からっぽ

明石家秀夫

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人間

三日目

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 結局、一番近くの公立の中学校に行くことになった。
 あの日以来、自分以外の人間が別の生物なんじゃないかと思うようになった。そして、そう思い始めたが最後、今までのようにとして認識することが出来なくなってしまった。
 そのうち俺は、これが本来の世界の姿なのだと信じ込むようになった。
 何も珍しいことはない。街灯に集まる虫たちを見て、何も知らなければ気持ち悪い集合体だと感じるけど、人間の手によって上下感覚がバグらされたのだと知った後だと、不憫な生き物だと認識する。それと同じで、人間それらについてより深く知ったからこそ、今までとは違った景色が見えているのだと、そう解釈するようになった。
 中学校に入っても、特に変わりはなかった。
 ほとんど小学校と変わらないような日常。オスは遊びのこと、メスは人間関係のこと、そして教壇に立つ大人たちは、自分の評価のために、教室内の人間それらを統括しようと奮起になっていた。
 俺はというと、人間それらを横目で見ながら、読書をするようになった。今までは家でしか読んでなかったのだが、学校で読むことで時間をちょうどよく潰せるのだと気づいたのだ。おかげで、休み時間に厄介事をなすり付けられたり、昼休みに五月蝿うるさい生き物に絡まれることも無くなった。
 そして家では、自分の感じたこと、起こったことなどを、日記のように記録することにした。日頃の読書で得た漢字や文法のアウトプットとして、とても効果的な気がするし、それに、社会で生きていく上で、「継続力」は大きな利点になるだろうと思ったからだ。
 そんなこんなで始まった中学生活。
 俺はただ、耐えようと思っていた。理解できない人間それらを無視して、卒業までの約六百日の登校日を、ただ消化するだけでいいのだと。
 それなのに。



 五月に入ると、朝の短い時間で、席替えが行われることになった。
 くじ引き制で、席にランダムで振られた番号と同じ場所に移動する仕組みだった。
 俺が引いた番号は二十七番。席は一番左の列の前から二番目になった。
 ヒトの見た目をした騒音製造機たちが、後ろの席がどうとか、誰々の隣の何番がよかっただとかわめいているのを不愉快に感じながら、俺は席を動かし、そしてじっと、その番号の書かれた紙を見つめた。
 27は三番目の立方数(nの三乗)。nがn乗される場合でも三番目。そして何より……
「全ての自然数は、高々二十七個の素数の和で表される」
「へぇそーなんだー。知らなかったなぁ」
 突然耳元で聞こえた声に、俺は飛び跳ねて驚いてしまった。すぐさま振り向いて睨みつけたが、そんな俺を見て、人間そいつは笑っていた。
「そんな顔初めて見た! これからよろしくね、陰キャくん」
 そう言って、手を振るみたいに紙をヒラヒラさせる。呆然とする俺を│他所《よそ》に、人間そいつは馬鹿にするようにニヤニヤと口角を上げていた。
「あっ見たいの? 番号」 
 どうやら、俺はずいぶんと紙に目がいってしまっていたらしい。不意に人間《そいつ》は真面目な顔をして、「はい、どーぞ」と、紙を机に広げた。
 番号は、二十八番だった。
「完全数。いいでしょ」
 俺は反射的に、の顔を見た。
 やわらかい春風でなびいていた髪が妙に綺麗に写っていたのを、俺は今でも覚えている。
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