上 下
6 / 11
1章 パン精霊ゼイモト

6. 嘘つきダモッタ

しおりを挟む
 ゼイ君は、無事、形代かたしろの「チボルテック持国天」に憑依できた。彼を僕の胸ポケットに入れて、ゼイ君と「声を使って」話しながら、「アトリエ・ダモッタ」に向かっている。

 ゼイ君は背中に、小型スピーカーの部品をしょっている。この持国天人形、もともと「後光ごこう」のパーツがついてたので、それを外して交換したらちょうどよかった。電気じゃなくて、魔法でスピーカーの振動版を操作して声を出している。少し中性的で、若々しい声だ。

「あれ? キリで顔に空けたはずの穴がふさがっている?」

「うむ。魔素マナを実体化して、顔を形成した。これで表情もついたぞ」

「おお、その顔が元のゼイ君なんだね。イケメンじゃないか」

 僕がそう言うとゼイ君は、ニカッと微笑んだ。イケメン笑顔だ。小さすぎて一メートルも離れると、まるで表情は分からなくなるけどね……。


~~~~~~~~
 家から歩いてすぐにお店についた。僕の自宅や高校があるのは麻布区の狸穴町まみあなちょうで、その西隣の永坂町に「アトリエ・ダモッタ」がある。参議院副議長公邸と永坂更科蕎麦本社ビルに挟まれた古いビルだ。

 店長のトニー・ダモッタさんは一応、日本人。本人いわく、自分は戦国時代に種子島に漂着したポルトガル人の末裔まつえいで、先祖が帰化しているので漢字の姓もある。「多佗孟太」、と記してダモッタと読むらしい。そんな話を僕は小学生の頃から聞いていたけど、その根本から嘘だった。

 僕がよく知るトニー・ダモッタさんは、1543年に種子島に漂着した三人のポルトガル人の一人「アントニオ・ダ・モッタ」その本人だったのだ! 御年おんとし五百歳くらい。超・超長生き!

 つまりダモッタさんは魔族。魔王ゼイ君の二人の眷属けんぞくのうちの一人。あともう一人の眷属、ペショットさんは海運業(密輸業)をしている。彼は東南アジアを中心に活動していて、あそこら辺の悪いヤツらとは大体友達だとか。ダモッタさんたちは魔族だけどつのがない。ヒト族社会の中で目立たないように削っているそうだ。

 お店は、築三十年は経っていそうな四階建ての古いビルの一階だ。同じく看板も古びていて、そこには横書きのカタカナで「アトリエ ダモッタ」、その下に小さい文字で「無可動火縄銃 種子島天然酵母パン」と書かれている。

 無可動火縄銃というのは、作り方もパーツも本物の銃そのものだけど、銃身内部を溶接して、実弾を発射できないように加工したものだ。この店では火縄銃を、美術工芸品として売っているんだ(でも裏では、実銃も密造していて、海外のコレクターに密輸している)。

 外から得られるお店の情報はこれだけ。ガラス窓はある。けれど、伝統工芸品(?)の火縄銃への直射日光を避けるためなのか、常にブラインドが降ろされていて店内の様子は分からない。もうね、この二十一世紀に客商売やるような店構えじゃない。ま、ダモッタさんの持ちビルだから、商売っ気がなくても余裕なんだろうね。とはいえ―

 はぁ。僕はお店の前に立ち、ドア横の張り紙をみてため息をついた。

「なんだ、ため息なぞついて」

「この張り紙。遠まわしに何度か注意したんだ。客の立場だから強くは言えなかったけどね」

 僕は不本意ながらも魔王ゼイモトの一味になってしまった。だから僕はもう、お客じゃない。遠慮なく、ベリベリと剥がしてしまう。その張り紙に書いてあったのは―

◆キリスト退散
◆イエズス会は入店お断り

 ダメでしょこんな張り紙!

「おい、なぜ剥がす? 店だって客を選ぶ権利はあるだろうが」

「今の時代SNSですぐに炎上するんだよ! ユーチューバーとか来ちゃうんだって! そんで『ポルトガル人店主の張り紙マジ卍』とか『デーモン閣下の親戚発見?』なんてコメントされるんだよ!? 僕たち悪魔なんだからさ、静かに目立たず生きてかなきゃダメだよ!」

「悪魔じゃなくて魔族、な。だが言いたいことは分かった。なんとも―」

「ヤアヤア、なんか騒がしいと思ったらシンジ君じゃなイカ」

 店の前で僕たちが話しているのが聞こえたようで、店内からダモッタさんが出てきた。彼は三十歳くらいの見た目で、目の色も髪も黒い。でも、顔の造りは彫が深くて、体格も普通の日本の成人男性より一回りは大きい。だから名前の通りの西洋人、て感じだ。

「ワオッ、その胸ポケットから出てる禍々まがまがしい妖気ナニゴト!? え、まさか、ゼイモト様!?」

 あーあダモッタさん、「禍々しい妖気」って言ってるよ。やっぱりゼイ君は悪魔、だよね?

「久しいな、ダモッタ。四百と七十年ぶりか。お前たちとは念話ができないのに、我の復活を信じて、何百年もパンを作り続けてくれたな。やっと礼を言うことができる」

 そう。精霊状態のゼイ君と意思疎通できるのは僕だけなんだ。ダモッタさんたちは、ゼイ君の存在は感じることはできたそうだけど、言葉は交わせなかった。

「アア! 本当にゼイモト様なのでスネ! ようやく再会できましタネ!」

 感動したダモッタさんは、笑顔で僕の両腕をガシッとつかむ。ちょっと痛いよ。

「ン、復活した、のですヨネ? シンジ君の魂がまだ残っているようですが、手違いデモ? 室内栽培しているマンドラゴラがありマス。それで彼を発狂させて、体の制御権を取り戻したらどうでショウ」

 ダモッタさんの手に力がこもる。う、動けない。彼は、目の前の僕をまったく気にすることなく「僕の心を壊す」提案をしている。

 うん。僕知ってる、こういう人。マンガやアニメでこういう悪役キャラ出てくるからね、調べたことがあるんだ。良心が無い、人に共感しない、平気で嘘をつく、罪悪感が無い、口が達者、上辺は魅力的……。

 サイコパス、ていうんだよね。こんなに身近にいたんだね、ハハ。タスケテェ……。

 なんてね。僕は今、案外冷静だよ。ダモッタさんは凄く力が強いし、冷酷な物言いしているけど、僕からすれば四天王の方が怖いんだよね。五百歳より十六歳の方が怖い。つまり、ダモッタさんは暴力沙汰には適性がない、そんな気がするなあ。この状況、切り抜けてみせようじゃないか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイコミステリー

色部耀
ファンタジー
超能力遺伝子サイコゲノムを持つ人が集められた全寮制の高校「国立特殊能力支援校」 主人公の真壁鏡平(まかべきょうへい)はサイコゲノムを持つがまだ自身の超能力を特定できていない「未確定能力者」だった。 そんな彼の下に依頼が飛び込んでくる。 「何を探すか教えてくれない探し物」 鏡平はその探し物を……

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

怖がりの少年

火吹き石
ファンタジー
・ある村の少年組の、ささやかな日常の話

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...