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1巻
1-2
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「ん?? 何がしたかったのかしら……? 敬語いらないとか、ゲームではヒロインに言う台詞のはずだし」
接触しないでいようと思っていたけど、友達として仲良くなるのはいいかもね。王子は友達を傷つけるようなことしなそうだし!
隣ではなぜかムスッとしているクラウド。
「クラウド? どうしたの?」
「……あの王子のことを好きになられましたか?」
「え? 私の好みでもないし、好きでもないわよ?」
クラウド……お腹が空いて、ご機嫌斜めなのね。まだ子供なのに、目の前にあるご馳走を我慢して私の後ろに控えていたんだもの。
私は彼に飴玉をあげた。
「ふふ、この飴っこを貰えるのは執事である貴方だけの特権よ」
するとクラウドは、目をぱちくりさせたかと思うと、さっきまでのムスッとした顔から天使のような可愛らしい笑顔になる。
「はい、ありがとうございます」
そう言って飴玉を大事そうに受け取ってくれた。
飴玉、そんなに好きって設定あったっけ? ま、可愛い笑顔を見られたからよし。今日も私の執事は素敵だったわね!
次の日。
「――ねえ、ラウル王子……」
「なんだい?」
「私、確かに遊びに来ていいとは言ったわ。でも次の日なんてありえないわよ」
ラウル王子が屋敷に遊びに来た。しかも早朝。私、今起きたばかりよ。
「うん、僕の友人もそろそろ来るよ」
私の言葉は無視だ。今日は運動をする予定だったのになー。
「――ラウルー‼ なんか面白い奴がいるって? どいつだ!?」
続いて、朝から大きな声ではしゃいで我が屋敷へ入ってくる、赤い髪の少年。
面白い奴って私?
「やあ、ルクア。この子だよ、ダイアナ・レイモンド」
ラウル王子が私を紹介する。赤い髪の少年は、ジロジロと私を見た。うん、私も彼を見たことがある。
「彼は僕の友人、ルクアだよ」
「ルクアだっ! よろしくな」
攻略対象者のルクア。赤髪で、確か剣の達人で悪役令嬢ダイアナを剣で斬り刻むキャラだっ! 昨日に続いて攻略対象者と会うなんて‼
私の顔から血の気が引く。
「ダイアナお嬢様? どうされましたか?」
紅茶を淹れてくれたクラウドが、心配そうな声を出した。今日も可愛らしいわね。うん。
「……いえ、別になんでもないわ」
とにかく! 斬り刻まれるのはごめんだわ‼
「――で、何して遊ぶんだ?」
私の様子を気にもせず、ワクワクした顔でそう言う赤い髪の少年、ルクア。
彼はラウル王子の親戚にあたるので、王族の一人なのよね。攻略対象者でもある。兄がとても強くて憧れている反面、コンプレックスを抱いてもいるというキャラだ。そんな彼をヒロインが温かく励ますのよね。
で、色々あって太っちょ悪役令嬢ダイアナを斬り刻むんだわ。
ヤバイわね。私、この子より強くならないといけないかもしれないわ。
ところで、クラウドは……あ、紅茶を零して焦っている‼ 平気なふりをしようとしているのに、完璧主義な彼には無理で、可愛いわ! 朝から貴方はなんて可愛いの‼
「ふふ、今日もよい一日になりそうだわ」
私の機嫌は一気に浮上する。
「――ところで、ダイアナ。今日は何して遊びたいかな?」
そこにラウル王子が紅茶を飲みながらニコニコと話しかけてきた。本当になんでそんなに笑顔なのかしら? この私のおたふく顔が面白いとか?
「おいっ、まさかつまらないお茶会とかじゃないよなっ!?」
ラウル王子の隣に座っているルクアが青ざめながら言う。どれだけお茶会嫌いなのかしら。
「いえ、今日は運動をする予定よ」
「お!? 何何! 俺、体を動かすの好き! 何するんだよ?」
そう、今日はダイエットのための運動をする予定だったのよ。なのに朝から王子達が来て……これじゃクラウドの執事っぷりをゆっくり見守れないわ。
「ダイアナはダイエット中なんだっけ。うん、運動いいね」
「あのラウル王子――」
「ラウル」
「え?」
「王子はいらないよ。僕のことはラウルと呼んでね」
「あ、俺のこともルクアって呼んでな。ダイアナっ」
「わかったわ……ん?」
二人共ニッコリと微笑みかけてくるけど、なぜかクラウドはムスッとしている。
「クラウド? どうかしたの? お腹でも痛いのかしら?」
「……いえ、大丈夫です。あの、ダイアナお嬢様、運動なさるなら服を着替えましょう」
そんなこんなで、私は動きやすい格好に着替えた。
これは特注で作ってもらった、ジャージよ! やはりこの格好が一番よね。
ラウル王子とルクアは驚いている。
「ダイアナ、令嬢なのにその格好。凄いね」
「ぷっ、おまっ、その格好っ! ズボンとかはいてるし。似合うじゃねえかっ」
「ふふ、ラウル、ルクア。これはジャージというものよ、動きやすい服装なの」
色々とおしゃべりしているうちに、二人は自分達は剣を習っていると話し出す。ルクアは剣術の稽古ばかりしているが兄達に勝てないとボヤいていた。
「どうしても、兄貴達に勝てないんだよなあー、ラウルには勝てたのに」
「ギリギリだけどね」
「お、ラウルやるか? また剣で勝負するか」
「うん、いいね。ちょうど練習用の木の剣があるから準備運動がてらに手合わせしよう。ダイアナ、少し見ててね」
そう言われるが、私は一歩前に出る。
「そうね。ルクア、少し勝負しましょう」
「「え?」」
「おい、令嬢のお前が剣術なんて習ってないだろ?」
「そうね。でもやってみないとわからないわよ?」
ふっふっふ、私、前世で剣道してたもの! ちょっぴり違うかもしれないけど腕がなるわ!
「すっげー自信満々な顔だな。よし! 勝負だ!」
けれど、スッとルクアと私の間にクラウドが入る。
「失礼ですが、ダイアナお嬢様はレイモンド家の長女、大切な方です。お顔に傷がついたら……」
「そうだよ、もしダイアナに傷をつけたら、ルクア責任とらされちゃうよ?」
「大丈夫だ! 万が一の時は俺が責任とって嫁にするさ‼」
ラウルもクラウドに加勢するが、ルクアは平然としている。
あらまあ、可愛らしいこと言うのね。まだまだ少年だわ。ふふ、ヒロインが現れたら、そんな軽々しく言えるかしら。
「……あぁ?」
クラウド? どうしたの? 今ヤンキーっぽかったのは気のせいかしら????
「あのクラウド。私は大丈夫よ、すぐに終わるから」
「……かしこまりました」
二人共、怪我防止にと、メイド達に変な被りものを被せられる……これ、どう見てもヘルメットよね……
そしてようやく勝負が始まった。私は両手で木の剣を握り構える。構え方が変わっているせいか、ルクア達は不思議そうな顔をした。そうね、これ剣道の構えですもの。
心配そうに私を見ているラウルは審判役だ。
「いざ! はじめ‼」
悪役令嬢ダイアナはこの子に斬られる! そんなのはごめんだわ!
私は大きく息を吸い、声を張り上げる。優雅にクールな令嬢らしくっ‼
「めぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇん‼」
「へ?」
そう一言ポソッと呟いたルクアは、私に敗北した。
――あの直後、気絶したルクアは、目が覚めてすぐ私を見た。
よし、これで私を避けるようになるわね。やっぱりあまり関わらないほうがいいもの。いつかヒロインに優しく励ましてもらいなさい。とにかく私は斬られるのは嫌よ。
「ダイアナ!」
「えっ!?」
ところがルクアは、キラキラした目で私の手を握る。
「お前、強いんだな! しかもあれ、何だよ? 叫び声! 面白すぎ! 今度また遊ぼうぜ! 次は俺の苦手なお茶会でもいいし、また会いに来る‼」
なぜっ!?
そこでラウルがジトッとした目でルクアの手を私から離した。
「なんだかルクアを呼ばなければよかったよ……」
そうよね。やっぱり友人を傷つけられたら、心配になるよね。大丈夫よ、彼はこれから強くなるし。
二人は、夕方になると、「またね」「またな!」と帰っていく。
え、また来るのかしら……
「……二人目か……」
後ろに控えていたクラウドが、そんな意味のわからないことを呟いた。
それよりも――
「クラウド、今日は沢山運動したから体重減っているかもしれないわっ」
2
私立アーモンド女学園は貴族の娘達が学ぶ場所だ。
いわば、あれね、お嬢様学校。娘達には執事やメイドがついており、その者達も別の教室で学ぶことになっている。
ふふ、つまりクラウドと一緒だから、学園の中でも彼を温かく見守ってあげられるのよね!
「――ダイアナ様やはり少し痩せてきましたわ」
「以前お会いした時より、確かに痩せてきましたわね!」
本日、学園で友人達とお喋りをしていると、痩せたねと褒められた‼ 嬉しい‼ 自分ではまだまだだと感じているけどね!
ちなみに友人の名前はケイティ様とカナリア様。二人共ゲームでは取り巻きの一人だったけど、今では優しくて綺麗な自慢のお友達だわっ!
「ふふふ、実は背中のお肉が少ーしだけなくなり、ドレスもこころなしか余裕があるようになりましたの! ただ、まだまだ理想の体型には程遠いです」
私はみんなに褒めてもらえたことで笑顔になる。彼女達の執事、メイド達と一緒に控えているクラウドを見ると彼もニコッと微笑んでくれた。相変わらず可愛い‼ ダイエット頑張れるわねっ!
そこに甲高い声が聞こえる。
「ほほほ! ブタはいつまでたってもブタよ!?」
……あら、レイラ様達だわ。
彼女は王子の誕生日パーティー以来、なぜか私に突っかかってくるようになった。ケイティ様とカナリア様はレイラ様が苦手みたいだ。
女学園でも色々派閥がある。どこの世界でも女同士ってややこしいわよね。うんうん。
「いえ、それより! ダイアナ様! 貴女、最近急に成績が上がってきたそうじゃないっ!? 不正してるんじゃないかしら!?」
「え? あー……!」
突然、レイラ様に言われて思い出す。ゲームの中のダイアナは勉強ができなかった。でも私は、何事も疎かにしたくなくて、とにかく必死で学んでいる。クールな令嬢は勉強もできないとね!
「私、お勉強も頑張りたいと思いましたの」
すると、隣にいたケイティ様が私にコソッと教えてくれる。
「あの、ここのところずっとダイアナ様が成績一位をとられてることが悔しいみたいですよ」
そこでレイラ様は私を睨んだ。
「しかも! 貴女婚約者でも何でもない分際でラウル王子と密会してるなんて、ブスのくせにっ!」
「まあ! ダイアナ様に、失礼ですわ!」
カナリア様がそう言ってくれるけれどブスも太っちょも自覚しているので、私に反論はできない。結局、周囲の令嬢達が言い争いを始めてしまい、とにかく「私の開くお茶会に来なさい」とレイラ様が言ったのを了解したところでお開きとなった。勿論ラウル王子とルクアを連れてくるように、という要望付き。お茶会嫌いなルクア……は微妙よね。来てくれるかしら?
とにかくあんなに嫉妬を剥き出しにするのは恋する乙女だからってことくらいわかる。
「ふっ、恋も大変ね……」
やはり王子達はモテるのねと感心していると、クラウドがレイラ様を睨んでいた。
そんなクラウド君も、可愛いわね!
そして、レイラ様主催のお茶会当日。
煌びやかな真っ赤なドレスを着たレイラ様が登場した。
メイクが濃いわよ!? まだ肌プルプルなのに! 痛めつけてるわ!
「えと……レイラ様、とても印象的なドレスですわね」
「あら!? ダイアナ様は、普段通りの格好だなんて……! 随分余裕ですこと!」
いや、うん、もー本当はクラウドと一緒に運動したかったのよ!?
そんなふうにレイラ様に絡まれていると、ラウルとルクアもやってきた。一斉に令嬢達が群がる。
「まあ! ラウル王子だわ! ご機嫌よう!」
「あぁ、こんにちは」
「ルクア様‼ 私は伯爵家の――」
「あーそうか、よろしく」
……あら? なんだか二人共……具合が悪いのかしら? いつものテンションとは違うわね。
「ラウル、ルクア、ご機嫌よう」
けれど、声をかけると、二人は私に微笑みかける。そんなラウル王子達の様子が気に食わないのか、レイラ様が私を押しのけて前に出た。
「ラウル王子! ルクア様も! お、お二人はまさか――」
何やら青ざめて話すレイラ様。ごにょごにょと彼女に何かを言った二人はすぐに席に着き、優雅に紅茶を飲み始める。
レイラ様はプルプル真っ赤な顔で怒っている。
え? 何!? 私のほうへ向かってきたわ。
彼女は私に向かって叫ぶ。
「……っ、ダイアナ様は! 好きな方とかいますの!?」
「え?」
あまりにも大きな声だったせいか、周りが静かになった。
「ダイアナ様が、最近変わられたのは気になる方がいるからですわよね!」
「え? え? いませんわよ?」
違うわよ? 太っちょは嫌だし断罪も回避したいからよ? クールな令嬢を目指しているの!
「では、ダイアナ様はどんな方が、好みなのですか‼」
「レイラ様、あの、目が凄く怖いわ……興奮されて」
「僕も、気になるな。ダイアナはどんな男性が好きか」
「俺も聞きたい!」
なるほど。ラウルもルクアも……みんな興味津々だ。ふふ、年頃の子は恋話が好きなものよね。うんうん、青春ね!
「……そうね。私の好みはズバリ……」
「「ズバリ……!?」」
ガシャーン‼
その時、ティーポットやカップが割れる音がした。私は話を中断する。
「……申し訳ありません。手元がくるい皆様のぶんのカップを割ってしまいました……」
お茶会の手伝いをしていたクラウドが謝る。彼が仕事のミスをするなんて珍しいわね!?
しょぼんとしながら、黙々と片付けるクラウド……
後で元気になるよう飴っこをあげることにするわ! あんなクラウドは見たくないもの!
そして、なんだかんだで私の好みの話はうやむやになり、レイラ様のお茶会は無事終了。結局、最初から最後まで彼女が私に突っかかってくるから少し疲れた。
屋敷へ戻り、私は寒空の下で星を眺める。
来年の春からは王子達と同じ共学のトルテ学園へ入学することが決まっていた。
「ヒロインは高等部からの転入だから、さらに三年半ちょっとかしら? んー、いっそ学園へ行かずお爺様達がいる田舎へ行くのもありかしら」
「お嬢様、もう外は寒いので中へ入りましょう。温かいハーブティーをご用意しました」
クラウドが私にショールと温かいハーブティーを持ってきてくれた。
くー! クラウドの淹れてくれるお茶は最高ね!
綺麗な星を眺めながら、横に推しがいるなんて贅沢だわ!
「明日はレッスンの後、少し走りに行きたいの。付き合ってくれるかしら」
「はい、どこへでも」
ふと、クラウドもヒロインと出会ったら、やっぱり彼女を好きになるのかしらと考える。
「ねえ、クラウド。貴方はどんな女性が好みなの?」
そう聞くと、ティーポットを持っていた手を止めた彼は、こちらへ振り向いた。
「…………あの、それはどういう意図で聞いていらっしゃるのですか?」
「え? 意図? ただ気になっただけよ」
目を少し大きくして、私のそばへ寄る。そして頬を赤くしたクラウドは、少し考え込んだ。
「……私の好みは、努力家で気品が溢れており、とてもお優しい方です。時々おかしなことを言っているのも可愛らしいかと」
それって! まんまヒロインだわ‼ 努力家で可愛らしい子だったと思うし。そうね。うん。
そこで一瞬静かになった。クラウドは黙っている。どうしたのかしら? もしかして、昼間の失敗を思い出しちゃった?
「そうだわ! クラウド。はい、今日頑張ったご褒美の飴っこよ。今日のお茶会でカップを落としたことは気にしないで。次回から気をつけましょうね。ファイトよ! クラウド‼」
すると、クラウドは飴を握りながら、笑う。ふふ、やはり推しの笑顔は素敵ね。
「貴方、飴っこ好きでしょう? さあもう部屋に戻りましょう。明日はダイエット運動を頑張るわ!」
ルンルン気分の私の後ろでクラウドは飴をぎゅーッと握り締める。
「えぇ……とても好きです……」
ポソッと、そう呟いた。
* * *
「――五キロから全然減らないわ‼」
私は朝一番に叫んだ。
どうして!? 毎朝ジョギングしているわ! 朝ご飯も野菜中心にしているのに、なぜかしら!?
これは、あれだわ。ダイエットで一番の壁――停滞期とやらね……
鏡で自分の全身を見つめる。贅沢に作られた体は、まだまだ自分の理想には程遠かった。
「私、負けないわ! 頑張らなきゃ! クールな令嬢目指すのよ、ダイアナ‼ 断罪断固拒否!」
そんなふうに、鏡に映る自分を励ましていると、扉がノックされる。
「ダイアナお嬢様、そろそろ朝食のお時間――」
「……あっ」
「……失礼しました」
一度開けたドアをパタンと閉めるクラウド。
え! いや! ちょっと待ってちょうだい! また何か変な誤解をしてるようだわ!
私は急いでクラウドを追いかけた。
そして気がつく。
屋敷の周りは雪が積もり放題だ。よし! 沢山雪だるま作って運動しましょう‼ こういうの、わくわくするもの! 子供に戻った気分になるわ。ふふ、今子供だけどねっ。
はりきっていると、聞き覚えのある声がする。
「ダイアナっ! 遊びに来たぜ!」
「やあ。ダイアナ」
「あら、お二人共。来るなら来ると連絡をしてちょうだい」
ラウルとルクアが屋敷に来たので、みんなで雪だるまを作ることにした。
「こんなに沢山雪があれば、大きいの作れるぞ!」
そう言ったルクアが作った雪だるまはとても大きい。
「ルクア、凄いわね! もうこんなに大きなだるまを作ったの?」
「へへへっ」
自慢げに頬っぺたを赤くした彼は、だるまに持たせた木の棒が剣なんだと説明してくれた。すると、ラウルも自慢気に話す。
「僕はお城だよ。ダイアナの部屋もあるよー」
「ラウルのも凄いわ。一瞬でこんなに細かく……芸術の域ね」
さすがはメインヒーロー! 雪だるまなどでは物足りなかったのだろう。
一方、クラウドは隅っこのほうで何かを作っていた。
「あら、クラウドは何を作ってるの?」
彼は鼻の先っぽを真っ赤にして、「……うさぎさんです」と答える。
ちょこんと手のひらに載る大きさの雪うさぎを私に見せてくれるクラウド!
ヤバい! きゃわゆいわね‼ なんでうさぎ!? くっ、なんだかお小遣いあげたい気分だわ‼
「ふふ、きゃわゆ……じゃないわ、可愛らしいうさぎさんね」
少し照れているクラウドに、私は今日も心を癒される。
「あら、クラウド、お鼻が赤くなってるわ、メイドに温かい飲み物を持ってくるよう頼むわね」
「いえ、それは私の仕事ですので……」
「今日の貴方のお仕事は私と雪だるまを作ること。ラウルもルクアも少し待っててちょうだいっ」
私は三人のおやつを持ってきてとメイドに頼みに行く。
そして私は、三人のおやつを持って戻ってきた。勿論私はお湯のみ!
「さあ、みんな、体を温めて――」
……何、これ。
目の前には大きな雪だるまが三つ。
「おっ、俺のほうが大きい! ゼーゼーッ……」
「ハァハァハァ……いや、高さも含めて僕だね」
三人仲良く遊んでいて、くたびれたようだ。
この三人が作った雪だるまは、なかなかしぶとく、数日溶けなかった。
ちなみに、クラウドが最初に作った雪うさぎさんは、こっそり小さな冷凍庫に大切にしまったわ。
今日も私の推しは可愛いとしか言いようがなかったわねっ!
* * *
「――ふふっ、また少し体重が減ったわ! こころなしか体が軽いわねっ」
ダイエットを始めて数ヶ月。ほんの少しずつ、体のお肉がなくなっていった。
お友達にも痩せてきたと褒められて嬉しい! もっと頑張らないといけないわねっ。
朝からルンルン気分だった私は、すっかり忘れていたことがあると気づく。
「ダイアナ、実はな父さんの親友が事故で亡くなってしまったんだ。それでだな、その親友の子供を養子にしようと考えている。ほらお前も前に会ったことがあるだろう?」
「よくできた息子さんだし、いずれダイアナはお嫁さんへ行くから後継ぎとして養子に迎えようと思うのよね、ふふ、貴女にお兄さんができるわよ」
両親にそう言われる。
……そう、他の攻略対象者のことを忘れてたわ‼
「……え、そそそうですか。反対はしませんわ、お父様とお母様の決めたことですもの。私は朝のジョギングをしてまいりますっ」
私は急いで自分の部屋に戻り頭をかかえた。
四人目の攻略対象者は……セイ・レイモンド‼ ダイアナの義理の兄だ。
ゲームでの彼は親が事故で亡くなり、親戚にたらいまわしにされていたところを、優秀だからとダイアナの親が引きとる。ダイアナはそれが許せなくてセイに嫌がらせをするのだ。
小さい頃からダイアナに嫌がらせをされ嫌気がさしていた頃にヒロインと出会い、セイは心癒される。そんなルートだとネットに載っていたわね。
接触しないでいようと思っていたけど、友達として仲良くなるのはいいかもね。王子は友達を傷つけるようなことしなそうだし!
隣ではなぜかムスッとしているクラウド。
「クラウド? どうしたの?」
「……あの王子のことを好きになられましたか?」
「え? 私の好みでもないし、好きでもないわよ?」
クラウド……お腹が空いて、ご機嫌斜めなのね。まだ子供なのに、目の前にあるご馳走を我慢して私の後ろに控えていたんだもの。
私は彼に飴玉をあげた。
「ふふ、この飴っこを貰えるのは執事である貴方だけの特権よ」
するとクラウドは、目をぱちくりさせたかと思うと、さっきまでのムスッとした顔から天使のような可愛らしい笑顔になる。
「はい、ありがとうございます」
そう言って飴玉を大事そうに受け取ってくれた。
飴玉、そんなに好きって設定あったっけ? ま、可愛い笑顔を見られたからよし。今日も私の執事は素敵だったわね!
次の日。
「――ねえ、ラウル王子……」
「なんだい?」
「私、確かに遊びに来ていいとは言ったわ。でも次の日なんてありえないわよ」
ラウル王子が屋敷に遊びに来た。しかも早朝。私、今起きたばかりよ。
「うん、僕の友人もそろそろ来るよ」
私の言葉は無視だ。今日は運動をする予定だったのになー。
「――ラウルー‼ なんか面白い奴がいるって? どいつだ!?」
続いて、朝から大きな声ではしゃいで我が屋敷へ入ってくる、赤い髪の少年。
面白い奴って私?
「やあ、ルクア。この子だよ、ダイアナ・レイモンド」
ラウル王子が私を紹介する。赤い髪の少年は、ジロジロと私を見た。うん、私も彼を見たことがある。
「彼は僕の友人、ルクアだよ」
「ルクアだっ! よろしくな」
攻略対象者のルクア。赤髪で、確か剣の達人で悪役令嬢ダイアナを剣で斬り刻むキャラだっ! 昨日に続いて攻略対象者と会うなんて‼
私の顔から血の気が引く。
「ダイアナお嬢様? どうされましたか?」
紅茶を淹れてくれたクラウドが、心配そうな声を出した。今日も可愛らしいわね。うん。
「……いえ、別になんでもないわ」
とにかく! 斬り刻まれるのはごめんだわ‼
「――で、何して遊ぶんだ?」
私の様子を気にもせず、ワクワクした顔でそう言う赤い髪の少年、ルクア。
彼はラウル王子の親戚にあたるので、王族の一人なのよね。攻略対象者でもある。兄がとても強くて憧れている反面、コンプレックスを抱いてもいるというキャラだ。そんな彼をヒロインが温かく励ますのよね。
で、色々あって太っちょ悪役令嬢ダイアナを斬り刻むんだわ。
ヤバイわね。私、この子より強くならないといけないかもしれないわ。
ところで、クラウドは……あ、紅茶を零して焦っている‼ 平気なふりをしようとしているのに、完璧主義な彼には無理で、可愛いわ! 朝から貴方はなんて可愛いの‼
「ふふ、今日もよい一日になりそうだわ」
私の機嫌は一気に浮上する。
「――ところで、ダイアナ。今日は何して遊びたいかな?」
そこにラウル王子が紅茶を飲みながらニコニコと話しかけてきた。本当になんでそんなに笑顔なのかしら? この私のおたふく顔が面白いとか?
「おいっ、まさかつまらないお茶会とかじゃないよなっ!?」
ラウル王子の隣に座っているルクアが青ざめながら言う。どれだけお茶会嫌いなのかしら。
「いえ、今日は運動をする予定よ」
「お!? 何何! 俺、体を動かすの好き! 何するんだよ?」
そう、今日はダイエットのための運動をする予定だったのよ。なのに朝から王子達が来て……これじゃクラウドの執事っぷりをゆっくり見守れないわ。
「ダイアナはダイエット中なんだっけ。うん、運動いいね」
「あのラウル王子――」
「ラウル」
「え?」
「王子はいらないよ。僕のことはラウルと呼んでね」
「あ、俺のこともルクアって呼んでな。ダイアナっ」
「わかったわ……ん?」
二人共ニッコリと微笑みかけてくるけど、なぜかクラウドはムスッとしている。
「クラウド? どうかしたの? お腹でも痛いのかしら?」
「……いえ、大丈夫です。あの、ダイアナお嬢様、運動なさるなら服を着替えましょう」
そんなこんなで、私は動きやすい格好に着替えた。
これは特注で作ってもらった、ジャージよ! やはりこの格好が一番よね。
ラウル王子とルクアは驚いている。
「ダイアナ、令嬢なのにその格好。凄いね」
「ぷっ、おまっ、その格好っ! ズボンとかはいてるし。似合うじゃねえかっ」
「ふふ、ラウル、ルクア。これはジャージというものよ、動きやすい服装なの」
色々とおしゃべりしているうちに、二人は自分達は剣を習っていると話し出す。ルクアは剣術の稽古ばかりしているが兄達に勝てないとボヤいていた。
「どうしても、兄貴達に勝てないんだよなあー、ラウルには勝てたのに」
「ギリギリだけどね」
「お、ラウルやるか? また剣で勝負するか」
「うん、いいね。ちょうど練習用の木の剣があるから準備運動がてらに手合わせしよう。ダイアナ、少し見ててね」
そう言われるが、私は一歩前に出る。
「そうね。ルクア、少し勝負しましょう」
「「え?」」
「おい、令嬢のお前が剣術なんて習ってないだろ?」
「そうね。でもやってみないとわからないわよ?」
ふっふっふ、私、前世で剣道してたもの! ちょっぴり違うかもしれないけど腕がなるわ!
「すっげー自信満々な顔だな。よし! 勝負だ!」
けれど、スッとルクアと私の間にクラウドが入る。
「失礼ですが、ダイアナお嬢様はレイモンド家の長女、大切な方です。お顔に傷がついたら……」
「そうだよ、もしダイアナに傷をつけたら、ルクア責任とらされちゃうよ?」
「大丈夫だ! 万が一の時は俺が責任とって嫁にするさ‼」
ラウルもクラウドに加勢するが、ルクアは平然としている。
あらまあ、可愛らしいこと言うのね。まだまだ少年だわ。ふふ、ヒロインが現れたら、そんな軽々しく言えるかしら。
「……あぁ?」
クラウド? どうしたの? 今ヤンキーっぽかったのは気のせいかしら????
「あのクラウド。私は大丈夫よ、すぐに終わるから」
「……かしこまりました」
二人共、怪我防止にと、メイド達に変な被りものを被せられる……これ、どう見てもヘルメットよね……
そしてようやく勝負が始まった。私は両手で木の剣を握り構える。構え方が変わっているせいか、ルクア達は不思議そうな顔をした。そうね、これ剣道の構えですもの。
心配そうに私を見ているラウルは審判役だ。
「いざ! はじめ‼」
悪役令嬢ダイアナはこの子に斬られる! そんなのはごめんだわ!
私は大きく息を吸い、声を張り上げる。優雅にクールな令嬢らしくっ‼
「めぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇん‼」
「へ?」
そう一言ポソッと呟いたルクアは、私に敗北した。
――あの直後、気絶したルクアは、目が覚めてすぐ私を見た。
よし、これで私を避けるようになるわね。やっぱりあまり関わらないほうがいいもの。いつかヒロインに優しく励ましてもらいなさい。とにかく私は斬られるのは嫌よ。
「ダイアナ!」
「えっ!?」
ところがルクアは、キラキラした目で私の手を握る。
「お前、強いんだな! しかもあれ、何だよ? 叫び声! 面白すぎ! 今度また遊ぼうぜ! 次は俺の苦手なお茶会でもいいし、また会いに来る‼」
なぜっ!?
そこでラウルがジトッとした目でルクアの手を私から離した。
「なんだかルクアを呼ばなければよかったよ……」
そうよね。やっぱり友人を傷つけられたら、心配になるよね。大丈夫よ、彼はこれから強くなるし。
二人は、夕方になると、「またね」「またな!」と帰っていく。
え、また来るのかしら……
「……二人目か……」
後ろに控えていたクラウドが、そんな意味のわからないことを呟いた。
それよりも――
「クラウド、今日は沢山運動したから体重減っているかもしれないわっ」
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私立アーモンド女学園は貴族の娘達が学ぶ場所だ。
いわば、あれね、お嬢様学校。娘達には執事やメイドがついており、その者達も別の教室で学ぶことになっている。
ふふ、つまりクラウドと一緒だから、学園の中でも彼を温かく見守ってあげられるのよね!
「――ダイアナ様やはり少し痩せてきましたわ」
「以前お会いした時より、確かに痩せてきましたわね!」
本日、学園で友人達とお喋りをしていると、痩せたねと褒められた‼ 嬉しい‼ 自分ではまだまだだと感じているけどね!
ちなみに友人の名前はケイティ様とカナリア様。二人共ゲームでは取り巻きの一人だったけど、今では優しくて綺麗な自慢のお友達だわっ!
「ふふふ、実は背中のお肉が少ーしだけなくなり、ドレスもこころなしか余裕があるようになりましたの! ただ、まだまだ理想の体型には程遠いです」
私はみんなに褒めてもらえたことで笑顔になる。彼女達の執事、メイド達と一緒に控えているクラウドを見ると彼もニコッと微笑んでくれた。相変わらず可愛い‼ ダイエット頑張れるわねっ!
そこに甲高い声が聞こえる。
「ほほほ! ブタはいつまでたってもブタよ!?」
……あら、レイラ様達だわ。
彼女は王子の誕生日パーティー以来、なぜか私に突っかかってくるようになった。ケイティ様とカナリア様はレイラ様が苦手みたいだ。
女学園でも色々派閥がある。どこの世界でも女同士ってややこしいわよね。うんうん。
「いえ、それより! ダイアナ様! 貴女、最近急に成績が上がってきたそうじゃないっ!? 不正してるんじゃないかしら!?」
「え? あー……!」
突然、レイラ様に言われて思い出す。ゲームの中のダイアナは勉強ができなかった。でも私は、何事も疎かにしたくなくて、とにかく必死で学んでいる。クールな令嬢は勉強もできないとね!
「私、お勉強も頑張りたいと思いましたの」
すると、隣にいたケイティ様が私にコソッと教えてくれる。
「あの、ここのところずっとダイアナ様が成績一位をとられてることが悔しいみたいですよ」
そこでレイラ様は私を睨んだ。
「しかも! 貴女婚約者でも何でもない分際でラウル王子と密会してるなんて、ブスのくせにっ!」
「まあ! ダイアナ様に、失礼ですわ!」
カナリア様がそう言ってくれるけれどブスも太っちょも自覚しているので、私に反論はできない。結局、周囲の令嬢達が言い争いを始めてしまい、とにかく「私の開くお茶会に来なさい」とレイラ様が言ったのを了解したところでお開きとなった。勿論ラウル王子とルクアを連れてくるように、という要望付き。お茶会嫌いなルクア……は微妙よね。来てくれるかしら?
とにかくあんなに嫉妬を剥き出しにするのは恋する乙女だからってことくらいわかる。
「ふっ、恋も大変ね……」
やはり王子達はモテるのねと感心していると、クラウドがレイラ様を睨んでいた。
そんなクラウド君も、可愛いわね!
そして、レイラ様主催のお茶会当日。
煌びやかな真っ赤なドレスを着たレイラ様が登場した。
メイクが濃いわよ!? まだ肌プルプルなのに! 痛めつけてるわ!
「えと……レイラ様、とても印象的なドレスですわね」
「あら!? ダイアナ様は、普段通りの格好だなんて……! 随分余裕ですこと!」
いや、うん、もー本当はクラウドと一緒に運動したかったのよ!?
そんなふうにレイラ様に絡まれていると、ラウルとルクアもやってきた。一斉に令嬢達が群がる。
「まあ! ラウル王子だわ! ご機嫌よう!」
「あぁ、こんにちは」
「ルクア様‼ 私は伯爵家の――」
「あーそうか、よろしく」
……あら? なんだか二人共……具合が悪いのかしら? いつものテンションとは違うわね。
「ラウル、ルクア、ご機嫌よう」
けれど、声をかけると、二人は私に微笑みかける。そんなラウル王子達の様子が気に食わないのか、レイラ様が私を押しのけて前に出た。
「ラウル王子! ルクア様も! お、お二人はまさか――」
何やら青ざめて話すレイラ様。ごにょごにょと彼女に何かを言った二人はすぐに席に着き、優雅に紅茶を飲み始める。
レイラ様はプルプル真っ赤な顔で怒っている。
え? 何!? 私のほうへ向かってきたわ。
彼女は私に向かって叫ぶ。
「……っ、ダイアナ様は! 好きな方とかいますの!?」
「え?」
あまりにも大きな声だったせいか、周りが静かになった。
「ダイアナ様が、最近変わられたのは気になる方がいるからですわよね!」
「え? え? いませんわよ?」
違うわよ? 太っちょは嫌だし断罪も回避したいからよ? クールな令嬢を目指しているの!
「では、ダイアナ様はどんな方が、好みなのですか‼」
「レイラ様、あの、目が凄く怖いわ……興奮されて」
「僕も、気になるな。ダイアナはどんな男性が好きか」
「俺も聞きたい!」
なるほど。ラウルもルクアも……みんな興味津々だ。ふふ、年頃の子は恋話が好きなものよね。うんうん、青春ね!
「……そうね。私の好みはズバリ……」
「「ズバリ……!?」」
ガシャーン‼
その時、ティーポットやカップが割れる音がした。私は話を中断する。
「……申し訳ありません。手元がくるい皆様のぶんのカップを割ってしまいました……」
お茶会の手伝いをしていたクラウドが謝る。彼が仕事のミスをするなんて珍しいわね!?
しょぼんとしながら、黙々と片付けるクラウド……
後で元気になるよう飴っこをあげることにするわ! あんなクラウドは見たくないもの!
そして、なんだかんだで私の好みの話はうやむやになり、レイラ様のお茶会は無事終了。結局、最初から最後まで彼女が私に突っかかってくるから少し疲れた。
屋敷へ戻り、私は寒空の下で星を眺める。
来年の春からは王子達と同じ共学のトルテ学園へ入学することが決まっていた。
「ヒロインは高等部からの転入だから、さらに三年半ちょっとかしら? んー、いっそ学園へ行かずお爺様達がいる田舎へ行くのもありかしら」
「お嬢様、もう外は寒いので中へ入りましょう。温かいハーブティーをご用意しました」
クラウドが私にショールと温かいハーブティーを持ってきてくれた。
くー! クラウドの淹れてくれるお茶は最高ね!
綺麗な星を眺めながら、横に推しがいるなんて贅沢だわ!
「明日はレッスンの後、少し走りに行きたいの。付き合ってくれるかしら」
「はい、どこへでも」
ふと、クラウドもヒロインと出会ったら、やっぱり彼女を好きになるのかしらと考える。
「ねえ、クラウド。貴方はどんな女性が好みなの?」
そう聞くと、ティーポットを持っていた手を止めた彼は、こちらへ振り向いた。
「…………あの、それはどういう意図で聞いていらっしゃるのですか?」
「え? 意図? ただ気になっただけよ」
目を少し大きくして、私のそばへ寄る。そして頬を赤くしたクラウドは、少し考え込んだ。
「……私の好みは、努力家で気品が溢れており、とてもお優しい方です。時々おかしなことを言っているのも可愛らしいかと」
それって! まんまヒロインだわ‼ 努力家で可愛らしい子だったと思うし。そうね。うん。
そこで一瞬静かになった。クラウドは黙っている。どうしたのかしら? もしかして、昼間の失敗を思い出しちゃった?
「そうだわ! クラウド。はい、今日頑張ったご褒美の飴っこよ。今日のお茶会でカップを落としたことは気にしないで。次回から気をつけましょうね。ファイトよ! クラウド‼」
すると、クラウドは飴を握りながら、笑う。ふふ、やはり推しの笑顔は素敵ね。
「貴方、飴っこ好きでしょう? さあもう部屋に戻りましょう。明日はダイエット運動を頑張るわ!」
ルンルン気分の私の後ろでクラウドは飴をぎゅーッと握り締める。
「えぇ……とても好きです……」
ポソッと、そう呟いた。
* * *
「――五キロから全然減らないわ‼」
私は朝一番に叫んだ。
どうして!? 毎朝ジョギングしているわ! 朝ご飯も野菜中心にしているのに、なぜかしら!?
これは、あれだわ。ダイエットで一番の壁――停滞期とやらね……
鏡で自分の全身を見つめる。贅沢に作られた体は、まだまだ自分の理想には程遠かった。
「私、負けないわ! 頑張らなきゃ! クールな令嬢目指すのよ、ダイアナ‼ 断罪断固拒否!」
そんなふうに、鏡に映る自分を励ましていると、扉がノックされる。
「ダイアナお嬢様、そろそろ朝食のお時間――」
「……あっ」
「……失礼しました」
一度開けたドアをパタンと閉めるクラウド。
え! いや! ちょっと待ってちょうだい! また何か変な誤解をしてるようだわ!
私は急いでクラウドを追いかけた。
そして気がつく。
屋敷の周りは雪が積もり放題だ。よし! 沢山雪だるま作って運動しましょう‼ こういうの、わくわくするもの! 子供に戻った気分になるわ。ふふ、今子供だけどねっ。
はりきっていると、聞き覚えのある声がする。
「ダイアナっ! 遊びに来たぜ!」
「やあ。ダイアナ」
「あら、お二人共。来るなら来ると連絡をしてちょうだい」
ラウルとルクアが屋敷に来たので、みんなで雪だるまを作ることにした。
「こんなに沢山雪があれば、大きいの作れるぞ!」
そう言ったルクアが作った雪だるまはとても大きい。
「ルクア、凄いわね! もうこんなに大きなだるまを作ったの?」
「へへへっ」
自慢げに頬っぺたを赤くした彼は、だるまに持たせた木の棒が剣なんだと説明してくれた。すると、ラウルも自慢気に話す。
「僕はお城だよ。ダイアナの部屋もあるよー」
「ラウルのも凄いわ。一瞬でこんなに細かく……芸術の域ね」
さすがはメインヒーロー! 雪だるまなどでは物足りなかったのだろう。
一方、クラウドは隅っこのほうで何かを作っていた。
「あら、クラウドは何を作ってるの?」
彼は鼻の先っぽを真っ赤にして、「……うさぎさんです」と答える。
ちょこんと手のひらに載る大きさの雪うさぎを私に見せてくれるクラウド!
ヤバい! きゃわゆいわね‼ なんでうさぎ!? くっ、なんだかお小遣いあげたい気分だわ‼
「ふふ、きゃわゆ……じゃないわ、可愛らしいうさぎさんね」
少し照れているクラウドに、私は今日も心を癒される。
「あら、クラウド、お鼻が赤くなってるわ、メイドに温かい飲み物を持ってくるよう頼むわね」
「いえ、それは私の仕事ですので……」
「今日の貴方のお仕事は私と雪だるまを作ること。ラウルもルクアも少し待っててちょうだいっ」
私は三人のおやつを持ってきてとメイドに頼みに行く。
そして私は、三人のおやつを持って戻ってきた。勿論私はお湯のみ!
「さあ、みんな、体を温めて――」
……何、これ。
目の前には大きな雪だるまが三つ。
「おっ、俺のほうが大きい! ゼーゼーッ……」
「ハァハァハァ……いや、高さも含めて僕だね」
三人仲良く遊んでいて、くたびれたようだ。
この三人が作った雪だるまは、なかなかしぶとく、数日溶けなかった。
ちなみに、クラウドが最初に作った雪うさぎさんは、こっそり小さな冷凍庫に大切にしまったわ。
今日も私の推しは可愛いとしか言いようがなかったわねっ!
* * *
「――ふふっ、また少し体重が減ったわ! こころなしか体が軽いわねっ」
ダイエットを始めて数ヶ月。ほんの少しずつ、体のお肉がなくなっていった。
お友達にも痩せてきたと褒められて嬉しい! もっと頑張らないといけないわねっ。
朝からルンルン気分だった私は、すっかり忘れていたことがあると気づく。
「ダイアナ、実はな父さんの親友が事故で亡くなってしまったんだ。それでだな、その親友の子供を養子にしようと考えている。ほらお前も前に会ったことがあるだろう?」
「よくできた息子さんだし、いずれダイアナはお嫁さんへ行くから後継ぎとして養子に迎えようと思うのよね、ふふ、貴女にお兄さんができるわよ」
両親にそう言われる。
……そう、他の攻略対象者のことを忘れてたわ‼
「……え、そそそうですか。反対はしませんわ、お父様とお母様の決めたことですもの。私は朝のジョギングをしてまいりますっ」
私は急いで自分の部屋に戻り頭をかかえた。
四人目の攻略対象者は……セイ・レイモンド‼ ダイアナの義理の兄だ。
ゲームでの彼は親が事故で亡くなり、親戚にたらいまわしにされていたところを、優秀だからとダイアナの親が引きとる。ダイアナはそれが許せなくてセイに嫌がらせをするのだ。
小さい頃からダイアナに嫌がらせをされ嫌気がさしていた頃にヒロインと出会い、セイは心癒される。そんなルートだとネットに載っていたわね。
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