はじまりはガシャポンで!

米と麦

文字の大きさ
上 下
23 / 58

08.フェリクス=ローアルデ-1

しおりを挟む



***

 
 大理石でできた城の廊下をカツカツと鳴らしながら、フェリクスは早足で執務室に向かう。
 まったく、皇太子の座に着いてからというもの、おちおち休む暇もない。現国王の父が病に臥せてからはより一層酷くなった。

(それもこれも、すべてあの瘴気とやらが濃くなったせいだ。)

 ここ十数年で世界――とりわけフィリンヘルム西大陸を覆う瘴気は急激に濃度を増した。そしてそれに伴い、しばらく落ち着いていた世相も綻びを見せ、今では各国の間で不穏な空気が漂っている。
 最たる原因は資源の枯渇。魔物の数が増えて、その被害をまず受けるのは辺境の農村だ。モンスターの襲撃により、大事に育てていた田畑が焼け野原になるといったことが、ここ数年で格段に増えた。恵の国と名高いローアルデは、今のところさほど影響を受けていないが、元々痩せた土地の目立つガルムンドなどはかなりの大打撃だ。魔物を討伐しても、出どころの瘴気を取っ払えないのではキリがない。
 するとどうなるか。多くの国は他国と同盟を組み、物流や経済の活性化を図る。……しかし一部の国は、別の国への侵略を検討し始めたのである。――戦の国、ガルムンドがまさにそれだ。
 あの国の攻撃的態度は年々硬化している。周辺諸国への圧力はもちろん、最近では大国ルタリスクやローアルデにまで戦争の影をちらつかせる始末だ。三大国の一つがそのような有り様では、瘴気云々どころではいられない。なんとか穏便に外交を進め、フィリンヘルム一丸となって瘴気の原因解明へと舵を切りたいのだが、なかなか思うように進まない。

(……そんな中で、召喚の儀が成功したのはまさに天恵だな。)

 特別な力を持つ救国の乙女の顕現は、他国への抑止力につながる。職種ジョブ、能力云々も大事だが、乙女の存在それ自体が、この世界では大きな意味を持っているのだ。ビアのことはまだ公にはしていないが、じきに噂も出回ることだろう。そうすれば、しばらくガルムンドは様子見の姿勢に入るはずだ。

(そう、ビア様の存在は我々ローアルデにとって大きな切り札だ。そして……)

 陶器のような白い肌に、わずかに赤みが差す。それまで無機質だった顔がほんの少しだけ歪んだ。

(ビア様……)

 悩ましげなため息が漏れる。はしばみ色の髪をした女の無邪気な笑顔がフェリクスの脳裏に浮かんだ。彼女に惹かれ始めたのは、一体いつ頃だったろうか。別にドラマチックな何かがあった訳ではない。ただ、日々たわいない話を交わす中で、徐々に彼女に対し好感を持ち、気づいたら焦がれるようになっていた。

 それこそ最初のうちなど、フェリクスは今とは真逆。表立って顔には出さないものの、彼はビアに対し懐疑的な気持ちを抱いていた。
 救国の乙女の顕現。それは国にとって大いに喜ばしいことだが、フェリクスの身からしたら手放しで喜べる話ではない。それまで有耶無耶にしてきた婚姻話が、一気に進められてしまうからだ。
 どこの国でも乙女が召喚されれば、必ず王族との婚姻関係を結ばせる。乙女の国外流出を防止する為だ。乙女の存在はそれだけで国家権力の強化につながる。その血筋を継げれば尚更のこと。

 なんとか国に留まってもらおうとみなが必死になる結果、かつて乙女達の待遇はそれはもうすごいものとなった。彼女達が欲しいものは血眼になって探し与え、やれといったことは是が非でもやってのける。どこの国でもそんなことをしていたら、なかにはその座に胡座を掻きだす者が出てきたそうだ。
 フェリクスが生まれるはるか昔に、ローアルデにもそんな乙女がいた。彼女は聖女ではなかったが、強力な治癒術を扱う僧侶だってらしい。退魔の力こそなけれど、治癒魔法とは聖女の得意とする分野だ。聖女に近き存在が現れたと、それは大層もてはやされたことだろう。国総出で彼女をもてなし、慈しみ、甘やかした結果、最初は真面目で仕事熱心だった彼女も見事に味を占め、どんどん堕落していったそうだ。その結果、国の財政は傾き、当時の国家権力はかえって下落してしまったという。
 このことは世間一般には公表されていないが、彼女の世話に手を焼いたローアルデ一族と国の重鎮の中では、過去の教訓として今もなお語り継がれている。二度とこんなことを起こさないようにと、戒めを込めて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

邪魔しないので、ほっておいてください。

りまり
恋愛
お父さまが再婚しました。 お母さまが亡くなり早5年です。そろそろかと思っておりましたがとうとう良い人をゲットしてきました。 義母となられる方はそれはそれは美しい人で、その方にもお子様がいるのですがとても愛らしい方で、お父様がメロメロなんです。 実の娘よりもかわいがっているぐらいです。 幾分寂しさを感じましたが、お父様の幸せをと思いがまんしていました。 でも私は義妹に階段から落とされてしまったのです。 階段から落ちたことで私は前世の記憶を取り戻し、この世界がゲームの世界で私が悪役令嬢として義妹をいじめる役なのだと知りました。 悪役令嬢なんて勘弁です。そんなにやりたいなら勝手にやってください。 それなのに私を巻き込まないで~~!!!!!!

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...