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05.赤-4
しおりを挟む男が慌てて顔を上げれば、そこには、木にもたれかかりながら立つテオドアの姿があった。彼は首を斜めに傾げながら、胡乱げにこちら睨みつけている。その真っ赤な双眸は煮えたぎる地獄の炎のような怪しい光を帯び、より濃い紅に染まっていた。
(いや、本当に光ってる……)
そう、それはものの例えではなく、本当に光を宿しているのだ。爛々と輝く真っ赤な眼光――それは飢えた獰猛な獣を思い起こさせた。
テオドアはつかつかとこちらに向かってくると、右腕でビアの馬乗りになっていた男の胸ぐらを掴み、思い切り持ち上げた。もう片方の腕は拳を握りしめてぶるぶると震えている。
「ひっ……」
持ち上げられた男が小さな悲鳴をあげる。もう一人の男も怖気付いたかのように足をすくませていた。
「……おたくら、確か第二部隊の、こないだ婦人会に睨まれてた奴らだよな。……いいのか?また問題起こして。除名処分になっても文句言えないぞ。」
炎のような目で、しかし声は冷ややかなままテオドアが問いかける。男たちは震え上がり、もう声も出ないようだった。
二人の様子に気がそがれたのか、テオドアは急に持ち上げていた男の胸ぐらを手放す。
身体が地面に落ちた瞬間、その男は弾かれたようにその場を駆け出した。片割れの方もそそくさと跡を追う。
「くそっ……この野犬の血が……っ!!」
去り際に、男の一人がそう吐き捨てる。テオドアは別段意に介した様子もなく、至極どうでも良さそうに二人を背中で見送った。
今、彼の視界の中にいるのは、他でもないビアただ一人である。
「……ビア、遅れてすまない。立てるか?」
テオドアがしゃがみ込み、ビアの方に手を差し伸べる。しかしビアは、その手をいつまでも握り返せずにいた。
彼女が見つめるのは、目の前の男の眼。
真っ赤に光る、眼。
歪に輝く二つの柘榴石は、なんとも言えぬ胸のざわつきを駆り立てる。浮世離れした眼光、常人とは相容れぬ存在、畏怖の念――
いまだ鈍い光を帯びてやまぬその瞳に、ビアはただただ釘付けになっていた。
テオドアもビアの様子に察しがついたのだろう。それまで差し伸べていた手を、逃げる魚のように素早く引っ込める。そのまま己の顔の近くに持っていくと、まるで手庇でも作る仕草で両目を隠してしまった。
「ああ、悪いな……俺、ガルムンドの血が濃いんだ。……怖がらせてごめんな。」
ローアルデも入ってるんだけどな。そう小さく付け足す。まるで弁解するかのように。
ビアはその言葉の意味を、最初から最後まで理解できなかった。
そう、理解はできなかった。だが――
(あ……)
大きな掌が両目を隠す瞬間、まつ毛を伏せ、静かに項垂れる様子を垣間見た。
ひどく傷ついたような、そして何かを諦めたかのような寂しげな瞳。一言で例えれば、失望。
(待って……)
男の目が、顔が見えなくなる。
今や手の影に隠れてしまったその表情を読み解くことは難しい。
(でも、分かる。)
彼が今、その向こうですごく悲しい顔をしていること。とても寂しい目していること。
(違う……違うの!!)
泣かないで。傷つかないで。諦めないで。独りにしないで。
――私は彼に、こんな顔をさせたい訳じゃない。
たかだか掌一枚で隔てられたその先が、ものすごく遠い。でも、だからこそ、その掌を取り払わねばならないのだ。
指先をすっと、相手の指と指の間に絡める。そのままきゅっと優しく握りしめると、ビアはその手を繋いだまま、外側へゆっくりと弧を描かせた。
世界の時が止まったかのように思えた。
瞠目した男の顔が覗く。まだ僅かに光を残しているその目も、なぜだか今は怖くない。大きく見開かれた二つの柘榴石を、ビアは絶対に背けるものかとしっかりと見つめ返す。
「ノイマン副隊長、……私は、あなたの目を見てお話ししたいです。」
男の瞳がより一層大きく見開く。
その目はもう、孤独も失望も映し出していなかった。
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