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14.旅立ち-1
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ひんやりとした冷気が鼻先をかすめる。立夏を過ぎたとはいえ、明け方の空気はまだ冷たい。テオドアはくしゃみをひとつ漏らすと、白む空を見上げながら馬に鞍を取り付けはじめた。己に懐いた愛馬は利口で、身じろぎひとつせず静かに待っている。最後に優しく顔を撫でてやれば、嬉しそうに頭を揺らしていなないた。
厩舎から出れば空はまだ薄暗く、東の太陽が地平線からかろうじてのぞいているのが見えた。肌寒い空気が頭を冴え渡らせる。出発にはちょうど良い時間だろう。
騎士の間での一件以来、テオドアはどうにもむず痒い生活を送っていた。部隊問わず気まずそうな顔をする騎士団の奴らには却ってこちらが気を遣ったものだ。湿っぽいのは苦手、そんなテオドアの気質を分かっているのだろう。皆、特に何を言うわけでもなかったが、若い奴らや情に厚い男どもは気持ちが顔にありありと現れていた。面目無さそうに目を逸らす同僚、今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにする部下……いっそ皆「ハズレくじ引いたこったな」と笑い飛ばしてくれればいいのに。何十回、軽い調子で「気にすんなよ」と元気づけたことか。
(てかなんで俺の方が励ます側に回ってるわけ??)
この疑問ももう何十回目かである。誰か励ましてよである。
そうそう、面白いこともあったもので、普段目の敵にしてくる貴族部隊の連中も、ここ数日ばかりは随分しおらしいものだった。夕食を多めに配分されるよう手を回してきたり(いつもは貴族部隊優先で配給される)、大浴場で一番風呂を譲ってもらったりと(いつもは部隊順に入る)、絶妙な気遣いがなんとも可愛らしい。なんだかんだ奴らも憎めないものだ。
なかでもびっくりしたのは、いつかのスパニエル野郎――あらためコールマン第四部隊副隊長だ。
一昨日たまたま猟犬の散歩当番が第四部隊被り、その都合で彼とばったり遭遇した。(ちなみに労働は一切免除されていたテオドアだが、気がまぎれるという理由で散歩当番はやらせてもらった。)
散歩の時間に決まりはなく、その日の当番次第となっている。テオドアは朝一番を好んで散歩していたが、それはコールマンも一緒らしい。第四部隊とは何度か当番が被る日があったが、毎回この男と鉢合わせるので、お互い朝型人間なのだろう。
コールマンは無類の犬好きらしく、第四部隊が散歩当番の日はほぼ彼が出ていた。下っ端の若造ならともかく、彼は副隊長格だ。下に押しつければいい雑用をわざわざ買って出てるのだから、きっとそうに違いない。
コールマンはこちらの顔を見ると、思い切り顔を渋くして「よりによって本人かよ…」と呟いた。彼はテオドアにちょっかいをかける御貴族ランキング上位だったが、今日の発言は意味がよく分からない。今のはどういった嫌味なのだろうと首を傾げていると、彼は聞こえるように舌打ちをしながらテオドアの胸に紙袋を押し付けた。
慌てて抱え込むと、開いた口から覗いて見えたのは、なかなか値の張る高級回復薬や医薬品、携帯食料だった。
「……うちは元商家の成り上がり貴族だからな。こーいうのがわんさか実家から送られてくんの。どうせ余ってるからやるよ。お前の賃金じゃ買えねえだろ。」
せーぜー頑張ってくれば?と付け加えた彼は、テオドアの方を見向きもせず、愛犬を撫でている。ベルちゃんと呼ばれたビーグル(ちなみに第八部隊ではぷーすけという名前で親しまれている。メスだということに後から気づいた)は、はち切れんばかりに尻尾を振りながら、彼の顔を舐め回していた。
「スパニエル、お前………」
「いやビーグルだけどぉ!!?……てか何お前、やめてくれるその顔。なんか不快。」
ツッコむついでに振り返ったコールマンは、テオドアの顔を見るなりなんとも気味が悪そうに顔を歪めた。自分はそんなに気持ち悪い顔をしていたのだろうか。確かにちょっと感極まってしまったところはあったが、ずいぶん傷つく言い草である。スパニエルは思いの他気難しい犬種なのかもしれない。
「……いや、その、……ありがとうな。ぷーすけも元気でな。」
「あーあーあー。いーよそーいうの、やめてくれる?……あとこの子はベルちゃんだからぁ!!なにそのだっさい名前!!」
ぷーすけ兼ベルちゃんは威勢よく返事をしてくれたというのに……やっぱりちょっと気難しいスパニエルは、それっきりこちらには見向きもせず、逃げるように川岸へと歩いていった。可愛いビーグルの尻尾がぴろぴろと揺れていた。
思い出すといまだに笑いが込み上げてくる。テオドアはすかさず右腕で口元を隠すと、もう片方の手で手綱を引きながら北西門の方に向かった。
城番に顔を見せれば、特に何も確認されぬまま門が開かれた。こういう時騎士団の服は便利でありがたい。もっとも今日は軽装の鎧をつけている為、いつもの上着は着てないのだが。
(顔パスってやつか?俺なら分かりやすいもんな。)
この眼もたまには役に立つ、そう考えていた矢先だった。
厩舎から出れば空はまだ薄暗く、東の太陽が地平線からかろうじてのぞいているのが見えた。肌寒い空気が頭を冴え渡らせる。出発にはちょうど良い時間だろう。
騎士の間での一件以来、テオドアはどうにもむず痒い生活を送っていた。部隊問わず気まずそうな顔をする騎士団の奴らには却ってこちらが気を遣ったものだ。湿っぽいのは苦手、そんなテオドアの気質を分かっているのだろう。皆、特に何を言うわけでもなかったが、若い奴らや情に厚い男どもは気持ちが顔にありありと現れていた。面目無さそうに目を逸らす同僚、今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにする部下……いっそ皆「ハズレくじ引いたこったな」と笑い飛ばしてくれればいいのに。何十回、軽い調子で「気にすんなよ」と元気づけたことか。
(てかなんで俺の方が励ます側に回ってるわけ??)
この疑問ももう何十回目かである。誰か励ましてよである。
そうそう、面白いこともあったもので、普段目の敵にしてくる貴族部隊の連中も、ここ数日ばかりは随分しおらしいものだった。夕食を多めに配分されるよう手を回してきたり(いつもは貴族部隊優先で配給される)、大浴場で一番風呂を譲ってもらったりと(いつもは部隊順に入る)、絶妙な気遣いがなんとも可愛らしい。なんだかんだ奴らも憎めないものだ。
なかでもびっくりしたのは、いつかのスパニエル野郎――あらためコールマン第四部隊副隊長だ。
一昨日たまたま猟犬の散歩当番が第四部隊被り、その都合で彼とばったり遭遇した。(ちなみに労働は一切免除されていたテオドアだが、気がまぎれるという理由で散歩当番はやらせてもらった。)
散歩の時間に決まりはなく、その日の当番次第となっている。テオドアは朝一番を好んで散歩していたが、それはコールマンも一緒らしい。第四部隊とは何度か当番が被る日があったが、毎回この男と鉢合わせるので、お互い朝型人間なのだろう。
コールマンは無類の犬好きらしく、第四部隊が散歩当番の日はほぼ彼が出ていた。下っ端の若造ならともかく、彼は副隊長格だ。下に押しつければいい雑用をわざわざ買って出てるのだから、きっとそうに違いない。
コールマンはこちらの顔を見ると、思い切り顔を渋くして「よりによって本人かよ…」と呟いた。彼はテオドアにちょっかいをかける御貴族ランキング上位だったが、今日の発言は意味がよく分からない。今のはどういった嫌味なのだろうと首を傾げていると、彼は聞こえるように舌打ちをしながらテオドアの胸に紙袋を押し付けた。
慌てて抱え込むと、開いた口から覗いて見えたのは、なかなか値の張る高級回復薬や医薬品、携帯食料だった。
「……うちは元商家の成り上がり貴族だからな。こーいうのがわんさか実家から送られてくんの。どうせ余ってるからやるよ。お前の賃金じゃ買えねえだろ。」
せーぜー頑張ってくれば?と付け加えた彼は、テオドアの方を見向きもせず、愛犬を撫でている。ベルちゃんと呼ばれたビーグル(ちなみに第八部隊ではぷーすけという名前で親しまれている。メスだということに後から気づいた)は、はち切れんばかりに尻尾を振りながら、彼の顔を舐め回していた。
「スパニエル、お前………」
「いやビーグルだけどぉ!!?……てか何お前、やめてくれるその顔。なんか不快。」
ツッコむついでに振り返ったコールマンは、テオドアの顔を見るなりなんとも気味が悪そうに顔を歪めた。自分はそんなに気持ち悪い顔をしていたのだろうか。確かにちょっと感極まってしまったところはあったが、ずいぶん傷つく言い草である。スパニエルは思いの他気難しい犬種なのかもしれない。
「……いや、その、……ありがとうな。ぷーすけも元気でな。」
「あーあーあー。いーよそーいうの、やめてくれる?……あとこの子はベルちゃんだからぁ!!なにそのだっさい名前!!」
ぷーすけ兼ベルちゃんは威勢よく返事をしてくれたというのに……やっぱりちょっと気難しいスパニエルは、それっきりこちらには見向きもせず、逃げるように川岸へと歩いていった。可愛いビーグルの尻尾がぴろぴろと揺れていた。
思い出すといまだに笑いが込み上げてくる。テオドアはすかさず右腕で口元を隠すと、もう片方の手で手綱を引きながら北西門の方に向かった。
城番に顔を見せれば、特に何も確認されぬまま門が開かれた。こういう時騎士団の服は便利でありがたい。もっとも今日は軽装の鎧をつけている為、いつもの上着は着てないのだが。
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