騎士学生と教官の百合物語

コマドリ

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第7節 過去編 人魔大戦 キールとマサキ

第163話 管理世界と抑止の体現者

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「ふはは! 囚われの想い人を前にして その手際 なかなかよ…ますます気に入ったぞ。

此度はたまたま共闘する形となったが…その想いのために我も存分に力を貸してやろう。」

「やれやれ…簡単に囚われてしまうとは 相変わらずのポンコツ具合じゃわ…まあ少しはよい眼をするようにはなったがの。

そこのポンコツ吸血鬼は一応 儂の部下となっておるのでな…ギルドマスターとしてどこぞの素性もしれぬ者に渡すわけにはいかんの。」

マリスミゼルの合図とともに白い光とマリスミゼルの間に現れた2人の人物…

1人はギルドの長であり オフェリアの保護者であるフォウ=ウィング…

もう1人は金髪で黄金の鎧を纏った男性。


そしていつの間にか マリスミゼルのそばに…

騎士候補生の騎士服を身に纏った…

エリシアと同じく蒼色の髪…ショートボブで…グリーンの瞳をした…

小柄な少女が剣と盾を持って立っていた。

「エリシア姉さま…ご無事…ではないようですが…本当に間に合ってよかったです。

フランたちが必ず助けますので…もう少しだけ待っていてください。」


「しかしフォウよ…お前『千里眼』も持たぬくせによくこの流れを掴めたものだ。

禁忌の魔女のいるところに『戦争の表と裏を連動』させる者 現れるだろう…

なるほど『剣理』とはよく言ったものだ。」

フォウ「あやつと会議の場で出会えたことが始まりであろうな。

あやつを守るためにオフェリアを行かせ…オフェリアと共に行動させることで、あやつに接触してくるであろう者の正体を掴む…まあそれだけが理由ではないがの。

まあ今回の狙いはあやつではなく サキュバスの長みたいじゃ…だからこそマリスミゼルと共闘というのもできたのだが。

……まだまだ見えぬこともあるが、今は此奴らを何とかするとしよう…戦争を終わらせるきっかけになってくれそうだしの。」

黄金の鎧の男と会話するフォウ…

オフェリアとマサキを出会わせたことは、彼にとって色々と思惑もあったようだが…

マサキ…そしてオフェリア双方に良い影響を与えることも見越していたようで…。


「くはは…そうだな。我にとってもようやく『追いかけ続けた影』の正体を掴めたのだ…派手に暴れるとしようか。

さて…少し離れた場所で アズライールの奴と我が団員たちに館を見張らせている…走って逃げようとしても逃がさんからな?」

黄金の鎧の男は白い光を睨みつけ…彼ら組織へと啖呵を切る…

彼の正体は ミクや三姉妹たちを率いる傭兵団…『金色の星座』の団長で…

二つ名は『傭兵王』…

名前をシンドバッドという。

ーーーー

『…………?……何故、逃げる必要がある?

糸屑を見つけてもさして何も感じないことと同じように、取るに足らない事態が生起しようと、それは別段驚くことでもない。

ただ汝らを塵芥に介せばそれで済む。

栓なきこと』

現れる。

汚れなき白き光が弱まり部屋に静けさが戻る。

後光が指す中……『ソレ』は居た。


『何かに』跨がってゆっくりとこちらへ近づいてくる。

顔全体に白き包帯を巻き付け表情は愚か髪の毛すら見ることはできず。

纏う魔導服は清浄な魔力を湛え。

その色は一点の曇りない純白で揃えられている。

ただひたすらに光を感じさせる荘厳な雰囲気は辺りをはりつめさせる。


しかし、彼らの眼を引いたのはそれだけではない。

光が晴れて現れたるソレが跨がる『モノ』。

四肢を、顔を。地につけ、ひれ伏し……家畜のように扱われているのはかつて気品と気高さを兼ね備えた、魔王軍の華。

彼女はその長く艶やかであった髪を乱し表情はわからないまま、ボロボロの布切れから覗かせる肌を傷だらけに。

その四肢や脇腹には数本の短い刃物が突き刺さったままなのが、一際痛々しい姿を無様にも晒す。

彼女の性質上、傷口の周辺に触手が蠢き致命傷にはならないものの、自らの主であるソレを背に載せ前進するたびにブシュ……ブシュ……と刃が食い込む音が聞こえる。


マリスミゼル「あの女性…魔王軍、ベアトリーチェ女公爵……!」

「……違うぞ、コレはただの物であるとともに、我が聖の意志に従い侍る一条の光。見よ……賛同する光の同志だ」

包帯の人物は、彼女の脇腹に刺さる刃をグリグリと激しく動かす。

肌が裂け、くぐもった女性の声が聞こえ、悲鳴が上がるものの彼女は抵抗する様子は見せない。

全くの無抵抗で全てを受け入れていた。


「……光の信徒たるこの者は、痛みさえ超越している。

人を最も強く結び付け繋がり合わせる痛みこそが、我らが絆。

我らが目的に賛同し、崇高なる志を実現したい想いが強く、強く。

我らに力を与えたもうのだ 」

包帯の人物が、指先を軽く動かしただけでリーゼを拘束していた蔦が『まるで自分から』緩まったかのように、ほどけ力なく地面に落ちる。


マリスミゼル「…っ!?

馬鹿なっ。何をされたというのですっ!」 

完璧に拘束していたこの魔法は彼女が研鑽の果てに編み出した上級魔法の1つだ。

威力を全て捨て、様々な属性付加と作用を掛け合わせた複合式の高難度魔法でもある。

それを破られた手応えすらなく、簡単に破壊に追い込んだ。

実力の片鱗を感じ取り一気に魔力を杖に込める。

地面を突き破り何本もの木の根が深緑の魔女を囲うように勢いよく現れた。


リーゼ「かわいそうにねぇ……

人間の中では強いかもしれないけど……

格の違いを思い知ることになるよぉ?」

ーーーー

フラン「っ…傷だらけ…それに仲間を物扱いするなんて…ひ、ひどい…。」

フォウとシンドバッド「……。」

包帯の人物の言葉とベアトリーチェの姿に…エリシアの妹であるフランは 怒りの表情を浮かべていた…

戦争で争っているとか人や魔族とか…今の彼女を見たらそんなのはもう関係なかった。


フラン「っ…マリスミゼルさん 私から離れないでください…この盾でお守りしますから…!」

マリスミゼルの警戒具合と自身の肌から感じ取った寒気から…フランはマリスミゼルの前に出て、かばうように盾を構えて警戒し…

しかし男性陣は…。


フォウ「ーーー若いの。」

シンドバッド「ーーーくだらん。」

自分たちの勝ちを確信しているリーゼたちの言葉に対し…彼らはそう言い切った。


シンドバッド「痛みこそが一番の強い繋がりで…それが貴様らの絆だと? はっ…笑わせる。

真なる強者のもとには自然と人が集まり、それらを自身の才をもって導いた者こそが『王』と呼ばれるのだ…

痛みと洗脳による支配でしか反抗勢力を黙らせられぬ貴様が王を気取るな。

そして人を最も強く…一番 深く結びつける繋がりとは『相手を想い合う心』よ…

それをわからぬ貴様が『人』を語るでない。

ーーー神剣 抜剣

裁きの時だ…天地を裂く神たる乖離剣…その身に刻むがいい。」

言葉を紡ぐと共に…世界の抑止たる彼の背中には金色の剣の文様…聖痕が浮かび上がり…

手には金色の剣が収まっており…

神気の奔流が渦巻く神々の武具である剣の切っ先を敵へ向け 啖呵を切った。


フォウ「その尋常ではならざる力…確かに儂らを凌駕しておるのであろうが…

所詮 力や剣は己が一部にすぎない…

それを振るうのはあくまで己が魂と意思…最後にはそこに込めた一条の想いこそが…全てを決する。

我が『翼』をもって『人』の意地というものを見せてやろう。」

言葉を紡ぐと共に…彼の剣の鍔には光属性の翼が現れ…

光の翼 纏う剣の切っ先を敵へと向けながら彼は豪語した。


包帯の人物と視線を交え 対峙する彼ら…

老人と青年は両者の間にある力の差を…魂と意思…精神力と想いで埋めると言い切った。

ーーーー

「…………何か誤解が生起している様子。

我は王に成りたいという思考に至らない。

王になるのは、キール=ゴールドウィンである」

疑問を感じたのか、僅かに首を傾げる。

しかし、包帯で覆われた顔がそうするのは、かえって不気味に見える。


「付け加えれば、人などという下等な存在に成り下がりたいとも考えない。

そして、好んで争いたいとも考えない。

汝らのような血の気の多い輩には、理解することすら絶望的な現実かも知れないが。

我はこの汚れきった世界を。人々を救うという、一条の望みしか抱いていない。

その望みを実現するためだけに、降臨した。

汝らは、その現実を受け入れるべきだ」

相手が武器を構え魔力を練り上げるのを目にしても、特段様子を変えることはない。

その間にも包帯顔の後ろに置かれた3つの棺はフェアラートたちに抱えあげられ、収用するために運搬が始まる。


「考えても見よ。

そこの娘は吸血鬼とな。

棺から流れる記憶によれば、惨いものばかり。

人は娘に……子どもでもあった彼女に。

愛情を。笑顔を。喜びを……。

そんな当たり前のことを与えたもうのか?」

僅かに。

だが確実に怒気を孕んだ声色で話を続ける。


「……否。断じて否である。

ただ吸血鬼であった。その一点のみで。

人は娘に。

力を込めた拳を。冷めきった視線を。

そして……鋭く光る十字架と剣、聖水を与えた 。

心ない言葉と行動には、より力がこもる。

いったいどれだけ娘は傷ついたのか……

本来であれば、子どもはすべからく庇護の対象。

未来への希望そのものであろうに。

この現実は正しいのか?

かわいそうなオフェリアは、ボロボロにされて仕方なかったと終わらせるのか?」

哀れみの視線を運ばれていくオフェリアの棺に向け、そして彼らに再び向き直る。


「……この事からも、お前たちがどれだけ愚かで残酷な生物ということが、わかろう?

他の事象も語ればどれだけ、錆が出るものか。

……だが、もう心配はいらない。

この我が降臨したからにはキール=ゴールドウィンと合力して、お前たちを導いてやろう。

お前たち人間には自由は早すぎたのだ。

だから我らが管理してやる。

そして汝らに救いをもたらそうではないか」

ーーーー

フォウ「なるほどの…あやつらの事情がどういったものか見えたわい。」

キールが王になるという言葉を聞き、フォウは見えていなかった部分も見えた様子で。


シンドバッド「くはは…下等に加え管理か…それでは今度は立場が逆になるだけよ…

フィリア=オクスフォード…奴の時代の歴史がそう物語っている。

確かに貴様の言う通り人は時に残酷よ…だがそれは他の種族にもいえたことよ。

俺は人と精霊の間に生まれたハーフだ…両方からそのような目を向けられた事もある身…であるからそこの吸血鬼の気持ちも多少わかる。

しかしそんな中にも…この老いぼれみたいに吸血鬼へ手を差し伸べる人間もいれば、魔族の奴にも人へ手を差し伸べる者もいる…

そのような心を持つ者の数は未だ多いとは言えない…だが貴様に関して言えることはある。

貴様の怒りと悲しみは本物だとは理解した…だが…そやつ ベアトリーチェといったか?

同志であるそやつをそのように扱っている時点で いくらほざこうが…

そして…誰かを『見下してる』貴様に…誰かを『救い』…『導ける』はずがなかろう。」

包帯の人物の話を聞き…シンドバッドは自身のことを話しながら、包帯の人物の言い分もわかるといい…しかし貴様に導くのは無理だと断言した。


シンドバッド「この我が『仕方なかった』などの言葉で終わらせはせん…

貴様に代わり我が人も魔も…種族の垣根もない世界へと導き…

差別がなくなるよう目となり その象徴となって君臨してやる…管理で抑えつけるのではなく、互いが尊重し合える世界にするためにな。」

ハーフだという自身の生まれもあり、包帯の人物とオフェリアの気持ちを汲み取り…シンドバッドは自身の才など全てを用いて『管理』ではない『共存』の道へと導くと答え。


シンドバッド「あらためて名乗ろう…我は人とその他を繋ぐため…そして世界の終焉を阻止するために生を与えられた…抑止の体現者よ。

どちらか一方が管理された未来か…共存して共に支え合う未来か…お互いに『降臨した者』同士…我か貴様…どちらが選ばれるか…決戦といこうか。」

言葉は尽くした…お互いに『望まれた者』同士…あとは両雄の強い信念をもって決するしかない。

ーーーー

「……素晴らしい。

『全て間違っている』

……そこまで明け透けに法螺を吹き。

僅かに我の話の触りを聴いただけにも関わらず。

……愚かにも我らを理解した振りをする汝らには侮蔑の笑みを向けずにはいられん。

感服した。」

包帯顔は抑揚のない声をぶつける。

その外見と合いまって人形のようにも見えた。


「聞こえなかったのか?我は争うつもりはない。

降りかかる火の粉を払うのは吝かではないが。

……何故、我が汝らのような者の相手をしなければならない。

血の気多き人の子らよ。

かように血をその眼に焼き付けたければ、こやつの首を即刻落とそう。

さすれば、杯から溢れだす水のように大量の鮮血が得られよう。

気に病むことはあるまい。

汝らの敵を我が『処理』をしてやろうと言うのだ」

包帯顔は跨がるベアトリーチェから降りると、地に伏す彼女の首もとに向けて何処からか取り出した『大槍』の刃を突き付ける。

銀の刃は獲物を欲するかのように光を浴びて輝きを増す。


「そこで指を咥えて見ているがよい。

我は犠牲を払い、汝らの敵愾心を抑えて見せよう。

その後、踵を還すがいい。

さすれば管理世界において、汝らを迎えてやる」

罪人を処刑する刃のように、大槍はベアトリーチェに向かって勢いよく振り下ろされた。

ーーーー

シンドバッド「我は本気だ。そのために『望まれてこの世界に存在』しているのだからな。

確かに貴様らのことを全て理解したわけではない…だがそれは貴様らもそうだろう? 我たちのことを理解しようとしないのだからな。

1つ言えるのは 目指す世界とその未来も違うのもそうだが…『我』と『貴様』はとことん相容れぬ『存在同士』ということだ。」

シンドバッドは包帯の人物の話を聞き、それはお互い様だと軽く笑ってみせる…

自分の道こそ正しいと思い込み、お互いのことを理解し合おうとしていないからだ。


フラン「なっ…!? っ…やめ…!」

包帯の人物が仲間であるはずのベアトリーチェに槍を向け 命を奪おうとする言葉を口にし…

それを聞いたフランは止めようとするが……


シンドバッド「……犠牲を払ってだと? やはり貴様こそ 考え方がどこか『間違って歪んで』しまっているぞ。

今そやつは別に我の敵ではない。今の明確な敵は貴様のことだ。

そして我が欲しているのは血ではない。そこの棺の中にいる女騎士と吸血鬼だ。」

振り下ろされた大槍はベアトリーチェに当たることはなく、シンドバッドが間に差し込んだ『神剣』で受け止めていた。


シンドバッド「……言葉はすでに不要と言ったはずだ。

こちらも傭兵として、マリスミゼルからの依頼を完遂のため…

そしてその過程で管理世界という幻想を我たちがぶち壊してやろう。」

管理世界実現のため降臨した包帯の人物…人と魔族の共存を実現するために降臨したシンドバッド…

道が交わることがなく…違うことを望まれて降臨した者同士…ぶつかり合うのは定め。

シンドバッドのその言葉とともに…

彼の背後からフォウの遠隔斬撃が放たれ、蒼い一筋の光が包帯の人物へと直撃した。
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