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1章 パン精霊ゼイモト

5. チボルテック持国天

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 僕の自宅は高校と同じ町内のマンション「ヒルトップ狸穴まみあな」の五階にある。今は帰宅して自分の部屋で精霊の、いや魔王のゼイ君から説明を聞いているところだ。

 中学以来、僕がいじめられている理由が、分かった。僕の体はすっかり魔族化していて、この体から発散している魔族フェロモンのせいなんだ。これが霊感の強い四天王を無意識に苛立いらだたせるらしい。

「勝手に僕を改造するなんて、ひどいじゃないか!」

 いくら温厚な僕でも怒り心頭だよ。思わず、ドン、と机を叩いてしまった。

 でも、はたから見ると独り言を言いながら怒っているので、かなり不気味だという自覚はある。妹はもう帰宅してるから絶対見られないようにしなきゃ。妹のイチノは中学三年、簡単にごまかせない年ごろだからね。ドアを見て、ちゃんと閉まっていることを確認してから、話を続ける。

「それに僕の魂を食べて体を乗っ取ろうとしていたなんて! 僕の人生めちゃくちゃだよ! 断固として謝罪と賠償を要求するよ!」

 また、ドンドンと机を叩く。

『肉体のない霊魂のままでは我はいずれ消滅する。生き残るためにはシンジの体が必要だったのだ。だがそれは我の都合。シンジにとっては理不尽な事だ。謝罪しよう。たいへん済まないと思っている』

「え? 謝っちゃうの? 悪霊なのに? 元魔王なのに?」

『悪いと思っている。ただ、いじめについては言わせてくれ。例えば、裸の女子おなごが道を歩いて、男に襲われたらその女子が悪いのか?』

「まず裸で歩く女も頭おかしいし、そんな気味悪い女に欲情する男もおかしいと思うけど……。まあ言いたいことはわかるよ。相手がイヤがっているなら、襲ったらいけないよね」

『そうだ。女子の恰好にいくらムラムラしても、襲った男が悪いに決まってる。同じく、いくら暴力衝動が湧いても、暴力に訴えていいわけがない。悪いのは四天王だ』

「う、う~ん」

『ただ、先も言ったように、我の都合でシンジの体質を変えたことは事実。そのことでいらぬトラブルを招いた。本当に申し訳ない。我が責任をもって四天王の対策をしよう』

 ゼイ君なりに本気で謝っているのは信じてもいい、かなあ? 体の制御権は僕が優先なので、僕と仲良くやっていくしかないしね。それにこの体、メリットもあるんだよね。回復力が凄いから、ケガだけでなく、どんなに疲れても休めば完全回復するし、中学以来、風邪ひとつひかない超健康体なんだ。

『賠償もしようではないか。そうだな……確か、時の領主、種子島時堯たねがしまときたかに鉄砲を売った代金の二千両、まだ五百両くらいは残っているはずだ』

「ええー? ゼイ君って鉄砲伝来しちゃった人? ポルトガル人?」

『魔族です、とは言えぬから、島に漂着した時にはポルトガル人だと偽称した。だが鉄砲を売ったのは事実だ。金と今後についてはダモッタを交えて、ヤツの店に行って相談しよう』

「はあー、それで種子島かぁ」

『この話は後だ。まずは、この体。主導権がシンジにあるから不自由でしょうがない』

「憑依のやり直しはできないんでしょ?」

『できない。だが疑似的な憑依はできる。我が魂はこの体に留まったまま、形代かたしろを操作するのだ。操作中は我の意識は形代が拠点となる』

「んと、仮想現実ヘッドギアをつけてロボットを遠隔操作する感じ?」

『しかり。ちょうどよい形代が、そこのクローゼットにあるな? お前の怨念がたっぷりこめられた人形が』

「え、いや、あれはちょっと。やめとこうよ。僕の黒歴史っていうか」

 まさかアレのことを指摘されるとは。僕は焦って否定するけど、ゼイ君は容赦しない。結局は抵抗を諦め、クローゼットを開けた。

 クローゼットから取り出したトイボックスに四体の人形が入っている。全長十五センチほどの塩ビ製の人形。小さい人形ながらも、ほとんど全ての関節が動くので、ポーズを好きに作って楽しめる。海仙堂のチボルテック・フィギュアと呼ばれるシリーズだ。

 僕はライトなオタクだけど、このフィギュアはオタクゆえに買ったわけじゃない。自分をいじめる四人の同級生。彼らは四天王と呼ばれている。その名前の由来を調べたら、持国天・増長天・広目天・多聞天という守護神のことだった。

 解説を検索してるうちに守護神フィギュアの通信販売のページに行き当たった。一体約二千円。僕は思わず四体全部をポチッたんだ。

『ククク、お前の怒り、悔しさ、我にはよく分かるぞ。我も多くの同胞を殺された。それ、そこの四肢がそろっているヤツを手に取ってくれ』

 人形たちはボロボロに傷つけられ、手足がもぎ取られている。僕がやった。僕は確かに気が弱いけれど、毎日暴力を振るわれて平気なわけがない。その怒りを時々人形にぶつけていた。一体だけ四肢が無事な人形がある。けれど、顔や胴体に、キリで穴をあけているので、ある意味一番不気味かもしれない。

『怨念は十分にこもっているので、後は血を一滴たらせば形代として完成する。そこのカッターナイフで手を切れ』

「えー、痛いのはイヤだよー」

『おいっ、ここまできてワガママ言うな』

「痛い思いは学校でもう十分してるもの」

『くう、不憫ふびんな。そう言われてしまえば強く言えぬなぁ』

「いや、いじめの原因作っといて不憫がられてもね。そういうのマッチポンプっていうんでしょ」

『……済まぬ。では改めて別の方法を。さ、口を大きく開けろ。そうだ。そして人形を口に入れろ。血なら一滴で済むが、唾液なら、ベトベトになるまで人形になすりつけるしかない』

「お、おげえええ」

 口蓋垂こうがいすい、いわゆる「のどちんこ」まで人形をいれてしまって嘔吐えずきながら、舐めまわす僕。この様子、絶対に人に見せられないよ!


~~~~~~~~
「はぁ、お兄ちゃん、また独り言……」

 隣室で妹のイチノはため息をついた。自室でいつも独り言を呟いている兄の精神状態、そして将来を思うと切なくなるイチノだった。


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