騎士学生と教官の百合物語

第7節 過去編 人魔大戦 キールとマサキ

第94話 お月様

ーーー幕間ーーー

打ち捨てられ放棄された教会跡。至るところに劣化が見られ中心に掲げられた女神像は最早、原型を留めていない。

数十年前、ここが人間領であったことはもう誰も覚えている人間はいないだろう。


「眠れないのかね？」

「……パラドックスか」

白衣姿の中年男性は懐中時計を取り出す。いつものように時間軸を確認しているのだろう。


「……ふむ。『時間の管理者』の１人としてなら、君がしでかした影響は甚大だ。かけてやる言葉等ないのだがね。

個人的には君の『犠牲』には敬意を払う感情もまた。持ち合わせているつもりだ。……どのくらい『磨り減らした』のか自覚しているのかね？」

「……もちろんだ。俺の身体のことだ。俺自身が１番よくわかっている……だが、この『力』を手に入れ。成すべきことを成すには仕方なかった。

後悔はしていない。……恐れることもない。自分自身の選択の結果だからこそ」

遠い昔のことを思い出す。それはもう霞みがかかっていて細かいことは覚えていられない。

だがあの『約束』だけは覚えている。


「よろしい。なに、安心したまえ。君がそれさえ自覚しているならば、私は見守るとしよう。この戦争の行き着く先を。

……血と鉄、孤独と、悲鳴にまみれた業火の道をゆきたまえ『禁忌の魔女』よ」 

カチンと懐中時計を閉じる音が響くと彼の姿はそこにはもうなかった。

壊れた窓から風が冷たく吹き込み、ひび割れたステンドグラスからは月夜が見える。


「…………お月様……」

誰もいない廃教会に小さく言葉が流れた。