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09 ハズレのベータ
しおりを挟む「面倒なのは御免なんだけど。何だってベータなんかが召喚されてんだよ」
誰かが小声で吐き捨てた言葉が、隼百の耳にはやけに大きく響いた。
「何故ってそれは藤崎先輩が僕の同郷だからじゃないかな」 来己が律儀に答えてる。「巻き込まれ召喚ってよくある話じゃないですか」
「巻き込まれ召喚!? そんなのあるの?」
大仰に仰け反ったのは室長。
「腐るほどあります」 にわかに場が色めき立ったけど、続いた来己の解説に所員達は一様に拍子抜けした顔になる。「僕らの世界ではこの手の物語が流行しましたから」
「……はあ。ただの作り話ですか。それじゃ何の参考にならないんですが」
苦笑交じりに言ったのは、さっきの苦言を吐いた若い所員だ。
「そうなんですか。参考にならないってすぐに解る貴方は凄く優秀なんですね。僕なんかにはとても判断が付かなくて」
「……はい?」
「魔法の召喚にしろオメガバースにしろ、僕達の世界ではただの妄想で、ただの作り話なんですよ」 何でかここで艶然と微笑う来己だ。「境界のあちら側での妄想が、こちら側では現実。そういった現象はよくあると聞きました。なので巻き込まれ召喚も実在するのかなと考えた僕は浅慮ですね。優秀な研究員の方に口出しをするなんて、大変失礼しました」
「……いや、その」
慇懃な来己を前に、相手はごにょごにょと言葉を濁す。ちょっと震えてるように見えたが気のせいか。と思っているうちにカタカタ、ガタガタと男の震えが目に見える振動に変わっていく。
「……ライキ君?」
何してんだよ。
「何もしてませんよ」 隼百が呼びかけると来己はすっきりとした表情で振り返った。「異世界召喚テンプレ巻き込まれなら藤崎先輩は勝ち組かもね」
「勝ち組?」 戸惑う。所員が隼百に向けてくる視線はむしろ、残念な子を見る目だ。「テンプレマキコマレって呪文か?」
「先輩ってネット小説とか読まないんですね」
「スマホとか苦手で、持ってない」
「えっ。よく生きてこられましたね」
「よく言われる」
「巻き込まれ、ねえ?」 室長が大人しいと思ったら眉を寄せ考え込んでる。「続けて召喚されたふたりが同郷ってのが確率的に不自然なのは確かなんだよね……なら、藤崎君はおまけって事になる?」
「……」
「……」
所員達がこそこそと忙しなく遣り取りを始める。そのうち仲間に押し出されたひとりが腰を折って室長に近付いた。
「あの……おまけの処置はどうしましょう?」
「おまけって何だい?」
囁き声で問われたのに、返事をする室長は大声だ。
「御自分で言ったじゃないですか……」
「藤崎氏の処遇はどうしましょうか?」 頭痛を堪えるように額を押さえて聞いたのは主任だったか。「中央への報告も、考えないといけません。アルファでもオメガでもなく、ベータを召喚したなんて事、今までありませんでしたから」
「面白いよね」
「あってはならない事態ですよ。そうでしょう? この事業はアルファの召喚で恩恵を被っているからこそ、世間に認められているんです。なのにこんな事故を起こすなんて」
「事故は言い過ぎでょ」 所員のひとりが半笑いでそれを遮る。「たかがベータ、しかも死に損ないを巻き込んだだけで事故呼ばわりは無いですって。ハズレを引いただけ」
「そうそう。ハズレのベータで大事になるのは、ちょっとアレじゃないかかと、ねえ?」
げほんげほん、所長さんが咳払いで遮る。
「少し口を慎もうか」
「ですが、私ら、悪魔でも召喚しましたか? 瀕死のベータなんて、危険性は皆無でしょ? ちょっとした手違いレベルですよね?」
「……えー……所員達は研究を止められる可能性を憂いているのです」 苦々しげに意見を纏める主任。「室長、慎重にご決断下さい」
やりとりを眺める隼百は頬を掻く。微妙な立場を肌で感じてる。困った。話題の中心なのに部外者だ。
「ベータって何かな?」
聞いてみるが、
「安全な人間という意味です」
雑な説明が返された。
うん。所員の態度と言葉の端々から伝わってくる。面倒事は避けたいという強い意志が。
「面白いですね」 と、ここで全然面白くなさそうな声。室内の温度が一段階下がった気がする。「本人の目の前で堂々と責任逃れの相談ですか? 陰蔽は楽でしょうね。証拠は放っておけば居なくなる」
来己の笑顔が薄ら寒い。
「すまないね」 フォローを入れたのは意外にも室長だ。「この部署の人間は本来、召喚者本人とは直接話さないんだよ。それどころか裏方ゆえに他人と接する機会ってのが少なくてねえ。ご覧の通り、相手を不愉快にさせた自覚すらない連中が多い。悪気は無い」
「悪気が無ければ許されるとでも?」
「皆が怯えるからアルファの威圧は勘弁してやってくれ」
「知りませんよ。いきなりアルファと言われたって……」
隼百は思う。敵意を向ける来己は毛を逆立てた子猫みたいだ。ああこれは──大人を軽蔑する子供の目だ。
「ライキ君は良い子だよな」
「っは?」
「いや、いきなり異世界に来て自分だって動揺してるだろうにオレの為に怒ってくれてるから」
「……あのね」 来己は肩の力を抜いて溜息。「本人が怒ってないのに僕が口出す筋合いは無いですけど」
「皆勘違いしてるようだけど隠蔽なんてしないよ?」
「室長!?」
「阿呆が。中央に隠し通し通せるわけないだろうが。まず藤崎君には正式な説明係を紹介しよう。言葉は通じる癖にベータも知らないんじゃ大変だからね。そもそも異世界からの客人との面談は専門の機関が請け負っているんだよ。後藤君はさっき会っただろ? 『協会』に任せれば藤崎君の事も良いように考えてくれるだろう」 言ってから自分の台詞に首をひねる。「うん? でも藤崎君がアルファでもオメガでもないんじゃ協会は保護を拒否するかな。面倒な」
「面倒」
そこだけ繰り返す隼百。
室長さんこそが『悪気はないけど』の代表ではなかろうか。歯に衣を着せる気が無い人だ。
「……先輩? 大丈夫ですか?」
ぼーっとしている隼百に来己が苛々とした口調で気遣う。
「ん? ああ……。平気だよ。それより室長さん、陰蔽って良い案じゃないかな? 皆さん大変そうだし、オレひとりが消えて丸く収まるならそれで行きましょうか」
「え?」
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