騎士学生と教官の百合物語

コマドリ

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第7節 過去編 人魔大戦 キールとマサキ

第188話 包み込む優しい温もり

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薄暗い石壁に簡素な寝台。部屋の正面は格子。

1人用の囚人を捕らえる部屋であることは確かだが、小さな騎士詰所ほどの広さがあるようだ。

部屋全体は暗く角がはっきりとみえない。

悪夢のような出来事が経過し、硬い寝台の上で、彼女は1人 目を覚ました。


身体は装備を剥ぎ取られ全裸のまま。

ところどころが運ばれた時にに薄汚れたのか、鉄のくすんだ黒誇りが彼女の身体を汚していた。

静寂がその場を支配する。

そんな中、抑揚のない声が木霊する。


「……無様な姿。今の貴女を見て、王国騎士と思う人はきっといないでしょうね」

カツ、カツ……と、靴の踵の音が響く中現れた者。

王国騎士団の鎧姿の女性。

黒色の髪に金色の瞳に冷たい印象を与える顔立ち。

マサキ=ジェイド=サーティナー

ここにいるはずのない人物だった。

ーーーー

オーレリア「……ぅ…さぶ…い…ここ…は…?」

私が目を覚まし辺りを見回す…どうやらここは牢屋といったところか…

裸で寝台の上に放り出されいたからか身体が少し冷えて…しかもあちこちが汚れている…

惨めだな…と自分の弱さから招いた姿に乾いた笑みを漏らす…本当に情けない…

だけどすぐにそんな気持ちを抑え…私は思考を始める…私は…あの後…どうなって…?


オーレリア「えっ…この声は…っ…マ、マサキ…隊長…!? ど、どうしてこんなところに…オフェリアさんと一緒では…?

いや…今はそれより…マサキ隊長…ランやスリスさまたちは無事なのですか!?」

私は現れたマサキ隊長に驚きを隠せず…なんでここにマサキ隊長が…

いや…それも疑問だが…とにかく今はランたちが心配だ…私は立ち上がりマサキ隊長の近くまで向かう。

ーーーー

「オフェリア?…誰ですか、それ。

というか…珍しい。

会ったことがあるんですね、禁忌の魔女と。

いつも顔をフードで隠す陰気な人なのに」

その冷たい印象を与える顔立ちに、僅かに驚きの表情を浮かべるも普段のマサキとは何処か雰囲気が異なり、口調も異なる様子を見せる。 


「……はぁ…。落ち着いて下さい。

全く……まずは、自分の心配をするのが先です。

仲間のことはその後。

進むにしても諦めるにしても、貴女がしっかりしなければ。

……そこに座って。

こんなに汚れて……馬鹿ですね。」

スリスやランの行方については答えず、悲しげな視 線を向けながら優しく彼女の手を握る。

やがてそれを離すと、懐から白のタオルを取り出すと携帯用の水で濡らし、初級魔法の火球魔法を小さくしたものを当てる。


「……力を抜いて下さい。

今は深夜。

アグレゴ様はお楽しみ中につき、暫くは来ません。

さ、瞳を閉じて楽にして…」

首もとに触れた暖かいタオルが彼女に温もりと安らかな気持ちを与える。アグレゴの圧倒的な恐怖を忘れれるわけでも、自分の無力さが薄れるわけでもない。

それでも僅かながらの安心感がオーレリアの身体を満たしていく。

数枚のタオルを使い、首元、背中、腕……彼女の身体が綺麗になっていく。


「さ、次は胸です。

もう少し、背中を張りつつ私に突き出して」

ーーーー

オーレリア「えっ……その反応…もしかしてそなたは…マサキ隊長ではない…のですか…?」

問いかけによる彼女の反応を見て…私は首を傾げながら戸惑いを見せ…

姿はマサキ隊長とそっくり…というか全然 違いがわからない…しかし…どこか私の知ってるマサキ隊長と雰囲気が違うような…オフェリアさんのことも知らないみたいだし…。


オーレリア「いや…でも…私は今すぐにランたちのところに戻らなければっーーあっ……わ…かった…すまない…取り乱してしまって…。」

自分の身などどうでもいい…今度こそ…今度こそは絶対に取り零すわけにはいかないんだ…

そう思っていると…彼女に手を握られ…その手の温もりと…彼女の言葉で冷静さを取り戻す…

そうだ…彼女の言う通りだ…今は私がしっかりしないといけない時なんだ…諦めるわけには…絶望するわけにはいかない…。


オーレリア「っ…そう…か……んんっ…っ…あり…がとう…。

ん…胸を突き出すとは…こ、こうでいいか…?

しかし…そなたはいったい何者なのだ…? マサキ隊長にそっくりなのもそうだが…なぜ私なんかにこんなことをしてくれる…?」

お楽しみ中という言葉を聞き…勝手に身体が震えてしまう…

私が『代わりにする』はずだったのことを意識してしまい…今更 恐怖と…

そして…どこか安心してしまった自分がいて…その嫌悪感に苛まれる…

私は本当に情けなくて…弱くてだめな奴だ…騎士…失格だ…。

自分への怒りと無力感でいっぱいでいると…彼女がタオルで私の身体を拭いてくれて…

その温もりと優しさに…瞳を潤ませ…私は彼女に全てを預けて…言葉のまま身を任せる…

今の私は優しくされる価値などない人間だ…けど…温かい…な…。

ーーーー

「ふ……♪いい加減に、しっかりしろ。

俺の顔すら忘れたのか?

お前はそんな脆い騎士じゃなかったはずだ、オーレリア=イークレムン」

彼女は一瞬笑うと、雰囲気をガラリと変えてぶっきらぼうに話しかける。それは、まぎれもなくオーレリアの知るマサキの立ち振舞いそのもので。


「……とまあ、こういう感じなんでしょ?

私も見たことがありますし、よく知ってます。

そう、いい感じですよ。

デリケートな部位なのでもし痛かったら、きちんと申告して下さい…!」

また元の雰囲気に戻ると優しく彼女の肌を綺麗なものにする作業を続ける。

その際に彼女は、オーレリアの瞳から僅かに零れる涙を見て作業を続けながらも、少し考えこむ様子を見せる。

そして一度、作業を中断すると今度は自分の硬い鎧を脱ぎ捨て上半身は黒色の下着姿のみとなる。

たいして表情を変えない彼女は、そのままオーレリアの顔を両手で掴むと自分の胸へと抱き寄せ、優しく包み込む。


「怖かった、ですね……。

あの頼れるものがいない、悪意そのものが支配する場所で貴女はよく頑張りました。

あの時、貴女は自ら奴隷になることを誓ってまで仲間を守ろうとした。

誰にもでも出来ることではありません。

……弱いものは、自ら消えることを選択する。

仲間を売り、自分だけでも助かろうとする。

あるいは、心を憎しみで支配され自分で自分を否定してしまう。

貴女はそんな中、自らが屈辱にまみれる道を選んだ誇り高い人なのです。

確かに状況を好転することは出来ていません。

ですが、貴女のその人となりは、高潔さは、それだけで価値があるのです。

確かに……アグレゴ様は、怖い。 

あの悪意に触れてしまった人は、必ず恐怖する。

きっと、貴女の身体の震えはとまらない。

ですが……自分を見失わないで下さい。

『キール=ゴールドウィンを必ず助ける』

そう……貴女の心に誓ったのでしょう?

簡単に、自分を捨てていいんですか?」

子どもを安心させるように、彼女の頭を撫でながら、暖かな言葉を彼女に掛け、芯のある激励ともとれる言葉を投げ掛け、優しく諭す。


そうして彼女が落ち着いたと見ると、手を離しながらタオルを新しい温もりがあるものに変える。

そのまま彼女の身体を綺麗にする作業を続けながら、初めてクス……♪と薄く、ほんの僅かに笑う。

「それで?私が『誰』なのか、わかりましたか?」

ーーーー

オーレリア「っ…!? ……すまないがそなたのことがもうマサキ隊長にしか見えない…

というかもう違和感しかないぞ…マサキ隊長が私の身体を拭いてくれるわけがない。」

彼女の演技を見て私は…実は彼女はマサキ隊長じゃないのか? とジト目になる…

確かにマサキ隊長は厳しいが実は優しいところもたくさんある…が…さすがにここまではしてくれないと思う…

マサキ隊長なら魔法で派手にやる…なぜならキール隊長とのやりとりで見たからな…

まあ…あれはキール隊長がマサキ隊長をからかった結果かもしれないが…。


オーレリア「えっ…よ、鎧を脱いでいったい何をっーーあっ………っ…どう…して…そなたが…そのこと…を…?

……マサキ隊長の姿でこうされてると不思議な感じ…だな……すま…ない…少しだけ…そなたの胸を…借りる…。」

いきなり下着姿へとなった彼女に私が戸惑っていると…

頭を優しく撫でられながら…包み込む暖かさと…温もりのある言葉を掛けられ…

私の胸の中の…心が…温もりで満たされていき…堪えていた涙が零れる…

言葉がでない…ただ…彼女の腕の中で私は震えながら泣いてしまう…

男たちに囲まれ見せ物にされ…穢され壊されていく…そうなるのは本当は怖かった…だけど…それよりも…

また私が弱いせいで誰も守れず失うのが…自分が死ぬより…それが一番辛くて怖かった……。


……私がひとしきり泣き終わる頃には…

彼女の紡いだ言葉で…心に憎悪とは違う…確かな輝きの焔が灯る…

キール隊長の未来を取り戻す…

そうだ…私はこんなところで果てるわけには…立ち止まるわけにはいかない…

私は…キール隊長を向かいに行かなければならない…そのためには…この手で道を切り拓かなければならないんだ。


オーレリア「……ん…あり…がとう…もう大丈夫だ…うん…私はもう大丈夫だ…。

ふむ…そなたが…誰なのか…か…

この戦時の状況で…しかも私たちが囚われているのを知っている者など…

それに加え…私だけの『誓い』を知っている者など…いるはずが…

…すまない…心当たりは少しあるが確実な確証は得られない…その…つまりはそなたが誰なのかわからぬ…申し訳…ない…。」

確かめるように『大丈夫』とつぶやきながら…私は彼女にお礼を言う…

一度染み付いた恐怖はそう簡単には拭えない…だけど…私には確かな目標がある…

仲間たちを守り抜いて…この戦争を乗り越え…その先に待つキール隊長の手を掴んで彼女を連れ戻すこと…

どんなに困難な道だろうと…その『誓い』だけは捨てるわけにはいかないんだ。

彼女の微笑みを見ながら私は考え込む…

リンゴ殿は…ないか…呆れられても仕方がないことをしたからな…嘘をついて…しかも忠告まで無視したのだから…何より彼女が私の『誓い』を知っているはずがない…

残る心当たりといえば…リーゼの時に助けてくれた女性しか思い浮かばないのだが…

しかし…彼女はこれが最初で最後になるかも…と言っていたし…これもないか…?

少し考えた後…わからなかった私は素直に彼女に謝った。

ーーーー

「いや、そこまで謝らなくても…。むしろ、この段階で正体を知られていたら、それこそ…『コレ』をつけていた意味がありませんからね」

申し訳なさそうに謝るオーレリアに、少し戸惑いつつ、さして気にする様子もなく左手で腰元の雑嚢から『鬼の仮面』を取り出し、顔元に嵌めると呼応して鎧も『近衛騎士』のそれにデザインやカラーリングが置き換わる。


「だから言ったでしょう。『貴女はもう終わり』だと……『イークレムン小隊長?』」

先ほどまでとは、声質も変わり天幕でオーレリアが目撃したままの自身の姿を披露。

自分の身元にオーレリアの理解が追い付くのを確認すると、仮面を外し鎧も、もとの通常騎士のものに変わる。


「全く……単純馬鹿にも程がある。アグレゴ様のような卑劣な手段を用いる輩には、貴女の真っ直ぐなお人好し具合はかっこうのエサだと言うのに。

挙げ句の果てには、奴隷全員の粗相を1人で背負うと言い出すとは……

キール=ゴールドウィンに会う前に廃人になるつもりですか。私はどうでもいいけど、怒りで思わず手が出てしまいましたよ。謝りませんが。

……まあ、そんな貴女だからこそ、キール=ゴールドウィンは愛と信頼を置いたのでしょうね。

……さあ、これでいいでしょう。

汚れは拭き取りました。少しは落ち着きましたか?」

ーーーー

オーレリア「む…その仮面は…っ…こ、これは……驚いた…まさかその仮面にそんな効果があったとはな…。

なるほど…あの時 私を蹴り上げたのはリンゴ殿だったか…うむ…あれは実に良い一撃だったぞ…なんせたった一発で意識を完全に断ち切られたからな。」

マサキ隊長のそっくりさんがリンゴ殿であったことを知り…私は驚きを隠せない…

可能性は考えたが…まさか本当にリンゴ殿だったとは…しかし…帰ったはずでは…?

あの時 お腹を蹴り上げたのがリンゴ殿だったことを知り…見事な蹴りだったと褒める…

そして…心の中でリンゴ殿に『感謝』をする…自分を助けてくれたことを…

その分 自分だけ助かり…他の者に負担がいってしまったのが…複雑な気持ちでもある…

そして…ランを1人にしてしまっているのが気掛かりだし…スリスさまのことも心配だ…

だから本当のお礼はその時に言おう…みんながちゃんと助かった時に…感謝を伝えよう…これは…歩みを止めないための誓いだ…。


オーレリア「……愛と信頼…か…ああ すまない…迷惑をかけた…

しかし…なぜそなたがここに…? 元々ここがどういった場所なのかを知っていた様子だっだのもそうだが…

私はそなたの忠告を無視したうえに嘘をついたのだぞ…失望されたと思っていたのだが…。

あと疑問はもう2つほどある…なぜそたなはマサキ隊長と同じ姿をしているのだ…?

そして…リンゴ殿はなぜ私とキール隊長の仲を…私の…隊長への誓いを知って……

……いや…それより…まずは言うことを忘れていた…リンゴ殿…私の身体を拭いてくれて…私のことを抱きしめてくれて…本当に…ありがとう…心からそなたに感謝をする。」

いろいろと疑問などがあるけど…まずは言わなければいけないことがある…

私に…優しい温もりをありがとう…

頭を下げて…私はリンゴ殿にお礼と感謝の気持ちを伝えた。
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