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09.臨時召集-1
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朝食に出されたくるみパンを、気怠げに口の中へ放り込む。柔らかなパンの舌触りと、時たま混ざるくるみの歯応えを舌の上で楽しむと、ジミルはここ数日で急降下した生きる喜びをほんの少しだけ思い出した。もっともそれも束の間のこと。このささやかな希望は、あと数分もしたら現れるであろう愚かなる先輩に、木っ端微塵に吹き飛ばされることを彼は知っている。
滝壺で目撃した一件から早三日。ジミルをはじめとしたローアルデ騎士団第八部隊隊員は皆、憔悴しきっていた。
原因はただ一つ。副部隊長テオドア=ノイマンの挙動不審である。
四日前から始まり、未だおかしい彼の様子に周囲は気が気ではなかった。第八部隊の部隊長は数ヶ月前に大怪我を負って入院中だ。よって指揮、まとめ役は副隊長であるテオドアが代わりに行っているのだが、その彼がここ数日ずっとポンコツなのである。
戦闘は比較的まともにこなしているので一時は安堵したものの、その夜すぐにそれがぬか喜びであることを悟った。それくらい日常生活の方はボロボロだったからだ。
最初は茶々を入れてきた貴族部隊の連中も、今となっては引き気味にこちらの様子を伺っている。そりゃそうだ。副隊長は終始上の空。他の面子は頭を抱えていたり目の下に濃いクマを浮かべていたりと、騎士ではなく病人の集まりではないかと思うような有り様だ。
「あんなの俺の憧れのノイマンさんじゃねえ……」
「ばっか、まだ魔物退治してくれてるだけマシだろ。そっちおろそかになったらうちの部隊終わるぞ。」
「この様子が上にバレたらどうなることやら……また変な言いがかり食らって俺らの給料下がるのはごめんだぜ……」
「くっそ、隊長は大怪我で副隊長は謎の病……俺たちどうなっちまうんだろう。」
「病なんて滅多なこと言うな。俺たちみんな隔離……いや、下手したらクビ切られるかもしれねえだろう。」
「おいおい勘弁してくれよ。俺の実家にゃ弟妹がたくさんいて、俺が稼ぎ頭なんだから……」
心ここに在らずなテオドアを他所に、隊員たちは曇り澱む未来について口々に憂いを漏らす。第八部隊から流れる不穏な空気は日に日に濃くなっていた。
なまじっか原因だけは知っているジミルは、一人据わりの悪さを感じつつ、ただ黙って見ているしかなかった。
(だってどうしろっていうんだよ俺に。)
まさか事実を洗いざらい話せとでも言うのか。副隊長は可愛いメイドさんのまっすぐな一言によって骨抜きにされましたー、とでも?
(絶っっっ対、やだわ!!んなもん!!)
何が悲しくて人の恋路を暴露しなければならないのか。そもそも話したところで解決策が見つかるわけでもあるまい。
どうしたものかと頭を掻きむしり始めた矢先、かの人物がひょっこりと姿を現した。
その姿に、誰もが目を見張った。
「よう。」
そう一声発して食堂に入り込んだその男は、確かな足取りでキビキビとジミルの前に着席した。ここ数日あやふやだった焦点はきちんと定まり、特徴的な柘榴の目がこちらを静かに見つめている。まゆはキリリと釣り上り、口元には自信ありげな笑みが浮かぶ。
「やーここ数日、食欲がめっきり落ちてたんだけどな。今日になって戻ってきちまった。ダイエットでいうリバウンドってやつ?俺太っちゃうかも。」
大きな独り言をジミルに聞かせると、いつの間に取ってきたのだろうパンとスープを彼はガツガツと胃に掻き込みはじめた。
それは、紛れもなくいつものテオドアであった。
「副隊長………、あん、た……」
「調子は戻ったんですか?」と続けようとして、口を閉じる。野暮なこと聞くもんじゃない。そんなもの、彼の目を見れば一目瞭然だ。
第八部隊員の顔がパッと明るくなる。声こそ出さねど、その表情からは歓喜の色が滲み出ていた。それまで漂っていた暗い空気が一瞬で取り払われる。
「そんじゃ、今日も朝飯食い終わったら早速巡警だかんな。みんな、気合い入れてけよ!」
「「「うす!!」」」
テオドアが皆の士気を上げれば、第八部隊員全員が威勢良く返事をした。
滝壺で目撃した一件から早三日。ジミルをはじめとしたローアルデ騎士団第八部隊隊員は皆、憔悴しきっていた。
原因はただ一つ。副部隊長テオドア=ノイマンの挙動不審である。
四日前から始まり、未だおかしい彼の様子に周囲は気が気ではなかった。第八部隊の部隊長は数ヶ月前に大怪我を負って入院中だ。よって指揮、まとめ役は副隊長であるテオドアが代わりに行っているのだが、その彼がここ数日ずっとポンコツなのである。
戦闘は比較的まともにこなしているので一時は安堵したものの、その夜すぐにそれがぬか喜びであることを悟った。それくらい日常生活の方はボロボロだったからだ。
最初は茶々を入れてきた貴族部隊の連中も、今となっては引き気味にこちらの様子を伺っている。そりゃそうだ。副隊長は終始上の空。他の面子は頭を抱えていたり目の下に濃いクマを浮かべていたりと、騎士ではなく病人の集まりではないかと思うような有り様だ。
「あんなの俺の憧れのノイマンさんじゃねえ……」
「ばっか、まだ魔物退治してくれてるだけマシだろ。そっちおろそかになったらうちの部隊終わるぞ。」
「この様子が上にバレたらどうなることやら……また変な言いがかり食らって俺らの給料下がるのはごめんだぜ……」
「くっそ、隊長は大怪我で副隊長は謎の病……俺たちどうなっちまうんだろう。」
「病なんて滅多なこと言うな。俺たちみんな隔離……いや、下手したらクビ切られるかもしれねえだろう。」
「おいおい勘弁してくれよ。俺の実家にゃ弟妹がたくさんいて、俺が稼ぎ頭なんだから……」
心ここに在らずなテオドアを他所に、隊員たちは曇り澱む未来について口々に憂いを漏らす。第八部隊から流れる不穏な空気は日に日に濃くなっていた。
なまじっか原因だけは知っているジミルは、一人据わりの悪さを感じつつ、ただ黙って見ているしかなかった。
(だってどうしろっていうんだよ俺に。)
まさか事実を洗いざらい話せとでも言うのか。副隊長は可愛いメイドさんのまっすぐな一言によって骨抜きにされましたー、とでも?
(絶っっっ対、やだわ!!んなもん!!)
何が悲しくて人の恋路を暴露しなければならないのか。そもそも話したところで解決策が見つかるわけでもあるまい。
どうしたものかと頭を掻きむしり始めた矢先、かの人物がひょっこりと姿を現した。
その姿に、誰もが目を見張った。
「よう。」
そう一声発して食堂に入り込んだその男は、確かな足取りでキビキビとジミルの前に着席した。ここ数日あやふやだった焦点はきちんと定まり、特徴的な柘榴の目がこちらを静かに見つめている。まゆはキリリと釣り上り、口元には自信ありげな笑みが浮かぶ。
「やーここ数日、食欲がめっきり落ちてたんだけどな。今日になって戻ってきちまった。ダイエットでいうリバウンドってやつ?俺太っちゃうかも。」
大きな独り言をジミルに聞かせると、いつの間に取ってきたのだろうパンとスープを彼はガツガツと胃に掻き込みはじめた。
それは、紛れもなくいつものテオドアであった。
「副隊長………、あん、た……」
「調子は戻ったんですか?」と続けようとして、口を閉じる。野暮なこと聞くもんじゃない。そんなもの、彼の目を見れば一目瞭然だ。
第八部隊員の顔がパッと明るくなる。声こそ出さねど、その表情からは歓喜の色が滲み出ていた。それまで漂っていた暗い空気が一瞬で取り払われる。
「そんじゃ、今日も朝飯食い終わったら早速巡警だかんな。みんな、気合い入れてけよ!」
「「「うす!!」」」
テオドアが皆の士気を上げれば、第八部隊員全員が威勢良く返事をした。
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