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第7節 過去編 人魔大戦 キールとマサキ
第164話 千の顔を持つ英雄と黒騎士
しおりを挟む蒼き光は勢いよく包帯顔を呑み込み、強烈に壁に叩きつけた。
衝撃で土煙が舞い上がり、叩きつけられた地点を中心に壁面に亀裂が走ることからも威力の高さが伺える。
リーゼ「お~お~。これは退散に限るねぇ。
ボスの能力…『千の顔を持つ英雄』は、エッグい。
巻き添えは御免被るよっと」
既に待機していたフェアラートと2個の棺とともに、設置型の転移魔法陣を起動させて移動を試みたため、陣の内部が発光を始め、彼女たちは足元から粒子と成り姿を消し始める。
マリスミゼル「くっ!させるものですかっ!『青薔薇の糸帆』!」
盾を構えたフランの背後から『薔薇の蔓』が魔法陣に迫る。
マリスミゼル「…っ…!!」
しかし棺は既に二個ともその姿を粒子に変え転移を終えようとしている有り様。
どう見ても二個とも引っ張り上げる時間はない。
どっちにエリシアが……!
一瞬、蔓が停止するも右の棺に蔓を絡みつける。
マリスミゼル「あぁああ!!」
渾身の力を込めて蔓を引っ張ると、棺がゴトン!と音を立ててフランの目の前に落ちる。
しかし、その合間に残されたもう1つの棺、リーゼ、フェアラートは姿を消す。
落とされた棺の鏡面部からは、昏睡状態の……
エリシアの顔が見えた。
オフェリアを助けれなかったことに心が痛むが、今はそんな悠長な時間的余裕など存在しない。
背筋を冷やす強烈な殺気がピリピリと空気を揺らす。
始まるのだ……戦が。
『邪魔だてすれば容赦はせん、小僧ども。』
土煙が吹き飛ばされた中、包帯顔は大槍を自身の正面に思いっきり突き刺す。
すると魔法陣が展開され、そこに大量の魔力が込められ始める。その魔力は人間の魔導士がいくら束になったところで敵わない物であり、どんな奇蹟すら呼び起こしてしまう物だった。
「愚かにも我に刃向かう人の子よ。
どの『時間軸』も最初は似たような反応を示す。
ああ……貴様たちも居たぞ。
フォウ=ウイング。
シンドバット。
……忘れるはずがあろうか。
貴様たちは仕留めるまで最も苦心した。
しかして……だ。
主らを含めそのような愚か者は我が改宗させた。
我の教えに屈服した者らは、我への供物となる。その魂と肉体の記憶は全て我に捧げられるのだ。
永久に縛られる刻印をその身に刻み込む誉れを代償にな」
言葉と共に、魔力を解き放った。
光の炸裂と、音の反響。
紫色の煙が生まれ、視界を覆った。
そして、その煙の内側に数人の人影が出現した。
段々晴れて行く煙の向こうに、顔が見えてくる。
最初に見えたのは……
マリスミゼル「せ、聖女様……?」
禍々しい黒法衣を纏い唇には紫の色を差しているものの、間違いない。
腰元に聖剣を帯びて歩み、優しげに微笑む彼女は見間違えようもない。
教会騎士団筆頭にして、人民の光。
人類最大の魔力量を持つと言われる優しき御心。
サクヤ=ウギ。
「……おや。ふふ♪
お久しぶりですね。
フォウ殿。
シンドバット殿。
ご健在のお姿を拝見できてとても嬉しく思います」
ーーーー
フラン「姉さま! ご無事でよかった…でも……っ…!」
フォウ「……あやつと出会った オフェリアなら大丈夫じゃろう。
囚われる最後まで目が死んでおらんかったからの。
であるから2人とも 今は目の前のことに集中するがよい。」
シンドバッド「……この老いぼれの言う通り あの吸血鬼を『救える場面はまだある』から安心しろ。
学生騎士は守りだけを考えておけ。集中しなければ命はないぞ。」
親愛なる姉であるエリシアを取り戻せたことに喜ぶフランだが、救えなかったオフェリアのこともあり顔には複雑な様子が浮かび…
そんなフランたちの心情を気遣いながらも剣の構えは崩さず、フォウたちは包帯の人物から目を離さないでいた。
その包帯の人物から放たれる殺気にフランは恐怖を感じて軽く震える…それでも戦意は失わず、マリスミゼルの前で盾を構えた…
騎士学生の身でありながら姉のエリシアを助けたくてマリスミゼルに同行していたフラン…
最年少で騎士候補生になった彼女だが、戦力としてはマリスミゼルたちには遠く及ばなく…この場にいること自体まだ早いのだ。
シンドバッド「はっ…何を言うかと思えば…『この我』は『他の我』とは違うと知れ。
そのために『ある奴』に鍛えられたのだからな。」
フォウ「儂はこやつと違って『そんなもの観えん』が…諦めの悪いのが人というもの…
今を足掻きながらも懸命に生きている者らの未来を奪わせはせんぞ。」
人や魔族…人種も生まれも関係ない…
全てを自分色に染めて管理しようとする包帯の人物を止めるため、何より未来ある者らのために2人は啖呵を切る。
フラン「えっ…あの人は…確か教会の…。」
シンドバッド「ほう…それが貴様がいう『時間軸で下し…屈服させた相手の記憶』とやらの産物というわけか。」
フォウ「これは…なるほどの…『千の顔を持つ英雄』とはよく言ったものじゃ。
リーゼの相手を下し 転写して行使するのとは違う能力…それでいて贋作ではなく『本人』のようじゃのお主。
まあ…この世界のサクヤではないがの。」
フランとマリスミゼルが困惑する中…
フォウたちは目の前で起こったことを狼狽えることなく分析していく。
ーーーー
サクヤ「フォウ殿、ご安心下さい。
こちらの『私』と今、ここで佇む『私』。
さして違いはありません。
あまねく人民の光でありたいという願いはこの胸にあります。
ただ、私は愚かにも無垢で何も見えなかった。
人はあまりに醜い。
上位の存在が管理しなければ致し方ありません。
そうしていれば、クラリッサが愚かな人民たちから無数の剣を受けることもなかったでしょう。
……ああ、すみません♪
あちらの世界のことはお分かりになりませんね。
ふふ♪とっても笑えるお話ですよ♪
向こうでは……私たちの勢力は敗北。
私とクラリッサは、人民が観客として集められた闘技場に連行されました。
それぞれ柱にくくりつけられ、向かい合わせに縛られた私たちはその時まで……信じていました。
人の正義と気高さを。
しかし、ご主人様は気付かせてくれたのです。
『人間よ、人の子らよ。
縛られた『片眼鏡の女』を剣で突き刺せ。
一回ずつでよい。
突き刺せるところがなくなったならば、今度は『聖女』の番である。
出来ないと申す人の子らは削除する。
出来た者から、解放しよう』
このたった一言のみで♪」
クスクスと楽しげに笑う彼女は穏やかな笑みこそ浮かべているものの、話の内容とのギャップから不気味な雰囲気が辺りを支配する。
サクヤ「…………フラン。震えていますね。
大丈夫……ここには、あの2人も居ます。
私も居ます。そしてエリシアも……♪
大丈夫、必ず、大丈夫です」
盾を構える彼女の肩に手を置きながら励ますも、聖女は語る。
サクヤ「私は必死に『止めて下さい!』と頼みました。
『クラリッサに酷いことをするなら、私に!私に剣を刺して!お願いします!!』とも。
だって、私とクラリッサは人民の為に戦って、私たちが守っていた者たちです。
ふふ♪それが…♪
彼らは私の懇願など気にもとめず、次々に彼女に剣を刺していくのです。
そうして自分たちだけは、暖かいお家に帰るのです。
守ってくれた人を踏みつけて。
ふふ♪面白いでしょう♪
私たちが戦った意味なんて、何1つなかったのです
これが大変、滑稽で♪
笑わずにはいられません♪
ふっふっふ……♪」
聖女は口元を隠しながら屈託なくひとしきり笑うと、自分が笑い過ぎたことに少し頬を赤らめながら、咳払いする。
サクヤ「すみません、私としたことが人前で大笑いなどはしたなかったですね。
少し前のこととはいえ、大変面白い話なのでついつい気を緩めてしまいました。
話を切り替えましょう♪
私から提案です。
フォウ殿、シンドバット殿♪
共にご主人様に仕えましょう。
お二人ほど強力なお力があれば、ご主人様の支配も随分容易く進みます♪
ご心配なさることはありません。
ご主人様には、いずれも手練れの部下がついております。
物足りなくなることはありませんとも♪」
『……この女の言う通りだ。
我の【コレクション】は実力や容姿等、厳選を重ねた貴重な者たちを格納している。
この女もコレクションの中では、レベルが高いほうではある。
お前たちもその名誉を受け入れよ』
ーーーー
フラン「っ…そ、そんなの…ひど…い…。でも…その話では…お2人を苦しめたのは…。」
シンドバッド「ふん…そう仕向けたのは そやつではないか。」
サクヤの語りを聞いて、フランは心から彼女たちのため悲しみ苦しむ…
確かに…命をかけて 守ってきた人たちに大事な人を奪われた…
そんなことが目の前で起これば心が壊れてしまっても仕方がない…
しかし元を辿ればそうなったのは…包帯の人物ではないかとフランとシンドバッドは言う。
と、そこへ…
「……この『時間軸』ではついにサクヤさん まで敵として現れるんだね。…お前はどこまで人の心を踏み躙れば気が済むんだ。」
どこからか女性の声がしたかと思うと…
顔や全身 全てを漆黒の鎧で身に纏い…
『黒の大剣』を持った謎の人物が現れた。
その現れた人物の正体は、包帯の人物ですら中の者が誰なのか『わからない』ようで…。
シンドバッド「アズライールか…待機しているようにと伝えたはずだが。
なんだ…我のことが信用ならんか?」
アズライール「別に加勢しに来たわけじゃないわ。ただ見届けに来ただけよ シンドバッド。
あなたには私が『知っていること』を全て伝えたわ…『この世界でのあなたがダメなら、私はまた旅を続ける』だけよ。
……『私から大切な人や全てを奪った』…そいつを倒せる日までね。
だから…『この世界に生きるあなたたちの可能性』を私に見せて。」
漆黒の鎧の下から深紅の眼を光らせいる…
その睨みつける女性の瞳には…『憎悪』と『信念』のみが写されていた。
シンドバッドが包帯の人物たちのことを知っていたのは『千里眼』や『導き』のみではなく、どうやらこの女性の影響もあるようで。
シンドバッド「ふん…貴様に言われなくても『今を歩む者』として示してやるさ。
聖女よ。貴様の悲しみがどれほどか 我にはわからん…それについてはアズライールの方が知っているかもしれん。
だから我たちにできることは…。」
フォウ「そうじゃの…せめて儂らの手で止めてやろう。
そして…お主たち若い者たちを守れなかった業を背負いながら、その元凶を屠ることでその手向けとしよう。」
漆黒の鎧の女性の言葉を聞き…
全ての元凶たる包帯の人物を倒すため…2人は黒サクヤと包帯の人物の目の前へと立ち…シンドバッドは包帯の人物に剣戟を浴びせ…戦闘が始まった。
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