。
「まとめると、そちらはお見合いの会社ですか?」
「……いえ」
仲嶋が、何か間違えたかな? という顔をはじめてする。
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