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気づいたら推しゲー世界のサポート令嬢になってました(※完結扱い)
しおりを挟むアプリを再インストールして、ゲームを起動したところまでは覚えている。うん、そこまでは良かった。メニュー画面をタップした途端に、急に猛烈な眠気に襲われて――――気がついたら、ここ、どこ?
『気づいたら推しゲー世界のサポート令嬢になってました』
なぜか自分の名前を全く思い出せないんだけど、私は普通の高校生だった。そう、花のJKってヤツ。……え、何?死語?…………まあまあまあまあ。
それで、いつも通り高校に通う途中で、いつも通りバスに乗って、いつも通りとある投稿サイトでお気に入りの小説を読んでいたところだ。ふと、一つのバナー広告が目に入った。
これがいつも通りなら、一瞥してすぐ小説の方に戻るところなんだけど、その時の私は違った。なぜって、そのバナーが昔……といっても一年くらい前に、どハマりした乙女ゲームアプリの広告だったからだ。
正直びっくりした。割とマイナーなゲームだったし、まわりの同級生であのゲームやってる人見たことないし。
そのゲームは、近年流行の…大量イケメン育成系とでもいうのかな?十、二十の男性キャラクターがいて、それを育成したりレア衣装のガチャを回したりみたいな、そういうタイプの女性向けゲームじゃなかった。数人決まった攻略キャラと恋愛する、まさに昔ながらの乙女ゲームってやつだ。
そういうゲームの市場はおそらくあまり大きくない。しかも今は大手の乙女ゲーム制作会社がゲーム機で発売してた作品のスマホ移植版もどんどんリリースし出してるから、人気はほぼそっちに持ってかれてしまう。私のやってたゲームはアプリオリジナル作品だったから、当然埋もれ、ほぼ無名のゲームとなっていた。
タイトルは『lovely strawberry』。どこにでもありそうなタイトルで、どこにでもありそうな内容のゲームだったのも埋もれた一因かもしれない。
作品としては凡庸だったけど、でもボイスとイラストはなかなか豪華だった覚えがある。というかお絵描きを齧ってる私としては、美麗イラスト目当てで始めたと言っても過言ではないし。
なんとなく懐かしみを覚えた私は、その日に限ってはいつも通りから逸脱して、そのバナーをタップしてみた。
画面がアプリストアに飛んで「入手」の文字をタップすれば、水色の輪っがが勢いよくぐるりと回りインストールが進んでいく。処理が無事完了したのを確認すると、私はホーム画面に戻り、懐かしいアプリのアイコンをタップしてみた。
容量が軽いのか、思ったより早くゲームが起動する。まず表示されたのは、メニュー画面だ。全キャラが並んだ美麗イラストが液晶いっぱいに広がる。神絵師の描くキャラクターたちはどの子も美しい。眼福だ。
「……ん?」
いかにもオタクっぽくちっちゃな画面を舐め回すように見つめてみると、その違和感に気がついた。
ヒロインとそれを囲む攻略対象たち。その周りに小さく散らばるその他脇役キャラクター……その脇役の一人が少しだけ光って見えるのだ。
(この子って確か、サポート令嬢……)
重苦しいおさげに芋臭い瓶底眼鏡をかけた、地味を具現化した少女。それはゲーム中、プレイヤーにチュートリアルやゲーム進行のためのアドバイスを買って出る、所謂サポートキャラクターだ。
(なんでこの子が……?)
エフェクトの追加で、ランダムに光る仕様にしたのだろうか?だとしてもそんなのはヒロインと攻略対象までで良くないだろうか。わざわざ脇役まで目立たせることなかろうに。
(ま、製作陣の愛かしらね)
深くは考えず、とりあえず画面をタップしてみる。するとスクリーンは眩い光で包まれ瞬く間にホワイトアウトしていく。
(……え?)
真っ白な画面の上に突如文字が浮かんだ。
――ようこそ、ドロシア――
思わず画面を二度見する。だってこんなエフェクト、前はなかった。それにこの名前は……
何かがおかしい、そう思った頃には時既に遅し。突如襲った急激な眠気に抗えず、私は静かに瞼をおろした。
***
――――…シア
(………ん……?……何……)
――――…ロシアったら、ねえ!!
(…んん、ん~うるさいなあ。あと五分……)
「ドロシアったら!!お願い、目を覚まして!!」
「ああっもう!!うるさぁ~い!!てかドロシアってだ……」
誰?と聞こうとして言葉に詰まった。なぜなら瞼を開ければそこに広がっていたのは見慣れぬ天井に豪奢なシャンデリア、そしてこちらを覗き込む、淡いラベンダーブルーの瞳。さっきまで乗ってたはずのバスの煤けた青い座席も、窓から眺めていた三丁目公園も、その公園で愛犬の散歩をしていたおじさんも、その頭の上にちょこんとのっかるズレたカツラも、もはやこそには存在しない。まったく身に覚えのない世界。
眠気なんて吹っ飛んで、跳ねるカエルのように飛び起きた。
「ドロシアっ!!よかった!!ねえ、怪我はない!?」
起きて早々、ラベンダーブルーの瞳の持ち主ががばりと抱きついてくる。ブロンドの髪が目に眩しい、とても美しい女性だ。初めて会うはずなのに、どこかで見たことがある気がする。
(そうだ、この顔……)
「ルメル……お姉さま…?」
なぜか無意識に“お姉さま”をつける。私がルメルと呼んだ女性は顔を上げ、長いまつ毛にいっぱい溜めた涙を頬に滑らせ、嬉しそうに微笑んでみせた。
「ああ、ドロシア。そうよ、ルメルお姉ちゃんよ……よかった、大事はなさそうね」
再びひしときつく抱きしめられる。何やら感動的なシーンのようだが、私の頭はその空気についてけなかった。なぜなら、ルメルは本来、私の日常にいるはずのない存在だから。
(いやだって、ルメルってラブストの……)
頭を整理するより先に、ちょうど目の前の壁に取り付けられた鏡に自分と思わしき人物の姿が映る。
べったりかっちり真ん中分けした前髪に、不釣り合いのもっさりした赤毛おさげ。漫画みたいな瓶底眼鏡をかけた、芋臭い少女。つまりは先ほど私が起動したゲームの、サポート令嬢――
額から妙な脂汗が伝うのがわかった。もしかして、私……私は………
(lovely strawberryの世界に転生してるうぅぅぅ!!??)
芋臭眼鏡にぴきりとヒビの入る音がした。
***
ブロンドの美女をなんとか引っ剥がすのに成功すると、私は自室に向かって一直線に足を進める。……いや、なんで自室の場所が分かるのか私……まったく知らないはずのこの館の間取りが、なぜか頭にきっちり入ってる。怖い。
バァンと勢いよく自室の扉を開くと、本来ないはずの見覚えががっつりある、小洒落た七畳間が目の前に広がっていた。我ながら家具のセンスは悪くないようだ。
(服・髪型は壊滅的だけどね……)
先ほど鏡に映った自分の姿を思い出す。前髪はぱっくり引っ詰めた真ん中分け、手入れのしてない形の悪い眉にサイドには重苦しい三つ編み。ダサい瓶底眼鏡に、冴えない灰色のワンピース。
(このワンピース自体のデザインはなかなかオシャレなのに、着こなしが最悪)
何がどうしてこんなことに…と言われれば、一応心当たりはあるのだが、それは一旦置いておこう。
(まずは状況整理をしなくちゃ!!)
私は勝手知ったるさまで文机の中からノートと羽ペンを取り出す。父が外国のお土産にといってくれた鮮やかな青緑の羽ペンは、いつも通りよく手に馴染んだ。
(だからなんで“いつも通り”が分かるんだって私……)
“なんで知ってるの”案件についてはツッコミ出したらおおよそキリがないので、次回より割愛することにします。
私はノートの上にインクを滑らせ、思いつく限りラブストのネタを書き出した。
「……よし、こんなもんか」
なかなか流麗な文字が連なるノートをじっくりと読み返してみる。
『lovely strawberry』――通常、『ラブスト』は、男爵令嬢であるヒロインを中心に、貴族学園を通じて繰り広げられるロマンティックなラブストーリーを満喫する乙女ゲームである。
攻略対象は五人、完全無欠の第三王子、性格が真逆な双子の騎士、親しみやすい辺境伯の令息、天才的な頭脳を持つ後輩。
この世界には精霊という神秘的生物が実在して、我が国トトゥルニオにはその研究が熱心に行われている。十六歳の時、精霊が見えるようになったヒロインは、精霊のこともっと学びたいと思い、精霊学が盛んなエスティナ貴族学園に編入するところから物語は始まる。
(確か、精霊との親睦の上げ方によって攻略対象とのストーリーが進むんだっけ)
ヒロインの何気ない日頃の行いが、精霊力といういかにも~な名前のパラメータとして数値化され、その値の上げ方によって、各攻略対象とのイベントが発生し、好感度を上げていけるのだ。
つまりはこのゲーム、なんといっても精霊とやらの存在ありきなのである。だというのに、
(私の記憶ったらその精霊力の上げ方について、全然思い出せないじゃない!!)
そう、今の私はなぜか肝心な部分についてはあまり記憶が残っていなかった。精霊力もそうだけど、それは攻略対象に対しても同じだっな。
先ほどはそれぞれの名前とざっくりした肩書きをあげたが、覚えているのはプラス見た目くらいで、肝心の性格や好きなもの、好感度の上げ方や発生イベントの詳細についてはまったく覚えていなかい。いやー、かなりやりこんだという自負があった分、これはちょっと悲しいぞ……
(まあ、あんまり覚えててもそれはそれでチートっぽいし、これくらいほどほどがいいとするか)
そうやって自分に言い聞かせるものの、トホホという気持ちはなくもなかった。
さて、そろそろ自分の話が出てくる頃か。
このゲームには悪役令嬢という存在がいない。うん、ありがたい。断罪ってちょっと苦手なんだよねえ……
んで、その代わり、という訳ではないけれど、ヒロインの友人兼サポーター兼アドバイザー兼ナビゲーターな、わたくし、ドロシア=ロザーニ伯爵令嬢がいるのである。
……ほら、よくいるじゃない?「誰の好感度が知りたいの?」とか言って攻略対象の詳細を「お前ストーカーか?」ってレベルで色々教えてくれる、よき心の友ポジション的な、あれよあれ。いやでもあれって実際いたらちょっと気味が悪いよね。
――あ れ な ん で す よ わ た し
ただでさえストーカーを疑われても仕方ないキャラ設定なのに、それに拍車かけるような地味で芋臭い、陰鬱~としたキャラクターデザイン。なぜなのか。製作陣はドロシアのことが嫌いだったのじゃなかろうか。
(ああ神様、なんで私をヒロインではなくドロシアにしたのですか……?)
トホホと泣きたくなる気持ちが一段と増した。本当に、世の中とは理不尽なものである。あ、やば、まじでちょっと涙出てきた。
急いで涙を拭おうと眼鏡を外した時、
「・・・は?」
私は驚愕した。
机の上の手鏡にたまたま映った己の顔をまじまじと凝視する。落ち着いて品のある深い紫の双眸がそこにあった。よく見れば肌も白く艶やかで、唇だってほんのりピンクで可愛らしい。試すつもりでおさげを外してみれば、ほらやっぱり。三つ編み跡でウェーブがかった、鮮やかなオレンジのミディアムロングが、落ち着いた顔立ちに明るい花を添えた。
「……いや別に、ふつーに可愛くね?」
感嘆のため息と自画自賛の言葉が、私の口から無意識にこぼれ落ちた。
いやいや、よくよく考えてみれば分かることだったよ私。だって私にはこのゲームを美麗イラスト目当てでインストールした経緯がある。専属のイラストレーターが丹精かつ端正に描き上げたキャラクター達。メインキャラはもちろん、私のような脇役だって、当然綺麗に決まっている。
(こんなに可愛いのに、ドロシアは何を思ってあんなに芋臭く自信のない女になってしまったんだか)
少なくとも転生前の私――癖の強い黒髪に、お年頃故繰り返しできるポツポツニキビや、体育の授業でこんがり焼けた肌、左右非対称の奥二重に、真顔だと口角の下がってしまう唇の持ち主からしたら、この顔は美少女以外のなんでもない。転生前の姿でも「まあこれはこれでチャーミングだよね⭐︎」などと明るく楽しく毎日を過ごしていた私は、お門違いとは言えドロシアの卑屈極まりないファッションに、若干の嫌味を覚えてしまった。
まあ、ドロシアとてこうなった経緯はあるのだ。ゲームか、はたまたこの身体に残留した記憶なのか、私は彼女なりの事情を知っている。
「ドロシア!?ねえ元気なの!?まさかお部屋でふたたび倒れてたりしないわよね!?」
……考えてたそばから早速、私ドロシアを図らずも卑屈キャラに追いやった張本人がやってきた。
「……大丈夫だよ、ルメルお姉さま」
「そっ、そうなのね!!……あの、ドロシアがもし良ければ、お姉ちゃんもお部屋に入っていいかしら?」
もちろん、お声をかければ、訪問者ルメルは嬉しそうに、そしてわずかにホッとしたように部屋のドアを開けた。
せっかくきてもらったので、ついでに近くにいた使用人に紅茶を入れてもらうようお願いする。ふふん、ちょっと貴族令嬢っぽいじゃない。
「まあ、ドロシアったら……お姉ちゃんのために紅茶を入れてくれるの?」
正確には使用人が入れてくれるのだが、ルメルお姉さまは感嘆の声を漏らす。そりゃ姉妹なんだし何をそんな…と一瞬怪訝な気持ちになったが、すぐに納得した。
この卑屈なドロシアは、美しく華やかな姉、ルメルに劣等感を抱き、一方的に避けているのだ。
緩く波打ったシャルドネワインのようなブロンド、薫衣草畑を連想するラベンダーブルーのぱっちりした瞳、透き通る白磁のような肌、卵形の整った輪郭、ほんのり薄桃の頬に形の良い唇――
まさに絵に描いたような美女。それを体現したのが私の姉、ルメル=ロザーニという女性であった。
その美貌はドロシアの歪んだ色眼鏡による独断と偏見ではなく、ラブスト作中でも明確に描写されている。
ファッションブランドのモデルを務めるルメルは、友人の姉ポジションで、ヒロインの服装や化粧などについて適切なアドバイスを行う。美容監督のようなかたちでヒロインをサポートするのだ。
つまりは姉妹揃ってサポート令嬢なわけだ、我らがロザーニ家は。
乾いた笑いが漏れる。少し逸脱したものの、とにかくルメルはこの世界でもたいそうな美人に部類されるのだ。そんでもって妹のドロシアは、醜女とは言わずとも、良くも悪くも普通、なんならどちらかというと地味に部類される顔立ちときている。年頃の乙女にしたら、日々嫌でも比較されてしまう姉妹で、この格差はなかなか辛いものがあるだろう。
ルメルがドロシアを妹として深く愛しているのに対し、ドロシアが姉に抱く感情は複雑であった。そしてルメルもその気持ちをきちんと理解した上で、どう接するべきかと悩んでいた。ギクシャクした姉妹関係の出来上がりだ。
(いやでも私からしたら地味でもなんでもないけですどね)
つい先ほど見た鏡の中の自分を思い出す。ああ神絵師様様。地味顔だって、遠回しな比喩ではなく、文字通りそのまま「控えめで落ち着いた顔立ち」として描き上げてくれている。
こんな素敵な顔に自信がないなんて本当に勿体無い。いっそ描き手に失礼では無いだろうか。ああいけないまた腹が立ってきた。本当にこの卑屈ドロシアは心優しき姉まで心配させて、いったい何様だというのか。
「ねえ、ドロシア?なんだか一人でうめいているけど大丈夫?もしかしてまだどこか痛むのかしら?階段から落ちたのだから当然よね。来月のダンスパーティー欠席にしましょうか」
「……ダンスパーティー……?」
ルメルの言葉が気になり、無意識に聞き返していた。ダンスパーティーって何?そもそもなんで私、倒れてたんだっけ?
「あらやだ、ドロシアったらやっぱりまだ調子が悪いんじゃないの!?今日家にエスティナ貴族学園の制服が届いたじゃない?そこについていた入学先祝いダンスパーティーの招待状を見て、あなたったら暴れ出したのよ。こんなもの行きたくない!って」
ルメルの言葉でことの顛末を全て思い出す。
そうだ、私が来春から通うことになるエスティナ貴族学園の制服が今日家に届いたのだ。昼間私はそれを使用人からげんなりとした気持ちで受け取った。
貴族学校の制服はおしとやかだが、貴族学校である手前か、ところどころに煌びやかな装飾が施されている。女子向けの制服には、何かにつけて上品な刺繍やフリル、レースがあしらわれており、それはドロシアの変に屈折した自意識を刺激した。
ただでさえピリついた空気だったのに、合わせて届いた一通の手紙、入学先祝いダンスパーティーの招待状を見た時、ドロシアは小さな悲鳴をあげた。顔を真っ青にして便箋をグシャリと握り潰す。色とりどりのドレスに包まれた華やかな令嬢が集まる中、一人場違いな芋臭い赤毛の女、つまりは惨めな自分を想像したとき、掌が拳に形を変えるまで僅か三秒もかからなかった。
そこにさらなる追い打ちをかけたのが、姉のルメルである。うっかりたまたまその招待状をのぞいてしまった姉は、一昨年学園を卒業したばかりだ。ドロシアがそれを握り潰したのに気付かず、懐かしさにつられ悪気なく放った一言、「私もついてこうかしら」という言葉を聞いたとき。ドロシアの精神がどうなったか、もうお分かりだろう。
よりによってダンスパーティーで、美人の姉ルメルと並ぶなんてたまったもんじゃない。しかしルメルは手紙のように握り潰すわけにもいかない。自意識過剰かつ卑屈かつ豆腐メンタルのドロシアは、早々に脳と心がキャパオーバーを起こし、逃げるように階段を駆け降り、そこでうっかり足を滑らせて意識を失ったのだ。
そして、冒頭、私の意識を持ったドロシア爆誕に至るわけである。
「……でもお姉ちゃんとしては、出てみるのもいいかと思うのよ。ほら、もしかしたらここでお友達ができるかもしれないし。これからの学校生活をより楽しくするためにもいい機会じゃないかしら。……無理は禁物だけど、もしドロシアがその気になったら、ね。返信期限に時間はあるし、まだ招待状は捨てないで取っておいた方がいいんじゃないかなーなんて……」
「……出る」
「え?」
駄目元でダンスパーティーを勧めていたルメル、その目が大きく見開く。にわかには信じられないと言った様子で、すぐさま答えを聞き返された。
「ダンスパーティー、参加するよ、お姉様」
こんな愛情深く健気な姉の優しさを、そして神絵師の特上の作画を、みすみすむげにしてなるものか。私はかつての芋草卑屈ドロシアではない。いや、このドロシアに根付いた曲がった性根を、根本から叩き直してやる。
(でもそのためにはたくさんの準備が必要だわ)
きっとラベンダーブルーの瞳を見つめ返す。
ドロシアがひん曲がった最大の要因はいわゆるルッキズム、己の見た目への自信の無さにある。だとしたらまずはここを解決していかなければ進まない。ドロシアはそれについて、最上のサポーターがすぐそばにいるというのに、その劣等感ゆえ忌避してしまっている。
(そういうところがあなたの良くないところね、ドロシア)
かつてのこの身体の持ち主を嗜める。彼女の意識が今どこにあるかは知らない。なので届いていないかもしれないが。私はドロシアに言って聞かせる。ねえドロシア、ちゃんと聞こえてる?私だったらこうしてみせるわ
「だからお姉様、私をとびっきり可愛くしてちょうだい!!」
ルメルの両手をガシッと握る。前のめりに詰め寄り、綺麗な顔をじっと覗き込んだ。お姉さまはポカンした顔でこちらを見ている。
「ど、ドロシア?ええっと……どういう……」
「だってお姉さまも行くんでしょ?だったら私、お姉さまと並んでも恥ずかしくないような、お姉さまの隣に相応しいご令嬢になりたいわ。お願いお姉さま。お姉さまの技術で私をとびきりのご令嬢に仕立て上げてちょうだい!!」
最初は話の流れについていけなかったルメルも、私の懇願に胸を打たれたらしい。美しい瞳がハッと瞬く。見開かれた瞳は次にぎゅっと細められ、ふるふると目尻を振るわせていた。
「まあ、ドロシアったら……もうっ!!」
細い両腕に引き寄せられ、身体が前へ倒れ込む。温かく柔らかな感触が私を包み込む。気づけば私はルメルに抱きしめられていた。お姉さまの豊満な胸の中に顔が埋まる。ちょっ……何これでかっ!やわらかっ!羨まっ!
「……お姉ちゃん、ずっとあなたに避けられてると思ってたわ。だから、すごくすごく嬉しい。ドロシア、ありがとう……!!」
何がどうしてありがとうなのか、むしろここはこちらがお願いしますなのではないか。私の頭に疑問符が湧くが、お姉さまはそんなのまるで気付かないご様子。
ぎゅーっと力強く抱きしめられたあと、ルメルは急に私をばっと引き剥がし、真剣な眼差しで私を見つめた。
「ええドロシア!その願い、私にどんと任せなさい!!このルメルお姉ちゃんが、ドロシアをこれ以上ないくらい極上でとびっきりの誰もが振り返るよう天使の使いのようなご令嬢に仕立て上げてみせるわ!!」
そう言ってルメルは両腕でガッツポーズを作って見せた。か細い腕で作られたそれは少し弱々しく見えるが、それを遥かに上回る謎の信頼感がルメル本人から醸し出されている。お姉さまの瞳には猛き炎がメラメラと燃えていた。
(お、お姉さま……気合い入りすぎ……)
そのの言葉を私は心のうちに閉じ込める。
かくして、私ドロシアによる『芋ドロシア改造計画』は幕を開けたのだった。
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