異世界オメガ

さこ

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03 嘉手納支所

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 がこんがこん、列車の走る音が聞こえる。

『クリア』 がこんがこん。『クリア』 がこんがこん。
 列車じゃあないのかも。音が違う。がこんがこん。
『クリア』『クリア』 工事現場並にうるさい。『オールクリア』 全然クリアに聞こえない音声。『召喚システム執行完了しました』 がこん。『シャットダウン。これより待機モードに入ります』 ごうんごうん。ごとごとごとごと。

 ──わかった。

 洗濯の脱水する時の音だこれ。轟音からして、相当でかい洗濯機。ごとごとがたがた。しゅうううう。脱水が終わり洗濯機が止まった。

『御目出度う御座います。通算13652回目、当施設──アルファ協会付属召還学会日本支部嘉手納かでな支所に置いては本日2度目の召還成功です。速やかに対象の歓迎を行って下さい』

 どこか機械的な音声が告げ、ようやく静寂が訪れる。

『……どこが成功? 誰もいないようだけど?』
 こちらは人間の声。
『こっちに聞かないで下さいよ。成功と宣言してるのは人じゃない、マザーコンピューターです。それに嘘じゃないですよ。データー上ではしっかり成功を指してる』
『データー上では、ね』
『実体がどこにも顕れませんね。やはり暴走かな』
『……妙だよな。システムが勝手に動いた揚げ句に魔方陣は空っぽって。コレもしマザーの故障なら中央が先に気付くよな? それとも魔方陣自体が故障してるのか?』
『破損してたらマザーが気付くよ。実際、1人目は順調に済んだんだ。つまりは、何もわからんね。下請け支所の権限じゃ、魔法陣の中身は弄れないからなあ。点検兼ねて書き換え許可くれないかな』
『室長は魔方陣弄りたいだけじゃないですか』
『休日で人が足りない時に限って事故があるよね』
『まだ事故とは確定した訳じゃ……要検証ですかね。中央に問い合わせますか?』
『その前に主任、サークルの外に出現した可能性を考慮。貴方たちのチームで研究所内部を捜索なさい』
『はあ? あり得ないでしょ。魔法陣の外側に召喚される訳がない。捜すだけ無駄です』
『念の為の確認は必要。仕方ないでしょ陣の中に居ないんだから。データ上だろうがマザーが成功だって結論を出した以上は捜さないと責任問題になる。幸い、研究所は結界で覆われているから捜索範囲は敷地内だけで構わないよ』
『充分広いじゃないですか!』
『あり得ないですってば。魔方陣は招いたモノが外に出ないようあるんですよ』
『んなこた知っとるわ。誰にモノを言ってんの』
『横暴な室長にです』
『グダグダ煩い。じゃあ誰か、成功なのに居ないって、その原因を説明出来る? 出来ないなら捜しなさい』
『捜しますよ。捜せば気が済むんでしょ?』
『文句言いたいのはこっちの方だよあーもー。今日は日が良かった筈なんだけどな』
『へえ。条件が良い日なんてあるんですか』
『友引だし? 一匹目のどじょうが二匹目を連れてきてくれるかなって』
『それでシステムの暴走を止めなかったんですか……室長は科学の最先端にいるのにくだらないオカルト好きですよね』
『この業界そういう人多いんじゃない? そもそもオカルトを仕事にしてるじゃんか。主任だって同じでしょ?』
『オカルト言わないで下さい召喚は科学なので』
『え。科学じゃあないだろ』
『科学です! そもそも日が良いってだけで調子に乗ってシステム暴走止めなかったんですか? 休日だってのに二度も大規模システムを動かして、揚げ句の果てに失敗とか。これ一体いくら飛んだんです? 次の予算貰えなくなったらどうすんです』
『心配ないだろうよ。うちのスポンサーはコレの予算には寛容だ。金に糸目を付けてないから嘉手納うちみたいな支所があるの。そんな事も知らない?』
『瑣末事を考えるのは実験屋の仕事じゃないんで』
『難癖付けたいだけか? 喧嘩なら買うが?』
『喧嘩は止めて下さいよ。でも室長、捜索って監視室を使うのは駄目なんですか?』
『え?』


 ──五月蠅うるさいな。

 意識が浮上した隼百が最初に思ったのは、その一言だった。怠くて頭を持ち上げる気にもならない。

 会話の発生源は、眼前に広がっているテレビだ。
 アパートの自室にある古いモニターより大画面で、画質も鮮明。正直羨ましい。今の隼百にはやかましいBGMでしかないけれど。

 でも一番耳触りなのは、自分の呼吸か。
 努めてゆっくりと息を吐く。

 テレビの向こう側がどんなに喧しかろうが、自分がいるのは暗くひとりきりの部屋。床に尻をつけて蹲っている。しばらくして意識がはっきりしてきて自覚する。

 ──つまりオレは目が覚めたって事か。僥倖。
 気分は悪くない。頭の上には疑問符が大量に浮かんでいるけども。

 あらためて目を開いてみても、やはり眼前にはモニターが広がっている。
 眼前に広がるって表現を使うなら、それは山とか海とかの雄大な景色であってほしい。けど今視界一面にみえるのは複数のモニターだ。こういうの、NASAの映像とかで見たような気がする。窓一つ無い室内。照明の落とされた中でチカチカと目に眩む、色とりどりの光。仰々しく誰もいない部屋はどこか冷たい。
「うっすいテレビ」 独りごちる。「……さむ」

 掠れた声しか出ない。そりゃ寒いよな。だって……いや、夢の続きだこれは。隼百は思考を無理矢理断ち切る。自分の現状は考えてはならない。
 夢にしては床の冷たさの感覚が生々しいけれど。
 気のせいだし。ほんと。
 きっとまた夢なんだ、夢。
 ……。
 夢じゃないなら……ここ何処だ?

 ようやく浮かんだまともな疑問。


「『警備室の存在を忘れるなんてあり得ます?』」
 ──と、
 それまでとは違った立体音響に、隼百の注意がモニターに戻る。

「逆に聞くけど普段使わないモノを覚えてる必要ってある?」
「必要な時に思い出して下されば充分なんですけどね。でもどうして警備室が無人なんですか? 人員不足でもないでしょうに」

 ドラマにしては貧相なカメラワークだな。
 なんて考えると同時にこれがドラマなわけがないとも感じてる。クリーム色した無機質かつ近代的な廊下を歩いているのは30歳から50歳ぐらいの……さっきから喋ってるのはこの連中か。
 おっさんの中に、おばさんひとり。全員、田舎の休日の地区の草刈りみたいな野暮ったさ。
 地区行事の方がマシかもしれない。おばさんはすっぴん。髪はゴムのひとつ縛りで飾る気がないし、おっさん共は揃ってよれたポロシャツ&ゴムのイージーパンツ。幾人かは無精髭で、幾人かは寝癖が酷い。会話からすると会社員だが……会社員か? ラフすぎる。

「人手不足だよ」 おばさんが言う。「信頼できるような人手はね。機密だらけの支所だ。有象無象のセキュリティー会社なんかには頼めないでしょうが。情報漏れる方が面倒だよ。それに、監視に人手を割く必要はない。知っての通り、マザーのシステムは万全万能だ。人の目なんざ逆に邪魔。って言われたよ以前」
「じゃどうして警備室なんてあるんですか」
「昔の名残だろ? 初期の頃はひとり召喚する為に四桁近い人数が動員されてたんだ。それこそ関係者が根こそぎ駆り出されてたって話でね。でも今どきは休日出勤数人の片手間。スゴいよね。召喚システムなんて日々進化してんだからお役御免になる物だって出来てくるよねえ。私が来た頃なんて、まだ広場で召喚だったのに」

 隼百は唐突に気が付く。この声。モニターからだけじゃなく、直接聞こえてるのだ。この部屋の外──廊下から。

「誰も興味ありませんよそんな大昔。室長、微妙に話逸らしてません? 隠し事ですか? 不要な設備ならすぐ撤去したらどうです?」
「昔ってまだ10年しか経ってないわい! 撤去は出来ない。いいじゃないか。施設内の映像ならあそこで8760時間分の閲覧が出来る。手掛かり位は見つかるだろ」
「撤去出来ない? ……施設中の映像を1年分も? まるで職員を監視してるみたいですね」
「正解。これはそういうお仕事。広い施設中を捜し回る手間が省けただけ良かったと思いなさい」

 廊下にいくつか扉が並んでいるが、集団はそのひとつで立ち止まった。声はさっきよりも近付いてる。先頭を歩くひとりが取っ手のないドアの横の壁に手を翳すと隼百の目に光が差し込んだ。

「っ誰だ!? ここで何をしているぅえ!? 間違えました!」

 突然開いた入り口に、光を背負った人が立ち勢い良く怒鳴ってきたと思ったらあっという間に引っ込んだ。
 シュンと扉が閉じて再び暗くなる室内。

 本当、騒騒しいな。何なんだよ?

 ──じゃないわ。やっべえ。

 さっきまで見てたモニターに視線を戻す隼百。
 やはり今の男が若干青ざめた表情で映っている。つまりはアレが扉の外の景色。彼の背後には、腕を組んで立っているおばさん。
「何やってんの貴方? 開けた途端に閉めたらまたロック解除しなきゃいけないじゃない」
「いいいいました!」
「ゴキブリ? 見間違いじゃない? 虫はいないよ」
「違います」
「海賊?」
「違います探し人ですよ! 他に無いでしょうが!」
「……尚の事、んなとこに出るわけないじゃない。こういう機密性の高い部屋は魔力登録型認証キーで施錠されている。市井には出回らないでしょ魔力キー。それ以前に、外部から敷地への侵入は不可能……ってまさかそこに召喚されたって事か? 有り得ない! 面白い!」
「室長、理屈は後に。早急に保護するべきかと」
「それはそうだね」
「駄目です駄目! 入室禁止です!」
「はあ?」
「あのひと、何も着てません!」

 扉の向こう側にいた全員がビクッとして動きが止まった。

 ……うん。
 隼百は膝を抱える。
 裸、見られたわー。

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